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イベントのお仕事

2009年05月30日
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カテゴリ:イベントのお仕事
越後妻有アートトリエンナーレ開催まであと2ヶ月を切った!

みなさんにおススメ!!のカンボジアサーカス
サーカスシアター ~カンボジア、僕らの村で」(8月13~16日4日間6回公演@まつだい農舞台)
のチケット
も絶賛発売中ですよ~。

さてさて、昨日は代官山のヒルサイドプラザにて、大地の芸術祭の東京集会なるものが開催された。
プレス、関係者、ボランティアなど総勢100人以上が集まり、会場となったヒルサイドプラザやアートフロントギャラリーは人でごった返した。

かなり具体化してきた今回の出品作品やイベントの紹介、それから
「協力してね!鑑賞パスポートもお忘れなくご購入くださいねー!」
というわけである。

30万人を超える人が訪れる大地の芸術祭も今回が4回目(3年に1度の開催である)。
第3回までは県が分担金も出し、官民あげてのイベントだった。
が、しかし、4回目はそれもポッキリ。

4回目を望む声は高いのに、一方で資金は少なくなるばかり。

解決策は、とにかくパスポート(一般\3,000)を売って資金にすること!
みなさん、この芸術祭を応援するために、パスポートを買ってください!
と、我々日々、呼びかけているのである。

まぁとにかく内容は充実してきた。
ゴームリー、クロード・レヴェック、ボルタンスキー、カバコフなどの国際的に著名な作家、地元の作家、大小(?)入り混じるが、いずれも厳しい審査を通ったものばかり。基本的にみな、現地で制作する。
できて見ないとわからないのがサイトスペシフィックの楽しさだが、まだ「無い」ものを
いかに面白いかをアピールするのが総合ディレクター・北川フラム氏の腕のみせどころである。

映像を見せながら、酸欠になるまで喋る、喋る!

ちなみに司会は不肖、わたくし。

イベント担当ということで担ぎ出されるが、何度やっても緊張する。
まぁ、忘年会のゲームの司会よりはずっとまし(楽)だけど~~。

終了後、事務所に戻り、お片づけ。
そろそろ帰ろうか、という人が出てくるあたりでフラム氏から声がかかる。
「みんな、集まって!座って!」

なんだなんだ、ぞろぞろ。
「飲みたい人は飲んで、食べたい人は、食べて。」
勧められるままに、透明プラスチックカップが手から手へ、ワインが注がれていく。

机の上にはワインとパン。
事務所では珍しい光景である。

さあ残すところあと2ヶ月。
まぁ皆さん、頑張りましょう!

わぁ、と一気に盛り上がる。
まるで打ち上げみたいだ!
もうずっと何ヶ月、皆睡眠削って休みも無く働いてる。
つらくなるときもある。
見えなくなるときもある。

あと2ヶ月、ってこういうタイミングは、もうどうしようもなく大わらわなのに、こうして開放され、楽しい気持ちになるなんて、なんて重要!

こういうこと、大事だな。
あらためて、私はこういうこと、できるだろうか?と考える。
人が集まる、人を集める。
人の気持ちを束ね、盛り上げ、一気にゴールへもっていくこと。

それができなきゃ、何もできないぞと言われてる気がする。
できない今でも、思い続ければ、いつか何かがパチンとはじけて、違うステップに上れるの?

もわもわと、掴みきれない自分。
自分がなんだかわからないとき、ぎゅっと手を握る。
手のひらに感じる力が、私の内なるチカラのバロメーター。






Last updated  2009年05月30日 16時08分15秒
2009年05月07日
カテゴリ:イベントのお仕事
越後妻有にきて、いち、にい…9ヶ月半。

自然を満喫しながら良い仲間スタッフたちにも恵まれ、全般的には随分満足している。
週に一度は東京に出て代官山の本社で長~い会議があり、まぁそれなりに都会の情報も得るわけである。

よい。

だがですね、当初からうすボンヤリとした、けれども大きな不安が頭の中にはあったのである。

私のいる会社も芸術祭も「美術」の世界である。
むかーし学芸員になりたかったくらいなので、私も美術に馴染みが無いわけじゃない。
が、今の専門はパフォーミング・アートだ。

専門、というのは、私に専門的知識があるという意味ではなく、そういう担当としている、ということ。
もちろん、現代サーカスとか大道芸とか、一般の人より強い部分はある「はず」、との自負はある。

