第6話 放浪者達の邂逅(前編)人間は、生まれてから今まで見聞きしたものを完全に覚えているのだと聞いたことがある。『忘れる』というのは、正確には『記憶を引き出すことが出来ない』現象を差すのだと。 記憶喪失というのは何らかの理由で極端に記憶を引き出すことが困難になったことを言う。 反対に、記憶力がいいということはつまり、記憶を引き出す能力が高いことである、と。 だとすれば、俺の脳みそは欠陥品だろう。 どうでもいいことばかり覚えて、授業の類は全然入ってこない。(ま、俺が聞いてないのが最大の理由だとわかってはいるが) それとも、集中力の差だろうか。授業より、明らかに真剣に呼んだからすり込み方が違うのかもしれない。 でも、科学者でも何かの信者でもないこの俺が相対性理論とか直線史観とか覚えてもしょうがないと思う。 そんなもんどこで覚えたのかというと…… 「――あっつい。まだクーラー入ってないのかよ」 日差しが強い夏の日の図書室。ムンムン熱気が昇っていた。クーラーは2年前にご臨終してから修理も交換されることもなくずーっとそのまんま。だけど扇風機はある。ボロいけど。 ――なんであいつ、扇風機なんか自分で持ってきたんだ? 目を合わせないよう気をつけながら、受付で暑さをものともしない様子の魔女(魔女の名前の由来は第1話参照)間陀羅 麻紀を盗み見た。 1年の夏、クーラーがご臨終したため通うの止めようかと考えていた矢先、行ってみたら図書室に扇風機が。驚いて「学校が入れたのか」と奴に聞いたら「いえ私が持ってきたんです」と表情を全く変えずにキッパリ言われ、1ヶ月ぶりに唖然とさせられてしまった。正気かこいつはと失礼ながら心で言った。 この図書室は生徒が授業を受ける校舎とは別の旧校舎にあり、しかも最上階。ここに来るだけでかなりの体力を消耗するのに、扇風機を背負ってくるなど狂気の沙汰だ。 おまけにあの扇風機、ボロさからいって風雨に晒された過去を持っているに違いない。平たく言えば粗大ゴミ。そういえば近くに粗大ゴミの墓場があったけど、あそこから歩いて持ってきたのだろうか。夏の猛暑に。 ――どうしてそこまでこんなとこにいたいのかね。 そこまで考えて、その問いは自分にもかけられることに気付いた。 1年の夏に止めようかとは確かに考えたが、それでもやはり足はここに向いていた。もしかしたら、あいつが扇風機を持ってこなくても、通いつづけたかもしれない。そしてそれは、あいつも同じなのかも。 だとすれば、根気強く居続ける理由もわかるな。 ――あいつも、他に居場所がないのか――? 「……ええと、どれにしようかな……」 結局答えを出さぬまま、考えるのを止める。意味のないことだ。 本棚にズラリと並んだ背表紙を眺める。ズラリと表現したがここの本棚はどこもかしこもスカスカで、実際は飛び飛びだ。 昨日本1冊読み終えてしまったので別なのにする。でもみんな似通った内容のばっかりなのだが。 とりあえず1冊選んで近くの椅子に座る。その際ふと受付を見てみると、あいつの読んでいる本に目が止まった。 タイトルは『神様はサイコロを振るのか!?』。昨日まで俺が読んでいた本だ。『!?』なんて書いてあるのに別に驚きの真実や新発見があるわけではなく、しかもこんなタイトルのくせに量子論にはほとんど触れておらず、アインシュタインと相対性理論ばかり書いてあるという謎な代物。恐らく何かしらに便乗して作った本だろう。いいかげんなもんだ。 それはともかく、何であいつがあの本を? しかも読み終えた翌日に。俺が読んだ本の内容を知りたかった? ――なわけないよな。 あいつがそんな真似するとは思えない。第一理由がない。なしてそんなことをする? 好きな人の趣味を知りたいから! ――はっ、それこそ有りえねぇや。ここの蔵書は少ないから、2年もすりゃ読んでない本も限られてくる。偶然読み終えたのが一致しただけだ。絶対。 そう結論付けて、本を読み始める。タイトルは『世界宗教と民族宗教』。 ――だから、こんなん覚えてどうするんだって……。 中学生の時起こったあの事件で宗教に疑念を抱き、この高校の本棚でこんな類の本を見つけてつい手に取ったが、おかげでいろいろ勉強になった。 しかし、生きるにおいて役立つ日は来ないだろう。 