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越後妻有より

2009年08月24日
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カテゴリ:越後妻有より
ほへ~。

おっと、ため息ついてる場合じゃない。
そうです、ここ越後妻有は大地の芸術祭ど真ん中。

怒濤の日々が始まったのは7月26日。気付けばもう1ヶ月経とうとしてる!おぅっ。

あまりの怒濤に全く書き込みできない日々が続き、その間にやったイベントは大きなものだけでも映画「しゃったぁず 4(フォー)」公開プレイベント、「ミドリ祭りGreen Music Festival with NOWHERE」、「サーカスシアター カンボジア、ぼくらの村で」「BEATアジア」。。。

もうほんと、めくるめく日々でした。

オープニング直後のミドリ祭りはまさに汗と涙。

あれほど時間と労力をかけて手作りで舞台と音響照明、装飾をがんばってやったのに、降り続く雨、雨、雨に地面は泥んこプールと化し、ああ、無情…。

若いみんなが、ぎらぎら太陽にさらされて肉体労働を続け、ようやく完成したのに、なんで。
野外ステージを泣く泣く諦め、小さな建物の中に仮舞台を即席で用意した。

それでも約600人を集めたのは偉い、と私は思ってる。
心の中で拍手、みんなは言いたいことを飲み込んで、笑顔をつくったりする。

オランダから来たノーウェアをこんなに温かく迎えてくれてありがとう。
妻有の、実行委員会のみんな、ダンサーのみんな、シンガーのみんな。

彼らには一生忘れない旅になったはず。

カンボジアはもちろん特別だった。

蓋を開けてみるまで、いったい誰が来てくれるのかわからず、不安は風船のようにふくらみ、私は飽和状態。

心臓が空気をはらみすぎて苦しくなったり、逆に空気がなくなって顔が青くなるような、そんな感じ。

初日、300人の観客が会場を埋めた。

ここ妻有で、1回450人の目標値はあまりにも高かった。
いろんな反省がある。
いろいろ勉強した。

自分を嫌いにならないように、でもぎりぎりで冷静に批判できるように。

ここ、妻有で、イベントを成功させるにはどうしたらいいんだろう?
集客、ペイライン、内容の充実。
価格は上げられない、農舞台のキャパシティは小さい、でも良いものをやりたい。
そんな無茶なわがままを、どう実現できるというのだろう??

私はそんな秘策を持っていない。
ただひたすらにがむしゃらに、汗水かいて走り回った。

と、思う。最後には。

いろいろある。
思いは本当にいろいろ。

たかだか人口3700人の松代地区にあるまつだい「農舞台」に、カンボジアサーカスに4日間で1,400人の人が来てくれたこと。
観た人が「楽しかった、すごかった」と素直に言ってくれたこと。

ほんとうは、ペイラインにはほど遠い。
それは私個人の敗北。

それと別のところで、何かが生まれて、何かを変えてくれてたらいい。
ほんの少しでも。

ああ、本当にいろんなことがあった前半戦。

オランダ、カンボジア、インドネシア。
地元の若い仲間達、おじちゃん、おばちゃん。
笑顔、そして汗にゆがむ真剣なまなざし。

全部が鮮明で、刺さってくる。

さぁ、これからが終盤戦。

まだまだある。
人形浄瑠璃。
舞踊、などなど。

エンディングに向けて、気分を一新しなければ。

たとえ空が高くなっても、風が軽やかに舞うようになっても、まだ終わらない。
終わっていない、私たちの夏は。






Last updated  2009年08月24日 21時18分02秒
2009年07月12日
カテゴリ:越後妻有より
昨日は山に竹を取りに行った。

十日町からわざわざ車で長岡まで1時間半かけて、一緒にイベントをやる十日町の若者たちとともに車とトラックで乗り合い、一路竹取りの旅♪

イベントの会場装飾に竹が必要なのである。
経費節減のため、自分たちで取る!ってわけ。

40本竹とって来るぞ~!

