Last Esperanzars

Last Esperanzars

プロローグ 亡霊達の夢

 A級機密文書:ADT-01 コードネーム『ケンタウロス』の機体概要、開発経緯資料 開発チーム主任涯桂宋(がいけいそう)の私記
(○月×日、涯桂宋の自宅から発見されたノートに記された私記。これ自体は当時の回想程度で大した物ではないが、別のページにはADT-01の詳細な設計図や当時の関係者の名前が書かれていたため封印する。ADT-01は確かに軍事機密ではあるが、今更公表されても奇想兵器として軍事マニアの目を引く程度でしかなく、A級機密は不当であると考える。涯桂宋氏はADT-01の不採用評価から三年後に行方不明。諸国に亡命したと見えるが、現代戦車技術者の必要性は皆無であり、不採用評価後は軍部から離れていたため捜索の必要はないと思われる)

 そもそもADTの原型である新型MBT(メイン・バトル・タンク)建造計画が元であった。連合化に従い国連主導による世界的な軍縮が始まっていた時代、兵器は質より量が重視されるようになった。現状の正式採用戦車数両分の性能を持つ機が必要不可欠になった。折りしもその時点で既に開発されていたネオ・メテオエンジンを搭載するという前提の下、新型戦車建造計画、通称ケンタウロス計画は始まった。
 建造にあたり最初に開発者を悩ませたのは、ネオ・メテオエンジン自体の巨大さであった。その巨大なエンジンのため機体自身も巨大化を余儀なくされた。だがそれは、軍縮による軍備数減少を迫られた軍上層部からすれば大したことではなかった。なぜなら、ネオ・メテオエンジンによって現状の戦車とは比べ物にならない高速、高機動、航続距離を得られると信じていたからである。それは確かにその通りであったが、事はそう簡単な話ではなかった。なにしろ現状機の倍以上の大きさなのだ。今使用されている工場の設備ではとても作れず、設備から最初に作らねばならなくなった。結果、開発計画は当初から難航した。
 それでも、ネオ・メテオエンジンの出力は尋常ではなく、開発者たちの予想以上の機動性を手に入れることに成功した。さて、そこで新たに生まれた問題はウェポン系だ。
 ネオ・メテオエンジンの特徴である電は障害は誘導兵器を空中で迷走する爆弾とし、誘導兵器の重要性を失墜させていった。誰がどう見ても、後数年で長距離誘導兵器はただの鉄クズとなると予想できた。それ故、新型戦車も誘導兵器以外の兵器を積む必要があった。
 現状機で使用されている10cm級の小型砲では軍依頼のコンセプトである『一両で現状戦車数両以上の性能』を満たさず、せっかくの性能を持て余すだけである。プランの一つとしてその高いパティシティを利用し、第一次大戦当初建造された多砲塔戦車も考案されたが、軍縮によって軍人自体の数も減少している現在において、より多くの乗員を必要とする多砲塔戦車は時代に合わないとして却下された(後にこの思想を受け継いだADT-03が開発される)。となると残された道は一つ、艦載砲クラスの大口径砲のみである。
 一撃で陸上兵器を確実に破壊する攻撃力が必要なため、必然的に口径は20cm以上と決まった。そのクラスの戦車用大砲は既に開発されていなかったが、この計画以前から艦載クラスの大砲建造計画は存在したため、転向は容易であった。この時点では、まだ開発は順調であると言えた。

