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Selfishly

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百年続く恋 p4






 ***** 

 その日の定時頃、エドワードが執務室へと顔を出す。
「大佐…、これサンキュウな」
 寝顔を見られた恥かしさか、エドワードは照れたように頬を薄っすらと紅く染め礼を告げてくる。
「ああ、構わないさ。そこに掛けといてくれ」
 ロイは先程見た事には蓋をして、出来るだけいつも通りに応え返す。
「ん、判った」
 ロイの指し示した方へと行き、手を伸ばしてハンガーと取ると、そこに借りていた外套を掛けて吊ろうとしているのだが、
少々エドワードの身長では難しいのか、長い外套と踊っているように見える姿が可愛らしい。
 ロイは目を細めてその様子を窺い、立ち上がって近付いて行くと、エドワードの背後からハンガーと外套を浚って掛けてやる。
「…何か無性に腹が立つ…」
 そう言って拗ねたように自分を仰ぎ見るエドワードの顔が、視線を下げた自分の直ぐ傍にあり、ロイは思わずドキリとさせられた。
「―― 君も成長期に入ったら…すぐにこれ位届くようになるさ」
 内心の動揺を消すように、軽口を叩きながら席へと戻っていく。
「そうだよな! 俺はまだまだこれからが成長期だもんな」
 ロイの言葉に、エドワードは現金にも弾むような明るい声で話している。
 外套を返したら、また資料室へと戻るのかと思っていたら、エドワードはロイが執務デスクに座ると、
前のソファーへと腰を落ち着ける。
「どうしたんだい? 君にしては終わるには早過ぎるようだし…?」
 ここ最近、大抵はロイが鍵を返してくれと催促しに行って、漸く終わりにしていた彼にしてみれば、
今日はかなり早い時間だ。
「ん―――、ちょっと行き詰ってて。今日は止めとこうかと思ってさ」
 そのエドワードの言葉に、ロイは先程の転寝していたエドワードの夢に関係があるのかと、
気付かれないようにエドワードの様子を探る。
「何か、転換方法の数値の制御を安定させる手が浮かばなくてさ。
 これをクリアーしないと、拙いし…」
 うーん、うーんと頭を捻っているエドワードからは、先程の資料室で感じた空気は無く、
純粋に研究で煮詰まっているように見える。
 ロイはチラリと机の上の書類を見て、時計を確認すると。
「じゃあ、今日はそれ位にしておいて、たまには気分転換にゆっくりと食事を楽しむと言うのはどうだい?」
「えっ? …でも、あんたまだ…」
 ロイの申し出に、エドワードは目を瞬かせてロイを見てくる。
「今日の仕事はもう終わってるから大丈夫だ。最近は勤勉に働いているからね。たまには定時上がりも許して貰えるさ」
 片目で器用にウィンクを送り、ロイは手早く帰り支度を終えると、エドワードを促すようにして出ていく。


 ロイの急な行動に、エドワードは気遣うように何度もチラチラとロイの方を見上げてくる。
 そんなエドワードに大丈夫だと言うように微笑んで、司令室に居る中尉に声を掛ける。
「ホークアイ中尉。私は今日はこれで上がらせて貰うが?」
 ロイの言葉に、ホークアイは快く頷いて了承をくれる。
「はい、お疲れ様でした。急ぎの件は、今のところありませんので、ゆっくりされて下さい。
 エドワード君も、一緒に帰るの?」
 最近ではそれにも特に疑問を持たないのか、彼女が当然のように声を掛けてくる。
「あ…うん、何か煮詰まっちゃってて…」
「そう。余り根を詰めすぎるのは良くないわ。大佐に美味しい物をご馳走してもらってね」
 この後の行動までお見通しのようで、ロイは苦笑して返し、エドワードは驚いたように目を瞠る。
「さあ、中尉のお許しも出たし、行こうか」
 そう声を掛けて、エドワードの背を軽く押してやると、頷いて素直に歩き出す。

 部屋を出て行く二人を見送って、残った面々は感慨深い表情で顔を見合す。
「しかし…変われば変わるもんだなぁ」
「以前と大違い…」
「仲良き事は美しきかな」
「仕事が捗っていいわね」
 部屋では四者四様の感想が呟かれた。





 *****

「で、その時の上司というのが嫌な奴でね。仕事はしないわ、口を開けば小言ばかり言うわで、
 研修中一緒だったヒューズと、仕事が終わって呑みに行けばそいつの悪口ばかり言い合ってた」
「くっくっくっ…、そいつ今のあんたと似てんじゃないの?」
「――― 酷い…傷ついたぞ」
 エドワードの言葉に不貞腐れた表情で、ロイが酒の入ったグラスを呷る。
 そんなロイの子供じみた様子が更に可笑しくて、エドワードは笑いが零れるのを止めれない。

