2008/04/30(水)00:02
黒旋風李逵
「sugaさんって李逵に似ていますね」
そう言うのは取引会社の仲良しのK澤さんだ
K澤さんは俺より10歳下だが中々の仕事熱心で
俺はいつも頼りにしている
共通の話題は中国モノの小説
前は三国志、今は水滸伝だ
「李逵って黒旋風だよね」
俺は中学位の時に読んだきりでうろ覚えだが
行者武松、花和尚魯智深は覚えていた
「確か黒旋風って・・・」
こいつだ(原画はこちら)
「流石に俺は子供を殺したり
“一週間に一度は人を殺さないと気がすまねえ”
って言わないなあ」
「そりゃそうでしょうが
小説(北方水滸伝)を読んでいると
sugaさんの姿が浮かぶんですよ
でも、実際仕事をしているのを見ると人と人を繋ぐ魯智深の方が近いですかね」
「どちらにしろ酒呑んで人を殺して梁山泊入りだな」
あっははは、と二人で笑った
ある日、彼と一緒にPOPを作成していた時に
「昔はジュースを買う金もなくてさ」
俺は言った
「もう20年以上も前の話なんだけどね。俺のポケットには100円もなかったんだぜ
で、少し歩いたところに古い自動販売機あったんだよ」
「どうしたんですか」
「その自販機ってさ
なぜか飛び後ろ回し蹴りを食らわすとジュースが出たんだよ」
「で、出たんですか」
「揺すっても殴っても駄目。飛び後ろ回し蹴りなんだよね」
「飲んでいたんですか」
「うん。K澤さんはジュースも買えないって経験ないだろ
俺は本当にお金なかったからさ。嬉しかったんだよ」
「そ、それは泥棒では」
「馬鹿言っちゃいけないよ。俺は万引きとかした奴を怒っていたんだから
本当にお金が無かったの。ジュースも買えないって悲しくないか
今じゃ考えられないよね」
「はあ」
「嬉しかったなあ、あの自販機。二週間もしたら新型に変わっていたけどね
揺するとビーッて音が出るやつね
まだ覚えているよ。友達が遊びに来た時なんかさ
“ジュース飲みに行くか”って夜中にトコトコ行ってガンってなもんで
あいつらもビックリしていたな。でも嬉しかったよ、ジュース飲めて
ただ人数分出すと右足がガタガタでさ。がっははははは」
「sugaさん、あなた間違いなく李逵ですよ」
興奮するK澤さん
「なんで」
「だって考えてみて下さい
間違いなく泥棒なのですが
“お金が無かったから仕方がないじゃない”
っておっしゃいますよね
それは
“喉渇いてたから仕方がないじゃない”
って人を殺して水を奪う李逵とどうちがいますか」
「うっ」
「李逵が子供を殺した時も
“お前がすぐに仲間にならないから仕方がないじゃない”
でバッサリですよ。しかも殺された親も仕方が無いなあって納得する
私もさっき油断して納得しましたもの」
「う、ううむ」
暫く作業をしていると
ベリベリベリ
「sugaさん、もしや手でやっているんですか」
「そうだけど」
俺はPOPの型を決めていた
「皆、カッターで切れ目を入れてから折っていたんですよ」
「えっ?」
「す、凄い力ですよね」
「いやいやいや違うんですよ、K澤さん
ほら、こうすればできますよ」
ベリベリベリ
「じゃ、皆はどうしていたと思うのですか
誰もそうできないからカッターで切れ目を入れたんですよ」
「う~ん。俺ってたまにこうタイミングが合うと云うか間が悪いというか
曲がらないものが曲がったり折れないものが折れたりするんですよね
これはタイミングが合っているんじゃないんですかね」
「そうですかあ」
疑いの眼のK澤さん
「そうそう、よく俺の周りで色々なものが壊れたりしたんですけど
あれは俺が触る前に壊れていたんじゃないかと思うんですよね
間が悪く俺がその直後に触った、と」
「今やっているのは力だけだと思うのですが・・・」
「それはないでしょう。コツですよ、多分」
ベリベリベリ
よく曲がる
「そういや何度か、鍵がかかっているドアを開けたりとか
“引く”って書いてあったドアを押して開けたときがあったけど
それって普通ありえないじゃないですか。だから壊れていたんですよ」
「弁償しなかったんですか」
「壊れていたものを発見してあげたんだから
感謝されましたよ」
「そ、それは・・・」
「どうしました」
「相手だって生存の危機に出くわせばそう言うのでは」
「そんな馬鹿な」
俺は絶句した
生存の危機?
「だって想像してください
目の前でドアを軽く捻って壊す人間に
どう訴えればよいのですか
さっきのジュースの話ではないですが
“前から壊れていたから仕方がないじゃない”
って押し切られれば
“そうですね。ありがとうございます、故障を見つけてくれて”
って、言うしかありませんよ」
「そうなんですか?!」
「そうですよ。やはり黒旋風ですね。確信しました」
「勘弁してください」
K澤さんが言うには、中国で人気のあるのは
張飛、猪八戒、李逵なのだそうだ
どれもこれも常識外れで法なんかどこ吹く風
仁義礼智忠信孝悌のどっかが出すぎて
それが昂じて滅茶苦茶を生むトラブルメーカー
だけど何故か憎めないというところが人気の秘密らしい
今年で20年もサラリーマンをやっている俺
未だ李逵なのかね