183074 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

らぴすと LA PISTE

PR

Profile


らぴすと

Favorite Blog

Performer SORA Chocolatier RInさん

Category

Archives

2019年09月
2019年08月
2019年07月
2019年06月
2019年05月

全92件 (92件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 10 >

現代サーカス

2009年05月31日
XML
カテゴリ:現代サーカス
まだ正式にアップされてませんが、越後妻有アートトリエンナーレ期間中の8月13~16日にまつだい農舞台で開催するカンボジアサーカス

サーカスシアター「カンボジア、僕らの村で」のホームページできました!

ぜひぜひ見にきてくださいねー!!








Last updated  2009年05月31日 08時49分16秒
2009年01月23日
カテゴリ:現代サーカス
自分のサーカス本の最終段階で、久々にサーカス資料や映像を見ているためか、少し遠ざかっていたサーカスの感覚がもどってきた。

それは嬉しいことなんだけど、思わず知らず、眉間にくぼみができていることがある。
うむー、と唸ってしまう。

フランスのサーカス関係各所から、一日に何本も「新作発表」「公演予定」みたいなお知らせメールが届く。
ほとんどは「ぽいぽい」って、何も考えずにゴミ箱に運んでしまうのだが、どうしても目に留まってしまう種類のメールがある。

それは、自分が一度見て、頭を抱えてしまうほど良くなかった作品が、いまだ有名劇場(サーカスの世界ではね)を回っているのを見るときである。

なぜそういうことが起こるか。

その原因はフランス独特の「事前買取システム」にある。

商業ベースに乗らない現代サーカスの場合、創作や公演のための資金が常に不足する。
だから、各地の劇場やフェスティバル開催者がネットワークを組んで情報交換・情報共有し、「今イチオシのアーティストは誰々」
ってな具合に決めちゃうわけである。で、制作段階から資金・会場提供などで協力する。
選抜のさいには、一発屋ではなく、過去の活動も当然重視される。

それで名前が挙がったアーティストは超ラッキーなわけで、あちこちの劇場から(作品ができる前から!)お声がかかる。
その会議で気に入られなかったアーティストは、公演先や創作場所確保に大変苦労するわけだ。

で、じっさい、モノはどうかというと…

難しいんだなー、やっぱり。
いっくら実力保証のアーティストでも、前回良いからって今回も良いとは限らない。
しかも、そういった関係者会議では、作品事前プレゼンテーションの上手い人のウケがよいのだけど、会議のプレゼンが上手い人がいいアーティストとは限らないじゃん!!!

…というわけで、やっぱり、大変当たり外れがある訳である。

でも、いったん選ばれたら1年、2年先まで公演予約が入ってたりして、劇場主催者たちも

「こりゃぁ~…やっちゃったかも…」

とは言えずに、えんえん回るわけだ。

えーん。

ごめんね、こんな批判めいたことを言って。
でもそういう困ったちゃん作品が「ばばーん!」とでっかく宣伝されてて、本当は素敵な作品ははずれてたりするのを見るとね…

いや、もうすぐフランスサーカス万歳の本を出すんだけど。
こういう面もあります、ってことで。






Last updated  2009年01月23日 09時43分54秒
2008年07月09日
カテゴリ:現代サーカス
もう少しでフランスに旅立つ(短期だけどね)にあたり、一番の目的である大道芸フェスティバル「シャロン・ダン・ラ・リュ」の行われる、シャロン・シュル・ソーヌの宿が取れず、ここまで。。。

この間、2ヶ月。

パリのオール・レ・ミュール(フランス国立大道芸サーカス情報センター)の所長やディレクターアシスタントに頼み込んですら、このありさま。

もうダメかい、寝袋で野宿かい?
と、思いかけていた今日。

ついに来た、来ましたよ~。実行委員会からのメールが。

「町の中心から歩いて10分のところのホテルの一室がありますが、いかがですか?確認のお返事お待ちしています…」

いかがも何もアナタ、素晴らしいです、まじで!!!

