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現代サーカス

2007年04月08日
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カテゴリ:現代サーカス
フランスに来て色々なことがありすぎて、いろんな人に会いすぎて、ヤバいぞ、私の頭のメモリーはいっぱいになっているかもしれない、いや、なっている、現実に。

しかし冷静になるんだ。整理整頓が必要だ。よくコンピューターでもあるじゃない、そうそう、最適化するんだ。いらない穴を埋め、きゅきゅっと詰める、これ大事。

とはいっても、このブログで要点整理するわけにはいかないので、折角撮った写真を載せて、ざざーっといきまーす。
はい、現在の私の部屋(の、一部)。
studio
インターネットもつながるし、ちょー快適!
そしてバスティーユ広場のすぐ近くっていうのが最高なのだ。この地区は、いつも賑やかで、おしゃれやアートにも敏感な若者たちが沢山集っていて、昼も夜も楽しい!

それからそれから、CNAC(フランス国立サーカスアートセンター:フランスで頂点に立つサーカスエリート学校)のディレクションでそれまでのサーカスと一線を画す流れを作ったベルナール・テュラン氏(様々な役職を兼任しているが、現在はCNAC準備校であるロニー・スーボワ校の学長である)のお宅訪問!
bernard studio
部屋の一部が工房になっていて、ロフト2階からはなんと空中ブランコのホンモノブランコが!
私に渡したい本があると言ってくださって、ここで本を受け取り、その後はテュラン氏の車で一路、ロニースーボワ校へ。
ロニーには巨大テントがある。
生徒たちの訓練、発表の場でもあり、外から公演を招くこともでき、かつ同テント内で授業なんかもできる、とにかく巨大なテントなのである。
rosny bernard
このテント、建築家によってデザインされたこともあり(通常の規格内テントは専門の工房でデザインも施工も行う)、設営撤去にえらい時間がかかるんだそうだ。というのも、ここに恒常的に立てておくことを目的としてるので、普通のツアー用テントとは用途が違うんである。

中はどんな感じかな?っていうと…
rosny interieur
これもほんの一部。
お、生徒たちががんばってるわい!(じじいか私は?)
fildferiste

ついでにテントでトイレも拝借…あ、そんなことはいいか。

最後に、私の大好きなデザコルデのテントもチラ見せ。
chapiteau desaccorde

テントはたいてい、こんな感じ。
街の郊外などで、周りに建物が少ないところに建つのです(だから行くのが大変)。
たどり着く、っていう感覚がとってもいいんだけどね。

で、私のやっていることはっていうと、今は写真や映像集め…それはもっぱら突撃作戦でカンパニーや写真家の方々に当たっているからいいけど、もっと堅いところに話を持っていく場合、まずは「きちんとした」名刺や企画書を整えなきゃ話にならない!と所長に言われ、毎日そんなことで奮闘中…。
所長にまで「未知子はいっつもかばんを3個抱えているのかい?」って聞かれる。
日本でもそうだったけど、荷物が多い。だって、いつ何時誰に会うか、どんなメモを取るかわからないと思うから。
それらを抱えてもガシガシ階段を登れる時、えもいわれぬ誇らしい気持ちになる私…(←やっぱり変?)






Last updated  2007年04月09日 03時28分39秒
2007年04月01日
カテゴリ:現代サーカス
フランスに到着してそろそろ1週間、しか経っていないとは信じられないほどいろんなことがあった6日間。

数え切れない人々に会い、これからの動きの糸口をたくさんもらった。
じっくり時間をかけて整理しないと、折角の出会いを取りこぼしてしまいそうで、早速ファイルを買い足す。

そして昨日は…
2年前から観たいと思っていた、デザコルデというカンパニーの「雨のあと」という作品を観に、パリ郊外のアントニーに足をのばした。

アントニーのすぐそばだと勘違いしていた。
余裕の顔して劇場にいくと、
「サーカス?ここではやってないよ。」と、涼しい顔のおにーさん。
そんなっ!

慌てて他の人にも聞きまくり。
「ほら、あそこにポスターが張ってある、あのサーカスを観たいんですけど、テントはどこでしょう?」
劇場にいた一人が突然びっくり顔になってまくしたてた。
「サーカス?!それなら送迎バスがもうすぐ出ちゃうわよ。劇場を出て右。走って!」

はいっ?!