  ドォォン!
 草木も眠る暗闇の中、眠りから目覚めさせんとするかの如く、その砲は轟音を上げて光を生んだ。音と光の発生源から出された光の玉は鋼鉄の巨人を容易に貫き、その後ろのコンクリートの塊に突き刺さった。鋼鉄の巨人とコンクリートの塊が爆発するのはほぼ同時だった。
 二つの炎が暗闇を真っ赤に染め上げる中、私――涯桂宋――はただただ立ちずさんでいた。
 ――これは、どういうことだ?
 そもそもどうしてこうなったか。錯乱し切った脳でもう一度思い出してみる。
 東京を見てみたいと思ったのは、単に気が向いただけだった。日本に亡命してから五年、一度もかつての首都を見ていなかったので、興味が湧いただけだ。齢五十を過ぎた老人の、ほんのささいな遊び半分、暇つぶしと言っていい。夜中を選んだのは、東京中部に入るためだ。世界統一戦争で攻撃を集中され、首都機能を失って完全に廃墟となった都市だが、それでも危険区域として監視の目ぐらいあると思ったからだ。実際行ってみるとそんなものは全然なく、昼間に来ればよかったと後悔した。
 ライト一つで東京を見回したが、別になんてことはないただの廃墟だった。ただのコンクリートと鉄筋のクズの溜り場。入り口からちょっと離れた辺りには不当廃棄されたゴミらしきものがあった。かつての首都にずいぶんだなと思ったが、物理的、経済的に撤去不可能だからと八年間も放ったからしの場所などそれぐらいの価値しかないかと思い直した。
 壊された国会議事堂や浅草雷門など見物したが、どれもただのゴミにしか見えず、それも深夜だから尚更で、もう帰るかと思ったとき、地面を定期的に揺らす忌々しい足音が聞こえた。
 後ろを振り返ってあったのは私から人生を奪ったADの巨体であった。どうやら国連軍のものらしい。そんなものがどうしてこの廃墟にいるかと思ったが、質問されたのはこちらのほうだった。
 こんな時間に何をしていると、スピーカー越しに物理的にも精神的にも上から詰問された。まさか見物に来たと言っても信じてくれるはずもないと思い、とっさに酔っ払いの振りをして誤魔化そうとしたが、ライトを持っていたのがまずかった。明らかに疑惑の目を巨人を解して向けてきた。昨今世間を騒がせているゲルダーツヴァイだとでも思われたら厄介だ。逃げようとも考えたが、ADに追われて逃げ切れるとは到底思えない。だからと言って元技術者である私の過去はかなり怪しまれるだろう。最悪犯罪者として一生牢屋での生活かもしれない。そんなことを考えていたら、突然横方向から来た光の玉がADを貫いた。
 そこまで思い出して初めて、自分の腰が抜けていることに気付いた。目の前で燃え盛っているADとビルの残骸を見て危険だから離れよ
とするが、足がガクガク笑って動かない。こっちは笑うどころではないのに。
 仕方なく四つ足で這ってその場を離れることに。全身の毛穴が一気に開き、汗を流出させているのが実感できた。どうして私はここまで怯えているだろう。
 怯えている? 違う。動悸が早い。心臓が私の目の前の炎より熱く激しく動いている。心臓の激動により血液が尋常じゃないスピードで流れ、全身を沸騰させるほどの熱量を持つ。
 これはなんだ? 恐怖ではない。混乱ではない。これは――歓喜?
 ふとそんな言葉が頭をよぎった直後、独特パラパラ音が周囲に鳴り響いた。これはAD用の大型マシンガンの連射音だ。
 なにかに急かされるかのように這いながら進む。と、突然目の前のビルが砕けた。
「う、うわ!?」
 あわてて顔を覆った。実際コンクリートが落ちてきたら意味の無い行為だと思ったが、奇跡的にも破片は落ちてこなかった。視界は巻き上げられたコンクリートの砂で完全にアウトとなっていたが、それでも必死で目を凝らした。巨大なビルをいとも簡単に破壊した謎の存在を見極めるため。
 やがて、巻き上げられていた砂が晴れてきた。晴れた視界の先にあったのは……
「……これは……」
 一瞬、自分の目を疑った。幻覚だと思った。そこにあるものを信じられなかった。だが、月夜が照らす姿は真実だった。
 一見すると普通の戦車だが、四つの履帯、戦車には不釣合いな大砲、そして何より、10m近いその巨大さから最初の判断が間違いであると誰もが気付く。
 いつの間にか足の笑いが止まり、立ち呆けていた。普通の人間ならばその巨躯に恐れおののき逃げるはずだ。しかし私は違った。その異形の正体を知っていたから。
「……ADT-01……ケンタウロス……!」
 誰が見紛うことか。私が人生全てを捧げた戦車。数多くの技術者が、心血を注いで作り上げた最高傑作。新時代の陸戦を制する、大地の支配者……!
 その時、またマシンガンの耳を劈く連射音が周囲に木霊した。それと同時にケンタウロスに小さい火花が連続的に発生した。鉄と鉄がぶつかり合って生まれた花火。撥ねた跳弾が飛んできて倒れそうになるが、そんなことは気にならなかった。眼前の巨体が放つ圧倒的存在感、威圧感を感じることで、それが現実だと認識したかった。
 そこに、騒々しいノイズが入った。ADの足音。音の数からして、四機いるようだ。やはりただの部隊じゃない。恐らく、このケンタウロスのために呼ばれた特殊部隊だ。
 と、空にCAが後部から炎を出して浮かび上がった。いや、飛んだ。バーニアを一気に吹かしての大ジャンプ、空中から戦車上面装甲へ攻撃、そのまま接近戦に持ち込んで仕留める気だ。馬鹿め、他の戦車ならともかく、ケンタウロスにそんな戦法が効くか。
 ケンタウロスの24cm砲が旋回されて空に上がった愚かなADに向けられる。至近距離だ。当たる。
「……撃て」
 ドォォォン!!
 爆風が近くにいた私にまで襲い掛かり、私の体は空を舞った。