ががっ。

いかんせん、そういう世界に飛び込んでたったナニ?5年?
いい歳してひよっこにもなってないじゃないですか~。

この恥さらして、それでもやっていく。
やってみる。
外の人がくると内心赤面の連続だが、平然と、誠実に。
そしてコッソリ勉強するしかないじゃない~。
ああ、でも勉強する時間すら、今はあんまり無い。

先日。

国立劇場の文楽人形遣い、勘緑さんと半蔵門で会う。
大地の芸術祭での公演「語り伝へ唄い繋ぐ日本の心情」の打ち合わせである。

勘緑さんは修行30年。
でも文楽の世界では、一人前になるまでとーーっても時間がかかる。
だからたぶん、勘緑さんも若手。

なんと大のサーカス好きである。

打ち合わせから脱線して、妻有のこと、サーカスのこと、いろんなことを話す話す。

そうするうちに、うすボンヤリと、何かの予感が浮かんで消える。
うーん、と考える。

勘緑さんは言う。
「で、俺に何してほしいんだ?」

私は答えた。
「妻有で、いっしょに何かつくる相手になってください!」

そう、私には仲間が必要なのだ。
勘緑さんを仲間とは、随分図々しい話だと後になって思ったが、もう言っちゃった。

行動の基本は一人でも、何かをつくり上げるとき、一人ぽっちでは無理なんだ。
アイディア出し、助言、批評、褒めること、手を携えること…。

舞台にはそれが必要。

地元のひと、実力あるプロフェッショナル、ゆるやかで、ここぞというとき「わッ」と集まれる、本当のチームが必要。

一歩踏み出せ。
踏み出すために、必要なこと1つずつ。






Last updated  2009年05月07日 09時08分11秒
2009年04月24日
カテゴリ:イベントのお仕事
この間の日曜日は、朝一番に「ほくほく線」のまつだい駅から電車に飛び乗った。

見るべきものがあるのである。

どうしても見なきゃいけないものが。

ごっとんごっとん、この世でいちばんのどかな風景を過ぎていく。

トンネルをいくつくぐり抜け、立て続けの気圧の急激な変化のために三半規管が(まじで)ぶわぶわと変な音を立て始める頃、新幹線に乗り換える。

もう慣れてる。

日常になった風景にいながら、体の中はもう違うところに行っていた。

東京から、いつもの代官山には向かわずに、今日は横浜・馬車道へと電車がひた走る。

車窓はもう、ビルとビルの間をくぐり抜け、間近にすぎる風景は飛び去る横線でしかない。

溢れる人、人、人。
横浜はいつもこう。
横浜駅の人の多さと空気の重さにいつもくじけそうになる。
なぜか横浜は、私が負ける気がする街なんだ。

地下鉄を降り、レンガ色の洒落た構内を他人の顔で歩いていくと、外に出た。

港が近い、全てが平らだ。
太陽がぎらぎらして風が強い。何もさえぎるものも無い。

硬い路面を踵に感じながら、私は歩く。

埠頭のほうに向かわなきゃ。
そこで事件が起こるから。

私は横目でおそるおそる、覗くようにそれを見た。
大きな海を隔てた向こうの埠頭に、見たことも無いくらい大きなクレーンが、縮まってカニみたいに脚をたたんだ、正真正銘の蜘蛛を吊っていた。

蜘蛛だ。

全てはスローモーションになる。
私は随分早く着いた。
だからゆっくりと歩いていった。
巨大な蜘蛛が、青空の下クレーンに吊られ、静かに空中高く正座している。

これから行われること、それは予想がつくようでつかない。

同じくらい巨大なクレーンは実は何台も並んでいた。
近くに寄ったらいったいどれくらいの大きさがあるのかわからない、たぶん日本でいちばん大きなスピーカーが縦に7つか8つか、連なって吊り下げられていた。

スピーカーがにわかに騒音をたてる。
何か不吉なことでも始まるみたいに。

私は泣きたくなった。
見たくて逃げたかった。

ここで行われることは、確かに事件である。

フランス、ナント市で生まれたこの巨大マシンの作り手は、世界中で話題をさらった「街を練り歩く巨大像と女の子」の生みの親だ。
街の中に突如現れる、大胆で緻密な動く巨大構造物。