ああ待ってよかった。神様ありがとう。
それにしてもフランスって、いつも本っ当にぎりぎりなのよね~。

かくして、ようやく旅の準備に身が入るってもんです♪

同時に、戻ってきてからの動きも忙しくなりそうだ。

食欲わいてきたぞ(いや、もともとあり過ぎなんですけど…)。
がんばろ、オウ!






Last updated  2008年07月09日 21時17分44秒
2008年06月19日
カテゴリ:現代サーカス
久しぶりのフランス行き。たった11日の滞在だけれど。

気づけば6月も半ばすぎ、あと1ヶ月を切ってる?!
わ、ちょっと焦るべき?

いちばん気になっているのはシャロン(シュル・ソーヌ)の宿。
フェスティバルのときは本当に、取れない!
もう1ヶ月以上探しているのに、まだ。

色んな手を使ってみたけれど、エイ最後の手段っ。
パリのオール・レ・ミュールのパトリシアにすがりつき。
「もう1ヶ月探してるけどまだ宿が取れません…本当に忙しいのにごめんなさい、でもどうしてもあなたの助けが必要です」

しばし、待つ。
いつものよーに、待つ~。

そして1週間あまり、ついに返事が。
「ごめんなさいね、雑誌ストラーダのダイジェスト号のまとめに入っていたものだから」
…そして、宿は…?
「大丈夫、来週なんとか探してみるわ!ただし、この時期は本当~にとんでもない状態だから保証はできないけど…」

もうその気持ちだけで充分!
いや、きっとパトリシアはやってくれるはず。
パソコン画面の前で思わず合掌~。

幸いアヴィニヨンの宿は見つけられた。
3年前にお世話になったベルナールの家。
「場所を空けて待っているよ!」
う、ぐすっ。ありがとう~。

空港にはサーカスの友だちが迎えにきてくれる。
「巨大トランク持ってくる?それともかばん?ほら、それによって車かバイクか決めようと思って」
「巨大トランクは持ってかないけど、巨大かばん持ってく。だから車が助かるなぁ~♪」

パリのエヴリンもメールをくれた。
「娘の部屋をあなたのために準備しておくわ。息子の部屋は中国人ダンサーのルーが使うことになってるから。それと彼のガールフレンドもね!」
エヴリンとディディエのカップルは、いつも両手を広げて客人を迎えてくれる。
私の親というには若すぎるけれど、パリのおとうさん、おかあさんみたいなの。

短い旅、でも濃いだろう、旅。
貧乏旅行は人情旅行。

フランスは、サーカスは、今の私をどんなふうに受け止めてくれるかしら。







Last updated  2008年06月19日 19時46分14秒
2008年06月17日
カテゴリ:現代サーカス
前回書き込みしたのはいつだっけ??

多分2週間くらい前なのでしょう。。。なんだか忙しくて、日めくりカレンダーがぱらぱらぱら~っと飛んでくイメージです。

いま6月、半ば?オゥ、信じられない~。

先週はデザイナーさんと編集者さんとの打ち合わせで始まったんだ。そうそう。
デザイナーさんが出してくれた、本のデザイン第一稿(部分)にかなり満足!
力のこもったデザインで、本のタイトルロゴも既成のロゴでなく、イメージにあわせてこれから作ってみてくれる、という。

なんとありがたい話なんでしょう(涙)。彼が動かされたのはやっぱりクリストフの写真の力が大きいと思う。
それが証拠に?!母は言った。
「すばらしい写真と、ちょっと素人くさい文章のミスマッチが絶妙」

…そうですか、ええ、そうでしょうとも。
あまりに言い得て妙で、反論する気もおきないし。
というか私も実はそう思ってたのさ~(ヤケクソ)。

週の後半には新潟へ、びゅん。

来年開催される越後妻有アートトリエンナーレ、のまえに、今年の夏も妻有で大地の祭りが開催される。
要するに、アートトリエンナーレは言葉の通り3年にいっぺんだけど、その間の2年の夏にも小さいバージョンで祭りをやって活動を継続してるのだ。

今回妻有に行ったのは、大地の祭りがもともとある地元集落の祭りと連動していけるよう、事前調査をする目的なのだ。

限界集落といわれる、高齢化が過度に進行した集落も少なくない。
地元の祭り自体、細々と続けていればまだ良いほう、ほとんど消えてしまっているところもある。
木造の古い家屋は、雪国特有のつくりで、高~く厚~く降り積もる雪を見越して一階部分に窓がなかったりするが、案外天井が高い広々とした室内にびっくり、貴重な建物だと改めて実感。