サジタリウス~神の遊戯~ 第6話 放浪者達の邂逅 「――まさか、役立つ日が来るとはね」 「どうかしたかね、ロージャ君?」 呟きが聞こえてたのか、金髪ブラウン瞳のヒゲ面中年男のニコニコ顔が心配そうに歪む。「いえ、なんでもないです」とあわてて誤魔化すと、納得してはいないようだが話を戻した。 「もっと聞かせてくれ、君がどれほどの事を知っているのか知りたいんだ」 「いや、ですから、ちょっと本をかじった程度で別に詳しいわけじゃ……」 「それだけ詳しければ充分さ。さあ、話を続けてくれ」 そう言って、キラキラした子供の目で詰め寄ってくる。さっきからずっとこうだ。 俺が1時間程度前から話し相手をさせられているこの変なおっさんはジャクソン・ライノス。 シルヴィア1の大商会ロラルド商会の大旦那にして、我が親衛隊隊員エミーナ・ライノスの実の父親である。 どうしてこんなことになっているか、話を少し戻すことにしよう。 「――1週間!? 1週間もかかるんですか!?」 地方都市ノイマンの親衛隊寄宿地内にある談話室なはずの場所に不釣合いなグレタの怒号が響く。その前に立つマリーがびくっと震えた。 「だ、だってしょうがないじゃないですか。バラの棘に駆動系をやられて、全部修理するとそれくらい……」 「冗談じゃありません! ただでさえ予定より遅れているというのに、1週間も足止めを食らうわけには……移動しながら直せないんですか!?」 「無茶ですよっ! 駆動系の修理にはそれなりの設備が必要なんです。移動しながらなんて……」 「ああ、もう……! 盗賊なんかにこんな目に遭わされるなんて……!」 苦々しく歯軋りしながら頭を掻く。相当不機嫌だ。バラの棘にやられたのがよっぽど腹立たしいのだろう。 先日の襲撃では死傷者ほぼゼロだったが、MN及び輸送車両の損害は激しかった。輸送車の修理を優先しノイマンにたどり着いたものの、通常の倍の4日かかってしまった。その上1週間かかるんじゃなあ。 「グレタ、言いたいことは分かるがそう無理難題を押しつけるな。マリーも困っている」 「しかし……!」 「今のままでは、また一機に助けられてしまうぞ」 「うっ……!」 痛い所を突かれ、さすがに口篭もった。MNを壊された先日の襲撃で敵のMN部隊を撃破できたのは一機のおかげ。もし一機がいなかったら隊は全滅、それでなくても大損害を受けていたのは間違い無い。グレタも理解はしているものの、いや理解しているからこそ理不尽で不愉快でムカつくのだろう。 「それにしても……確かに1週間の遅れは痛いな。もう少し早くできないのか、マリー?」 「隊長……だから無理ですよ。駆動系は繊細な部分だから、壊すのは簡単ですけど直すのは大変で……それに……」 「それに?」 「……私以外、直せる人がいないから……」 申し訳なさそうに発した一言で、周囲が「ああ……」とため息をつく。マリー以外きちんとした整備士がいない親衛隊においてMN整備技術は全員が持つべき基本スキルだが、そんな簡単に騎士と整備士が両立出来るわけがない。ほとんどマリーまかせなのが現状だ。 「ええい……忌々しい……! 元老院も元老院です! あれほど要請したのに何故整備士を1人しか入れないんですか! シルヴィア最強にして最高峰の親衛隊に、どうしてこんな扱いを……!」 「……歴史は100年足らずだけど」 ギン! とものすごい目で睨まれて、ハイスピードで後ずさる。地獄耳だな副長……。 「落ち着けグレタ。騒いでも仕方が無かろう。王都には私が連絡を入れておく。皆は休養していてくれ。では解散……」 「……なあ、ヘレナ」 席を立とうとしたヘレナを呼び止める。ちょっと気になってた事がある。 「どうした、一機」 「ここにもMN騎士団あるみたいだけど……あっちに人頼めないの?」 ここに来る前、MN用の大型倉庫とハンスが乗っているのと同じMNジャックが見えた。だったら整備士もいるはずだから、頼めばいいじゃないか。 「ああ、いやあっちは……」 と言ったら、どうしてかばつが悪い顔をして口ごもった。なんか問題あるのか? 「冗談じゃありません!」 ばん、とテーブルを叩いてそれまで黙っていたエミーナが立ち上がった。グレタ以上に憤慨しているのは誰の目にも明らかだった。 「え? なに?」 