「ラ・マシン」

彼らのこの構造物が日本を練り歩く日は、遠いだろう、もしくは決して無いだろう、と何年か前まで私は思っていた。
多くの人間が海外でこれを目にし、垂涎の思いで帰国し、周囲に熱く語った。

イギリスでは、このマシンが動ける平坦な路面をつくため、ロンドンの中心部の観光地に巨大工事を入れてしまったとか。
そんな「伝説」には事欠かない。

その伝説を、日本に持ってきてしまった人たちがいた、ということ。

私は悲しい、悲しくない。

遠くでショウが終わり、人よりも早めに会場を去るために歩き出す。
人並みに押され、必死に歩いていると、どんどんと人ごみは大きくなる。
それにもまれて、何が起こっているかわからないうちに見上げれば

―私の上に、巨大な蜘蛛が覆いかぶさるように迫っていた―

気づかぬうちに、私は蜘蛛の歩く道筋にいたのだ。
遠くにいたはずの蜘蛛たちが、大きな音をたてながら、私の上をかぶりつき、そして引き裂くように意識だけを持っていってしまった。

私は呆然とする。

私はどうしてここにいる?
ここに、ただ観客のひとりとしている?

私は行かなければならない。
どうしても行かなければ。

違う、私は負けているんじゃない。

何だかわからなく、ただがむしゃらに顔をぬぐって桜木町に向かって走った。







Last updated  2009年04月25日 08時30分32秒
2009年03月17日
カテゴリ:イベントのお仕事
めまぐるしーーーい、日々が続く。

移動も多いし、大地の芸術祭のなかのイベントの数も多いし(50日間で大小50本以上、でもパフォーマンス担当は今のところ私だけ!エッヘン!←やけくそ)頭も混乱するってもんです。

私の本「サーカスに逢いたい」の出版も押しに押して、おや、気づけば昨年の自分の中の出版予定日に近づいていますけど~。(来週にはいよいよ印刷に突入の予定!いぇい♪)
ていうか、出版された本を横目に、自分はイベント準備一直線になりそう。とほほ。

頭モーロー、ばたばたの時に限って、赤いサーカステントの中を、赤い光が満たすのを、ぼーっと思い出している。
さざめくように聞こえてくる、客の笑い声。公演を待つ間、ワインとビールのコップがテントの空間に浮かんでる。

あ。

ブレーキ。

山の急カーブを曲がる。
そうだった、私はいま、日本のうんと山の中にいる。

田んぼがある。
雪があぜ道を覆い、田んぼの中心は茶色い水、日の光にきらきら輝いてる。

サーカスはどこに?
ここにはいない。どこに?

ああ、私はサーカスを欲している。
心の空洞。
こぉぉぉーーーーーー…ん。
って、響いてる。

駅の横のふるさと会館のドアをあける。
3階にのぼれば私たちの事務所。
私の席は窓に向かってる。
椅子に腰を下ろし、仕事のメールをチェックする。
それから、自分のメールをチェックする。

あ。
ジュロだ。

「初日をついに迎えて、本当に嬉しい」

ぱっと画面が輝いた。

ああ、嘘みたいだ。サーカスはここにある。
3人1組だったジュロたちのグループ「レ・クザン」(従兄弟たち、の意)は残念ながら2人になった。
それは寂しかったし、ほんの少し不安でもあった。
だって、彼は、ロロのジャグリングは、ほんとうに素敵だったから。

いま二人になって、でも、ジュロは喜びの中にいた。
はっきりとそれがわかる。メールから。

よかった。

私は微笑む。
うれしくなる。頬がぽっぽと熱くなる。

作品はいい出来だと思う。まだやることは沢山あるけど。
お客さんも喜んでくれた、と言うジュロ。

じっさい、サーカスでもダンスでも、「良い作品」になるのは本当に難しい。
私はまだ観ていないけど、きっとこれは「良い作品」だ。
直感はたいてい当たる。たまに外れるけど、今回は当たる気がする。

夜に、青空。
星は、そこにいる。






Last updated  2009年03月18日 08時41分50秒
2008年11月15日
カテゴリ:イベントのお仕事
明日の日曜日はアジアトライ本番。
インドネシアからはなんと23人が来日!(アーティストはうち6人、あとはジャーナリストとか写真家とか、インドネシアからはるばる追っかけだよ~)
みんないい人だし、ビモ・ダンスシアターのビモ氏はもちろん、パーカッションのイニシスリは国民的スターだという。凄腕のパーカッショニスト。楽しみぃ!