…と、いきまいていたものの、竹林を前にわれら4人の小ささは明らかである。
竹の背、高っ。10mくらいあるんじゃない?

手前の竹はちょっとご老体である。
明らかに色が茶色っぽくて、あんまりほしくない竹である。

うむー。
目指す竹はやや5mほど分け入ったところか。

ぶぶ、ぶぃーん!とチェーンソーを片手に勇ましく竹やぶに入っていく若い男二人。
普段はロン毛に口の下ピアスの彼である。
「俺の作業着なんて超めずらしいよ。絶対着ないもん。」
確かに見たことない。

汗が吹き出る。
彼らの引っ張り出す長~い竹の枝打ちがわれら女子2人の作業である。

私はのこぎり、彼女は鉈をもって作業に熱中する。

ぎこぎこ、ガンガン!

下を向いてると顔に血が上って二人とも真っ赤。トマトみたいになってる。

つらい。竹ってこんなに枝あったっけ?

大体、何百人も来るイベントのこと、なんで4人でやってんの?
絶対今日暇なやついるよ。めんどくさいだけだって!

そんなことを言っている声もまばらになってきて、後半、ほぼ無言。

エンドレス、インフィニティ、無限。

われらは40本を諦めた。
30本が体力と気力と時間の限界。

1本1本の竹が重いのなんのって!

それを2本、2人で前と後ろを持って運ぶ。
7~8mはある。

重い、もう駄目、減らない、竹~!!

トラックに運び、固定する。
お、結構やるじゃん。プロっぽい結び方、かっこいいねぇ。

もうドロドロ。あせもホコリも体中を覆ってる。
早く帰ろう、時間ない!
でもさぁ、ご飯食べようぜ。俺、おなかペッコペコ。
…無理!ご飯は、ないね。

ういーーーーーっす。

30本の竹、でも目茶めちゃ、愛着わかない?
わくわく。きれっぱしももったいないもん。

そしてわかったこと。
「植物性だからお肌に優しい♪」
っていう化粧品の決まり文句は嘘っぱち!

植物はかぶれるぞぉ~っ。と。

でもなんだかサワヤカなんだな。

かぶれもおさまり、ヤブ蚊被害も2箇所だけだった。

案外大丈夫な自分に、ひそかに自信をもった4人であった-。


*…もちろん許可をとった竹林です!念のため♪






Last updated  2009年07月13日 09時15分04秒
2009年06月05日
カテゴリ:越後妻有より
芸術祭まであと2ヶ月を切って、やること山積み、たぶんやってもやってもやっても終わらないから、最低限やらなきゃいけないこと、次に重要なこと、出来たらやること…の順にやっていって、ある時点でバスッと切らなきゃいけなくなってくる。

出来る限り、切りたくない、切りたくないけど人間には限界がある。

なので、猛スピードでも淡々と、頭に血がのぼらないように、を心がけてやる。

そんな「芸術祭モード」の日々のなか、私の本は私の中で横に置かれている。
常に心の中にあるけれど、本のことで積極的なアクションは起こせない、心理的・物理的状況。

ただ気になっていたのは、フランスで出版までお世話になった人々や団体に本を送ったのに、なーんのリアクションもなかったこと。

どういう意味なんだろう?

届いてないってこと?(そんなわけはない)

あっちも忙しすぎるから?(それはありうる)

フランス人好みの本じゃなかった?!(考えたくないけど、それもありうる!!)

あと、日本語だらけで「?」過ぎて、反応しようがないとかさ。

なんとなくそういう疑問符が頭の中にわらわら沸いていて、気分がすっきり晴れなかった。

それが昨日。
パソコンをあけると、一気に4本の新着メール。
なんじゃなんじゃ?!

