第一話 蝶はただ地を進む『……バタフライ・エフェクト?』『そ。バタフライ・エフェクト。バタフライ効果って呼んだ方がいいかな。知ってる?』 フラスコ片手に、二十歳くらいの男が問いかけた。二十歳くらいと言ってもそれは実年齢を知っている者の視点から見た話で、一見するともっと幼く見える。別に小柄だとかベビーフェイスとかではないが、ニコニコ顔と明るい雰囲気が小さな少年を思わせている。 『ええと……ああ、あれだろ。「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」っての』 『それそれ、カオス理論の例え話だね。ちょっとしたことでも、大きな変化を起こす可能性があるという』 『はあ……それが?』 怪訝な顔でもう一人の男は応じた。こっちも同じ二十歳くらいだが、外見上は五歳以上の年齢差を感じさせた。こちらも老け顔ではないが、特徴のないのっぺりとした顔と気だるそうな雰囲気が定年間近のお父さんを思わせている。 そんな対象の二人が、フラスコと用途不明の実験器具を間に挟んで会話をしているのはなかなかシュールな光景だ。その場所が、無機質な実験室というのも異様な空気が醸し出されるのを助長させていた。 『真実かどうかは知らないけど、この例え話が生まれたのはこんな逸話があるんだって。昔ある学者があるデータを数式にして計算したところ、すっごい端数が出ちゃったんだ。で、後日また計算式が必要になったんだけど、めんどくさがって端数は切っちゃったんだ。どうせこんな端数あったところで変わりないってね。ところが、再び計算した結果は全然違ってたんだ』 『……ああ、それでバタフライ効果に繋がるわけか』 『そゆこと。たとえどんな小さなものでも、結果として大きな変化を促すってね。あともう一つ、「神はサイコロを振らない」ってのは知ってる?』 『……アインシュタインだったかな』 少し考えてからそれだけ言うと、男はフラスコに入れられたコーヒーに口をつけた。このフラスココーヒーはここに来るといつも出されるので、最初はちょっと躊躇いもあったが今はもう慣れたもの。これくらいで耐えられないようならこのニヤケ顔とは付き合えない、と男は小さく失笑する。 『そう。量子力学において、粒子の運動量と位置を同時に正確には測ることができないという不確定性原理を否定した言葉だよね。測ることができないのは元々決まっていないからではなく、人間が見つけていないだけだって。あんまり定説にはならなかったんだけどね』 『……だけど、どっちもお前によって否定されたがな、アル』 コーヒーを飲み干してそう告げると、アルと呼ばれた男は微妙な顔をした。 笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、苦しんでいるのか。 どれとも違って、どれでもあるようで、混沌とした顔―― 『……アル?』 『ねえ東馬、頼みがあるんだけど』 『え?』 不意を突かれ、東馬と呼ばれた男は動揺する。 『な、なんだよいきなり。俺で出来ることなら聞いてやってもいいけど』 『ホント? じゃあねえ……』 突発的に目覚めたわけではなかった。 男が眠りから覚醒するのに、少々の時間を費やしたのが、起こされたわけでも起きたわけでもない、本当に『眠りから覚めた』からだろう。そんなことを考えながら、男はベッドから這いあがった。 「…………」 周囲を確認する。1Kのフローリングにテーブルとペットが一つ。それ以外の家具は一切なし。何かわからない異臭を発する変な薬品も、とにかく高い銘柄らしいが渋いばかりのコーヒーが入ったビーカーも存在しない。典型的な一人ぼっちの若者の住処だ。あくまで表面上のみ。 「…………」 ベッド脇に置いた腕時計で時間を見る。午後一時。結構な時間だ。寝たのがいつだったか。