「……リンダがやられた」
 ADの中で、緑色のモニターに照らされたコクピットに僕の――グレイド・ラシュフォード――声が反響した。
 リンダの判断は正しかった。相手は巨大な自走砲戦車。自走砲だろうが戦車だろうが、対空攻撃能力は低いはず。しかも戦車というものは上面装甲が低いもの。手持ちのマシンガンでも容易に貫けるだろう。それがダメだとしても、近付いてあの大砲を封じればどうしようもない。どう考えても勝利できる対戦車戦術的に正しい戦法。そのはずだった。
 それなのに、急速旋回した敵の大砲はリンダのADを紙切れのように穴を開け、空中で爆発させた。
『畜生、アレックスだけじゃなくリンダまで!』
 通信機から、怒り狂ったローウェンの叫びが伝わってきた。さっきはリンダの泣き喚く声が鳴っていたのに、とふと思った。
 この任務が終わったら、アレックスとリンダの結婚式があったのに。もう少ない給料から二人の結婚プレゼントも買ってしまったのに。二次会パーティの会場としてバーも予約してしまったのに。ツインのカップなんてどうすればいいんだ。バーになんて言ってキャンセルすればいいんだ。
 そんな大した任務じゃなかったはず。変な任務ではあったが。東京上空で消息を絶った輸送機と試作兵器の回収、もしくは破壊。破壊という単語に眉をひそめて隊長に咎められたが、消息を絶ってからしばらく経過しているのが尚更疑問を湧かせた。しかもAD五機の使用が許可された。ここまで来ると重要軍事機密がらみだとわかって、詳しく聞くことはできなかった。
 だが、その試作兵器の詳細を聞いて再び疑惑が湧いてしまった。十年近く前に開発されていた超大型戦車。8mとはかなりの巨体だが、それでも戦車は戦車、そんなものにAD五機使用とはいくらなんでも無駄だろう。用心のためだとしたら、ゴキブリ一匹退治するのに核ミサイルを撃つのと一緒だ、用心しすぎている。ADと輸送艇の燃料がもったいないと思ったが、命令ならば仕方が無いと思い直した。すぐに終わる任務だ。さっさと終わらせて二人の新生活を祝おうと笑っていた。
 上陸した後分かれて周囲を警戒しながら目標を捜索していた。警戒といっても、しょせん戦車相手、気を抜きながらの捜索だった。そこ
、アレックスから不審な人物を発見したとの通信があった。アレックスが不審人物を尋問しているのを聞いていたら、突然爆音が周囲を包み、アレックスの通信がただのノイズとなったと同時にアレックス機の反応がロストした。
『おのれぇ! あの化け物めっ! 俺が退治してやる! リンダとアレックスの仇だ!』
『ローウェン! 落ち着け!』
 ローウェンの悲痛な叫びと、隊長の諌める言葉で現実に帰る。
『下手に近付いたら奴の思う壺だ! ローウェン、グレイド、散開しろ! ビルを壁にしながら進むんだ!』
『しかし、ADを一発で吹き飛ばすなんて、相手のAP(徹甲弾)は相当の威力です。どうすれば……」
『大丈夫だ』
 隊長の声が、こんな状態とはとても思えないほど穏やかかつ力強いものとなった。それで肩に入った力がフッと抜けた。隊長は歴戦の勇者、隊長が大丈夫だと言ってなんとかならなかったことなどない。
『奴の砲撃能力は確かにかなりのものだ。命中率も高い。だがそれは照準をつけられたらの話だ。このビルの残骸だらけの地形は砲撃には最悪のコンディション、恐らくこの接触は奴にとっても突然のアクシデント。ビルの陰に隠れながら接近し、一気に仕留める! 止まるなよ、照準を構えられたら終わりだ。突撃ぃ!』