走れって言うから、とりあえず走る。ホンマかいな~。
走りながら疑ってた私の目の前にバスが「ぬっ」と顔を出して。うわっ、轢かれる~。
すばやく(?)身をかわし、運転手さんに向かって叫ぶ。
「さささ、サーカス、行きたいんですけど、これですか~?」

ちょっぴり呆れ顔の運転手さん。
「必ず間に合わない人がいるって、わかってたよ!」
へ、すみません~。

とにもかくにも、ぶぶーっとバスに乗ること5分。
見えてきた見えてきた。赤いかわいいサーカステントが2つ!

入口で私を待っていてくれたローリー。
手には、私の名前の印字されたチケットが。

「終了後はアーティストに会いたいんですよね?飲食ブースのテントに来てくださいね」
はぁい。

あー、心臓ドキドキ、どんなに待っていたことか~。

地面に近い、サーカステント。雨の日には下が少し濡れてしまったりするので、同じテントでも日本で行われるシルク・ド・ソレイユのテントとはえらい違い。
でも、この「屋外であり、屋内である」っていう感覚が、やっぱりいいのだ。

湿ったような、懐かしいようなにおい。
アーティストがブラウニーを焼いている。これって、「チャーリーとチョコレート劇場」みたいな効果があるよね。劇中にほんとに焼けたブラウニーを観客に振舞うんだけど、「香り」を漂わせるっていうのが演出であることは間違いない。にくいねっ。

白熱灯、(フランスではいまやあまり見かけない)電柱、水溜り(舞台装置)、サーカスのキャラバンワゴン、そしてさりげなく、空中ブランコと綱渡りのワイヤーが。

ノスタルジックなメロディと、歯ブラシの音や蛙の鳴き声。

それが時にコミカルに、時にリズミカルに、会場を浮き立たせる。

彼らについて初めて知ったのは、サーカスアーティストの友人と色々な作品のVTRを観ている時だった。
「ほら、デザコルデ。彼らのテクニックはほんとにすごいんだよ。」

本当に、画面で見る限り、すごかった。
だからかな。作品全体の雰囲気とかそういったことより「テクニックに強いカンパニー」というイメージがあったのだ。
それが、いい意味で覆された。

テクニックは、すごい。
でも、それを感じさせないということがもっとすごい。
つまり、観ていて「テクニックがすごいな~」と思うときは、演出や演技にどこかぎこちなさがあって技術ばかりが目につくか、単純にテクニックにばかり重点が置かれているときなんである。
彼らは違う。
テクニックは、安心して観ていられるのだ。だからこそ、そのほかの演技と演出を十二分に楽しむことができるというわけ。

公演後、早速サブテントでワインを片手にアーティストたちと言葉を交わす。
こうこう、こんなところが良かった、と一通り語った後、自分でも意識していなかった本音が漏れた。
「あぁ、私はやっぱりprogrammatriceでいたいよ。」
programmatrice、つまり、公演を現実に企画し、主催する人間。
いまはとにかく、本を出すこと。それに専念する。それだけでもやることは信じられないほど沢山あるから。

でも、本当に、本当に公演をつくりたい。
だって、彼らの、この、そのものを見せたいんだもん。日本のお客さんに。

この、サーカスの、サーカスにしかない世界、親密でちょっと秘密めいた温かさ。
テントの赤い色が室内全てを染め、ちかちかと黄色がかった小さな電球が点滅する。
皆の話し声や笑い声が、寄せては返す波のように会場に溜まっている。

たった1枚の幕で外気から遮断された、別世界。
この世界を、どうやって伝えたらいいんだろう?
生身の体と、生の空気しか、本当に伝える手段はないんじゃないか、そんなことを思ってしまう―。






Last updated  2007年04月02日 03時40分09秒
2007年03月09日
カテゴリ:現代サーカス
フランスに出発する前に色々やることがあるはずだが、「旅立つ」ことに関する具体的作業(例えばエアチケットのこととか、あっちで住む場所のこととかお金のこととか)はそっちのけになっていて(ま、最低限はやってるけど)、どうやら私が受け入れてもらうオール・レ・ミュール(パリの国立大道芸サーカス情報センター)は私に日本の祭りや大道芸についての情報を期待してるらしいとわかり、焦って能や文楽、歌舞伎なんかについて付け焼刃で勉強してみたり…。

今日も今日とて、スタバで席に長時間居座って必死で文楽の本を読んでいたところ、
「ぷるるっ♪」
と、メイルが一本…。はて?どちら様?