それぞれに全く別な場所から、なぜか同日に「本を見たよ!」メールが届いた。

ジュロからは「ブラヴォー!正直、こんなに素敵な本だとは想像していなかったよ。表紙はサーカスっぽくないけどデザインが目をひくし、中のレイアウトも最高。それからレクザインの写真を載せてくれて本当にありがとう。…ほら何行も、僕が褒め言葉しか書いてないんだよ、すごいことだよ!」

オールレミュールのジャン・ディーニュから。
「夏のSTRADDA(オールレミュールの刊行している雑誌)にこの本について掲載したいと考えている。たぶん欲しいという人が出てくるから、君の連絡先も載せておくよ…」

そしてジャン=バティスト・アンドレからは、本の出版について報せてなかったから本のことじゃないけど、私の最近考えてることを見透かしたような便りが届く。
「しばらくメールしていなかったけど、元気だった?越後妻有のプロジェクトは順調に進んでいる?…つい最近ダンサーとの仕事をして、ものすごく良い刺激を受けたよ。今度は初めて、集団での舞台を創る。僕にとって大きなステップだ。それからいま、来年再来年くらいに、また日本で何かできないか考えているんだ。すでにある作品の公演か、もしくは現地での特別制作か…」

そして彼は付け加える。

「いま興味があるのは、真っ白な中、それか自然の中、そしてランドアート」

そのイメージは私の心にズバン!と刺さった。

いまやりたいのは、「ちょっとやってみる」程度のものではない、サイトスペシフィックな公演。私たちがそのプロになる。
妻有以上に、このプロジェクトに相応しい場所はないのではないか、とすら思い始めている。

比類ない自然と人間の共同作業、造形美の棚田。
河と、山と、河岸段丘。

その中に、世界でも屈指の作家たちのランドアートが点在する越後妻有。

ここで舞台をするなら、この環境を生かしきる方法が、行くべき道であろう―。
そんな風に考え始めている。

越後妻有が全てだとは思っていない。けれど、ここには生かすべきものがまだ山のように眠っている気がする。
もちろん、当初考えていた以上に様々な問題もある。
それらとどう折り合いをつけるか、それはまだ自分にははっきりと見えない。

けれど、ジャン=バティストが提案しているものは、少なくとも今私が見ようとしているものと触れ合ったところにあるように思えた。
真っ白の中、それは都会の劇場を思わせる。(もちろん、劇場で真っ白な空間というのは、真っ黒な空間に比べてさほど多くないかもしれないが)
そして自然、ランドアート。

私たちが生きるのは、田舎だけでもなく、都会だけでもない。
現代を生きる私たちは、ほとんど避けようもなく、その両方にまたがっている。
だから、その二つを結びつける展開が必要なのじゃないか?

フランスと日本、田舎と都会、本と現実―。

遠いようで、いま、何かつながり始めている気がしている。






Last updated  2009年06月05日 08時42分43秒
2009年05月10日
カテゴリ:越後妻有より
さてさてあと一週間もするとカンボジアサーカス「サーカスシアター~カンボジア、僕らの村で」と人形浄瑠璃ヌーベルバーグ「語り伝え唄い繋ぐ日本の心情~UA・人形浄瑠璃・能からのPeaceful Message」のチケットも売り出します!

カンボジアサーカスも人形浄瑠璃もわれらがまつだい農舞台でやりますですよ。

500人程度のキャパシティだが、屋根があるだけの半屋外(屋根とは農舞台の建物そのものだ。四本足で立ってるような変わった形の建物なので、言ってみれば四本足動物のおなかの下みたいな部分がシアター会場になっている。ちなみに農舞台はギャラリー、レストラン、ショップの入ったアート&農業普及施設である)なので、定員はわりと適当…(←正確に出せないって意味ですよ!)。

ここはシアター的要素として、音響照明が備わっているのとなぜかバトンが1本だけ。
実は、なんじゃそりゃ?のちょっぴり半端空間である。

しかしここを生かして「他にない舞台」を作るのが私たちの仕事。
確かに、カバコフの作品と棚田が背景の舞台なんてほかにはない。
使いずらさはあっても、世界中でここにしかないと言い切れる雰囲気を持っている。

しかし問題は客席である。
完全なるフラットでアスファルトうちっぱなし。
愛がないわ~。

初の試みで、仮設階段席をつくっちゃおうとしてる。
誰になんと言われても、これだけは絶対作る!と決めた。
だって、これからの農舞台を「シアター」として生かすためにどうしても必要な試みなのだ。