・・・と、そんな中、音響照明&今回のプロジェクトプロデューサーである曽我さんがしっかり現場を仕切ってくれるのをよいことに、私は昨晩新潟のりゅーとぴあまで高速を飛ばし、Noism08 NINA-物質化する生け贄(ver.black)を観に行った!

ノイズムは2005年に札幌にも来ていて、当時私たちが公演招聘していたフランス現代サーカスのアーティストたちが観に行っていた。
けど私は仕事があって行けなかった。
それ以来なんとなく「あー、ノイズム。行けなかったなぁー…」という思いが残っていた。

そして今、その時なのだ!
なんたってノイズムは日本で唯一の公立劇場所属ダンスカンパニー。
その劇場りゅーとぴあが、新潟にあるのだから行くっきゃない!

黒い舞台、黒い世界。
黒を切り裂く光の中に、Noism08は現れた。

第一部はたった7分の舞台。
これは、現在制作中の作品プレヴューだという。
本当の作品の前にこんなプレヴューをみせるのはかえって興ざめにならないか?といぶかったが、そんな私の心配をよそに、舞台は始まる。

そして、それが杞憂にすぎなかったことを知った。

実際に見てみると、彼らがこの劇場で、市民の税金で制作・練習をさせてもらっていることに対する、ある意味現状報告義務であり、ある意味、次の舞台も期待してくださいよという心憎い「チラ見せ」でもある。
じっさい、このチラ見せは効果的だった―…少なくとも私にはとても。

数分の舞台転換のあと、全く違う顔になった彼らは、再び舞台に現れる。

なんというのだろう?
この足の運びは?この身体の動きは?

クラシックの素養がありつつ、動きは独特で妙な残像を残す。
けれども、最近のコンテンポラリーにありがちな「奇をてらって、それでいで皆がこぞってやるからもう使い古された美しくない動き」では、全くない。

なぜ、このような動きを美しく感じるのか?
なぜ、心地よいのか。

研ぎ澄まされ、そぎ落とされ、それなのにどこか過剰で、観るものを呆然とさせる。

どうしてよいのかわからなくなる。
身体の中で、うずうず、うずうず、何かが身をよじっている。
視覚と脳みその中と、あとお腹のあたりで感じるものが全部違うみたいで、それぞれが違う方向に身をよじっている、そんな感じ。

最後には、ただ感覚を舞台に預けるしかなくなる。

ぼー、とした。

才能とか、感性とか、よく使う言葉だけど、70分の舞台を最後まで隙無く埋め、最初から最後まで飽きさせないということは、本当に稀なことなんだ。
それは、1年で70本以上の公演を観に行って、感じていること。

奇抜な舞台装置で魅せるでもなく、豪華な衣装で魅せるでもなく、ただ人の身体、それだけ。

すごいなぁ、本当にすごい。
新潟で、こんなものが創られているとは。

終演後、代表の金森穣さんに会う。

この人は、ものすごく斬新な絵が頭に浮かぶ人でありながら、とても理論的で緻密。
その相反する二つの要素が、一般人では想像できないバランスで押し合っているのだろう。

妻有をすでに訪れ、関心を持ってくれていることを知る。
妻有が人を惹きつけるもの。
それは何なのか?改めて考えてみる。






Last updated  2008年11月15日 19時16分43秒
2008年11月06日
カテゴリ:イベントのお仕事
先日行った「踊りに行くぜ!!in越後妻有」。
山の上のアート作品で3人のダンサー、農舞台で一人のダンサー、それぞれ違う場所で行う公演だった。

山の上で行うということは本当に大変だった。

音響も照明もぜんぶいちいち運び込み、しかも山道の階段を機材しょって…みたいな。

来場者集めもものすごく大変だった。芸術祭の時期でもないのに、この小さな村のような場所に多くの人を呼ぶなんて(しかもコンテンポラリーダンス)ほとんど不可能に思われちゃう。