確か……ああ、十一時だ。午前の。 結局寝てもこんなもんか。これで何日ぶりの眠りだろうか。いや、普段から寝ているのかもしれない。最近起きているのか寝ているのか境界線が曖昧になっている。睡眠薬か酒でも飲めばいいのだろうが、あいにくどちらも自分には効果がない。因果な体だ――と呆れつつ、男はベッドから這いあがってとりあえず顔を洗うことにした。 「ん……?」 ふと、目の前を見上げると、薄汚れたおっさんの顔があった。いや、鏡に映った自分の顔だ。そう判断するのに、しばらく時間が必要だった。 誰だお前? と鏡の中の自分に問いかけた。髭は伸び放題、髪はボサボサ、顔に無駄な肉がついた気がするし、何より瞳孔が薄汚れている。これでまだ二十代前半なんて誰が信じるだろう。自分でも信じられない。 唐突に、浦島太郎の物語を思い出した。玉手箱を開けた浦島の顔は、こんなもんだったか? 馬鹿らしい、と嗤う頭もあるが、それ以上に呆けた脳みそが久々の思考を止めさせてくれなかった。 昔はこんなじゃなかった。あの頃の俺は、こんな顔をしなかった。もっと強さも活力も、未来の展望もあったはずなのに、どうしてここまで老けたのか? 部屋へ戻り、壁に掛けてあったカレンダーを確認する。ずいぶん前に矢上から貰ったもので、日どころか時間を確認する必要もなかったので埃を被せたままにしたものだったが、それでも一応今年のだ。 確認した。今年は209年だ。 「……209?」 思わず苦笑してしまった。209、連邦暦209年。それでは、あれから三年くらいしか経過していないではないか。たった三年で人間とはここまで腐る、いや堕落するとは。長かったような、短かったような、とにかく笑うしかない。 そこで、備え付けの電話が鳴った。 「ん?」 ほとんど考えず反射的に取ったが、相手が誰だか男には見当つかなかった。この回線はそこらのインチキ業者などが掛けられるようなものではない。しかし、ここに掛けられる人間はごく限られている。その中で今更連絡を入れるものなど―― 結論の出ない思考を捨て、「はい」と電話に答えると、電話の相手はぶっきらぼうを通り越して機械的に話した。 (本部からだ。HDより、『アレ』が奪取された) ドクン、と心臓が大きく爆ぜる音がした。「間違いないんですね?」と返してしまったのは、驚きのあまりかそれとも三年の間に脳の回路が腐ったのか。 (間違いなく“連中”の仕業と推測される。自宅だな) 「はい」 男はこちらも機械的な返答をする。別に相手に合わせたわけでなく、自然とこういう風になるようできているからだ。 (では今すぐ関東生命渋谷本社ビルへ向かえ。そちらで追って指示を出す) 「了解」 それで電話は切れた。男はさっきまでのだらけぶりを完全に消し、スーツの準備をしていた。関東生命ビルなら、ここからは電車を使った方が早い。髭は電車のトイレでも使うかと判断した男は、着替え終わると一式用意して安アパート裏のバイク置き場へ向かった。同時に、一連の行動を行い電車の時刻表を思い出している自分に失笑した。 あれだけ腐った、老いたなど抜かしておきながら、いざ事が起きるとこれか。もはや本能なんて言葉では片づけられず、いっそ化学反応か反射と呼んでしまいたい自分の素直さには感心すら覚える。 まあどうでもいい。今は命令に従うだけだ。そう結論付けると、男は新型のバイクに乗り込み、発進させた。 久しぶりに走る街には、様々な色が溢れていた。あれはスマードブレイン社の看板か。ずいぶん手広い商売をしていると聞いたが。向こうに見えるのは、機械獣か? そういえばここら辺まで襲ってきたらしいな。閑散とした所に住んでいるので避難誘導に誰も来なくて、俺自身ボケーッとしていたのでわからなかったが。破壊された機械獣を、レイバーが回収している。あれはシャフト社か、それとも篠原重工か。 