エジプト 18 (カルナックのアメン神官)
エジプト 18 (カルナックのアメン神官)エジプト・アラブ共和国(Arab Republic of Egypt)ルクソール(Luxor)カルナック・アメン大神殿(Temple of Karnak)王家とアメン神官との関係アテン信仰とアメン神官迫害時代アメン大司祭国家カルナック神殿のオベリスク界隈至聖所前の上下エジプトの柱アメンホテプ1世とトトメス1世がカルナックのアメン神官団を後援していた事は前回紹介しましたが・・・。王家とアメン神官との関係「アメン・ラー」神を祭るカルナックの神殿には、王家よりたくさんの寄進がされたようです。特に遠征祈願の寄進、そして勝利の戦利品の数々が大量に神殿に貢がれたそうです。それは、アメン神官達の財産を増やす事に貢献していたような事でした。さらに、歴代の王はアメン神官達を補佐役にして、彼らの助言を聞いて政治を進めていたのでいつしか、アメン神官達の権力は増大、王とアメン神官達の間には微妙な緊張? 対立? が生じてきたようです。第18王朝の7,8代目のアメンホテプ2世やトトメス4世頃から顕著にこじれてきていたようで、王達は調整を図ろうとしています。(今までアメン大神殿(カルナック神殿)だけにしていた戦勝祈願や寄進を他のエジプト神を祭る神殿にも行う他、今まで独占だった上下エジプト神官長職をアメン神官以外にさせたり、アメン神官の人事にも関与)以前「エジプト 4 (カフラー王のスフィンクス) 」で紹介した「トトメス4世の夢の碑文」の話ですが、ひょっとするとこの話はアメン神から太陽神への神のスライドをさせる為の作り話だった可能性はありそうです。スフィンクスは当時太陽神ラーを象徴するとされていたようで、トトメス4世の即位には太陽神の力があったとすることにより、カルナックから太陽神崇拝のヘリオポリスの方に重点を置くと言う意思表示にも考えられるからです。アテン信仰とアメン神官迫害時代大きく宗教改革に出たのは第18王朝10代目のアメンホテプ4世(アクエンアテン)の時です。唯一神アテン神信仰をして完全にアメン神信仰との決別宣言をしたわけです。(ある意味世界初の一神教宣言だそうです。)エジプト各地にアテン神殿を建設。アマルナ遷都を考えたのも実はアテン信仰のメインとなる地を求めたからのようです。但し、アマルナ遷都は17年程で彼の死後すぐ、第18王朝10代目のトゥトゥアンクアメン(ツタンカーメン)王の時には元のアメン信仰に戻り、都はメンフィスに移されています。ルクソール博物館のアメンホテプ4世(アクエンアテン)アマルナ遷都以前にカルナックに建てたアテン神殿にあった像。因みに彼の側室の子がトゥトゥアンクアメン(ツタンカーメン)王と考えられています。加えて彼の正妻は古代エジプト三大美女の一人のネフェルティティです。アメン大司祭国家結局王家は神官達を押さえる為に努力はしていたようですが、ピラミッドの頂点にいたのはアメン神官だったようです。神の力の強い時代に彼らを押さえることは出来なかった? いろんな思惑が交錯していたのでしょう。第20王朝の時代に再び寄付が活発化して所領を増やしたアメン神官は力をのばし第21王朝と平行して、テーベのこのカルナックにアメン大司祭を中心とした国家を建設するのです。アメン大司祭の国家と結びついた第21王朝は混迷の第3中間期に入れられ新王朝からは除外されています。カルナック神殿のオベリスク界隈ハトシェプスト女王のオベリスク・・手前が壊れて土台だけのオベリスク左が第4塔門で右が至聖所の第5塔門左がアメン神右がアメント女神トゥトゥアンクアメン(ツタンカーメン)王が建立したが、後にホルエムヘブが自分のものにした像です。至聖所前の上下エジプトの柱上が上エジプトを象徴するロータス下が下エジプトを象徴するパピルスこちら(第5塔門)からの聖所の写真がありません後ろの神殿側から撮影オベリスク前に見える建物が中核の聖所アメン、ムトゥ、コンスの3神に捧げられた聖なる小舟が安置されていたそうです。(現在は台だけ)建物は花崗岩で、時代は下がりマケドニア王朝のフィリップス3世(BC323年~BC317年)が建設したものだそうです。聖所の右手から後方のトトメス3世の祝祭殿を撮影。前に転がる石は中王国時代の神殿跡。ちょっと写真を割愛してしまいました。カルナック・アメン大神殿のほぼ全景です。(一部抜けてますが。)写真左奥が第1塔門で右に神殿が続いています。前の聖なる池は第5塔門から後方の神殿に沿って横に広がっています。長さ120m。幅77mの池で、神々の像を清める為の儀式や航海の為の儀式に使われたと言います。池の向こう側から左横に向かって第7塔門から第10塔門の残骸がありますが、今回はこれでカルナック・アメン大神殿を終わりにします。back numberリンク エジプト 12 (クイズ・・・どこの神殿でしょうか? )リンク エジプト 13 (古代テーベ、ナイル川)リンク エジプト 14 (中王国とカルナック神殿)リンク エジプト15 (カルナック・アメン大神殿)リンク エジプト 16 (カルナック神殿の大列柱室)リンク エジプト 17 (オベリスクとベンベン)エジプト 18 (カルナックのアメン神官)リンク オベリスクの切り出し(アスワン)その他のback numberリンク ○○○○ 1 (初回ここはどこ? から)リンク エジプト 2 (ギザのピラミッド)リンク エジプト 3 (ピラミッドとピラミッド・ピュー)リンク エジプト 4 (カフラー王のスフィンクス)リンク エジプト 5 (カフラー王のピラミッド・コンプレックス)リンク エジプト 6 (クフ王の太陽の船)リンク カイロのナイル川リンク エジプト 7 (ハーン・ハリーリ)リンク エジプト 8 (ベデスタン通りとサラディン)バザール Part2リンク エジプト 9 (香辛料の店)リンク エジプト 10 (コーランと礼拝所とマドラサ)リンク エジプト 11 (地元民の市場とマムルーク朝のスルタン)リンク エジプトのポリスと治安リンク パピルス紙と最古の図書館リンク ナイル川エスナ水門 1リンク ナイル川エスナ水門 2 (水門、マイターゲート)