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Selfishly

Selfishly

白昼夢 p4


~ 白昼夢 ~p4

『貴方の知らない私。貴方を知らない私。
   でも私という存在はたった一人なのですから・・・』


一通り家の案内が終わると、ロイは最後に1つだけ注意事項を伝える。
「どの部屋を使ってくれても、何を使っても別に構わないが、
 私の部屋と、奥の研究室にだけは入らないでくれ」
その言葉に、了解というように兄弟二人は頷いて返してくる。

少しだけ早めの帰宅が許されたロイは、気が乗らないままに兄弟たちを連れて
戻ってきていた。
心境的には残業でもしていた方が、余計な気鬱に陥らなくて良かったのだが
さすが初日では、家主が居なくては彼らの方が余計な気を使う事になるだろう。
キョロキョロと物珍しそうに家を見回しているエドワードの様子には
何ら不自然な様子は見られない。
ーーー そう、自分の事を忘れていること以外には ---
はぁ・・・と心中の思いの深さを吐き出すような嘆息は、外に出る事無く
胸の中だけに落とされる。
「では、私は部屋に居るから、君らは勝手に過ごしてくれたまえ」
そう言うと、さっさと部屋から歩み去ろうとした。
「あっ、大佐」
自然と呼ばれた呼称に、ふと足を止めて振り返る。
紹介をされてからは、呼び難そうにマスタング大佐と呼び掛けていたエドワードだったが、
長くて面倒くさいからと、結局大佐とだけ呼ぶようになっていた。
それが以前から呼びなれていた呼称に落ち着いたのは、少しだけ不思議なものを感じる。
「何か?」
頭だけ振り向かせてそう尋ねてみれば、エドワードはさばさばした口調で
聞きたい事を告げてくる。
「いや、飯の時間なんだけどさ。
 出来たら呼ぶので良いのか?」
その言葉に、ロイは一瞬思考が空回りさせられる。
「・・・私を気遣う必要はない。
 君たちだけで済ませなさい」
それだけ告げると、後は足早に部屋を後にした。

ロイは自室に入ると、上着だけ放り投げるように椅子に投掛け、ドサリとベッドに
転がり込む。
「はぁー」
独りになった途端、思わず嘆息が漏れた。
体中が疲労感で重く感じられるのは、それだけ心身とも緊張していたせいだろう。
ゴロリと身体の向きを変えて、仰向けになった姿勢で腕で目を覆う。

数ヶ月前、最初で最後だと割り切ってエドワードと関係を持った。
互いが互いに惹かれていた事は、薄々気づいてもいたし確信もしていた。
けど・・・どうあっても叶えれそうにもない思いであることも自覚もしていた。
だから1度だけ・・・1度だけでもと手を伸ばしてしまった。
その時のエドワードの驚愕に満ちた瞳が忘れられない。
その瞳は『どうして』『何故』とロイに問い、責めるように見開かれていた。
ーーー どうしてかなんて・・・私にだって判らないさ ---
それまで上手に均衡を保って距離をとって付き合ってきた。
近付き過ぎず、かといって離れ過ぎることも出来ない二人の関係。
さりげない言葉の端々に、互いが持つ秘めた思いを感じた時は、
驚きと共に、素直に喜びも心を支配した。

が、それだけだ。
互いが同様の思いを持っていたからと、自分達の関係がどうにか成るものでもない。
彼は彼の護るべき存在と、道があり。
自分には進まねばならない未来がある。
それはどちらも交わらない人生なのだ。
が、それでも惹かれる気持ちと、恋い慕う感情は変わらない。
否、変わらないどころか日増しに思慕を募らせ、焦がれさせて育っていく。

何が自分の自制を断ち切ったんだろう・・・。
不用意なエドワードの一言か?
それとも自分の焦燥感か?
未来を見れない絶望感か・・・。
突き動かされ、手を伸ばしてしまえば止める事さえ出来ない衝動が溢れ出した。
気づけば触れ、囲い込み、抱きすくめていた。
・・・そして、熱に浮かされた一夜が過ぎ。
エドワードは戻ってこなくなった。