来てくれたら来てくれたで、寒い中、山にのぼって~公演みて、また上って~、下って~・・・合計3時間以上お付き合いいただかなければならない。

何よりもけが人やクレームが出ないようにすることを神経質なほど気をつけた、つもり。
胃がきゅ~っと、痛くなってしまった。

そんなこんなする中で、イベントは怪我人もなく大きなクレームもなく終了。私からすれば、それだけでも奇跡。

いろんなことがあったけどさ。

でも、とったアンケートを見る勇気がなかった。
封筒にいれたまま。

一週間以上たって、思い切って中から引っ張り出してみる。

そこには意外な文字が並んでいた。
まぁ、わざわざ松代まで見に来てくれるくらい熱心か、芸術祭でかかわりの深い地元の人ばかりだからだけど、さ。

―びっくりした。
―すっごくいろいろ考えました。
―(いままでの芸術祭のイベントの中で印象深いものがあれば教えてください⇒)今回。
―場所が変わるというのがすごくいいですね。
―スタッフの皆さんお疲れさま!親切でよかったです。

…まぁこのあたりでぐっときちゃったんですね。

また、
―人の身体が自在に動いて自由に発音するのを見て、胸がぎゅっと掴まれました
―まさか山ひとつ丸ごとステージとは予想外でした!楽しかったです!!

なんていうのも。

なんだか、有難く、それ以上に「観る側」のキャパシティに驚かされ、ほとんど尊敬の気持ちが沸いてくる。

人ってすごいなぁ。
あんなに(しかも突然?!)歩かされて、寒くて、長くて、それでも感動できる。
そんな人たちに、私は感動する。
ぜんぜん皮肉じゃなくて、私は観る側のチカラを見くびっていたのかも、と思った。

アンケートを見なければ、反省と落ち込みでどこにも浮き上がれなかった。
いつもそうだけど、私たちは観客に心を救われることが本当に多いんだ。









Last updated  2008年11月06日 17時56分11秒
2008年10月26日
カテゴリ:イベントのお仕事
山と田んぼしか見えない(もとい、そんな中にアート作品が点在して
見える。たぶん世の中で一番贅沢な景色。)オフィス「農舞台」はある。
大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレの事実上の本拠地となる。

ここに来てまだたった3ヶ月だけど、ちょっとずつそれなりに、見えてくるものもある。

芸術祭によって、弱弱しくなってきた地域の活力が突然目を覚まされ、思わぬ方向に一気に動き出した。越後妻有(新潟県南部の松代、松之山、川西、中里、十日町、津南をあわせたエリア)はそんな場所。

「芸術祭がもし存在しなかったら」
いや、もうそんなこと、想像もできない、くらい、芸術祭は地域にとって必要だと考える人。

ぜんぜん、無くてよかった、いやむしろ、無いほうがよかった。
もしくは無関心、な人。

私たちの周りには、当然のことながら芸術祭熱心な人が多い。だから、時折厳しい指摘を織り交ぜつつも基本的にいつも温かいし、支えてくれる。

けれど、イベントをやってみると骨身にしみる、現実。
いつも関わっている人たち以外を動かすことの難しさ。

すぐお隣にある学校の校長先生が笑いながら言ってた。
「生徒たちは、農舞台を不気味だと思ってるんですよ。」
不気味?!

思いもしない言葉にびっくり仰天、目・点。
よく見れば、農舞台はまつだいの駅の線路をはさんだ向こう側。
表側と、距離にして約50m、視界をさえぎる壁すらない。

でも、それは大きなことなんだな。
線路のあっちがわ。
大きな看板もないし、いったい何をやってるんだか…。

じじつ、先月やったダンス公演に、生徒たちを無料招待する旨、提案したが、蓋を開けてみれば、生徒たちは一人も来なかった。ひとり、たりとも。

これはどうしたもんなんだろう?
どうすればいいんだろう?

私たちは独りよがりな公演をやってるのかな?
地元の人は望んでないよ。
そう言われているみたい。

今後の話。

いま、すぐに答えは見えてない。
けれど、ひとつだけはっきりしてることがある。

田舎だから、観る人数が少ないから、見せるものの質を下げていい、ということは絶対に、絶対に、ないんだ。

それだけは本当に強く思う。
例えば、公演をやるのに「なんでここまで」って苦労をしたっていい。
でも、そこまでして見せたものが、ぜんぜん胸を張れないものだったら?
そんなときこそ、舞台をたたき潰してしまいたくなる。