それにしても、出会う人々は笑顔で迎えてくれる。

前の職場でも、比較的似たような仕事に携わっていたことがある。
小さな町をめぐって、地元の人たちに協力してもらい、細かい細かい細かいことまで話して、
「じゃあ、一緒に何ができるだろう」
と頭を寄せ合ったり。

それは果てしなく気の長い作業のように感じられたっけ。

改めて、自分の立場が少し変わって、うーん、結構変わって、同じようなシチュエーションにいるのがなんだか不思議に面白い。

で、今の自分に何ができるだろう?

ひたすらサーカス目指して猪突猛進してきたこの1年半だけど、もうそろそろ「自分」だけじゃなく、「人と何をやっていくか」にシフトする時なのかも。
と、じんわり考えたりしてる。






Last updated  2008年06月17日 20時53分42秒
2008年05月27日
カテゴリ:現代サーカス
なかなか本のデザインも上がってこないし、若干停滞気味だったムードを吹き飛ばすべく、金はなくともとにかく動くことにした!

自分が動かないと、何も動かないし。

-フランス語をもっと磨くことにした →アテネフランセに通い始めたよー。もうこうなりゃ本当のホンモノを目指してやる、てなもんで。

-夏にフランスに行くことにした →やっぱりフェスティバルには行かないと。3年前にアヴィニヨンに迎えてくれた人がまだ在住で、泊めてくれるって。やっほーい♪

-こないだ写真家クリストフの親友と称するフランス人が東京にきた。いったい何歳で何をしている人かもわからないけど、まぁクリストフの親友なら会いましょう!って会ってみたら良い人。イル・ド・フランス(パリなどを含む地方)の役所でイベント担当をしている人で、なんとシルク・イシと一緒に仕事をしてるっていう。。。今度紹介してくれるって。やったぁ。(シルク・イシには何度も会っているのだが、いまいちお近づきになっていない)
ちなみに彼を新宿ゴールデン街に連れて行ったら大喜び!なんと二日連続、しかも帰国前夜の最後の夜をそこで過ごし、「今回の旅でここが一番気に入った!」と叫んでいた。あーよかった。きっと二日酔いで12時間のフライトに入ったことでしょう…合掌。

そして、まだ不確定だけどいくつかのプロジェクトが見えている。
さぁどうなるか…
不安だらけだけど、それも楽しんでしまう人間になりたいね。

バンガロー、じゃなくて、ガンバロー。






Last updated  2008年05月27日 15時03分31秒
2008年05月15日
カテゴリ:現代サーカス
上野公園に行った。

国立西洋美術館の「ウルビーノのヴィーナス」がもう少しで終わってしまうので、うっかりしてたら見逃すと思い、天気もよいので足を向けてみた。

サーカスサーカス言っているが、こうみえて私、美術史を専門としていた時代もあるのだ。
しかも時代は18世紀。
美術史の世界でもどっちかっていうと、人気がナイ時代(少なくとも私がフランスに行って勉強していた時分はそうだった)。

まぁ、専門は18世紀だけれど、それ以前も好きである。
ブリューゲルなんか、大好きだ。
バベルの塔を見ていると、ぐぐぅ~っと引き込まれ、自分も塔の中にどんどん歩いていって暗~い室内を見ている気分になる。おおバベル、人間の愚かさよ。

ファン・アイクやメムリンクの絵の、絨毯や真珠の描写が異常にリアルなくせに、子どもの顔が老人みたいだったり、遠近法がとっても中途半端で手前の人間が妙に小さかったり、なんだか頭の混乱する世界も好きである。

まぁそんな訳で、ヴィーナスにとりわけ思い入れがあるわけではないが、水を欲するように、ちょっと古い時代の絵を時々どーしても見たくなるのである。
で、水をぐびぐび飲みに、西洋美術館へ、いざ。

と、ここまで言いつつ、今日伝えたいのは美術展の話ではないのである。

上野公園といえば、大道芸好きな人ならピンとくるはず。
そう、東京都のヘヴン・アーティストの指定活動場所なのだ。
上野公園にくれば、かなりの確率で大道芸アーティストを見られる。

にわか大道芸フリークになりつつある私。
その中でもやはりお気に入りは雪竹太郎さんである。
「あぁ~。こんなところでユキタケさんがいればなぁー…」
と、上野公園で歩きながらひそかに独りごちる私の目にとびこんできたのは、オウ!紛れもない、そのユキタケさん本人ではないか!

