636964 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

とんがりチャーチ

とんがりチャーチ

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

フリーページ

プロフィール

yukari@hong kong

yukari@hong kong

カレンダー

カテゴリ

2009年06月28日
XML
カテゴリ:国際結婚
実は先々週父が透析の後に倒れました。

血圧も高く呂律も回らず足の運動障害もでていました。

そして先週透析の中に40度の熱を出し意識を消失。

そのまま入院になりました。

ものすごく不安で不安でWアンテイーズの

今のうちに子供を預けて一人飛んで帰るつもりで

飛行機等の手配をしていたのですが

婦長をしている姉が面会に行って状態を確認してくれ

今すぐには帰らないでいいよと判断してくれました。

しばらく不安な日々が続きましたが、

今日母に電話をしたら

『明日の検査結果次第で帰れそう』と言う事でした。

よかった、一安心。

一安心とはいえ又同じ事を繰り返す可能性もあるので

油断はならず安全のため車を運転するのをやめ

地域の透析患者医療サービスを受ける事にしました。

公にしていなかったのですが

事情をお話しした職場の方、

そしてマンションのお友達、ご心配をおかけしました。

お声をかけてくれた方々、本当にありがとう。







国際結婚をして海外にすむ事を決めた時に

親の死に目に会えないかもという覚悟は決めてました。

ここ香港は日本への飛行機の数も多いし

『近いから間に合うかも?』な距離ですが

ヨーロッパや南半球、アメリカで暮らされている方は

そういう方も多いのではないでしょうか?





英国人姑は私とまったく同じ立場で

昨年イギリスで大姑がなくなった時、

シドニーにいて間に合わず葬儀にも参列できていませんでした。

大姑が在命の間はしょっちゅう帰ってたし

帰るたびに『これが最後かもしれない』と思って

お別れをしてきたそうです。

大姑は96歳でした。

姑は最後にあえなかった事に寂しさはあれど後悔はなさそうです。




一時帰国の度に年老いて行く両親を見るのは本当に寂しいものです。

特に私達は駐在の期間が決まっているわけではありません。

数年後には本帰国して

日本で親のそばで暮らせるという保証はどこにもありません。



子供が大きくなるという事、

それには当たり前のように年を取る者がいるという事実があります。

高校生の頃、随分と両親に反発しました。

卒業してすこし離れた生活をしだして

母親が大好きになりました。

でも父はまだ打ち解けられず。

シドニーに仕事を辞めて行く時、

父に反対しながらも関空まで送ってくれました。

国際結婚をしたいと打ち明けた時に

大反対したけど結局はおれてくれた父。

『うちの敷居はまたがせない』といいながらも

夫君を迎えに駅まで来てくれました。

結婚してそこから距離がぐっと近くなった気がします。

親が元気なうちに

文句も口答えも言えたりするんだなと思います。



私も姑の話を聞いてから

毎年の帰国の度に父の姿を眼に焼き付けていました。

でも今回の件で弱々しい呂律の回らない父の声を聞いたり

『YUKARIにはこの事は言わないで欲しい』と言っていたこと
(当日にはばればれですが)

気の強い父が兄に

『歩くのを支えてくれ』とお願いをした事を聞いて

出来る距離の香港に住んでいる限り、

出来るだけの事はしたい、

そういう自分の気持ちに気がつきました。

一時帰国は年一度だけ、と決めていましたが

両親が元気でいる間はもう少し回数を増やそうと思います。


来週、退院した父と実家であえるといいな、

そしてもっと素直に話を聞いたり、話せるようになりたいです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009年06月28日 22時46分13秒
コメント(10) | コメントを書く
[国際結婚] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.
X