見ると、オール・レ・ミュールからのメイルである。
なぜかオール・レ・ミュールは私のアドレスとして携帯アドレスを登録しちゃってるらしく、長ーいメールもいっつも携帯…オイオイと思いつつ、指摘するのがめんどくさくて今日まで…。

中身をつつつーっとスクロールして見てみると、円卓会議の案内だった。
最初、いつもの情報メールかと思っていたが、会議の日付は3月28日。こりゃ、本格的に「出席したほうがいいよ」というメッセージである。会議の場所は、パリのラ・ヴィレット公園。

内容を見てたら心臓がドッキドキしてきた!
うわー、朝から晩までびっちりよ。
おまけにすごいメンバー。
サーカス大道芸専門家や大学の教授はもちろん、劇場のディレクター、サーカス学校の校長、サーカス学校の教師、そしてアーティスト等等…。はっきり言って、オール・レ・ミュールのディレクターに先日「私は滞在中に誰誰誰、に会いたいです」と書いて送った人物リストの人びとがほとんど入ってる、かも。ひえっ、興奮!

最後におまけ。
「ご希望の方は夜、サーカスの公演をごらんになることもできます。」

もー、ひゃー、ドキドキだよ~。
円卓会議、到着3日目にしてすごいプログラム。
こりゃ、精神的にも体力的にも超ハードだけど、滞在のはじめにこんな機会はまたとないチャンス!苦労は買ってでもせよ、とゆーが、この苦労は「買い」でしょ。

早速返信。
「登録します!いちおう確認メールくださいね。」

以上。日本から、多分レスポンス一番乗り?!
がんばるぞ、おう!






Last updated  2007年03月09日 19時00分17秒
2007年01月25日
カテゴリ:現代サーカス
「今回の公演がもし成功したとしたら、それはここにいる2人の女性のせいだから―。だからフェリアの男性陣は必ずこの2人にキスしてから帰ること!」

フェリア・ミュジカ川崎公演、初日公演のはねた後、観客がいなくなった劇場に用意された、手作りの宴。

フェリアのアーティストたちとテクニカルチーム、セリーヌ、フィリップ、そして日本のスタッフたち。みんながリラックスして、ひとときの談笑を楽しむ。
その席で、ACCの西田さんがこんな宣言をしたから、私たちはその言葉どおり、男性陣から次々にキスの嵐を受けることになった(ほっぺにね!)。

ほんとうにほんとうにこの公演を成功させたのは、ACCの皆さんをはじめ、ボランティアでも一生懸命関わってくれたたくさんのスタッフたちなのだ。
それでもそう言ってくれた皆さんの寛容さに、心からお礼を言いたい気持ちだった。

あれから1週間。

今回の公演は、なんだか不思議だった。
いまや実は主催者でもなんでもない私が、川崎という、自分の活動拠点から随分遠いところで、あたかも主催者のように仲間に入れてもらった。
そのうえ、私のいる北海道からこんなに離れた場所で、これまた日本各地から、久しぶりに会う友人やお世話になった方々が次々に集まってくれたのである。
そのときの私はといえば、周りにも明らかな興奮状態だった、らしい…。

こういう有頂天って、本当に自分が責任者でいる現場では、やっぱりありえない。
自分が責任を持つ現場のときは、逆に情に流されすぎてはいけないから、自分の中で、カンパニーとだって適度な距離を置かなければならない。

けど、それはそれで好きなんだ。そういう緊張感。だって、それが主催者の醍醐味だもの。
自分が動かしてるっていう責任感。それはイコール充実感でもある。

やっぱり私は舞台をつくりたい。
舞台袖から見る舞台が、私はどこより好きなんだ。






Last updated  2007年01月25日 23時05分43秒
2007年01月22日
カテゴリ:現代サーカス
今現在、整理しなきゃいけない情報と整理しなきゃいけない状況は、私の頭の処理能力をオーバーフローしてる。

昨年末のもちつき大会の裏方でフル回転した「もちっこ」のイメージが脳裏から離れない。

今の私の頭の中は、「もちっこ」に入れすぎた餅と同じ。
いくら回してもまとまらない。強制的にぐるぐる回される餅は、はみ出した体をゆがめながらグロテスクにダンスする…。
ぬいてやらなきゃ、ダメなんだ。