 隊長の命令に合わせてバーニアを吹かす。推進剤の量は限られているから大した時間続けられないが、かく乱させるために使うだけだ。問題ない。ローウェンも、そしてもちろん隊長も同時にバーニアを全開していた。長い付き合いだから、呼吸は一緒だ。
 センサーの反応で、あの化け物戦車も激しく動いていた。敵もさるもの。同じところに居続けることは無いか。だがそれでいい。包囲網に追い詰めつつあった。上陸直前に確認した地形から、公園跡と思われる広い場所に入りつつあった。
『隊長! 横に近付きました!』
『よし! グレイド、奴の正面に少しだけ出ろ! 奴がお前に注意を払った時にローウェンを突撃させる!』
「了解!」
 普通の兵士なら、ただ単に囮に使われるだけじゃないかとビクつくだろう。でも隊長は違う。自分の安全も考えながら、最善の戦略を導き出した結果。大丈夫だ、勝てる。
 砲撃からなるべく急所を隠して出ようとした。が、
「うわぁ!?」
 突然身を隠していたビルが砕け、右腕が千切れた。衝撃でCAが倒れる。
 一瞬何が起こったのかわからなかったが、砲がこちらに向いていること、後方のビルが爆発したことで全て悟った。
 奴は徹甲弾の遅延信管を遅めに設定、ビルを貫いてCAに直撃するようにしたのだ。出ようとしてたからよかったものの、もう少し遅かったら三機目の被害となっていたはずだ。
『どうしたグレイド!?』
「大丈夫です隊長! 砲弾が命中しましたが、右腕を失っただけです!」
 そこで始めて、敵の超大型戦車を視認できた。戦車というよりやはり自走砲、大砲は20cm以上だろうか。確かにこんなものを喰らえばADでも紙切れだ。
 だが、気になることがあった。大砲の上部にある二つの丸。あれはまるで……
『この化け物めぇ!』
 突然ローウェン機が戦車の左側から突撃してきた。僕が撃たれたことに激昂したらしい。手にCA専用ソードを握っている。
 横を取った。砲口は見当違いのほうを向いている。勝った、と確信した。
 しかし、そこでふと目に入った。さっきの2つの丸が、怪しく光ったのを。
 ガキィン、と金属が衝突した音が周囲に木霊した。その次に聞こえるのは敵戦車の爆発音、のはずだが、それ以上なにも聞こえてこない。
『……な、なんだこいつは……』
 ローウェンの驚愕した声が通信機を通ってきた。
『どうした、ローウェン! 倒したのか!?』
 隊長が状況がわからず困惑した声で聞いてくる。だがローウェンは聞こえてはいないだろう。見ているだけの僕ですら目の前の光景を信じられない。
 剣は止められていた。正確には剣を持った腕が受け止められていたのだ。
 戦車から生まれた腕に。
 そこで初めてさっきの違和感の正体に気付く。あの並んだ二つの丸、あれはADのメインカメラではないか、と。
『こいつは……ただの戦車じゃない!』
 ローウェンから見れば死角だったかもしれないが、僕には完全に見えた。振り下ろされる一瞬、メインカメラが後方に下がって大砲が隆起、それに合わせて上面装甲から両腕が出てきて、胸部に大砲を持つADの上半身そのものとなった。そしてその腕で剣を受け止めたのだ。
「……ローウェン、逃げろ!」
 受け止めた左腕と別の手に、AD用のマシンガンが握られているのに気付き、反射的に叫んだ。