そんなことを考えつつ、肉体は別物のようにバイクを走らせていた。 連邦暦209年、日本――男は、東馬十二の腐ったような平穏は、その日その場所で終わりを告げた。 スーパーロボット大戦B 第一話 蝶はただ地を進む 「……暑い」 久々に着たスーツを、似合わないと感じながら男は歩いていた。 しかし本当に何もない場所だ。13号埋立地、かつてのお台場。昔は観光名所として繁栄したものだが、今はすっかり廃れて陸の孤島状態。 それもこれも、すべてテロのせいだ。都心で発生した連続爆弾テロ、そのテロ犯の最後の標的がお台場、臨海副都心だった。警察及び自衛隊が健闘したものの、爆破は行われお台場の埋め立てた大地はグズクズになってしまった。短期間での復興は不可能とされ人々はどんどん去り、近年やっと始まったお台場を含む都市再開発計画『バビロンプロジェクト』が始まったが、まだまだ開発途中な上、埋め立てができても今更テロリストに破壊された大地に戻る人間はおらず、ほとんど空き地と化している。 そんな場所に、どうして一人暑さを堪えてスーツ姿で歩いているのか。男は泣きたくなるのを我慢するのに必死だった。 なんでこんなところに建てたんだが。そりゃ空き地だから近隣住民の反対もないだろうけど、いざ出動という時には交通不便すぎんだろ。輸送ヘリもないくせに、と男はブツブツ愚痴を零したが、本当に怒っているのはそこではなかった。 ここへと頼んだら、タクシーが乗車拒否してきたのだ。それも三台。他に使える交通便はなく、やむなく最寄駅から歩くしかなくなったが、泣き顔で追い出されたことを思い出すと、疲労と暑さで狂いそうな脳を沸騰させる。なんでそこまで嫌われるんだか。本当にどんな連中なのだとため息をつく。 いっそ、《喪羽》でも呼ぼうかと男は度々思ったが、さすがにそれは躊躇われた。そうなれば、ただ歩くしかない。久しぶりの外は、だいぶ鍛えているはずの男にはきつかった。 やがて、目的の建物が見えてきた。これまた取ってつけたようなプレハブ建築、例の『島流し』説もあながち嘘ではないらしい――そう思ったものの、気にしないことにして足を速めた。すると、 「!?」 轟音とともに、地面が揺れた。 「な、なんだ!?」 敵襲、の単語がすぐに浮かび、男は低姿勢になり近くの木に身を隠す。周囲を確認し左腕の腕時計に手をかけようとして――すぐ止まった。 (太田君、何してるの!) (すいません、巡査部長殿!) 大型のスピーカーで女性が叱るのとやたら野太い男が謝る声がした。その先には、白と黒を基本としたレイバー――《篠原重工98式AVイングラム》だったか?――が地面に倒れていた。その隣にはもう一機《イングラム》が。どうやら格闘戦でもして負けたらしい。男の嘆きが情けなさを助長させている。 (ようし、よくやった野明!) (へっへーん! これで昼はおごりだよ!) どうもパイロットは女らしい。最初のは指揮担当のバックアップか。昼飯を賭けた模擬戦で女に敗北、それは泣きたくもなるだろうな。――待てよ、女のフォワード? 「ああ、あいつらか、 特車二課第二小隊ってのは」 初めからカウンターパンチを食らわせられた気分の男は、さりとて暑さに耐えきれないのでとりあえず進むことにした。 「初めまして、私こういうものです」 「はあ……ECOAS極東支部の、如月さん?」 「はい、如月と申します。警視庁警備部特科車両二課第二小隊、後藤喜一小隊長さんですね?」 「ええ、まあおかけになって」 「あ、どうも」 促されるまま、どう見ても安物のソファに腰掛ける。ところどころ穴が開いているが、それよりも男にはクーラーがないことの方が問題だった。あれだけ暑い目にあって、クーラーどころか扇風機もロクにないとは、こんなところでこいつらよく働けるなと茹だった頭は信じられなかった。 「すいませんね、何か飲みます?」 