スタッフも観客も美術のフィールドの人がほぼ全部という環境で、シアターとして生かすという意見はなかなか完璧にはわかってもらいにくい。

百聞は一見にしかず。
とにかく作って見せてみるべー。

で、「なんじゃこりゃ、ダメ!」って言われたら、あいすみません!ってことで。

そのシアターで「なんとなくサーカス空間」を作ろうと思ってる。
つまり、観客は一方向から見るのではなく、コの字に座席を並べてサーカスっぽい臨場感を出そうというわけ。

まぁ、試み。

人形浄瑠璃の吉田勘緑さんも他のパフォーマンスの方々も、そのまま座席を使おうかな~って言っているので、今回はほぼ会期中通してこの仮設階段席が置かれるわけだ。
あんまり「仮設」っぽいと見苦しいとブーイングがきそうだが…。
ベストを尽くします♪

あとはチケットを売るべし、売るべし!

発売日決まったら正式にここでも情報流しますので、皆さん観に来てくださいね~。
損はさせません!






Last updated  2009年05月10日 09時21分34秒
2009年05月07日
カテゴリ:越後妻有より
昼になった。

いや、実は10分フライングで11時50分である。

そそくさとホワイトボードに「昼」と書き、40分で戻る旨、書く。

今日は蕎麦を食べたい。(←今日「も」、だけどホントは。)

とても、食べたい。

ちょっと高めだが、近所の善屋でよいだろう。味はそう悪くない。
高いだけである。

近所に蕎麦屋はないので、スグ食べたければぐっとこらえて払うしかあるまい。

スタスタと無駄なく歩く。
横目でチラリと「はらた屋」を見る。
こちらも悪くない定食屋だが、木曜定休だ。
よく知っている。

それより先に目をやると、我らの農舞台である。
レストランはマクロビに力を入れていて極上だと私は思っているが、残念ながら今日は連休の振替休日だ。

おお、急がねば。
こういう状況ならば蕎麦屋は間違いなく混んでいる。

あと5mまできて、ピタッと足が止まった。
ぬなっ?!

暖簾がない…

くるっと180度振り返る。
常春も休み。

ほとんど「うるっ」とくる。
半径100m全部休みではないですか。

ちなみに半径100mを超えたところに店を探すのはほぼ不可能である。

ちょっと待ってよ…
だから田舎なんだよー。。。
ホラ、私はいいよ、地元だしさ。
でも高速1000円以来、県外からもいっぱいやってくるじゃない。
その人たちはどうすればいいのさっ?!
この山奥まできて、あっちもこっちもさっちも休み♪

目に入るのは、皆のオアシス、セブンイレブン、だけ…。

ああ、ほらこういうのなんて言ったっけ?
そうそう、ホスピタリティって言葉。

この田舎というのは、ホスピタリティが命でないの。
どっこも食べるところがないって、それはイカンでないの。

たかだが昼ごはんに、虚しく言葉だけがわらわらと沸いてくる、午後いちばんのひと時…。







Last updated  2009年05月07日 12時14分15秒
2009年04月15日
カテゴリ:越後妻有より
妻有でシネアストに会う。

私たちの「まつだい農舞台」の裏山のまた裏に、小屋丸という集落がある。
たった数軒しかない集落である。こういう集落はたくさんある。

小屋丸は、とりわけ細く急角度の山道をいくつもいくつも越えていったところにある。

山の谷は深く、けれど人の手によって耕された棚田が温かい。

この小屋丸に2年以上通い続け、映画を撮っているジャン=ミシェル・アルベローラは間違いなくフランスを代表するアーティストの一人だ。
その彼と助手のジョナタン、2人は本当のシネアストとシネアストになることを決めた人たちだ。

シネアストはジョナタン、シネアストになったのはアルべローラ。
2003年の「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」では、小屋丸に新たに建物がたてられ、そこが彼の小さな美術館になった。
その彼は、小屋丸を題材に映画を撮ることにしたのだ。

