フリー / Free
ラサのポタラ宮(↑【ポタラ】の名は観音菩薩の住むとされる補陀落のサンスクリット語名【ポタラカ】に由来する。)まず最初に、暴動や地震や災害などで亡くなられた方達のご冥福を心からお祈りいたします。そして今現在も困難な状況下で苦しんでいらっしゃる方達にも、大いなる光や無条件の愛が共にありますように。暴動発生で【!】、サイクロンで【!!】、そして大地震で【!!!】●▲■●▲■●▲■ (真っ黒な暗闇・・・。)暗闇とは浄化、暗闇は大きく飛躍するためのエネルギー、暗闇は光へのゲート・ウェイ、心のの深層ではピンチはチャンスと感じてはいるのですが、毎日大量に流されるメディアのニュースを見る度に痛くって、辛くって、悲しくなって来てしまいます。政治的、社会的な強度な圧力によって人々が苦しんでいるような地域付近で、大規模な自然災害が起きたというシンクロニシティー。ガイアさま(地球)は体表でのネガティブなエネルギーの噴出に耐えられなくなって来たので、身体を大きく揺すって、深呼吸をして、バランスを取りたくなってしまったのかもしれませんね。地球上には60億もの多種多様な人々が存在しているのにも関わらず、制限に満ちた考え方を一方的に押し付けようとする、そしてそれに従わない人々を強引に力で押さえつけようとするようなやり方。ダライ・ラマ法王さまのお言葉をお借りすれば【悪いというよりも古過ぎる】、もう21世紀も2008年だというのに随分遅れた発想ですよね。日本語の自由(Free)は漢字で、【自らを由(よし)とする】と書きます。人間が他者を力で押さえつけようとする所まで行ってしまう時は、自分が自分を全くOK(由)とは感じられない、先の見えない危機的な状況なのではないでしょうか。内実は不安や恐怖で戦々恐々としている、満ち足りていない、だからこそ誰かを抑圧したり、攻撃して行かざる得なくなっている状態なのかもしれません。↓偶然見かけたフライヤーに、この【慈悲の冥想】というのが載っていました。私は幸せでありますように私の悩み苦しみがなくなりますように私の願い事が叶えられますように私に悟りの光があらわれますように私の親しい人々が幸せでありますように私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように私の親しい人々の願い事が叶えられますように私の親しい人々に悟りの光があらわれますように生きとし生けるものが幸せでありますように生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように生きとし生けるものが願い事が叶えられますように生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように私の嫌いな人々も幸せでありますように私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように私の嫌いな人々にも悟りの光があらわれますように私を嫌っている人々も幸せでありますように私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように私を嫌っている人々にも悟りの光があらわれますように生きとし生けるものが幸せでありますようにby アルボム・レ・スマナサーラ長老スリランカのテーラワーダ仏教(上座部仏教・小乗仏教)の僧侶(ミャンマーもテーラワーダ仏教の国。)【敵に塩を送る】ではありませんが、意外にも前の3つよりもむしろ後ろの2つのパラグラフによって、他ならぬ自分自身の心が自由(Free)になり、解放(Free)され始めます。他人様を嫌って、判断して、責めているような時には心の中が分離している、自分とその方達を確実に分けて、切り離して、全く別の存在として見ようと努力をしています。それとは逆にとっても気持ちが良くて心地良い時、平和や幸せを感じている時には全てとつながれている、心が1つに統合されている、つまりワンネス。心のメカニズムって実はとってもシンプルでもある、あまりにもシンプル過ぎてついついシンプルである事自体を忘れてしまうのですけれど。【自分自身→親しい人々→生きとし生けるもの→嫌いな人々→嫌われている人々】、この順番はとってもさり気ないけれど絶妙です。祈ったりイメージ(冥想)したりする事しか出来ないなんて、私達ってそんなにも無力な存在?でもそんな私達には、祈ったりイメージしたりする力があるんですよね!チベット問題に関してもっとお知りになりたい方は良かったらこちらをどうぞ。