「あ、あんな……あんな奴に……あんな奴に恩なんて貰うぐらいだったら……死んだほうがマシです!」 ダダダ、バタン! 急に駆け出してドアを勢いよく開閉して部屋を出てってしまった。死んだほうがマシて……そんな大変な事なのか? 「なんなんだありゃ……」 「……一機、ちょっと話がある」 「何々、ヘレナ」 呼ばれて駆け寄る。ヘレナ、頭が痛そうにしているのだが、原因俺? 「――実はな、ここに駐在しているのはシルヴィア軍ではなく、ノイマン直属の自警団なんだ」 「――自警団? え? ここシルヴィア領内じゃないの?」 「一応はな。だがほとんど独立している。経済的にも軍事的にもな。シルヴィア王国所属なんて、戦争しないための詭弁に過ぎん」 「いや、それはわかるけど、でもMNを1都市が所有なんて……」 あんなでかくて高そうなものを所有してるなんて、東京が独立国家になって軍隊持つようなもんだ。薀蓄の人じゃあるまいし。 そう言ったらさらに決まりが悪い顔をして鼻の頭をポリポリ掻いた。どうしたというんだ? 「――ここはな、シルヴィア大陸1の商会ロラルド商会の拠点なんだよ」 「ロラルド――商会?」 「そうだ。財力はかなりの物を持っていて、地方都市のみならずギヴィンやアエスにも交易がある。私設騎士団までほうぼうに作っていて、ほとんど1国家だな」 「――すごいね、そりゃ」 感嘆すると同時に、頼めない理由も理解した。 「なるほど……交易の弊害になるから、どこかの国に一方的に恩を売るわけにはいかないってわけか」 「そうだ。頼んでも丁重に断られるのがオチだろう」 確かに。こんな紛争状態で商売するんだから八方美人でなくてはならない。でも、 「じゃあ金払えばいいんじゃない? あっちだって商人だったら、出すもの出しゃ整備士くらい派遣してくれるだろ」 「無理だな。こう言うのも難だが、シルヴィアの地方との仲はひどく悪いんだ。少々の金額で諸国の反感を買うくらいだったら、交易を維持した方がずっと得だ」 「……その通りですな」 ていうか、そんなに憎まれてるのシルヴィアって? それでよく500年も持ったもんだ……。 それはわかったけど、まだわかんないことはある。 「あのさ、エミーナのやつはどうしたんだ? そのロラルド商会とやらと関係が?」 「関係どころか……」 今度は溜め息をつかれた。よっぽど面倒くさい理由があるらしい。 「――ロラルド商会の大旦那の名はジャクソン・ライノス。40代にして12年前はただの商隊に過ぎなかった商会を伸し上げた大商人だ」 「はあー、すごい人がいるもんだねぇ……ん? ちょいまち今ライノスと言ったか?」 「ああ言った。ジャクソン・ライノスはエミーナの実の父親だ。もっとも、仲は相当悪いようだが」 「……ええっ!?」 「しっかし……すごい人の娘がいるもんだねまったく」 宿舎前の森で素振り中。ヘレナは王都へ連絡しているので自主練。そろそろ昼時かなと思いつつ何も目にくれず黙々と特訓。何も見てないけど何かは考えている。 ――あのエミーナが大商人の1人娘、か――。全然分からんかった。 まあもっとも、自分だってかつて天才小説家と呼ばれた男の1人息子だと気づいた人間はこの人生の中1人もいなかったから、同じようなものかとは思うが。 「それにしても……なんでそんなやつが親衛隊になんかいるんだ? 別に兵隊にならなくたって食っていけると思うけど」 1番疑問なのがそこだった。俺も人間1人の人生では使い切れない金を持っていたから働くことなどせず、卒業後は早過ぎるリタイヤ生活を送ろうと決めていたのだが、エミーナは自ら戦場と言う危険な場所へ来た。何か理由があるのか? 「う~む……戦うのが好きだから、ってキャラには見えねぇな。ここの兵隊は職業軍人らしいけど、兵役なんて父親そんな金持ちだったら免除できるだろ。――いや、だからこそ入れたのか?」 藤原流の政界への取り入り方。娘を王族の妃にして王子を生ませ、その子を意のままに操る。そこまでは無理としても、栄えある親衛隊に娘を入れさせることで政治を握っている――元老院とかヘレナは言ってたな――連中に覚えをよくしたか? あるいは宣伝して祭り上げて自己アピールに利用したか? あり得ない話じゃないな。 どっちにしろ金儲けの道具か。