ナポレオン(Napoléon )と蜜蜂(abeille)の意匠
ウイーンの王宮にある宝物館の写真を見返していて、ナポレオンの子息(ナポレオン2世)の為に造られたベビーベットが目に留まった。あまりの豪華さに写真撮影していたのだ。よくよく見るとベットにはたくさんの蜂がデザインされている。どうもナポレオンが蜂を意匠に使用していたらしい。最初は紋章における蜂について調べて見たのだが、ナポレオン関連のあちらこちらから蜂の意匠が現れるので結局ナポレオンの歴史も追ってしまった。そして気付けばナポレオンの住まいであったフォンテーヌブロー宮殿にも案の定、ナポレオンの玉座に蜂がいっぱい。いろいろ迷走したが、初心に戻って今回はナポレオンの紋章に関する所にしぼって紹介する事にしました。ナポレオン(Napoléon )と蜜蜂(abeille)の意匠オーストリア皇女との間に生まれたナポレオンの息子象徴としての鷲と蜜蜂蜜蜂の紋章(Emblème de l'abeille)フォンテーヌブロー宮殿ナポレオンの玉座の蜜蜂ウイーンの宝物館に展示されているナポレオン2世のベビーベット鷲はナポレオンの紋章である。オーストリア皇女との間に生まれたナポレオンの息子1810年4月ルーブル宮殿の礼拝堂でナポレオンは2度目の結婚をした。相手は敗戦国オーストリアの皇女。マリー・ルイーズ(Maria Luisa)(1791年~1847年)ナポレオンはオーストリアの敵。彼女は泣く泣くナポレオンに嫁いだそうだ。マリー19歳。すでに皇帝となっていたナポレオンは41歳。しかしナポレオンはマリーにとても優しく彼女もいつしかナポレオンが好きになったらしい。そして1811年3月。ナポレオンとの間に第一子誕生。それが将来ナポレオン2世となるナポレオン・フランソワ・シャルル・ジョゼフ・ボナパルト(Napoléon François Charles Joseph Bonaparte)(1811年~1832年)である。※ 母の実家、オーストリアではライヒシュタット公フランツ(Franz,Herzog von Reichstadt)として知られる。敵であるナポレオンの名前が使用される事はなかった。難産で危険なお産だったそうだ。一時マリーとベビーの命が天秤にかけられ、ナポレオンは迷わず妻の命を優先しろ。・・と言ったそうだが、幸い二人とも助かり、特に息子誕生にナポレオンは非常に喜んだらしい。その喜びによりナポレオン・フランソワは生まれながらにしてローマ王に即位したのである。下のベビーベットの天蓋には女神が月桂冠を授けている。ベットのレリーフにはローマ建国の神話であるオオカミとロームルス (Romulus) とレムス (Remus) が描かれていて、それだけでこのベットがナポレオン・フランソワのものだと解るのだ。さらによく見るとベットには蜂がたくさん装飾されている。そもそも今回の謎はここから始まったのである。これは何の印?下の豪華な衣装箱? にもプリントや刺繍ではなく、金属の蜂がたくさん装飾されている。ウイーンの宝物館にあったマリー・ルイーズ(Maria Luisa)(1791年~1847年)の肖像画マリーのドレスにもローブにも蜂が刺繍されている。これはブルボン王家がアイリスの紋章をたくさんプリントしているのに似ている。フランス読みでマリー・ルイーズ(Maria Luisa)としましたが、オーストリアではマリア・ルイーザ(Marie Louise)。彼女の棺を2014年「カプツィーナ・グルフト(Kapuzinergruft) 3 マリア・テレジア以降」で紹介しています。リンク カプツィーナ・グルフト(Kapuzinergruft) 3 マリア・テレジア以降ちょうどその中にシシイこと、エリーザベト(Elisabet)の柩も載っているのでよかったら見てねウイーンの宝物館にあったナポレオンの肖像画ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)(1769年~1821年)ナポレオンの紋章の黄金の鷲(ワシ)が胸にたくさん付いている?いや、これは1802年にナポレオンが創設したレジオンドヌール勲章(L'ordre national de la légion d'honneur)のようだ。たぶん第一帝政スタイル。レジオンドヌール勲章は現在も存在するフランスで最も名誉ある勲章。形が時代で少しずつ変わっているようなのだ。※ 勲章には1~5等までのランクがあり、北野武さんがフランスから贈られた勲章がこれである。ところでナポレオンは地中海に浮かぶコルシカ島の出身であるが、フランス貴族と同等の権利を持つそこそこ裕福な家の子弟。家に家紋があってもおかしくないが、どうもその筋からではなさそう。因みに10歳の時にパリに留学。15歳で陸軍士官学校に入学して11ヶ月で卒業。非常に優秀だったそうだ。象徴としての鷲と蜜蜂鷲は強いので古来勇気や正義、また不死の象徴となるアイテムである。