「あ、お気遣いなく」 傍の冷蔵庫から何か出そうとする後藤隊長にとりあえず遠慮する。すると、後藤隊長は持っていた団扇をよこしてきた。扇げというのか、これを。 「それで……地球連邦政府の方が何の用ですか?」 半分閉じたような目で聞かれ、「は?」と男は少し動揺した。 「いえ、先に連絡は入れてあったはずですが」 「はあ……ああ、あったなそういえば。後で政府筋の人が来るから綺麗にしとけって課長が」 唖然として、反射的に周囲を見回していた。これが綺麗にしたというなら、夢の島だってパラダイスになるだろう。ぶっちゃけ汚い。こいつ完全に失念していたのか? 男は呆れた。 これが本当に『カミソリ後藤』と呼ばれた男なのか。公安筋で恐れられたその名の通りの切れ者だったらしいが、今は『島流し』だの『金食い虫』だの馬鹿にされている場末の特車二課小隊長。どんな経緯があったか知らないが、資料として読んだ経歴とはまるで違う外見だった。第一なんで素足にサンダル? 「まあ構いません。お聞きしたいことがあって来ました。例の、レイバー連続暴走事件について」 「はて? あれは報告書とっくに出しましたけど」 とぼけた様な顔で返答する。これは……本気か、それとも演技か? あからさまに値踏みする目になっていると自覚しつつも話を続けた。 「ええ、拝見させて頂きました。ですから、お聞きしたいのは報告書に書かれていない部分なんです」 「書かれていない……?」 「はい。現場にいた人間の、個人的見解といったところでしょうか」 レイバー暴走事件。始まりは一か月以上前になるか。 作業用機械として、MSより小型化、量産化された人型ロボット、レイバー。そのレイバーが、原因不明の暴走を起こす事件が多発していた。事件を起こしたレイバーに共通点はなく、何故暴走したのか未だわかっていない。単なる故障とする人間もいるが、連日暴走事件は発生している。その度に駆けつけるのが警視庁に特設されたパトロールレイバー中隊、通称パトレイバーだ。 というわけで、現場にいた人間として話を聞きに来たのだが、この様子だと実は薄そうだな……と男は小さくため息をついた。 「個人的見解と言われましても……第一、単なるレイバー暴走事件を、どうして連邦政府直属特殊部隊の人間が調べているんですか?」 「はは、まあこちらもMSやPTが主力ですが、軍用レイバーへの転換も思案され初めたばかりですので、暴走されては困るかなと、おや?」 ふと、後藤小隊長は立ち上がると冷蔵庫から麦茶を取り出した。それをグラスに注ぎ、こちらへ置く。 「え、これは……」 「お疲れでしょう、この暑さで歩いてきたんですから。汗びっしょりですよ」 言われてみると、確かに汗の粒が拭いきれていなかった。しかし、よく歩いてきたとわかったな。グラスに手をかける。 「はは、確かに暑かったですね。どうしてだかタクシーを拾えなくて」 「この辺りに来るタクシーなんかいませんよ。市ヶ谷から来るのは大変だったでしょう」 ピクと、グラスを掴もうとした手を硬直させる。顔を上げた男が見た後藤小隊長の顔は、やはり無気力そうな瞳をしていた。 気が付いていた? いや、元公安なら知っていて当然かもしれない。しかしこの男はまったく表情に出さなかった。こいつは―― 「ええと、何の話でしたっけ?」 「……レイバー暴走事件についてです」 「ああそうでしたね。すいません」 ――『カミソリ後藤』か。いつでも刃を出しておく素人じゃないってことか。一人納得した男は、自嘲の笑みを零した。 「わかりました、お話しましょう。その前に……あの、そちらの方、ちょっと複雑な事情のお話をするので言ってもらえませんかね」 事務所の戸に声をかけると、「うわわわ」と何人かのあわてる声とドタバタ倒れる音がした。聞き耳立てていたのは承知していたが、別に咎める必要はないので無視していたのだ。 