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2008年02月21日
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カテゴリ:ホメオパシー
感じたことを信じますか? というのが今日の問い。




「蛇が恐い」

これも恐怖というひとつの感覚。
毒蛇だろうが毒のない蛇だろうが「蛇が恐い」(Lac-c.)。
咬まれたことがあるわけでは無いし、触った事さえ無いのに恐い。

理屈無しに「恐いもの」は多くの人が持っている。

蛇やゴキブリ(Phos.)だったら共感してもらえる事が多いが、
教会(Arg-n.)、警官(Cupr.)、など
その理由を勘ぐりたくなるものが恐い人もいれば
尖ったものや(Spig.)、キラキラ光るもの(Lyss.)など、
他人には些細な事を怖がる人もいる。

自分が本気で恐いと思っている物を、イタズラで目の前に置かれたり
ジョークのネタにされたら不愉快になるだろう。

恐怖だけでなく、
多くの人にとって全然辛く無いカレーを辛く感じる人もいるし
みんなが甘いと感じる物を酸っぱいと感じる人もいるし、
色だって、全ての人が同じように赤い物を赤い、緑の物を緑と見ているわけでは無い。
ある人にとって、たまらなく良い匂いのものが
別の人には失神しそうなくらい臭い物だったりもする。
心地よい音楽だと思って聴いているその音楽が、
別の人には拷問に近い苦痛だったりする事もある。

何を心地よいと感じ、何を不快と感じるか
人それぞれみんな違っていて当たり前。

それを否定されたらどうだろう。

例えば
「何、そのうるさい音楽」
「うわ、くっさ~!」
「マズっ!」
などと、自分のお気に入りを否定されたら嫌な気分になる。

そこで、むっとした顔をすると
「そのくらいの事で怒るな」という圧力が加わったりする。
特に、少数派のお気に入りであった場合にこれは起きる。

この「嫌な気分」というのもまた物質的な物では無く「感じる」の範疇の話。
感覚というより、感情とした方がしっくりくる。

他人のちょっとしたひと言でムカッときた表情を捉え
「冗談の通じないヤツ」と烙印を押されてさらにむかつく。

または、

他人の言動で感じた怒りや違和感を口にしたら
「あんたが怒るような事じゃないじゃん」と言われたことで
自分が間違っているような気分になって落ち込む。

そして「くだらないことで凹むな」とさらに追い打ち。



こんな風に、自分が感じた感覚や感情を周囲に否定された経験が
全く無い人はいないと思う。

子どもの頃から日常的に周囲の大人から感覚や感情を否定され続けたら
たぶん、自分自身の感覚や感情を手放して
周囲がどう感じているのかを敏感に察知してそれに合わせるようになる事が多い(Thuj.、Carc.)。
否定され続けても、自分自身の身体と心で感じ続けられる人は稀だと思う。


子どもの不機嫌は大人には都合が悪い事が多い。
うるさい、周囲の人の目が気になる、私が何をしたというのかという怒りなど
子どもに機嫌を直してもらいたい理由が大人の都合であることは結構多い。

私も「泣くな」「怒るな」と子どもに言った事がある。

けれど、泣いたり怒ったりするような感情が心にある限り
ご機嫌モードになど切り替わるわけが無い。
大好きなお菓子や、キャラクターなどで、
ごまかすのもひとつの方法かもしれないが、
不機嫌のタネに共感するだけで機嫌が直る事もある。


子ども時代は、感覚や感情を否定される機会がとても多くて
自分の感覚と感情を丸ごとしっかり維持したまま生き延びるのはとても難しい。

母親と生活しているだけでも「泣くな」「怒るな」という否定だけでなく
「これが美しい音楽だ」という親の好みの刷り込みに曝される。

幼稚園など集団生活が始まると
好むと好まざるとに関わらず「ルール」に従わなくてはならなくなる。

そして学校に上がるとこの「ルール」は益々複雑になり数も増え
いちいち、好き嫌いを感じていたのでは、やってられなくなる。
これはたぶん中学生くらいの時にピークになるのではないだろうか。
髪型、服装、持ち物など細かな規則があり、
「ともかくルールに従え」と高圧的な態度に出る教師がいたら、
たぶん、どんなに嫌な制服でも髪型でも「嫌い」という感覚・感情を麻痺させて
なんとかやり過ごそうとするようになるだろう。
だって恐いから。
恐怖は命を守るために必要な感覚・感情だから
好き嫌いや快不快などという感覚よりもずっと維持しやすい。

