2020.04.12

いま『花さき山』へ

カテゴリ:カテゴリ未分類

こんにちは

久しぶりに、本のことです。

ちょうど2週間前、ハーブつながりのみなさんと「植物の物語を読む会」を行ないましたノート
ウィルス感染と隣り合わせの昨今です。
少人数とはいえ、消毒や換気に細心の注意を払い、手洗いやsocial distance についても皆さんのご協力をお願い致しました。
いつになく緊張しつつのお出迎えとなりましたが、やはり、顔を合わせ、目を見て話ができることの楽しさは、かけがえのないものですね。
笑顔がたえない時間でした。

さて、
この日のお題の本は「花さき山」でした。



作品が発表されてちょうど50年ということで、​「花さき山 五十周年」特設サイト​も開設されています。
「聞いたことあるけれど、どんなお話しだったかしら?」と思った方は、ぜひそちらもチェックしてみてくださいね。

「花さき山」をお題に決めたのは、昨年12月のこと。
1年をしめくくるささやかな忘年会の席でした。
言い出しっぺは私だったのですが、あとあと考えてみると少し不思議でした。

なぜなら、私はずっとこの物語がそれほど好きではなかったのです。
切り絵の美しさには目を見張るものの、筋書きには共感しがたい部分もありました。
忍耐や我慢を美徳とする「昔風の考え」を、できれば受け入れたくない思いがあったのかもしれません。
ですが、12月半ばのあの日、みんなで「花さき山」を読むというアイディアが、
ふっと降りてきたのです。

子ども時代の私は、忍耐強い子でした。
ちゃんと我慢のできる良い子だったと思います。
でも私は、そんな自分が嫌で、「変わりたい」思いを抱いていたのです。
だから、好きな物語の主人公は海外児童文学のおてんばな女の子たち。
赤毛のアンだったり、大草原の小さな家のローラ、あしがなおじさんのジュディみたいに、
自分の意見をはっきり言える女の子に憧れていました。
「なりたい自分」をおいかけているうちに、思春期を迎える頃には、
私もそれなりに「ハキハキした女の子」になっていたような気がします。

その私が、なぜ今「花さき山」だったのだろう……と考えてみました。
昨年あたりから、「やはり人生には我慢も大切」と思うことが増えていたかもしれません。
生きる力も十分でなかった子供時代には、我慢が必然でした。
20代~30代は、知力も体力も充実して自信が増している時だから「我慢なんてカッコ悪いわ。やりたいことをやるの!」って感じでした。
40代~50代、「自分が絶好調の時には、誰かが我慢をしてくれていたのかもしれない」ということを考えるようになりました。自分が我慢をすることで、誰かの支えになれるなら、それも素晴らしいことなんだと腑に落ちました。

おそらく人生には、周期的に我慢の時がくるのではないでしょうか。
我慢は、ただただつらく、後ろ向きで、ネガティブなものでしょうか… そうではありません。

誰かを思って我慢するとき、遠くの山にひとつの美しい花が咲く…
そう、「花さき山」はそんな物語なんです。

今、地球のあちらこちらで火の手が上がるように、ウィルス感染が広がっています。
冬が終わり春を迎えて、心もカラダも外へ向かいたい気持ちでいっぱいだけど、
みんなじっと我慢しています。
そして、その我慢は、自分だけじゃない、他の誰かを守っています。
きっと今頃、遠くの山には美しい花がひとつ、またひとつと咲いていることでしょう。

英会話の先生に、「花さき山」のストーリーを教えてあげたら、
VERY VERY JAPANESE ! っておっしゃいました(笑)

はい、確かに、いかにも日本的な物語。

でも、こんなことができちゃうんだよ、ニッポン人はウィンク
「すごいでしょ?」

そう言って胸を張りたい私がいました。

「花さき山」は、いまの私たちに、あまりにタイムリーなお話しでした。
4か月前に、この本を選んでいたことも、大きな不思議な力に背中を押されていたのかもしれませんね。

ずっと遠くの山に、あなたが今日咲かせた花がある…
みんなの花が集まった、一面の美しい花畑を思い浮かべてみてくださいね。
心にひとすじの光が差し込むように、ほっと明るい気持ちになれますように…

長くなりました。。。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます四つ葉






TWITTER

Last updated  2020.04.12 17:29:17