 だが、ここで思わぬ横槍が入った。軍上層部から、新型戦車ケンタウロスは開発中の新型主力人型兵器、AD(アサルトドール)の実験機として建造せよとの命令であった。
 AD自体はケンタウロス計画以前から開発計画としては存在していた。だがネオ・メテオエンジン搭載という絶対条件があったため全長は10m以上必要だった。そんな巨大なRS(ロボットシステム)開発は難航を極め、金と時間のみが無駄に浪費されていった。それでも

ADの開発の意志は強く、ほとんど信仰ですらある執念によって80%完成にまで至った。しかし、問題はその残り20%であった。全体の重量を支える脚部ユニットが作れなかったのである。足が無ければ動かすことも出来ない。だからと言ってここまで大金を費やしたADを無駄にするわけにはいかない。もう軍縮は始まっている。これ以上時間はかけられない。そこで、試作中のケンタウロスを改装し上半身のみADとして、データ取りをさせようということになった。
 なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。そんな阿呆な転用が許可されるわけが無い。これはAD開発チームの明らかな妨害工作だ。ケンタウロスが完成に近付き、焦った彼らは軍上層部に取り入ってこんな愚かな命令を出させたのだ。彼らには巨大軍需産業のバックアップがある。軍需産業と軍の癒着が無くならない限り、彼らの優位は揺るぐことは無い。こんな話は二つ返事で拒絶したかったが、上層部の正式な命令だったためそれは許されず、ケンタウロスはADT(アサルトドールタンク)となってADのデータ取り用のテストペットと化してしまった。
 大幅な変更を強いられたケンタウロスは、当然の如く開発は延びに延びた。彼らにはこれだけで十分だったろう。ケンタウロスが完成されては困る。新時代の主力兵器はADでなければならない。軍上層部がそう考えているのか情けなく、悲しく、滑稽だった。かくしてケンタウロスは、偶然にもその名前の通りの上半身人のケダモノとなったのだ。
 ところが、ここで私たちも、AD開発チームも予想できなかった事態が発生する。後の歴史書に、『世界統一戦争』と記されることになった世界的な紛争だ。
 そもそも、軍縮だって国連による連邦化運動によって発生した事態だ。高度なネットワークは人々に“国境”という認識を薄れさせた。その上世界的にEUのような連合化が始まっていた時代、若手思想家が世界連邦政府樹立への道を進んでいると思わせる要素がこの時有り余るほどあった。やがてその思想に乗っかるように動き出した国連によって連邦化政策が始まった。世界規模による軍縮はその一つである。
 だがしかし、その波に乗れぬ者がいた。しょせん連合主導など先進国主導と同一で、連邦政府など世界の権限を掌握せんとす野望に過ぎない。少なくともそう考えた者がいた。国連での発言権が無い、あるいはごくごく小さい権限しかない発展途上国、小国。もしくは連邦化に賛同できぬ国家主義、民族主義者たち、ネオ・メテオエンジンの原料となる新エネルギーが発掘され、もはや他国からの観光なしでも経済が成立するようになり、半世紀も経たず理想社会と呼ばれた多文化社会を捨て、かつての白豪主義に戻ったオーストラリア、政財界を牛耳るのが貴族と呼ばれた自らの特権復活を願うヨーロッパ、EU諸国連合。私の祖国中国もその一つであった。国家間の対立は民にも伝わり、さまざま思想がぶつかり合う世界的なテロリズムに発展、“軍縮”などという言葉は消え去り、兵器を作って戦場に出しては破壊され、また作って戦場へ出すを繰り返す自転車操業となった。ケンタウロスも戦場へと命令されたが、余計な改装のせいで戦場に出せる代物ではない。だから反対したのに。もう遅すぎるが。それでも比較的建造が進んでいたADT-02は実戦投入されたが、戦果はずさんなものだったらしい。当然だ。ろくに試験もしていないのだから。
 だが、02の戦果の無さはAD開発チームからすれば僥倖だった。早すぎる実戦投入による結果を、ケンタウロスの兵器的欠点によるものだとデタラメを言ってきたのだ。せっかくの新兵器を破壊させてしまったのは自分たちのせいだとは言いたくない軍部は当然のようにこれに同調、ケンタウロス不採用評価のレッテルが、採用試験も行われずに貼られようとしていた。
 そこでまた事態が動いた。脚部マニュピーレーターが意外に早く製造でき、ADが完成してしまった。こちらのデータなど使わず、だ。もはや笑うことすら出来ない。ADの完成によって運命は決定した。ADTは、ケンタウロスは不採用となった。ろくに履帯を動かしたことも無く、だ。