エミーナとエミーナの父さんは仲悪いと聞いたがもしかしたらそれが理由かも。そうなるとエミーナが哀れではあるな。憶測で全然違っているかもしれないけど。 「カ・ズ・キィ~~~~~~ン! お昼ですよぉ~~~~~~!」 間延びした声が昼時を伝えてきた。カズキンの一言でミオだとすぐ分かる。 「ああ、やっと昼か……痒いな」 全身をボリボリと掻く。特に指が痒い。右手を拳にして親指で人差し指と中指を掻く。と、 ガン!! 「がっ!!」 突然後頭部に鈍い痛みが! ていうか待て、こんなこと前にもあったぞ!? 「ライラか!? 性懲りもなくまた……!」 2度、いや3度目の奇襲に怒りをあらわにして振り返ると、 「……あれ?」 そこにいたのはライラではなく、顔を真っ赤にしたエミーナが。ぶん殴った手がブルブル震えている。よく見ると目に涙が。 「こ、この……なんてハレンチな男なの! もう信じられない!」 それだけ言うと、赤面したまま寄宿へ走っていってしまった。残されたのは訳がわからず呆然としている俺。 「なんだってんだあいつ……ん?」 自分の右手が目に入った。その形を見て、ああなるほどと納得。 「これだけであそこまで怒るとは……純というかウブというか……?」 ふとおかしな事に気がついた。 妙だな、どうなってるんだ? 「ん」 「……なんだその手は? 殴る気か?」 「いやいや滅相もない……ライラもだめか」 握りこぶしを解く。これで半分以上が脱落した。 「やっぱエミーナだけなのかなぁ……しかしだとすると……」 手をグーパーしながら考え込む。さっきからずっと宿舎内で隊員に会うたびにやっているのだが、通じたやつは1人もいない。となると、やはりあの予測は正しいのではないかと思えてくる。 「でも、やっぱり突飛過ぎるかな……いくらなんでも……」 ヘレナと会ったあの日の話が蘇る。確率の低い偶然がこんな身近な人間の間で起こりうるだろうか? 「……おい」 「とはいえ、それしか考えようがない以上、そうだと判断するしかないか……エミーナに聞いてみたら1番早いのはわかってるけど……」 「おいっ!」 「うわぁ!」 至近距離でぶつけられた怒声にびっくりして振り返るとそこには怒りをあらわにしたライラが。思考に夢中で気づかなかった。 「な、なに?」 「なにじゃない。お主、さっきから何をブツクサ言っておる」 お主って……前から思ってたけど、ホントこいつ俺やハンスより男らしいよな。これで男嫌いだとは納得いかん。 「そんな、別に何も……」 「ごまかすな。宿の中をコクロ(こちらの世界のゴキブリ)のように這い回っているなど一目瞭然。おおかた良からぬことでも企んでいるのだろうこの外道が」 『ゴキブリ』『外道』発言にカチンとくる。大したことしてないのになんだその言い草は。ムカつくな。でもこいつ強いから何も言えん。というより、俺は今間違いなく隊内で1番弱い男……泣けてきた。 「それに今、エミーナがどうこう申していたな。エミーナに不埒なことを行う気ならば……」 ゴキッ、ペキッと指を鳴らされ、とてつもない殺意を含んだ視線で睨まれたので、俺は大嵐の風見鶏よろしく首をブンブン横に振った。 「とんでもないとんでもない滅相もない。――仲いいんですか?」 とりあえず話を逸らして場を切り抜けようとしたら、「無論」と重々しく言われた。 「あやつこそ我が盟友にして同胞。同じ思いを抱く友として、戦いのとき命を預けあう仲間として親しくしておる」 「……同じ……思い?」 「さよう。あやつも世と同じく父を嫌っておる。あのような愚か者が父などと認めたくない思いは一緒……はっ! なにを言わせるかこの不届き者!」 「自分で勝手に言ったんじゃないか!」 自爆のくせに下りてきた手刀を腕でガード。なんとか直撃は避けられたもののジンジン痛い……。 「いたたたた……エミーナが父親嫌いだってのは聞いたけど、なんでなの? 父親ものすごい手腕の商人だって聞いたけど」 「知らん。お主じゃあるまいし、そんなことをいちいち聞くほど世も恥知らずではない」 わざわざ人の神経逆なでさせる言葉選びやがって……腹立たしい。でも怒っている余裕はない。聞きたいことは他にもある。 「そこまで娘に嫌われるとはよっぽどの人なんだな。ジャクソン・ライノスってのは」 「おお、その通りだ」 我が意を得たり、とばかりに食いついてきた。