つまり、容量を少し減らすしかない。私の処理能力が急に上がるなんてことあり得ない。

つまり、やるべき仕事を1つ1つ片付けて、重要なことに取り組める状態にするしかないのだ。

やるべきこと、それは今の職場の仕事だ。いくつかの、稼働中の仕事。それから引継ぎ。
これらをやらなきゃ、実は両腕いっぱいに抱えてる構想に取り掛かれないのだ。

実は両腕だけじゃなくて、背中にも二宮金次郎ばりに構想を背負ってるし、足元にもいっぱい運ぶべきものが置いてある、そんな状態。

川崎で、フェリア・ミュジカのセリーヌと沢山話をした。

ある朝、彼女に付き合って午前中浅草に行くつもりでホテルのロビーで落ち合った。
「ゴメン、朝食食べ損なっちゃったから、隣のカフェで軽くコーヒーとパン、食べていい?」
と、彼女。
モチロンいいよ。と、私。

隣のエクセルシオール・カフェに入り、禁煙席にふたりは座った。
「あれ?いいの?ここで」
「いいのよ、大丈夫」
いつも煙草を手にしてる彼女だけど、私に気を遣ったらしい。ま、長居するわけでもなし…。

ところがどっこい。
話し出したが最後、3時間以上もえんえんと顔を突き合わせて色んなことを語り合っていた。

「ね、喉がかわいたし、おなかも減っちゃった!ここで何か食べる?それとも場所かえる?」
「場所変えようか。…実はちょっと煙草も吸いたくて。」

と、カフェを出て、私たちは歩き出した。もう浅草は、いっか。明日行くわ…。

10分ほど歩いて、カンパニーの皆のお気に入りの、いつものカフェに落ち着いた。結局。
案の定、彼女のパートナー、ブノワも合流する。
「どこに行ってたの?ふたり」
「結局ね、カフェで喋ってた!」
「朝から?!」
くすっ、と3人で笑う。

彼女と話したこと、それは、1年ぶりの他愛のない話、ではなく、実にノート何ページにも及ぶ様々な情報を彼女が私に伝えてくれたのだった。

あなたの本に役立つ情報をできるだけ伝えるわ。
まず、この組織を知ってる?サーカスだけじゃないけど、パフォーミングアートに関わる団体や個人が登録しているのよ。よければあなたも登録するといいわ。色んな情報が得られるわ。

それから、執筆してもらうには、この人も加えたほうがいい。
多分、あなたが情報センターで出会う人がくれる情報は、いわゆる「お墨付き」のついた人や組織のことよ。でも本当の、生のサーカスの世界を伝えるのはこの人たちよ…。

ああ、舞台技術や運営について学びたいの?それならあなたにぴったりのところがある。短期コースが沢山あるのよ。教授陣は第一線のプロフェッショナルばかりよ。普通、授業料がかなり高いけど、あなたが滞在中所属するオール・レ・ミュールが関わっているから、便宜を図ってくれる可能性は高いわ…。

次から次。
出るわ出るわ、よくもまぁこれだけの名前や組織名を知ってる。

彼女たち、フェリア・ミュジカのような、その世界では名の売れたカンパニー、パリのラ・ヴィレットで公演をできるようなカンパニーのマネージャーともなれば、そのネットワークは計り知れない。それは一昨年のカアン・カアのマネージャー、ロランスも同様だった。

ぴりりと、気持ちが引き締まる。やるべきことは、山ほどある。

そしてまた、タイミングよく、オール・レ・ミュールの代表、ジャン・ディーニュ氏からのメールが入る。
「私の東京行きは5月まで延びてしまいました…だから、あなたに会うのはパリになりますね!その前にあなたのやりたいこと、必須項目をリストアップしてください。それが叶うようにこちらでできるだけ手配します…」

頭を整理するんだ、とにかく頭を。
やるべきこと、1つ1つやっていかないと。
そして組み立てる。

余分な時間は全くない。今は、そういう時なんだ。

焦るな!と、自分に言い聞かせる。
きちんと、誠実に。一足飛びでなく、ひとつ、ひとつ。
大きな目標ほど、焦っちゃだめなんだ。
確実に、ひとつずつ。






Last updated  2007年01月22日 21時47分34秒
2007年01月05日
カテゴリ:現代サーカス
「会社を辞めて、サーカスと大道芸の世界で生きていきます、私」宣言のメールを、ばしっとパリにいるセバスチアンに送ったのは12月初めだった気がする。
2004年に北海道で初めてヌーヴォー・シルク公演をやった時の演出家で、主に俳優業をやっている友人だ。