人はひとりひとり、それぞれに個性的な感性を持っているはずなんだよ。
田舎に住んでいようが、都会に住んでいようが、生まれたときから持っている感性には関係なくて、それは等しくリスペクトしなければいけない。

私はここの人たちが、いつか本当に、意表をつかれたように、目を輝かせるのを見たいんだ。






Last updated  2008年10月26日 19時24分52秒
2008年10月24日
カテゴリ:イベントのお仕事
踊りに行くぜ!!本番はもう明日。

昨日はJCDNの皆さんと打ち合わせ。

予約(ほとんど)ナーイ、前売り売れナーイ、スタッフ集まらナーイ。
こーんな狭い地域で同じ日にイベントがみっつもよっつも重なってるし。どゆこと?

雨は降ったり止んだり。
明日はどうなの?!

最後のあがき、仕事の関係各所に電話をかけまくり。
「人集めに苦労してまして・・・何とか来ていただけないでしょうか??」
すがり、半ば泣き落とし状態。
40件くらいかけて、ちょっぴり色よい返事をもらったのは10件くらいか。
それでも10人に温かい言葉をもらって、胸のあたりがぽわっと暖まる。

もうがんばるぞ、ここまで来たら。
やってやろうじゃん!!

小さな村の、小さな電車がとまる駅。
山間の、田んぼの間に、私たちの農舞台はある。

こんなところに、私たちはこぶしを挙げてがんばってる。







Last updated  2008年10月24日 22時30分01秒
2008年10月23日
カテゴリ:イベントのお仕事
明後日25日、「踊りに行くぜ!!in越後妻有」を開催する。
今日、JCDN(ジャパン・コンテンポラリー・ダンス・ネットワーク)の皆さんも会場入り♪

今回の公演はちょっと変わってる。
雨天でなければ、農舞台から飛び出して、山の上のアート作品を舞台にダンサーたちが踊るしくみ。ダンサーは室伏鴻、北村成美、Abe"M"ARIAという日本を代表するコンテンポラリーダンサー、プラス、インドネシアからムギヨノ・カシド。

このムギヨノさん、昨日インドネシアの空港を離陸する予定が、ヴィザの関係で足止めされ、ピンチ!
大慌てするところだが、幸いというか、今回は4人のダンサーがそれぞれ別個に短い公演を行う組み立てなので、ムギヨノさんが万一来れなくても公演自体は成立する。。。しかも4人⇒3人ということなので、まぁ、大慌てまでにはならないのである。
どうなるか、今日、彼が出発できるかどうかの報告待ちである。

まぁそんなこんなで、山の上の公演がメインである。
山の上は今の時期、雑草ボーボー、ススキがふっさふさ♪

昨日は草刈り隊である。
私と、シルバー人材センターから来ていただいた福島さんと富沢さん。
ビーバーを肩からかけて、GO!(ちなみに私は刈った大量の草を運ぶ係り)
草とカエルと虫にまみれて4時間。
鼻の中を虫にさされるし、腕は筋肉痛。
アーティストって、こういうこと見てないからなあ~…などと思いつつ、まあそんなことはいい。

農舞台に帰ったら、おっ!紐かとおもったら足元に60cmはあるヘビがにょろ~っと♪
出るとは聞いていたが、遭遇したのは初めてである。。。しかも広々としたノッパラなのにー。

そして朝。

会社に行って、トイレで「ぎょえ~っ!!」と心で絶叫。
なんか硬いものが服の中からぽろんと落ちたと思ったら、カメムシ。
なな、なんか強烈な香り…。

落ちたカメムシのほうは、苦しそうに身もだえして、3分後に絶命。
合掌。

私は尿意も吹っ飛んでしまい、トイレを飛び出し、ガムテープを片手に戻ってきた。
キミも苦しかっただろうね、でも私もなんか足のところがかゆいよ…。

そう言いつつ、彼の永久の寝床となったガムテープにくるみ、さよならした。

こんな、日々。







Last updated  2008年10月23日 10時55分51秒
2008年10月04日
カテゴリ:イベントのお仕事
昨日3日の夜、「大地の芸術祭~越後妻有アートトリエンナーレ2009」の企画発表会が、渋谷区代官山ヒルサイドプラザで行われた。

