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カテゴリ:日本史、日本の偉人、他
今回は「倭人と渡来人 1 聖徳太子の御影(救世観世音菩薩像)」の続きから。 当初はシンプルに蘇我氏のルーツとかかわる秦氏のルーツで終わらせる予定が、思いの外、古来日本には多くの渡来人が渡ってきていて、朝鮮半島との交流がかなりあった事が解りました。(逆もしかり) さらに、秦氏のルーツはヤマト王権初期にかかり、ではヤマト王権はいつからか? と言うと実は「謎の4世紀」と言う日本史の抜けた歴史に当たりました。 「謎の4世紀」は邪馬台国からヤマト王権に移行する時期なのですが、実は邪馬台国とヤマト王権は全く別物で、繋がっていなさそうなのです。 謎の4世紀に何があったのか? それはどこにも文献が無いので解らないようなのです。 そんな訳で歴史を遡っていたら、どこからまとめて良いか解らなくなってしまいました とりあえず今回は古来日本の海外との交易の実態と百済滅亡後の渡来人をまとめて見ました。 写真 韓国 国立中央博物館(National Museum of Korea)から 人間、動物、物の形をかたどった象形土器は、祭祀のような儀礼用。死者の安らかな眠りと死後の世界に対する願いが込められたものだそうだ。墓からの副装品らしい。
もしかしたら、この細工はペルシャの物かもしれない。先に触れたソグド人がペルシャから運んで来た金細工かも・・。
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Last updated
2020年11月21日 18時27分02秒
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