「で、お話しすることって?」 「我々ECOAS極東支部が、この事件を捜査する理由です。数日前のことですが、ある演習場のレイバーが暴走しまして――」 ECOAS極東支部。日本における連邦政府の直轄特殊作戦群のことだ。 ECOASは世界各地に存在し、その目的は連邦政府内における情報収集、ならびに治安維持のための特殊作戦など武力行使があたる。要するに連邦政府直属の情報機関のことだが――それは、日本以外に限った話になる。 そのECOAS極東支部で運用されていた軍用レイバーが、突如暴走。しかもそれは機動中ではなく、完全に停止した状態での暴走だった。当初は誰かが操縦しているものとして追跡し、演習場を抜けるところだったのでやむなく撃破したが、中を覗いてみると無人。無論脱出した形跡はなく、停止状態の軍用レイバーが暴走したなど前代未聞。市販物が暴走したところで故障で片づけられるが、軍用レイバーがそんなことはあり得ないとして、ECOAS極東支部があわてて捜査する次第になったわけだ。――本当は、それだけじゃないけど。 「それで、うちに?」 「ええ。関係者の一人として、詳しく状況をお聞きしたいと思いまして」 そう言うと、困ったように頭をポリポリ掻きだした。 「詳しい状況と言われても、報告書に書いた以上のことは何も……」 その時、不意に警報が鳴った。 反射的に男は立ち上がったが、後藤小隊長は何も変わらず座ったままだ。 「なんだ?」 「あー、出動かな……」 めんどくさそうに首を回したのと同時に、アナウンスが入る。 (レイバー暴走事件発生。第二小隊は至急出動せよ。繰り返す。第二小隊は……) レイバー暴走事件。これで何度目だと数える前に、靴を履き替え始めた後藤小隊長を止める。 「すみません、私も同行してよろしいでしょうか」 「は……?」 キョトンとした顔をされた。これは演技なのか素なのか、もはや男にはわからなかった。 「そりゃまたどうして。お話はわざわざ車の中でしなくてもいいじゃないですか」 「許可は取れますが、わざわざ言う必要はないですよね」 貴方には、と言外に付け足すと、「んー」と頭を掻いて、 「いいですよ」 アッサリ承諾した。 「……あの」 「あ、欲しいですか?」 「えっと、じゃあ頂きます」 「あげません」 「は!?」 意味不明なやり取りを終えると、どこからか買ってきたフライドチキンを後藤小隊長は頬張った。指揮用のミニパトに同乗した男は、もうわけがわからず当惑するしかなかった。 今現在、後藤小隊長率いる特車二課第二小隊は、暴走レイバーの元へ97式レイバー指揮車二台と《イングラム》を載せた99式大型特殊運搬車(通称レイバーキャリア)二台を同行させて走っていた。通報によると、暴走しているのは工事用レイバー一機。パイロットを乗せたままの暴走なので止めるのは困難になると予想された。――俺の『職場』では考えられないことだな、と男は心の中で笑った。『挨拶は撃ってから』が身上な身としては、笑うべきか羨むべきか困ってしまう。 「あとどれくらいで到着しますか?」 「あー……五分くらいじゃないですか?」 五分、となると東京湾付近か。『バビロンプロジェクト』で運用されているレイバー、とまで判断いると、不意に後ろの運搬車を振り返った。 レイバー。作業用として普及し出した小型ロボットの総称。小型ロボットの名の通り特筆すべきはその全長。例外を除けば十mを越えることはなく、そのスケールこそが都市部での作業用として普及した理由でもある。旧来のMSでは大きすぎるのだ。また、初めてシズマドライブを搭載可能にしたロボットでもある。さすがに軍用や警察用には完全配備していないが。 「レイバー暴走事件……特筆すべき共通点は存在せず、OS自体にも異常なし、でしたよね」 「ええ。