ずきずきと痛むのは、後悔などではなく疼きだ。
得て、味を占めた自分の醜い欲望の。
欲しいと喚く、我侭で独り善がりな自分の葛藤の。
離れていれば諦めきれるものの、傍に居られれば抑える事が至難の業だ。
なのに、声も聞けず、姿も見れず、気配も感じられないままでは
耐えることさえ辛すぎる。
だから、エドワードの姿を見た瞬間に込上げた感情を、何と呼べばよいのか。
喜びと等しく辛さが混じるその感情を。
それでも、どれだけ苦しくとも、彼が居ない時間を過ごすよりは遥かにいい。
そう・・・思ったと言うのに。

概に彼の世界から、自分が消えていたなんて出来すぎにも程がある。
互いに1夜限りで忘れようと誓ったが、自分の存在まで消されてしまうとは、
さすがのロイにも思いもよらなかったことだ。
こうなると、エドワードが腹正しくて仕方ない。
忘れようと言った先から、忘れられずに過ごしていた自分が酷く惨めな気持ちになる。
今も彼の気配を家から感じるだけで、ロイの感情は慌しく揺れ動いている。
なのにそんな気持ちは、今のエドワードには解る事もないまま。
ーーー もう、構わないでくれ ---
時が来て、エドワードの記憶が戻っても戻らなくとも、その先に自分がいない未来を
彼は進んでいくのだから。なら不用意に自分を揺り動かしては欲しくない。
深い物思いに浸りこんでいるロイ自身、気づいてはおらないだろうが、
今日の一件が、彼自身が思っているよりも深い打撃を与えている。

『新しい記憶と関係を築けば宜しいのでは?』
そう告げた中尉の言葉が脳裏を過ぎっていく。
「簡単に言ってくれるな・・・」
この部屋に入ってからの数度目になる深い嘆息を漏らしながら呟いた。

ガンガンガンと、ノックにしては遠慮もない派手な音が鳴り響き、
考えに沈みこんでいたロイを驚かせた。
慌てて身体を起こしてみれば、バタバタと足音高く去っていく気配が伺える。
「一体、何だったんだ・・・」
半場、茫然としながらも叩かれた扉まで行き、そっと開いて様子をみる。
廊下の先では、兄弟たちが話している声が聞こえてきて、そしてロイの足元には・・・。
暫く凝視していたそれを、ロイは静かに持ち上げる。
まだ出来たてなのだろう。温かな湯気がたつ食事は、匂いからしても美味そうだ。
そして・・・、『喰え!』とだけぶっきらぼうに書かれたメモが乗っている。
デリバリで頼んだ物とは違って、素っ気無い素朴な手料理の数々。
「そう言えば、『出来たら』と言っていたな・・・」
という事は、これはアルフォンスかエドワードが作ったものなのだろうか。
神妙な表情でトレーに乗っている料理を見つめ、部屋へと運び込む。
湯気がたつスープをスプーンで掬い上げると、そっと口へと運び込む。
「・・・美味い・・な」
彼らが料理をするなんて思いも付かなかったし、知りもしなかった。
もしかしたら、今日の事件が無ければこの先も知らないままだったかもしれない。
エドワードはロイの事を忘れてしまったが、代わりに新しい記憶が増え始めているのだ。
それが何とも不思議な気がして、ロイは用意された食事を口に運んでいく。


