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2009年05月23日
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カテゴリ:歴史の旅

古代エジプトでは、霊魂は不滅だと信じられ、死後も霊を生かしておくには肉体をそのままの形に保たねばならないと考えられていました。だから死体を腐敗させないで保つ為にミイラは考案されました。紀元にしてBC2600年から紀元前後のキリスト教時代にいたるまでミイラは作られたと言います。
初期のミイラは、「樹脂に浸した包帯で遺体を巻いただけのもの。」だったそうですが、その後、手法は飛躍的に進歩し新王国時代に完成したと言う事です。

下はフランス、パリのルーブル美術館所蔵のプトレマイオス朝時代のミイラとされています。(BC300~BC200)エジプト史としては最後に近いタイプですね。
エジプト、ルーブルのミイラ 2
手前にあるのがカノプス壺で、四つの臓器(肝臓、肺、胃、腸)の入れ物です。

エジプトのルーブルのミイラ 3
心臓以外の内臓を摘出したあとの死体を70昼夜にわたって天然炭酸ナトリウムに浸け込み、それから取り出すと、あとは布(亜麻「リネン」)を幾重にも巻き上げて完成させました。(この事が「包帯=ミイラ」ミイラの象徴? に思われた・・)
内臓の摘出には開腹手術で取り出し、脳の場合には鼻から鉤状の器具を挿入して(頭蓋骨を開かない)取り出していた。脳は捨てられたが、心臓は(理性の場と考えらていた為)体に残され、他の4つの臓器(肝臓、肺、胃、腸)は「カノプス壺」と呼ばれる壷に入れられ大切に保管されました。蓋にはお守りとしてホルス神の4人の息子たちの顔がかたどられています。生前の姿をマスクとしてミイラにつけて埋葬されました。

下はイギリス、ロンドンの大英博物館所蔵のミイラです。
エジプト、大英博物館所のミイラと棺 1
時代がわかりませんが、ルーブルのミイラより古いようです。カルトナージュの容器ぽいですね。中王国以後プトレマイオス以前ではないでしょうか?

ミイラ(mirra)の語源は防腐処理に使われた樹脂ミルラ(没薬・もつやく)の事だそうです。ラテン語myrrhorペルシア語mumiaiの両説あり、「木乃伊」は、オランダ語のmummieの音訳と言われているそうです。
ミルラは現代も香油としてアロマ・テラピーの中で生きています。カンラン科の樹木で、生息地はインドから南アラビア、東アフリカ、マダガスカルに分布。殺菌作用があり、鎮静薬、鎮痛薬、花粉症、他、インフルエンザの症状にも良いとされています。(症状に効くと言うだけで治りませんよ・・)

ミイラには漢方薬として不老不死の薬効があると信じられ珍重され、(江戸時代? 以前から?)日本にも輸入され薬種問屋で売られていました。その為にかなりのミイラが破壊されたのでしょう・・。
下は、センネジェムの墓の壁画の本を写真撮影しました。
ミイラを祝福するアヌビス神
ミイラを祝福するアヌビス神。アヌビス神はミイラ作りの神様です。上のミイラに敬意を表してupしました。

古代エジプトでは誰もがミイラにされたのではありません。多くの民は砂漠に掘られた単なる穴に埋められ、質素な供物が置かれるだけでした。(遺体はジャッカルによって掘り返され食われる事も・・)王族貴族などの一部の権力者が遺体を保存することによって、来世生きる事を約束されたわけです。







Last updated  2009年05月24日 04時16分21秒
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