けれど、恐怖だって行きすぎると麻痺させるようになる。
PTSDで、恐怖に非常に敏感に反応するStram.の状態はよくあるが
魂が抜けたように、恐いシーンでもへらへらしている麻痺状態がOp.である。

成績という評価で先生が生徒を見るようになったら
成績の優秀な生徒は、先生にとって「よい生徒」となり
成績が芳しくない生徒は、
先生にとって「好ましく無い生徒」というレッテルを貼られる事になる。
それを目の当たりにした、中くらいの成績の生徒は
「なんかヤな感じ」と思っても、もはやそれはぼんやりした物でしかない。

「国が決めた事に従順に従う国民を量産するための教育システム」

学生時代に友達と話していて「中学って辛かったよね」という話になった時
だれが言ったのか忘れたが、そんな言葉が出て
ぴったりだなと皆で納得した事がある。

私たち日本人の多くがこの
「国が決めた事に従順に従う国民を量産するための教育システム」による
学校教育を受けて大人になっている。

このことと、いま社会で問題になっている事とが
関係無いとは決して言えないと思う。

食べ物を求めている衰弱した路上生活者の女性に
役所の人は、お湯で戻さなければ食べられない非常食の乾燥米を渡した。
その女性は役所の人たちの前で、
役所の駐車場の冷たいアスファルトの地面に横たわったまま亡くなった。

そんなことが昨年末に起きた。

役所の人は「出来る事はやった」と言う。

役所として出来る仕事の範疇内では、そうなのだろう。

でも、人として出来る限りの事をしたと本気で思っているのだろうか。

「自分は役所の人間だから」その範囲でできることをしようと考え、
目の前で弱っている人も人間で、自分も同じ人間であるという思いが無かったから
こんな事になったのでは無いだろうか。

「気の毒に」と感じてそれを行動に反映させる事ができたのならば
人として出来る事を、役所として出来る事よりも優先する事が可能だったと思う。

非常にやりきれない気分になるエピソードを引いてしまったが、
これほど極端ではないものの
人として感じた事を反映させる事が出来なくなっている例は
そこかしこに見ることができる。

薬害訴訟における行政の対応や、学校のいじめの対応などがまさにそうだろう。

役人や教師のあいだだけでなく、一般の人の中にも
「感じたままの行動」に対して嫌悪感を示す人たちがいる。

経皮毒の話になると
「科学的根拠が無い」という理由で、
皮膚を通して体内に取り込まれ有害な作用をする物質の存在を否定する人が現れる。

ワクチンの話になると
ワクチンを打ちたく無いと感じる人たちの言う理由に
「科学的根拠が無い」そして「ワクチンを打たない人がパンデミックの元凶」だと言う。

感じた事で自分の行動を決めている人に対して
理論で責め立ててくるので、全く話がかみあわない。

感じている事の中には、
役に立たない思い込みもあるし、勘違いもあるし、全てが正しいとは思わない。
だから自分の考えに固執するのは愚かな事で
いろんな人の考えを聴いたり読んだりして、知識の幅を広げる事は大切だと思う。

けれど、自分が感じた事を自分で信じられなかったり、
信じる事を許されない社会なんて、
あまりにも狭量で歪んでいると思う。

特に「恐いから遠ざけたい」という思いは
中国製の餃子で食中毒が起きたときに
冷凍食品全体の売り上げが落ち込んだ事からも
多くの人が持っている思いなのだと確認できた。

この「恐い」という思いが食品であれ、玩具や、薬品であれ、
安全な物を見極めるための情報収集に繋がり
その情報から得た知識によって考えを変え
「やっぱり大丈夫」という思いになることもあるだろうし
「やっぱり恐い」」となることもあるだろう。
これは人それぞれなのだから幅が出るのは当然。

しかし、ワクチンについてはこの幅は許されない物らしく
多数派の強みなのか、
行政が推奨しているという後ろ盾を錦の御旗とでも思っているのか
「その恐怖には根拠が無い」と言われてしまうのである。

確かに科学的根拠は無い。理論的に説明しろと言われても難しい。
なぜならワクチンに都合が悪いデータが出そうな研究や調査には予算がつかないから。

だから今は、悲しいかな自分の感覚を信じるしかないだけのことなのである。




もう一度言っておく。

私たちの多くは
「国が決めた事に従順に従う国民を量産するための教育システム」
によって、感覚を鈍化させられている。

だからせめて安心or恐怖を感じたら、
それを大切にしよう。






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Last updated  2008年02月21日 15時52分27秒
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