というか、OS自体が」 そこで、轟音が響いた。地面を少し揺らした震動は、目の前になったレイバー、《ブルドック》だったかが出したものらしい。 「おおっと、着いたか。それじゃ、泉、太田、準備はいいな」 (はい!) (おっしゃあ!) さっきのパイロットだろう、快活そうな女性と野太い男の声がした。同時に、レイバーキャリアから《イングラム》一号機と二号機が起き上がる。白と黒の基本色、両肩にパトランプと、明らかにパトカーを意識したデザインの《イングラム》は、一般市民や犯人への心理的影響(「正義の味方」と言うアピール)までも考慮して設計されたからこうなったそうだが、そのせいで居住性は最悪らしい。 「泉、一応警告しろ。また例の暴走だったら二人がかりで取り押さえること」 (了解!) 泉と呼ばれた女が乗った《イングラム》一号機が先行する。そういえば名前聞いてないな、まあ後で聞けばいいか。たかが作業用レイバー一機、停止にしろ破壊にしろ大した仕事ではあるまい。……あいつも、必要ないかと、男は左腕に巻いた腕時計状の器械をチラと見た。 (そこの暴走レイバー! 至急停止しなさい! 停止しないと) (止まれったって、止まれるかあ!) 定例句な警告の途中で、パイロットらしき男の悲痛な叫びがした。 「やっぱり、例の暴走か……」 「やれやれ、泉、太田、さっさと取り押さえろ」 めんどくさそうに命令すると、(了解ぃ!)の大声とともに二号機が専用の6連装リボルバーカノンを取り出し、っておい! (太田君! 銃を降ろしなさい!) (しかし巡査部長殿、隊長は早急にと……) 「言ってないよんなこと。とにかく銃降ろしてさっさと行け」 (りょ……了解!) おいおい、いくら警察用のホローポイント弾だからって、たかが暴れてる作業用レイバー相手にいきなり銃使う奴がいるか。調査書通りのマッドポリスマンらしいな、太田功巡査は。 (野明、一気に取り押さえろ!) (わかった!) 一号機パイロット、泉野明が突撃する。戦術なんぞ考えない直線的な突進、しかし暴走レイバーなら問題ないだろう。そのまま腹に食らいつくかと思われたが。 (わわっ!) 「な、躱した!?」 直前まで無造作に暴れているだけに見えたレイバーが、《イングラム》が羽交い絞めにしようとした瞬間、まるで誰かが動かしているように回避した。予想できなかった一号機は、その場で横転した。 (馬鹿、野明何やってんだ!) (ち、違うよ、こいつが急に動き鋭くなって……!) (うおりゃあああああああ!) 突然、馬鹿でかい怒声がしたかと思うと、二号機が対レイバー用スタンスティックを片手に走り出していた。 (どっせい!) ガキィン、と激しい音をさせると、スタンスティックで暴走レイバーを滅多打ちにし始める。 (ちょっと、太田君! そんなことしたらパイロットが……!) 「やれやれ、おい泉、太田を取り押さえろ」 命令された通り、一号機が二号機を羽交い絞めにする。二号機は制止に苛立ちなおも暴れる。どうもさっきの模擬戦で負けた時から腹が立っていたらしい。 何にせよ、これでレイバーは停止した。爆発する様子もないのでと、男はミニパトを降りてレイバーへ向かった。 「あ、ちょっと……」と後藤小隊長の声も聞かず、早足で向かう。 「ちょっと貴方、何をしてるんですか! 危険ですよ!」 指揮車から、知的そうな女性が降りてきた。二号機バックアップの熊耳武緒巡査部長だったか。さっきからあのマッドポリスマンを叱りつけてた人だ。 「貴方、政府関係者とか聞きましたが、現場で勝手な行動は……」 「あーすいませんすいません、一応許可は貰ってますから」 取りつく島も与えず、レイバーの目の前にたどり着く。中のパイロットはへばっていたが、よくこれだけボコボコにされて生きてたものだ。横にどかせて、プログラムを確認する。 「――ダメだ、いつも通り全部消えてやがる。