 必死の声も届かず、ローウェンのADはマシンガンにより正に蜂の巣となった。ローウェン機は力なく地に崩れ落ち、コンクリートの大地とぶつかって奇妙な鉄琴のような鈍い音が鳴った。
「……あ、ああ……」
 なんとか機体を立ち上がらせたが、それ以上は何も出来なかった。脳内に様々な思考が渦巻いている。いとも簡単に奪われた仲間たちの命、目の前にある巨人戦車の異様な姿、真実を教えず任務に当てた上層部、そして今まさに命を奪われようとしている――。
『この化けものおぉぉぉぉぉ!!』
 その時、巨人戦車の後方から隊長機がマシンガンを乱射しながら突っ込んできた。声からはいつもの余裕は微塵も無い。ただただ仲間を奪った怪物への憎しみのみだ。
『くたばれぇ!』
 走りながらマシンガンを捨て、ソードを構える。今度は巨人戦車の大砲もマシンガンも別方向を向いている。いける、今度こそ。
 と、その時、巨人戦車の後部が爆発した。
『ぐぉ!?』
 通信機から苦悶の声が響くと同時に、隊長の機体が後ろにのけぞった。頭部メインカメラが砕けている。隊長機周辺に銀箔みたいなものが宙を舞って光っている。さっきのは爆発ではない。巨人戦車後部に搭載されていたチャフロケットを発射、機体に当てたのだ。
『このやろ……!』
 そこで隊長からの通信は途絶えた。後ろ手にした右腕から発射されたマシンガン一発一発が、隊長機を貫いたからだ。
「た、隊長……」
 もう通信機はノイズ以外なにも発しなかった隊長もやられた。信じられなかった。あの隊長が。自ら進んで戦陣を切り、自分たちを導いてきた隊長が。
 その時、光がさした。巨人戦車のライトがこちらに向けられたのだ。
「…………!」
 逃げなければ、と頭で思っているに、体が動かない。
 もうほとんど生きるのを放棄していた。衝撃的なことの連続に、神経が麻痺したとしか思えない。もう、指一つ動かす気力も無かった。
 砲口が向けられる。いっそこのまま仲間の下へ――と現実逃避的な考えすら浮かぶ。
 しかし、いつまで経ってもその大砲は火を放たなかった。大砲が故障でもしたか? 助かったのか――?
 ホッとしたその瞬間、履帯が轟音を鳴らし、戦車が突進してきた。
 
 最初から出来レースだった。勝ち目など無かった。有視界戦が重要視されるようになってから、汎用性が高い人型RS投入の動きが世界的に発生した。ケンタウロスが採用、量産化される可能性など初めからゼロだった。
 だけど、それでも私は信じていたかった。陸戦の覇者は戦車だと。戦車はまだ必要だと。そして、技術者であるこの私も。ADなど、RSなどというSF兵器に負けるはずはないと。
 でも、もう遅かったようだ。時代の流れに乗り切れなかった。私は時代遅れの存在のようだ。あれから三年の月日が経った今、戦争の主力兵器はADを含めたRSになってしまい、戦車の姿は日に日に消え去っていく。あと数年もすれば、戦車は歴史の教科書の隅に追いやられるだろう。戦車に命を捧げてきた男たちの叫びと共に。
 心残りなのは、ADとの採用試験を行えなかったことだ。もしADとケンタウロスが戦えば、ケンタウロスが勝てたと思う。性能はADなどに劣っているとは微塵も思わない。
 ――いや、そんなことを今更言ってもしょうがないか。なにもかも終わってしまったことだ。ADが勝った。ケンタウロスが負けた。それだけ。既にケンタウロスは、戦車は語られぬ神話と化した。ADの前に消え去った。もはや戦場で戦車の勇姿を見ることは、二度とないだろう。