「ジョナタン、カメラがスムーズに動かない。何が悪いんだろう?」

若いジョナタンはにこりともせず、手を貸す。
彼はアルべローラを「vous」で呼ぶ。
フランス語で「あなた」だが、距離のある、尊敬語である。

アルべローラもジョナタンをvousで呼ぶ。
二人の歳の差はたぶん、30歳くらいだろうか。

ジョナタンは偉大なアーティストへの敬意で、vousで呼ぶ。
アルべローラは本当のシネアストに対する敬意で、vousで呼ぶ。

と、私は勝手に判断した。

切り立った崖のような山道を、重いカメラと三脚、それから録音機、これらを3人で手分けして運んで行く。
息が切れてくるが、絶対に落とすわけにいかない、基調な機材。緊張する。

カメラの前でCLAP(カチンコ)を鳴らすのは私の係となった。
いつもは同僚のアヤコさんの仕事。
今日は私は代役なのだ。

代役でも、半日これを繰り返すと何となく仲間意識が湧いてくるから不思議。

ジョナタンは笑うようになった。

私は訊く。
「ねぇ、この映画は何分くらいになるのかな」
「80分」
「へぇ。80分の映画をつくるためには、トータルどれくらいカメラを回すの?」
確か、ものすごく長い時間撮った人の話を聞いたことがあったから。まるで武勇伝みたいに。

ジョナタンは平然といった。
「5時間くらいかな」
「え?!そんなもの?」
「僕の作品は20分のがあるけど、撮ったのはぜんぶで50分だけだよ」
「そうなの?私はてっきり100時間とか撮るものかと思ってたよ!」

100時間はおおげさだけど。

ジョナタンは、ちょっと誇らしげに、口の端をきゅっとあげてクールに言った。
「それは映画ってものをわかってない人間のことじゃないの」

私はぷっと吹き出した。
ジョークみたいに面白かったからだけど、内心感心してた。

やるなジョナタン。

アルべローラも横でにやりとしてる。

彼らは今年の夏、完成したフィルムをもってやってくる。
フィルムはパリのポンピドゥーセンターなどでも上映されるし、楽しみなんだ。

でも妻有は特別。
だって小屋丸の人たちが、いつもの農作業姿で見に来てくれるなら、それが最高に素敵じゃない。


※シネアスト=映画人






Last updated  2009年04月16日 13時32分41秒
2009年04月11日
カテゴリ:越後妻有より
河岸段丘から信濃川をはさみ、十日町市街をはるばると見下ろす場所に老舗の蕎麦屋があった。
名前が通った蕎麦屋なので、外からの客もよく来る人気店だが、もうすぐ2時という時間だったせいか、店の中は比較的閑散としていた。

ぽかぽかと日当たりの良い席に通される。
薄いのれんのような目隠しをはさんですぐ隣に、長年連れ添ったと思しき夫婦が座っていた。

「三郎さんのとこの次男が今度嫁さんもらうことになってさ…」
みたいな、とりとめもない会話を、二人ともずいぶんさかんに話していた。
私は聞くともなしに聞いていて、やがて私のところに蕎麦が運ばれてきたから、こんど食べることにばかり気を取られていた。

上品に蕎麦が盛られた小さな蒸篭(せいろ)は二段重ねになっていた。

ひとつめの段に蕎麦がなくなってくると、私は手で一段目をはずし、二段目にもきちんと海苔が乗っているのを見た。
海苔の乗った蕎麦に箸をつけようとしたとき、妻のほうの声がきん、と響いた。