やはりこいつは、アポトーシス……」 その時、突如轟音が響いた。 「!?」 近くの作業用レイバーが爆発した。暴走か? とも思ったが、爆炎の影に揺らめく巨大な影が、違うことを立証していた。 「あれは――」 全長なら、《イングラム》の倍近いロボットがいくつも出てきた。そのうち一つは骸骨のような頭部に鎌がつけられている。もう一つは、カマキリとヘビ型の頭部が二つも並んでくっついている。もう一つはスフィンクスのような熊のような、とにかくそういったデザインの、まるで怪獣のようなロボットたちだ。 それぞれの名は、《ガラダK7》、《ダブラスM2》、《アブドラU6》。間違いない、ドクターヘルの、 「機械獣軍団……こんなところに!」 男もさすがに慌てた。機械獣はその巨体もさることながら装甲や出力もレイバーの比ではない。無論対レイバー用のパトレイバーでは ガウゥン! 「!」 銃声。一発が《ガラダK7》に命中したが、貫通性を無くし周辺への被害を軽減させたホローポイント弾では傷一つつけられない。 (馬鹿、太田! 機械獣に銃が通用するか! さっさと逃げろ!) (しかし、ここで逃げるわけには……!) (周辺住民の避難はとっくに完了してる。自衛隊の対機械獣部隊に任せて、さっさと帰るぞ) 後藤小隊長も撤退するつもりだ。その判断は正しい。正しい、が…… (待ってください! ECOASから来た彼がまだ……!) (あー、しまったなあこれは) 熊耳巡査部長とのテンション差が激しすぎる。いかん、近づいて来ている。たとえこのレイバーを動かしても勝ち目はないし、そもそも動かせない。ならば…… 「……仕方がない」 レイバーから降りると、男は左腕の腕時計状の器械を操作する。 器械の電子版には、数式の羅列が次々と並んでは消えていく。無論、男にそれを読むことはできないが、口元に器械添えると男は低く告げた。 「エマージェンシー。コード『羽根なしパピヨン』」 電子版に『ENTER』の文字が表示されると同時に、周囲の空間が歪み始める。しかし、心を持たない機械獣はそれを意識せず男へただ突進した。 (ちょっ、危ない逃げて!) 野明の悲鳴に近い声も時すでに遅く、《ガラダK7》のカギ爪のような手が男を引きちぎろうとした瞬間、 ガキイィン! と、金属が激しくぶつかり合う音がした。 (……なんだあありゃ) この期に及んでもまだ間延びした声色の後藤小隊長を除いて、その場の全員が言葉を失っていた。 歪んだ空間から出てきたのは、黒地に白の斑紋や線が多数入った姿をした巨人。全体的なフォルムは連邦軍のPT、ゲシュペンストシリーズに類似しているが、昆虫を思わせる複眼型のダブルアイに、胸部には桜の紋章が刻まれている。しかし、何より特徴的なのは頭部。それぞれ横に跳ねた触角型のセンサーが伸びていて、その姿はまるで―― (……蝶ちょ?) どこからか聞こえてきた声に、いつの間にか乗り込んでいた男がニヤリと笑う。 「ふん……システムオールグリーン、《喪羽(モロハ)》起動!」 男が告げると、《喪羽》と呼ばれた機体は脈動する。まずは手近にあった《ガラダK7》に一発拳を浴びせる。 「うらぁ!」 顔面に強化したマニュピレーターを食らった《ガラダK7》は大きく弾き飛ばされるが、それほどの損傷を与えた様子はない。さすがに装甲が違うか、と男は鼻を鳴らした。 「なら……こいつで!」 《喪羽》の後部が開くと、バックパックから大量のミサイルが放出され、機械獣に突撃する。爆発は大地も砕き、砂ぼこりが周囲に舞い散った。 機械獣達は少々のダメージを受けたものの健在。敵機を捜索するが、どこにもいなかった。 機械獣達が頭部を巡らせていると、何もないはずの空間からガトリングガンが出てきた。 「どこ見てんだよ」 ガトリングガンから発射された特殊弾丸は、《ガラダK7》を粉々にした。