本当に父親嫌いなんだこいつ。 「世も聞いた話だがな、あの男は9年くらい前にロラルド商会にひょっこり現れたらしい。どう取り入ったのかは知らんが当時の大旦那の側近となって商会を我が物顔で乗っ取り、ついに大旦那を追い出してしまったそうだ。大恩ある身だというのに……男というのは恥知らずのみならず恩知らずか」 「……で、それでどうやってあそこまでの豪商に?」 自分のこめかみがピクピク動くのを自覚したが、いちいち反応してると話が続かないので先を促す。 「世にはよく分からんのだがな、エミーナが言うには健全な通商路とやらを確保したそうだ。道を舗装したり付近の盗賊を撃退したり……最初は苦労したそうだが、見る見るうちに商売繁盛。今やあの通りだ」 「健全な通商路、ねぇ……」 ――やっぱ、おかしいな……。 やはり予想は間違っていなかったようだ。おそらく、エミーナの父親も……。 「商人としては優秀かも知れんが父親としては……おい、何をボーッとしておる。ちゃんと聞いておるのか?」 「え? ああ、聞いてます聞いてます」 現実に引き戻される。早々と切り上げよう。エミーナと話す必要があるな……。 「――ええーっ?」 翌日、朝の宿舎内食堂にて。 パンの食事に飽き飽きして飯が恋しくなっていた(ご飯党)ところにヘレナ参上。俺とエミーナに話があるとして自分たちを呼んだ。 んで、今はエミーナと2人並んで(ものすごく嫌そうにしていた)ヘレナの前に座っている。ちなみに変な声出したの俺。エミーナは『ローマの休日』で出てきた顔石のようになってしまっている。 するとヘレナ、やや呆れた口調で、 「そんな声を出すな。あっちがどうしてもと言ってきてるんだ。行かないと後々面倒なことになる」 「いや、だからって……ていうか何で俺のこと知ってるんだ?」 「おまえ自身のことは知らんだろう。ただ、サジタリウスの噂を聞いて操縦者と会いたくなったらしい。サジタリウスの噂は国中に広まっているようだからな……」 「……誰だ、噂流したやつ」 ため息をついた。そりゃあんな異様で強力なMNだ、噂ぐらいになるだろうな。どんなのか気になる。 でも、たった2回だけしか出撃してないんだから噂なんてゴシップ記事程度のもんだろ。そんなので会いたいなんて言うとは、物好きなんだなエミーナの父さんって。 「……だ、だ、たからって……なんで私がこんなやつとあんなやつに会いに行かねばならないのですか!?」 横で凍っていたエミーナ、ようやくのことで解凍。で開口1番吼えた。 「いや、だからジャクソン殿が『ついでに娘も連れてきてくれれば嬉しいです』とだな……」 「実の娘がついでですか! 何考えてるんですかあの馬鹿男っ!!」 キレたエミーナの迫力にさすがのヘレナもタジタジ。ちなみに俺は目も合わせられず紅茶をすすりながら嵐が過ぎるのを待っている。 「違うだろう。きっと本当は普通に会いたいが、恥ずかしくて何かしら理由付けしないと呼べないのだ。親とはそういうものだと思うぞ」 「ふん、どーですかね! あの男の場合本当についでだと思いますけど!」 説得にも耳を貸さず怒ってばっかり。ていうかちょい待ち、今へレナ「そういうものだと“思うぞ”」って言ったか? 「そう癇癪を起こすな。こう言ってはなんだが、これはまたとない機会だ。一機、お前が言っていたことが可能になるかもしれんぞ」 「え? なんのこと?」 急に話を振られて困った。俺が言ったこと? なにか……ああ、昨日のあれか。 「そっか、そいつおだてて整備士の手配頼み込もうってわけ」 閃いて指を鳴らす。 「おだててとは言い方が悪いが……そのようなものだ。というわけで、エミーナ、一機、ジャクソン殿に会って話してきてほしい。昨日も言ったがやはりマリー1人ではどうしようもない。頼むぞ」 「………………はい」 ものすごくためらってからエミーナは返事をした。よっぽど会いたくないらしい。もちろん俺も同意した。めんどくさいけど。 厄介なことになったなぁ……仕方がないか。 それにちょうどいい機会かもしれない。エミーナと2人きりになったらあれ聞いてみるか。 「ああ、それと一機、あちらにはあのローブを着ていけ。お前の出身は極秘なのだからな」 ――やっぱ止めていい? |