速攻、返事がきた。マメなやつだのう、と感心感心。
「すごい!よくやった!いや、正直いってホントにやるとは思わなかった。ブラボー!」
ははっ。いつものように直情的表現、ありがとう。
にへっ、と笑った私の眉の端がくきっと曲がったのは次のくだりだった。

「…で、部屋を空けてあげたいけど、事情が変わって新しい住処の改築がぜんぜん進んでないんだ。だからごめん、どう努力しても、キミに部屋を貸してあげられない」

くきっ。
そーかいそーかい…肩落とし、がっくし。
ブルーになっちゃって返信するのを忘れて放置したまま、1ヶ月。
そんな昨日、ぽいっと1通のメールが届く。お、セバスチアンの名前だぞ?どれどれ。。。

見ると、セバスチアンが友人からのメールを転送してくれたものだった。ふむふむ、アレクサンドラさん。
「1月から9月の短期間で、部屋のシェアをできる人を探しています…友人などの紹介でもOK、だけどサンパ(感じのいい)な人にしてね!」
まじ?!ほんと?
早速アレクサンドラさんにメールをパコパコ。「かくかくしかじか、3月から6月までフランスに行く、セバスチアンの友人です。もうちょっと詳しい情報がほしいんですが…」

返事くるかな、来るといーな♪
ダメでもともと、それならステュディオでも借りるさ!

いっつも「忙しい!」を連発されるけど、するする掴みどころがなくて雲みたいなんだけど、やっぱしセバスチアンは友人に違いない、と改めて思う私なのであった。






Last updated  2007年01月05日 18時35分37秒
2006年12月25日
カテゴリ:現代サーカス
ついに、群馬県みどり市にある、国際サーカス村を訪ねた。
といってもサーカス村という村があるわけじゃなく、国際サーカス村協会というNPOがあり、そこで運営する資料館やサーカス学校があるのだ。

わたらせ渓谷鉄道に揺られ、山と山に抱かれながら小さな一両編成列車がごとごと進む。
眼下には、たくさんの丸い石の上をすべる、やさしい流れの川が見える。
空気は少し冷たいけれど、穏やかな日差しである。

午後いちばんに神戸(ごうど)に到着すると、アフタークラウディーカンパニー(ACC)の方が出迎えてくれた。サーカス村村長の西田さんの経営するイベント会社だ。
大きくはないが、数多くのサーカス公演や大道芸、たとえば世界的に有名な大道芸カンパニー、ストレンジ・フルーツの招聘なども行っていたりして…。

その西田さんの活動の最も重要な場所に位置するのが、サーカスアーティストを育てる、サーカス学校に違いない。

沢入国際サーカス学校は、サーカス資料館から車で少し走ったところにあった。
廃校になった小学校は、サーカス学校に生まれ変わった。

学校の体育館というのは、実はサーカスには結構向いている。
なぜなら、むき出しになった頑丈な鉄骨は、空中ブランコなど大掛かりな器具を取り付けるのに最適なのだ。一般の建物で同様の鉄骨を使えることはとても少ない。

体育館に入ると、俊敏な動きで若い男の子と女の子が笑い声をたてながら駆け抜けていった。
皆、もうすぐ始まる発表会に心浮き立たせ、やや興奮ぎみだ。
20人近くいる。卒業生も加わっているようだ。
顔は普通の若者だけれど、サーカスアーティストらしく、みなしっかりとした体つきをしていて、男の子は上半身裸になればはっきりわかる。サーカスをやる人、にしか与えられない、美しく無駄の無い筋肉だ。
これは全世界変わらない。
いのちを支える、自分の体を自分の意思で支えられる体。
人は、こうしたものを目の前にして、自らの虚弱さを思い知らされる。

出し物は、おおよそ彼ら自身で考え、生み出していく。それに技術的指導を与えるのが先生の役目。先生は、ウクライナからきたテシェンコワ・ナジェイジダ先生だ。
先生は練習の時は大変厳しいらしいが、今日は生き生きとした生徒たちに目を細めている。

ecole 1
生徒の中には、まだ始めて半年という若者もいるが、中にはモスクワサーカス劇場に出演が決まった、香山啓さん(大一輪車)と高村篤くん(ジャグリング)のコンビなどは、正直、自分が想像していたレベルをずっと超えていて、思わず口をあけて見てしまった…これが、数年前にゼロからサーカスを始めた人たちだとは!