《喪羽》に搭載された特殊塗料による一時的な迷彩、『ステルスコーティング』を使用したのだ。 「さて、次は……おっと!」 レーザー光線をとっさに回避する。《ダブラスM2》の口から撃たれたものか。 「危ない危ない、どうもカンが鈍ってるな。……必要ないか、んなもん」 コクピット内で一人ごちると、男はパネルを操作する。すると、メインモニターに桜の紋章が浮かぶ。 「プログラム起動、コード『羽根なしパピヨン』。さあ、俺に……俺に未来を見せろ!」 プログラム起動と同時に、メインモニターが割れ、もう一つサブモニターが出現する。 モニターに映し出された《アブドラU6》が、両目から破壊光線を出す前兆として目を光らせた――のを、サブモニターが捉える。メインに映った《アブドラU6》は、まだ目を光らせていない。 「遅い!」 素早く《喪羽》を動かした男は、腰に搭載されたダガーを投げ、両目に命中させた。発射の直前だった《アブドラU6》は、発射管が潰れたことによってエネルギーが内部にたまり爆破、頭部を砕かれる。 「残り一機……!」 その瞬間、サブモニターに後方から二つの首を伸ばして襲いかかる《ダブラスM2》が見えた。咄嗟にフォトンサーベルを出し旋回、まだ首を伸ばしていない《ダブラスM2》にサーベルを構える。 《ダブラスM2》が首を伸ばす。四肢に巻きつこうとするのを《喪羽》は難なくかわし、首をフォトンサーベルで両断する。 二分もかからない戦闘で、傷一つつけることなく機械獣三機を破壊した。 (……すご) その声が誰のものか、サブモニターを戻し『羽根なしパピヨン』を停止させた男にはわからなかった。 「連邦の試作機……ですか」 「ええ、この《喪羽》は、ECOAS極東支部が独自に開発した機動兵器です。分類ではPTに当たりますがね。まだ発表できる段階じゃありませんが」 「さっきいきなり出てきたのは、ボソンジャンプですか? ずいぶん前に壊れたって聞いてますけど」 事件も終わり、現場で後藤小隊長と話してる間に入ってきたのは、確か一号機バックアップの篠原遊馬だったか。ああ、こいつかレイバー製造の最大手・篠原重工の御曹司ってのは。 「いや、それとは別のシステムです。詳しくは申し上げられませんが……」 そういってお茶を濁す。申せないどころか、実際はどんなシステムなのかは男自体知らない。誰にも解析できていないのが実情だが、さすがにそれを言うわけにはいかないからな。 「しかし、今回は助かりましたけど、たかだかレイバー暴走事件に新型を持ち込むなんてずいぶん大げさですねえ。ええと……ユキさん?」 「……は?」 男は、あんぐりと口を開けてしまう。いったい何を言われたかわからなかった。 「あれ、ユキさんでしょう? 名刺にユキって……」 そこまで言われて、男はやっと合点がいったと頷き、苦笑で返した。 「ああ、それは違いますよ。確かに行きと書きますが、それはコウと読むんです」 「コウ、ですか?」 「そういえば、自己紹介がまだでしたね」 と言うと、男は姿勢を正し、片づけをしていたり叱られていた第二小隊の面々に向かい、 「ECOAS極東支部より参りました、如月行中尉です。よろしくお願いします」 そう、如月行――東馬十二は敬礼した。 次回予告 第二小隊の面々とともに、レイバー暴走事件を調べる如月行――東馬十二。 その中で浮かび上がるHOS、そして帆場暎一、神の名を持つ男。 事件が核心に向かいつつある中、日本でもう一つの戦いが始まろうとしていた。 次期連邦政府の盟主を決めるWWW、巨神たちの戦いが。 次回、スーパーロボット大戦B 第二話『アポトーシスXII』 to be continued…… ジャンル別一覧
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