驚きである。運命である。
いや、そんな訳はないが。

とりあえず今日は良いことある~(涙)♪
浮かれ気味の私の横に、ちょっと着こなしの独特なマダムが一人。
どうも独り言が多い人のようだ。
あまり気にしていなかったが、いよいよユキタケさんがお賽銭箱に見立てた箱の前で投げ銭待ちのアピールをしていたとき。
その人の声がはっきり聞こえた。
「まったく本当に、あの人大人げない。お金をせびるなんてとんでもない。」

そして、その言葉を私の耳に残したまま、その女性は足早に去っていった。

おばさん、いえマダム、違うんです。
大道芸人はお金をせびっているのではないのです。
あなたも劇場に公演を観に行くときは、公演のチケットを買いませんか?
大道芸というのは、そういうシステムではなく、あくまで観た人が主体的に金額を決めて払う(あるいは払わない)のであって、それはむしろ勇気あるアーティストのチャレンジだと評価すべきではないですか?

お客さんが「面白い」と思わなければ、財布を開いてくれない、あるいは近寄ってもくれない。
天気が悪ければそそくさと立ち去る人もいる。

大道でやるということは、劇場でやる人よりレベルが低いという意味では、もちろん無い。
ただし千差万別、ピンからキリまであるのは事実。

つまり逆に言うと、試されているのはアーティストだけではないということ。
観る側にも「観る目」「選ぶ判断能力」が必要ということ。

まず立ち止まって観ると決めること、そして最後まで観ると決めること、投げ銭を払うと決めること、額を決めること―。
全部、観る側が決めることだし、決めてよいことなのだ。

つまり、より主体的で自由な公演を観ているのであって、投げ銭は、払うほうももらう方も恥ずかしいことでは勿論なく、素晴らしいものを魅せてもらったと感じたら、公演のチケット代くらいの額を払ってもぜんぜんおかしくないのである。

だって、大道芸人はそれで生計を立てているのだし、それは劇場で演じるアーティストとなんら変わらないのだから。

なーんて、大道芸初心者の私が語るのも図々しい気もしますが、今日のマダムのように「大道芸人は物乞いをしている」と勘違いする人がまだ結構いるのは確か。

どうにもひと言書かずにはいられなかったのです!






Last updated  2008年05月16日 18時24分17秒
2008年04月26日
カテゴリ:現代サーカス
「ユキタケ・タロウを知らないのか?え、知らない?!」

まじでビックリ仰天というか、あきれたというか、そんな表情でクリスチアン・タゲさんは言った。昨年6月、パリで大道芸サーカス情報誌「ストラーダ」のため、クリスチアンと私の対談が用意されたときのことだ。
日本から現代サーカスを求めてやってきた私と、現代サーカスをひっさげて日本で活躍するシルクバロックのクリスチアン。この二人が対談したら面白いんでないか?と編集者が思ったらしい。

結果からいうと、どうも話がうまく発展せず(かなりの部分、私のせいか?)、ストラーダには私のしゃべった話のほんの一部がキーワード的に載っただけ。
タゲさん、ごめんという気分。

それよりもタゲさんは、私が日本人大道芸アーティスト「ユキタケ・タロウ」を知らないということにあきれ顔だった。
「きみはサーカス専門といっても…日本にもすばらしい大道芸アーティストが沢山いるんだよ。君は大道芸アーティストを知らなすぎるねぇ!」
ほんとに、トホホ、お恥ずかしいかぎり。

そんなこんなで今年は行くぞ、野毛!
そしてくだんの「雪竹太郎」氏のパフォーマンスを見なければ!