神話においては空の使者、神の使者や神が鷲に変身する事もあったので、古代ローマ帝国でも国章となっていたようだし他にも多くの帝国(オーストリア、ドイツ、スペイン、ハンガリーetc)や貴族が家紋に入れ、街や教会のシンボルにもされている。また福音所記者マルコのシンボルでもある。、強い信念をアピールしたい所が使用するアイテムかも・・。よく見れば騎士のローブに蜂が描かれている。では蜂の意味は? 蜂は間違いなく蜜蜂である。なぜなら蜂が採取してくる蜜が貴重な栄養源であり神の食べ物であるから。それ故、蜜蜂としての意匠だけでなく、蜂の巣や養蜂の巣箱なども同じく紋章の中に使われています。調べて見ると蜂や巣箱を家紋にしている所が結構ありました。ローマ教皇ウルバヌス8世の紋章ローマ教皇ウルバヌス8世(Urbanus VIII)(1568年~1644年)(在位:1623年~1644年)実家であるバルベリーニ(Barberini)家の蜂が由来らしい。おそらく3匹の蜂は三位一体にひっかけていると思われる。蜜蜂は集団で社会生活をするところから活発、勤勉。労働、また社会的結束や秩序のシンボルです。勤勉や秩序は修道士達の模範です。また蜂の巣を教会にみたて、蜂は熱心に共同体に変わらぬ忠誠(活発、労働、社会的結束)をつくす信徒とも解釈されます。甘い蜜をつくり出す事から甘美と言う意味あいもあり、言葉による誘惑なども含まれ弁のたった聖アンブロシウスやクレルヴォーの聖ベルナルドゥスのアトリビュート(attribute)にもなっているそうです。※ アトリビュート(attribute)は宗教画などの中で聖人を表すための象徴的なアイテムとなるもの。蜜蜂の紋章(Emblème de l'abeille) (加筆訂正の部分)王政においては絶対君主性に関連づけられ特に女王の巣箱の支配は強い王政の象徴でもあったようです。しかしナポレオンの場合ナポレオンは蜜蜂の帰属性や社会的結束を自分の統治する帝国の理想に求めたのか? と最初は思いましたが・・。真意はナポレオンの理想でなく、ナポレオン自身の意志の表明のようでした。国民の支持により選ばれた皇帝(ナポレオン)はもとの地位にこだわりなく能力のある者を積極的に登用し、きちんとした中央集権的な国造りに着手。先人には敬意を表しつつ、しかし革命直後のような恐怖政治は否定。革命の自由平等は失わず、しかし秩序ある国造りの実現。そして国の内外にフランスの栄光を実現させると言う強い目的と意志。第一帝政、第二帝政のシンボルとして、奉仕、自己犠牲、社会への忠誠などを象徴する蜜蜂(ミツバチ)がスローガンと言うよりはむしろナポレオン自身の強い意志として使われたらしいのだ。良い統治者になる。と言う志しを蜜蜂の意匠が示していたと言う事になる。ナポレオンの開いたフランス第一帝政の国章 (ウキメディアコモンズより借りてきました。)黄金の鷲と黄金の蜜蜂の意匠ブルボン王家の紋章フルール・ド・リス(fleur-de-lis)の意匠絶対君主であったブルボン王家ではアイリスをシンプルにデザインした意匠を使用している。フルール・ド・リス(fleur-de-lis)である。493年、キリスト教への改宗したフランス、メロヴィング朝の最初の君主。クロヴィス1世が王家の紋章に最初に採用して以降キリスト教徒のフランス王を象徴するものになったとか・・。フォンテーヌブロー宮殿(Palais de Fontainebleau)門の上にあるのはナポレオンの意匠、黄金の鷲足につかんでいるのは雷(いかづち)らしい。12世にはすでに居城があったと言われている。現在にいたる宮殿を造ったのはフランソワ1世(François Ier)(1494年~1547年)の治世らしい。宮殿は何度も改築されている。特にフランス革命においては調度品が売り払われ宮殿は荒廃。ナポレオンはそんなフォンテーヌブロー宮殿(Palais de Fontainebleau)を自分の権威の象徴として修復してここに住んだのである。ナポレオンの玉座天蓋にも蜂が無数に刺繍されている。椅子にも蜂がいっぱい。やっぱりナポレオンの蜜蜂の使いかたはブルボン家のフルール・ド・リス(fleur-de-lis)のテキスタイル用デザインをかなり意識したか、真似た物であるのは間違いなさそう。フォンテーヌブロー宮殿には他にナポレオンの執務室や寝室。マリーアントワネットの寝室はジョセフィーヌの寝室にもなっていて公開されている。古い写真になるが部屋の中は変わらないだろうから近日紹介するかも・・。..追記 2017年2月「ナポレオン(Napoléon)の居室と帝政様式」の中、フォンテーヌブロー宮殿内の「ナポレオンの居室」や「マリーアントワネットのベッド」を紹介していすます。よかったらリンク先を見てね。リンク ナポレオン(Napoléon)の居室と帝政様式リンク ナポレオン(Napoléon) 1 ワーテルロー(Waterloo)戦線とナポレオンの帽子リンク ナポレオン(Napoleon) 2 セントヘレナからの帰還リンク ナポレオン(Napoléon) 3 ヒ素中毒説とParis Greenリンク ロゼッタ・ストーンとナポレオン