3年に一度のアートの祭典。しかも都市ではなく、新潟県十日町市や津南町にまたがる広~いエリアの里山風景の中で行われる、なんともスケールの大っきな祭典である。

2年前にここを初めて訪れ、世界何十カ国もの人々が、田んぼと山以外になーんもないこの土地に集結しているさまを見たときは、まさにびっくり唖然状態だったわけであるが、まさかその2年後にこの地に住んで次回の芸術祭チームに入っているとは、さらに企画発表会で司会をやってるなんてことは想像だにしなかった。

ほんと、しみじみ、人生って不思議ぃ~。

昨日の企画発表会はすごかった。
何がすごいって、ぎゅうぎゅう、人が。

ヒルサイドプラザはそれほど大きなホールでなく、多分200人で十分いっぱいなのでしょう。
それが、今回は今までにない人数が来場してくださることになり、うれし困った状態。
来場された方にはあまり快適とはいえない環境で申し訳なかったが、この祭りにこれほど熱心な方がたくさんいらっしゃることに改めて感心。

で、今回私がドキドキだったのは、パフォーマンスをひとつ用意せよとの総合ディレクター北川フラム氏からのミッション。
私が越後妻有のパフォーミングアート担当として派遣されてから、実質的に初めての自分自身の企画になる(小さいけど)。

越後妻有では、さまざまなパフォーミングアートをどんどん企画していくことになっているが、そのうち核となるのが「世界と日本の伝統芸能・音楽」を紹介するということだ。
しかも、既に有名なものではなく、あまり知られていない優れた芸能の発掘が使命である。

いろいろあるけれど、私はアイヌのトンコリ奏者のOKIさんのことを考えた。

4年前に初めてタワーレコーズでCDを試聴して衝撃を受けた。
幼い頃、祖父が副館長をしていた北海道開拓の村でアイヌの展示を見て、そこで聴いたムックリの音が怖くて、以来、その展示コーナーに行くたびビービー泣いてしまうほどだった。
アイヌの音楽はなんだか怖い、そんなイメージが強烈にすりこまれてしまった。

そのイメージを完璧に払拭してくれたのがOKIの音楽だったのだ。
あの、湿ったような背筋に響くムックリの音のイメージは吹っ飛び、トンコリの乾いた温かみのある音が、ダブの旋律とリズムと一体化して、とんでもなく強い、リズムの渦を巻き起こしていた。
「ダブ・アイヌ」。

それから何枚かのCDを続けざまに買った。

以来、OKIのファンである。

そのOKIを呼びたい。
そう思うと、その考えが頭の中から突き抜けて、次の日にはフラムさんの前にCDを差し出していた。
「悪くないけど、一本でやるには弱いかもね。まぁ、でもいいんじゃない。あなたの言いたいことはわかるし。」

そんなことで、OKIを呼ぶことが決まった。

OKIと会うのは初めてではなかったが、自分で仕事として関わったのは初めてである。
北海道ではない場所で、アイヌの音楽はどう受けいれられるのか?
わからないけれど、自分が「良い」と思ったものは絶対良いのだ、と信じるしかない。

今回はソロで、静かなトンコリの音とOKIの声のみ。
派手な演奏やバックコーラスでもあれば盛り上げることは間違いないが、トンコリ一本勝負はなかなかシビアである。

しかも、時間が厳密に決められている企画発表会に、時間オーバー。
終わらない音楽に、隣の同僚担当者は私の袖をひっぱる。「まだ、なんですか~…」

音楽やパフォーマンスの場合、途中で裏方が口をはさむことはできない。
それが観客に見えたら、みっともないことこの上なし。
それまでのパフォーマンスも、パァ。

だから、毛穴ピリピリ、背中に汗でも、じっと待つしかない。

終了。
楽屋に走る。

OKIさんが、申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、長かった?ごめん、一曲多かったね…」
ほんとうに、申し訳なさそうに。

いや、いいのです。
私はもう、やっぱり嬉しいほうが勝っていたのです。

長かったことは、運営スタッフとしてはダメなこと。
他の人々のスケジュールを狂わせたのも、迷惑なこと。

でも、聴いてもらえたし、よかったと思う。
それも本当。

時間のコントロールは、反省します。今後、もっとやり方があるはず。
けど、私はやっぱりOKIにありがとうと言いたいのだった。

フラムさんからの評価も、いいことダメなこと、半々かな。

まずは一歩。
がんばるゾウ。






Last updated  2008年10月05日 10時09分06秒

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