翌朝、夕べの食器を乗せてキッチンへと足を運んでいくと、
賑やかな兄弟の会話が届いてくる。
顔を覗かせたロイに気づいたアルフォンスが、明るく挨拶をしてくれた。
「おはようございます、大佐。
 良くお休みになれましたか?」
「ああ、おはよう。おかげさまでね。
 これはご馳走様、美味しかったよ」
綺麗に食べられた食器をシンクに運び込むと、二人にそう礼を告げる。
「お口に合って良かったです。
 礼は兄さんに言ってやってください。兄さんが作ったんで」
「鋼のが・・・。
 そうか美味かったよ、ありがとう」
そう告げると、器用にフライパンを振るっていたエドワードが、
ぶっきらぼうに「ん」とだけ返してくる。
「大佐、座って下さい。朝食も出来てますから」
アルフォンスの勧めに、ロイは少しだけ躊躇いをみせ、首を横に振る。
「いや、私は朝は食べない主義でね。
 それに私の事はもう気にしないでくれ。不規則な勤務の上、戻れないことも多いから、
 君らに気にしてもらうのも悪いし」
そんな風に断っていると、ドンと大きな音を立ててサラダの入った器が机に置かれる。
「兄さん、ちょっと・・・!」
「あんた、いい加減にしろよ!」
注意しようと声を上げたアルフォンスの声をかき消すような怒声が、エドワードの口から
飛び出した。
「兄さん・・・?」
「鋼の?」
驚く二人の様子に構う事無く、エドワードはロイを睨みつけるように見てくる。
「たとえ望まない客でも、一緒に暮らしてる間は歩み寄るべきだろ!
 同じ屋根の下に居て、食事も別々ってのは変だろ?
 別にあんたの生活に口出すわけじゃないけど、ちょっとした時間くらい
 付き合うのは礼儀じゃないのか!」
そう言い切ると、座れというように顎をしゃくって椅子を示す。
「兄さんの口から、礼儀なんて言葉が・・・」
感心するように呟かれた弟の言葉に、エドワードの米神に青筋が浮く。
「アルー!」
「あははは。冗談だよ、冗談。
 大佐、どうぞ座って下さい。まだ、お迎えの人が来るまで時間有るんですよね?
 食事をしないなら、コーヒーだけでもどうですか?
 これでも兄さん、コーヒー淹れるのも上手いんですよ」
場を取成すアルフォンスの言葉に、ロイは「そうだな・・」と呟いて
指し示された椅子に腰をかける。
そして、頂きますの言葉を告げてから、自分の為に並べられただろう朝食に手を伸ばす。
「・・・美味いな」
「でしょ? 何でこの兄がと思うんだけど、兄さん料理とか得意なんですよ」
「この兄がの一言は余計だっーの」
そう返しながら、エドワードも食事を始める。
「大体、あんたさ。軍人ってのは身体が資本だろ?
 朝食を抜くなんて、言語道断じゃないの?
 朝食は一日の活力なんだぜ」
そう告げながら旺盛な食欲を見せるエドワードが作った朝食は、
確かに朝からして、ボリュームもバランスも満点だ。
「そうは言うが、なかなか起きるのも大変でね」
「それ言い訳! 喰うものも喰わなけりゃ、まともに働けないぜ」
「ご尤も・・・で」
その後はわいわいと賑やかな時間が過ぎていくのを、ロイは不思議な感覚で過ごす。

「いってらっしゃーい」
「いってこい」
「あっ、ああ・・・。行ってきます・・」
それぞれの個性を現す挨拶を受けながら、ロイは迎えの車に乗り込む。
「どうっすか、大将の奴?」
早速とばかりに聞いてくるハボックに、ロイは無言で首を横に振る。
「そうっすか・・・。やっぱそう簡単には記憶が戻るわけないっすよね」
はぁーと溜息を吐き出して、車を運転していく。
ハボックの反応とは逆に、ロイの気持ちは不思議と明るくなっている。
おかしな事に、昨夜までの憂鬱な物思いは何だったのだろうかと思う程だ。
エドワードは記憶からロイを消してしまった。
が、そのおかげでロイとの間に、微妙な距離を引こうともしなくなった。
今までなら、決して踏み越えてこなかった境界線を、今の彼はあっさりと踏み込んでくる。
昨日までのロイなら、構わないでいて欲しいと願っていたというのに、
今では、近くなった距離を素直に喜ぶ自分が居る。
「1つを失って1つを得る・・・か」
今のままで良いとは思わないが・・・、けれど今の時間を否定もしたくない。
限られた僅かな時間であっても、得れるなら出来るだけ多くの時を
一緒に過ごしていければ・・・。
そんな風に思えてる自分が不思議で仕方がない。





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