「ねぇ、何をぼけーっとして、だらしない」

あぁ、日差しがこんなに暖かければ。
無理もないなあ。

「ほら、口から出てる!」

妻の声が少し荒さを帯びている。

きっと夫は、いつもテレビを見てぼーっと妻の話を聞かないんだろう。
そういう人、きっと。

そんな風に思いながら、私はまた蕎麦に手をつけ始めた。
好物の鴨セイロの汁に蕎麦をつけて温めながら、また口に運んだ。
そのとき、夫が口を開いた。

「いまは、9時…だっけ、8日の?」

「違うでしょ、2時でしょう、9日だよ!しっかりしてよ、もう…」

気丈な妻の声の、最後のほうは少し泣きそうに聞こえた。

私は喉がつまった。

普通の会話の、なんでもない日々が、少しずつ侵食されている。
見えない恐怖の矛先を、だめと知りながらも夫に向けてしまう、それは胸を締めつけるように迫ってくる現実だった。

ほかほかと暖かい日。
この夫婦はどこかの知らない夫婦ではない。






Last updated  2009年04月11日 19時07分09秒
2009年04月09日
カテゴリ:越後妻有より
ここ越後妻有には色んな人がやってくる。

昨日は、フランス・ナントからのお客さま。
アーティストのマリーさん。
「毛」を描くことにいま、夢中になっているという。
うねりながら進む「毛」が四つの壁をぐるりと一周する。そんなプラン。
「だんだんと、風景に見えてくるのよ。面白いでしょ」

いたずらっぽく、笑う。

ここ、越後妻有には―かつて越後妻有とは呼ばれていなかった―、余所者はこなかった。ほとんど、たぶん。
越後妻有アートトリエンナーレが始まるまでは。

高齢化と過疎が残酷な勢いで進むなか、十日町のシャッターが下りるのはもちろん、それよりも目に触れないところで、山の中、谷の間の集落が歯抜けになっていく。
かやぶき屋根の家屋に人が住まなくなって3、4年経てば、冬の雪の重みに耐えられず、または朽ちて、屋根は落ちる、という。

もとより、たった数軒しかない集落の1つの言えの屋根が落ちたら、いったいどんなに辛いだろう?
胸がつぶれる思いがする。

新しい風を吹き込んだ「大地の芸術祭」は、猛烈な反対に会いながら、もろさを抱えながらも、じわじわと歩みを進めてきた。

ずーーっと何百年も、変わらぬ日々の生活を重ねてきた家々にとって、変化は耐え難いものにもなり得る。
生活が侵食されている、混乱させられている、そう感じる人々もいる。
あたりまえのこと。

若いスタッフばかりの私たちの行き方は、土地の人々にとって「異」なものに映る。
じっさい、青い、どうしようもなく未熟な行き方なのである。
日々、葛藤して、自問している。
それでも進んでいる。

なんで、どうして、都会に生まれて育ったひとたちが、何も知らない土地に生きようとするんだろうか?
こんな反対に遭いながら?

でも実は、答えはとても単純なのかもしれない。
反対されるから、日々悩むことだらけだから、私たちをしっかりと応援してくれる土地の人に触れると、これまで生きてきた何よりもじんじんと心を揺らすから。

土地のひと、一人ひとりの顔がはっきりと見える。
個性、とかそういう言葉でもない。
もとより、人はひとりひとりちがう。
そんな当たり前のことを思い出させてくれる。

集落の人の苗字はほとんどみな同じだ。
ずっとその中で生きてきたから。
だから皆、名前で呼ぶ。

こんなに人を、くっきりと意識したのは本当に初めてかもしれない。
何も特別なことをしているわけではないのに。
その人の言葉、一つ一つがとても大事で、刺さってくる。
この人たちに生かされている、私たちはこの人たちに支えられている、と痛いほど感じる。

わからないけれど、きっとこんな思いが、若い皆をここに留まらせるのかも。









Last updated  2009年04月09日 09時31分05秒
2009年02月14日
カテゴリ:越後妻有より
今の時期に忙しいなんて言ってちゃ、夏はどうなるよ~

と、思いつつ、やっぱりそれなりに忙しい。

今は、言わずと知れた「越後妻有アートトリエンナーレ2009」(7月26日~9月13日in新潟県十日町&津南町)の準備と、自分の本「サーカスに逢いたい! アートになったフランスサーカス」の最終追い込み、それから今月21、21日にかけて行う「越後妻有冬 アートプロジェクト」の準備である。