 大砲がADの腹部――コクピット辺り――に突き刺さったのを、私――涯桂宋――はボロボロの身になりつつも目撃した。パイロットは即死しただろう。
 戦闘が始まっても必死でケンタウロスを追いかけていった。狭い地形だったのが幸いし、なんとか一部始終を確かめることが出来た。次々とADを破壊していくなか、最後の一機に砲を向けつつ撃たないのに故障かと愕然としたが、すぐにADに突進したのを見てそうではないのがわかった。
 何故撃たなかったか? 簡単だ。砲弾がもったいなかったからだ。AD如きに貴重な砲弾を使う必要はない。あれで十分だ。
「は、ははは、は……」
 自然と笑いが漏れていた。少し涙も流しているのが自覚できた。
 時代遅れ? 戦車は歴史の教科書の隅に? ADが勝った? ケンタウロスが負けた? 戦車は語られぬ神話? 戦場で戦車の勇姿を見ることは二度とない?
「はは、ははははは、はーはっはっはっはっはっは!」
 いつのまにか大爆笑していた。嬉しいからではない。喜んでいるのではない。そんな生易しい感情ではない。
 これは自嘲の、嘲笑の笑いだ。
 戦車が時代遅れだなんて、どうして考えてしまったのだろう。今の光景を見ただろう! 最新鋭の主力兵器と言われるADに対して、ああも余裕に、圧倒的に戦ったではないか! ほんの数分で、五機ものADを簡単に倒したではないか! 私はなんて愚かだったのであろう、陸戦の支配者は、やはりまだ戦車なのだ! 私は正しかった、ADなど、ケンタウロスの前ではただの木偶人形だ!
 と、履帯の心地よいキュラキュラ音が聞こえた。ケンタウロスが戦場から離れようとしているのだ。
「ま、待ってくれ! 止まってくれ!」
 私の声が届いたのか、履帯が止まった。メインカメラがこっちに向けられた。
「君は誰なんだ!? どうしてそのケンタウロスに乗っているのかね!? いや、そんなことはどうでもいい。頼みがある、私を連れてってくれないか!?」
 地に正座して、必死で懇願する。ここで見逃してはならない。絶対についていく。
「私はこのケンタウロスの開発者だ! 頼む、私をケンタウロスの傍にいさせてくれ! 私がいて悪いことは無い、私はケンタウロスの全てを知っている! 整備も性能向上も思いのままだ! 私に、ケンタウロスがADと戦う勇姿を見せてくれ!」
 忌まわしいAD。私が今まで積み重ねてきた人生を、真っ向から否定し、全てをかけて作り上げたケンタウロスを嘲笑したAD。それが自ら嘲ったケンタウロスに次々と滅ぼされていく。なんと官能的な光景であろう。
 もっと見たい。見続けたい。ケンタウロスの勇姿を。そして世界に見せ付けたい。戦車こそが陸戦の王者だと。ADなんて木偶人形など

必要ないと。戦車は、私はまだ必要なのだと。
「頼む、私を、私もケンタウロスの傍にいさせてくれ!」
 コンクリートの大地に額を擦り付ける。しばらくしたらスピーカー特有のキインとした音が鳴った。
『……あんたかい? こいつを、麒麟を作ったのは』
 麒麟、という単語に疑問視が湧くが、その言葉からしてパイロットがケンタウロスにつけた名前だと推測する。
 予想外に若い声だ。二十代くらいかもしれない。そんな若者がケンタウロスを使えるとは驚いたが、そんなことはどうでもよかった。
「そ、そうだ! 頼む、一緒に、私も一緒に……!」
『……夢さ、忘れな』
「……え?」
 思わず顔を上げる。意味がわからなかった。
『忘れろってんだよ。これは夢、ただの夢さ。忘れちまえ』
「そ、そんな、私もケンタウロスの傍に!」
『こいつは麒麟だよ。あんたの事情なんか知らないけど、俺にはあんたなんかに用は無いよ』
「……用が、無い」
 その場に崩れ落ちた。用無し、ようなし……まさか、ケンタウロスにまで言われるとは。
『じゃあな、あばよ』
 エンジンがかかり、履帯が音を鳴らして離れつつあったが、追いすがることなど考えもしなかった。終わった……。その言葉のみが頭にあった。
『……あんたには感謝している』
 ふと、ケンタウロスのパイロットから声をかけられて顔を上げた。いつの間にか止まっている。
『俺に……夢を見せてくれた』
「夢……」
 そこでまた動き出した。再び止まることは無かった。

「……そうさ、夢だよ」
 三度動き出したADT-01ケンタウロス――麒麟の中で、バイザーを外しながらたった一言呟いた。
「ただの夢、世界から忘れ去られた亡霊が見る、チャチな夢……」
 くくく……と乾いた笑いをこぼす。胸の銀のネックレスが揺れる。
「……しかし、夢を見ているのはこの世界も同じこと。ADなどという人形遊びに現を抜かすこの世界も、愚かな催眠術師の夢に眠る愚かな世界……」
 モニターの薄明かりに染まった顔が、歪んで影を生む。
「目覚めてもらうぞ。世界には。そのための生贄となるがいいAD、いや、RS……!」
 神無黄昏(かみなし たそがれ)の瞳にあったのは、狂気とも憎悪とも似通いながら違う、澱んだ光だった。



 GIGANTOMACHIA~巨神戦車・駆け抜ける咆哮
 プロローグ 亡霊達の夢

 ――後に、後世の歴史書に、ギカンドマキア~巨人達の遊戯と呼ばれる戦争において、
 神無黄昏と、巨大な戦車が記録されることはない――


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