どーんよりした雲の下。
いや~な予感を抱えつつ、2時間かけて野毛の町に到着。

ぽつ、ぽつ、と雨粒が顔に当たった。
通り雨だろう、と高をくくっていたものの、雨は次第に大粒になり、こりゃ本格的な雨模様。
寒いよぉ、帰りたい…と思っていた私の目にあるパフォーマーの顔が飛び込んできた。

私はユキタケ・タロウさんを見たことがなかったから、それが彼だとは最初わからなかったけど、大勢の人ごみの中で妙に視界にひっかかる人がいたのだ。
それがユキタケさんだとわかったとき、雨も寒さも吹き飛んでしまった。

雨は本降りになる。
ユキタケさんはパネルにきゅっきゅと文字を書いて、数人の待ち人に見せた。
ただいま検討中、という。あと10分ある。空模様をみて、パフォーマンスができるかどうか決めたいということだ。

おりしも他のパフォーマーたちは早めに店をたたんだり、はじめから中止にしてしまったりし始めていた。

考える、考える、
そして。
彼は舞台装置の準備を始めた。
うれしい!見られるんだ!

ぱらぱらと降る雨、そんなことは関係なく、人々が徐々に集まってくる。
彼の芸はマイムである。
人間美術館、というタイトル。

彼の体の動き、ポーズ、そして顔の表情で、私たちは世界中の美術作品を旅する。
そのたびに、お腹がよじれるほど笑った。
考える人、弥勒菩薩、モナリザ…
それぞれにウィットに富んだ味付け。洒落てる、そして抱腹絶倒。

最後は観客が主役になって(させられて?)、大団円。
雨も上がってしまった。

風邪をひいても、いいや。
これからまた2時間かけて家に帰るけど、それでもいいや。

まるでフランスのサーカステントの不便さと同じだけど、「それでもいいや」と思える、そのことがうれしい。
ほんとうに、素敵なパフォーマンスに出会ったときは、ひとつひとつが大切なプレゼントだと思う。
人生にプレゼントの数は決まっていないけど、そのたびに、なんて素敵なことだろう。
運がいいなあ、運がいい。

ひさびさ、そう思えた今日の一日。






Last updated  2008年04月26日 19時41分52秒
2008年03月11日
カテゴリ:現代サーカス
ふと気づけば、もうすぐ1年が経つ。
会社を離れ、事実上、独りの足で駆け出した昨年の3月。

フランスに発ち、無我夢中で「サーカスを求めて」走り巡った。
1年が経ち、経ったと気づいたとき、黙り込んで考えてしまった。

私は、前に進んでいるんだろうか?

何も見えない、進む先のマニュアルもない、追う背中もない。
ただ、自分という、何の後ろ盾もない存在になったとき、自分で作るしかない、看板を。
その看板が、本だと思った。

方向性は見えているとはいえ、今後どのように具体的にすすめるかのビジョンは簡単に形をとってくれない。
そんな中、執筆、出版という私の中の軸は大いに役立ってくれたし、支えになってくれたと思う。
なにしろ本を書くためには、まるで氷山のように、書かれない部分の知識と経験が巨大でなければならず、見ても見ても、読んでも読んでも、訪ねても訪ねても足りない気がした。
その果てしない渇きのような苦しみを(ほんの一山だが)越えてみると、手の中にどっしりと何かが詰まっていた、そんな感じ。

前に進んでいる気がしないのは、向かい風が強くて足が千鳥足を踏むように右へ左へと振れるからで、やはり前に進んでいる、と思った。

苦しいとき、自分に自信がもてなくて虚しくなるときに思う。

たった1年と少し前、私は何を考えていただろう?どんな状態にあっただろう?
何を望んでいただろう?