冬プログラムについて言うと、相変わらず雪が少なーい!
少ない雪が、今日も雨で解けていく~

こうなりゃ、もういい。
今日明日はどしゃーっ!!っと雨が降って、いいかげん茶色くなった雪をぜーんぶ解かしてしまわんかい。

で、来週明け、3日間こんこん、こんこん、降り積め雪♪

21日に真っ白銀世界。
なーんて、夢みてます。

いやまじで、無いと困るの、雪。

田んぼに積もった雪を重機で固めて「雪景ダンス」を開催するのに、田んぼの泥が見えてます。。。
「もー、田んぼは無理だねっ」
絶望しつつ、楽しそうに言う関係者。
どーすんの、もう。

次善の策を考えるしかないっしょ。
場所を変えて、芝生のあるところ。
風景は美しくないが、まぁ一応雪景色。

翌日は親指ピアノのライブである。
「かまくらライブ」
って言ってたのに、かまくらどころか雪だるますら作れない。

雪まつりはもっと深刻。

どこから集めたって、雪は少なくなり、そして茶色くなるばかり・・・
あーあ、自然はどうにもなりません。

雪の様子を見つつ、夏のロケハンも同時に行う。

今は雪の下の、この高原で仮設舞台を作り、若者たちとのコラボ企画でフェスティバル。

農舞台をサーカステントか怪しいスーク(北アフリカなどの民衆が集まる市場)みたいに仕立てて、別世界をつくろうか。

カンボジアサーカス、インドネシアのダンスと音楽、それから和太鼓・鬼太鼓座・・・

頭の中はまさにメルティング・ポット状態。

いや、整理しなきゃ。
そう思いつつ、仕事がピークになるとやっぱり泥流に
「あーれー」
と流される、相変わらずな私~。






Last updated  2009年02月14日 10時45分37秒
2009年02月05日
カテゴリ:越後妻有より
今月21日にまつだい農舞台で行う、体奏家・新井英夫さん公演の準備のため、今日はかんじきを履いて雪が積もった田んぼに入る。

それにしても雪が少ない―。

近くに作った「冬アート」のはずの造形物が、悲しい茶色。。。
あーあ、自然には勝てません。

同じ日程で行われる、「雪まつり発祥の地」(!←本当なんだろうけど、札幌出身としては一瞬反応しちゃうのね。)十日町の雪まつりはもっと深刻。

雪が少ない、ということはそのこと自体大変な問題なのだが、プラス、私の知らない要素があった。

「こんな雪が少ねこって、重機なんか入れたら田んぼが荒らされっちまう」

ということ。
そっ、そうか…思い至らない自分のあさはかさ。

たっぷり2mも雪が積もっていれば、上にごんごん重た~い重機が乗っかっても大勢に影響なし!
だが、たった50cmくらいしか積もってなかったら、めり込んでしまったり、刃が芝を傷つけたり、地面に与える影響は大きい。

雪まつり現場では、学校のグラウンドを使おうと予定していたところ、やっぱりグラウンドが荒れるので中止してほしいという要請があったとかないとか…。

こんな、冬ともいえない冬、のはずなのに、一方であっちこっちで冬は破壊活動を行っている。

「寮の風呂場が水漏れしてる!」
ひゃー、タンクにひびが入ったって。

朝、瞬間湯沸かし器にスイッチを入れると、
「ボトボトボトっ!」
って水がものすごい勢いで、湯沸かし器本体からこぼれてきた。
何事?!

業者さんにみてもらうと、管が凍ったとき、ゴムパッキンが押されて外に飛び出し、そこから水が漏れてきたのだと。

同じ寮の子は
「天井から水が落ちてくる~」

はぁ、なんかすごいです。

この冬は甘いんだか、怖いんだか。

いずれにせよ、あとひと月は様子見である。






Last updated  2009年02月05日 21時56分21秒

全17件 (17件中 1-10件目)

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