ecole 2
様々な個性やレベルが入り混じっているが、間違いなく純国産のサーカスアーティストが育ってきていることに拍手を贈りたい。

ecole 3
夜は、西田さんの手料理(ものすごいご馳走!)で、ACCの方と3人、鍋を囲んで夜更けまで楽しく話した。

ecole 4
それもそうだが、資料館のすごい数の書物に驚き、自分が学ぶべきことの多さを見せ付けられてたじろいでしまった。
すでに絶版になった本が山のようにあり、おそらく日本ではここ以外でこれだけのサーカス関係の文献を一度に手に出来るところはないだろう…。

とりあえず自分が「読むべき」と思われる本のタイトルと著者名などをリストアップしていく。
ずらずら~っ。
とほほ、いつ読むんだろ?

翌朝、このリストを手にとった西田さんは、おもむろに書棚に向かった。
そしてなんと、ばさり、ばさりと1冊ずつ、机の上に貴重な本を無造作に投げ出した。
私はぼーぜんと眺めていた。

合計10冊近い本を私はお借りすることになり(返すも返さないも自由だけど、という言葉を添えて…でももちろん返します!)、喜びの興奮に飛び跳ねそうになった。
中には昭和33年発行、などというものもある。
いったい世の中のどこに、こんな本が残っているというのか?!

これらの本を色あせた布袋に入れて、私に渡してくれた。
この布袋は、かつての飛び芸?の芸人さんの使っていた袋だという。それだけで、当時のサーカスの様子が脳裏に浮かんでは消える…。

ようようとした日差しの中、西田さんは神戸の駅まで車で送ってくれ、ホームに電車を見つけると、2人で重い荷物を持って階段を駆け上り、駆け下りた。
見ると、運転手が悠々と外で煙草を吹かしていた。
なんだ、焦る必要もなかったか…。

ようやく発車のベルが鳴り、一両列車はごとり、ごとりと動き始めた。
遠ざかるホームに、手を振り、やがて背中を見せて再び階段をあがっていく西田さんの黄色いトレーナーが見えた。
列車がカーブを切り、渓谷の山が、その黄色い点を瞬間吸い込んでいくまで、私はその風景を目に焼きつけていた―。







Last updated  2006年12月25日 16時00分55秒
2006年11月25日
カテゴリ:現代サーカス
金井圭介ワークショップ「逆さからはじめよう」、そして映像&トーク「金井圭介が語る!ヌーヴォー・シルクの今」、2つのイベントが無事終了いたしました~。ぐふ。涙!

this is 1
(写真:ジャズ喫茶「ジスイズ」カウンターで開演を待つ金井さん)

ワークショップは4日間にわたり、延べ60人近い人が参加してくれたし、トークは…直前に決まったから集客が厳しかったけど、釧路の名物ジャズ喫茶「ジスイズ」のいい雰囲気の中で盛り上がりましたよ♪
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トークは、2002年にNHK・BSで放映された「地球に好奇心」という特集番組などを紹介しながら進められた。この番組は、フランスの超エリートサーカス学校、CNAC(国立サーカスアートセンター)に日本人として初めて入学を許可され、卒業した金井さんを中心に、CNACの生徒たちの卒業制作を追ったドキュメンタリーです。

何を隠そう、私のヌーヴォー・シルクとの出会いはこの番組でした!
といっても、その時は頭に「なんだこれ??」っていうハテナマークが飛びまくって、なんかスゴいぞ!と思いながらも、なんだか消化不良なままだったんだけど。

それから2年、2004年に、その金井さんから札幌芸術の森に持ち込まれた「ヴォヤージュ」公演の企画を知ったときは正直、後頭部からガコーンと鐘が鳴って、体に電流が走って冷や汗が出た。くらい、ビックリした。
ウソみたいだと思った。
絶対に、絶対に関わりたい、と強く思った。

なので、私にとってこの番組は大きな記念碑的意味があるのだ。

で、何年か振りに番組を見てみると、当時全くわからなかった色んなことがわかった。
その中の1つが、卒業制作の演出を担当したフィリップ・ドゥクフレが「伝統サーカスとヌーヴォー・シルクを融合させる」ことを目指したってこと。
そうだったんだ!