するとまるでつい先程の感覚が舞い戻ってくるみたいに、瞼の裏には鮮やかにその頃の風景が蘇ってくるのだ。

独りでいたかった。そうでなければとても耐えられなかった。
たった独りで喉から嗚咽をもらしながら、これからの自分を求めて、刺すような風にあえて向かって歩いた。
足の筋肉に伝わる疲労のような興奮のような感覚だけが、自分の体に力が残っている証のようで、地面を踏む足だけに神経を集中した。

ますます強く凍る風に体を押されながら、坂をあがり、夕焼けを見た、ひとりで。

いま、1年。
手のひらを見る。
ぎゅっ、と握ってみる。

あれから、私の中に何かの能力が備わったわけではない。
人間としての才能が開花したわけではない。
けれども、これほどたくさんの人の顔が、今の私の脳裏に詰まっていて、
それは1年前にはなかった。

人、人、人。
頭から溢れ出しそうな、出会った人の数々。
その中の話、そしてこれからの話。
私にとっては、この1年の収穫はそれなんだ。

今は人との関係をぎゅっと無理やりひと束ねにしているだけで、形になってない。
けれど、これは確かに、いちばん大切な財産であり、待っているだけでは決して手の中に入ってこない類のものだ。
私は人に出会うことがとても好きだし、知らない世界に生きる人の話を聴くことが何よりも楽しい。
とはいえ、だからといって、人と会うストレスやプレッシャーが人より少ないとは思えない。
しかも外国で、自分はどこかに所属しているわけでもなく、大きなプロジェクトに加わっているわけでもない。
自分というものを相手にわかってもらうまでに、自分の持つほとんど半分のエネルギーを要し、あとの半分で用件の説明と話し合いをする。
それはとても疲れる作業だ。

けど、ほとんどの場合、虚しい気持ちで終わることはなかった。
つまり、虚しいとか恥ずかしいとか憤りとか、ネガティブな気持ちが、知った悦び、新しい関係ができた悦びに勝ることはほとんどなかった。

1年。
これからは?

まだわからない。
何も確かなことはない。

けれど、まだよく見えない稚児のようなものが、自分のなかや周りに生まれ始めている感覚はある。

それが生きるのか、消えてしまうのか。
わからないけれど、はっきりしてる、後悔は何もない。






Last updated  2008年03月11日 20時48分53秒
2008年01月25日
カテゴリ:現代サーカス
群馬のサーカス村生活ルポしよう~

…と、来る前は思っていたものだが、実際身を置いて自分の本の執筆に集中し始めると、本以外のものに向ける「書くエネルギー」が沸いてこない、ということがわかった。

残念!

なーんて、そう残念でもないかな。

ここは特別。
ぱこぱこ、パソコンとにらめっこ。
うぬーと悩んだら本棚をぶらぶら。おっ、こんな本もあったよラッキー♪みたいな。

サーカス学校のあつし君とけんた君も呼んで、6人の楽しい食卓。
「おれの部屋?暖房ないっすよ。お茶飲んであったまるんス。あ、湯たんぽもあるし。」

ほろり。
雪もちらつくこんな山間で、サーカスアーティストは体が丈夫じゃなきゃなんない。

フランスのサーカスアーティスト、ジュリアンも、冬のさなかに水風呂でぜんぜん平気。
私のためにお湯の出るお風呂を貸してもらって、自分は水風呂に入ってた。
なーんて、思い出す。

たとえば十代のとき、親元を離れてコンビにもない山間に、サーカスをやりに何年も自炊して暮らす、そんなことができる若者がいる。
それぞれに、泣き笑い、いろんな思いがあるに違いない。
サーカス学校の生徒たちは「普通とちがう」と思われることもある。

でも、彼らはあんなに若いときから、これほど削ぎ落とされた世界に飛び込んで、自然と近いところで、自分の腕で何かを開き、自分の脚で歩こうとしてる。
そんな勇気、ある人はこの世の中にどれくらいいるだろう?
少なくとも、私が十代の頃ならば、とても考えられなかった。

日本の子どもたちは…と、よく語られるけれど、私はこんな若者たちがいることに勇気付けられる。
単純に、すごい、と思う。

普通って何だろう?
普通って、少なくとも「正しい」ことの保証じゃない、大多数だというだけだよね。

当たり前だと思ってた「普通」ってことを、全部ひっくり返してくれたのが、私の人生におけるサーカス。
サーカスの暮らしも、サーカスの技も、すべてが何もかもひっくり返してくれた。

それは案外、多くの人に必要なことじゃないのかな。






Last updated  2008年01月25日 20時53分19秒

全92件 (92件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 10 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.