今年のCNACの卒業公演にはホンモノの馬が登場する。
これも、昔からのサーカスに立ち返る意味がある。なにしろ、伝統的なサーカス舞台の大きさは、馬を操るのに最も都合がいい13mと決められていたくらいだ。

金井さんがドゥクフレと卒業制作をしたのって2001年くらいだからもう5年も前になるけど、すでに「伝統に立ち返る」必要を感じていた人はいたんだなぁ…と改めてわかる。

最近、ダンスにサーカステクニックが取り入れられたり、サーカスにヒップホップダンスやバレエが取り入れられたり、映像が多用されたり、ジャンルの境が曖昧になってきている。
ジャンル横断的な創作の流れは面白いけれども、皮肉なことに、サーカスアーティストひいてはサーカスそのもののアイデンティティが問われることになりかねない。
いったい、この作品は何なの?
いったい、あなたは何のアーティストなの?

だから、すごく斬新なアイディアが求められる一方で、伝統的サーカスに立ち戻る動きが必要になってきたんだろう、と思う。

サーカスはサーカスであれ―。

皆の期待を一身に受けて鮮やかにこの世に飛び出した「新しいサーカス」が、空中分解してしまわないために…。






Last updated  2006年11月25日 11時38分58秒
2006年11月22日
カテゴリ:現代サーカス
20日から、釧路のスタジオ・ダンス・ヴィジョンでヌーヴォー・シルクアーティスト、金井圭介さんのワークショップが始まった!

「逆さからはじめよう」
じゃん!タイトル!

atelier 1

神妙な面持ちで話を聞く参加者たち。
普段、ダンスをやってる皆さんですが、今日は逆立ちに挑戦だ!

逆立ち、と一言でいってもかなり奥深いのねぇ…。
とにかく体をまっすぐ!とわかっていても、逆立ちすると体はS字になりがちなのだ。

なんでまっすぐなのか?
それは、肩や腰に負担がかからないよう、研究された結果なんだねぃ…。

atelier 2

うまくなってきましたよ。

中には自由自在に「独り立ち」できる人もいて感心~。

私もやりたくなってきた!






Last updated  2006年11月22日 17時33分23秒
2006年11月21日
カテゴリ:現代サーカス
「あっ!違うよ、これは血じゃないったら、トマトだよ~」
circ cric

カメラを向けた私にお茶目な顔でポーズをとった彼。
スペインのサーカス団、シルククリックの調理場トレーラーでお仕事中の専属料理人です。

おっ!
アヤシイ上半身はだかオヤジたち(ゴメン)。
circ cric
ポーランドから来た、テント設営の作業員のみんなでーす。

先日、シルク・クリックのJesusから、「シルククリックの写真集を編纂しているんだけれど、あなたの撮った写真を使わせてくれませんか?」っていう依頼メールがきて、「どうぞどうぞ♪」っていう返事を出してから3日ほど…。
今日、Jesusから再びメール。
「ありがとう!僕たちが使いたい写真はコレとコレ」
と、添付してあった5枚の写真。へー、この写真?!意外、と思った。

1枚は上の料理人の彼、1枚は作業員のみんな、1枚はテントの布をめくった仮設席の骨組み…。
要は、サーカスのきらびやかな表舞台に出ない、縁の下の力持ちたちの写真だった。
意外、というのは、他にも写真としては結構きれいなものがあったのに、Jesusが使いたいと言ってきたのは、スナップ写真みたいなフツーの写真が多かったから。

でも、しばらくして納得しちゃった。
きっと、サーカスの表舞台の写真って、彼らもいっぱい撮っていて、それは山ほどあるんだろう。
けれど、サーカステントを建てる裏方の作業員やまかない料理人、テントの下の写真なんて、「普段」すぎてわざわざ撮ってなかったんだなぁ、って。

日本からきたアヤシイ訪問者にとっては、裏も表もぜーんぶ新鮮!だったから、どこもかしこも等しく写真を撮ったんだ。
それが役に立つなんて、ちょっとうれしい。
この訪問にも、何か意味があったんだなぁ、なーんてね。

しかも私を喜ばせたのは、最後の添えてあった言葉。
「ひとつお願いがあるんだ。GRACIASを日本語でいうとなんていうか、教えて。」
そしてもうひとつ。
「写真集を3部送りたいから、送り先を教えてくださいね。」

やっぴぃ!嬉しすぎ!

心がほかほか、温かい。






Last updated  2006年11月21日 18時41分25秒

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