 気分転換にピッタリだと言う店は、レストランではなく大衆の食堂に近い店だった。仕事帰りの人達も居れば、
 近所の家族が子連れで楽しんでいる。広い店内に人がひしめき合って繁盛しているのも頷ける味と安さだ。
「でも、意外ー」
 エドワードの感心したような声に、ロイは首を傾げて「何が?」と聞く。
「やっ、なんかあんたが行きそうな店って、洒落た高そうな店ばかりかと思ってたけど、
 全然そんな店とか行って無いだろ、俺ら」
 エドワードの言葉に、ロイはそんな事かと笑って返す。
「それはそうだろう? 毎日食べるのに気が張るような店ばかり行ってられないさ」
「そりゃそうだ」
 ロイが寄せてくれた皿から一口食べて、美味い! と笑って返す。
「君と出掛けている店は、私のご贔屓所さ。美味しいものが食べたい時には、その中のどれかにいけば間違いない」
 そのロイの言葉に今まで連れて行ってもらった店を思い浮かべて、確かにと頷く。
「この店だと、君が一人で来ても安心して食事が出来る。
 閉店時間が少々早いのが、私にとっては痛い点だがね」
 定時上がりなど極稀にしかないロイにとっては、確かにその通りだろう。
「んじゃあ、俺と出掛けてる店があんたの日常行きつけの店なら、豪華版はデートの時とかに行くのか?」
 何気ないエドワードの質問に、ロイは思わず咀嚼していた料理を噴出しそうになる。
「……… 別に、それと決まってるわけじゃない。接待とかも多いからな」
「ふーん、それも大変そうだよな。でも、デートで洒落たレストランに良く行ってるって、ハボック少尉が言ってたぜ?」
 小首を傾げて話すエドワードの仕草は可愛いが、話されてる内容は…ロイにはあまり嬉しくなかった。
「ハボック…」
 何を余計なことをペラペラと、とロイは内心歯噛みしながら、ハボックへの悪態を心の中で吐いた。
 そして、コホンと咳払いして。
「彼は大袈裟に話しすぎる癖があるんだ。私の仕事で、そうそうそんな風に出掛ける時間が取れるわけもないと言うのに」
 困った噂だと溜息を吐いてみる。が、そんなロイに追い討ちを掛けるようなエドワードの言葉が。
「えっ、そうなのか?」
「そうそう」
 うんうんと頷くロイに、エドワードは彼にしてみれば、本当に含むとこなど無く話す。
「でも、この前司令部に行く時にさ、大佐にまた食事に連れてってねってお姉さんが言ってたぜ?」
「―― ど、どこの?」
 ロイの狼狽振りには気付かないエドワードは、問われたまま返してくる。
「えっ…と。あの人は駅前のカフェの、いや、ブティックの方だったっけ?
 ごめん、忘れた。結構、しょっちゅうそんな声掛けられるから、あんま気にも留めてなかったからな…」
 御免と気に掛けて謝ってくるエドワードに、ロイは大きく首を横に振ってみせる。
「いや! 全然、本当に全然問題は無い。きっとその方たちも社交辞令で言ってくださってるだけだろうし…」
 乾いた笑いを零しながら、そうロイが伝えると、エドワードもホッとしたように「そっか」と答えて、食事を再開する。
 今まで話していた事など、もう無関心な様子で料理を頬張っているエドワードを見るロイの気持ちは複雑だ。
 ―― 別に鋼のに遠慮するような事じゃ有るまいし…――
 先程の自分の言動だと、必死になって弁解しているようなものだ。
 何故、そんな気持ちになったのか、自分自身の感情ながら謎だ。
 そして―― 少しもロイの行いを気にしてい無さそうなエドワードに、小さな不満を抱えている自分もおかしい…。
 ―― 呑みすぎたか…――
 普段、今の倍以上飲んでも酔わないロイだが、今はそんな理由でも付けて納得していないと……… 
 やりきれない気持ちになってしまいそうだ。


 そんな事に拘っているのはロイの方だけらしく、エドワードはその後も良く食べ、良く喋る。
 気分転換にと出掛けてきた筈なのに、気付けば二人して研究の話に盛り上がっている。
「だーかーら、やっぱ転換法の定義に数値を組み込むようにしないと」
「確かに…。君の目的を考えると、そうでないと困るだろうが。そうなると、式に手を加えることになるな」
「だろ? でもそうすると、判りやすくなりすぎて、駄目なんだよなー。
 なーんか、転換と安定をするのに数値を下げる方法を組み込めたら完璧なんだけどなぁー」
 後ろでに組んだ手に頭を乗せて、エドワードは天井を仰ぎ見るようにして、う~んと唸り声を上げながら悩んでいる。
 そんなエドワードを見ながら、ロイもエドワードの言った言葉を反芻する。
「転換と安定…か。――――― そうか! あったじゃないか、その方法が!」
 いきなり声を上げて話すロイに、エドワードが驚いたように視線を向ける。
「鋼の! そうだよ、安定触媒だ!」
「安定触媒…?」
 目を丸くしてロイを見てくるエドワードに、ロイは浮き立つ気持ちで話を続ける。
「そうだ! 君に以前見せた文献には、続編が出ててね。変わりだねの特殊鉱石の紹介があったんだ。
 詳しくは読み直してみないと判らないが、その石はそれ自身には発するほどのエネルギーを持ってないんだが、
 保有に優れた性質が備わっているとか何とか書いてあった」
「保有に優れた性質……」
 キラリと目を閃かせるエドワードに、ロイも大きく頷く。
「そっ…か。そうだよ、それ自体を使う方法じゃなくて、移し変えて使うんなら、数値の安定も限界も調整しやすいよな…」
「多分な」
 互いに目を合わして、笑いあう。
「よっしゃー! 大佐、その文献貸して…、いや、何処にあるんだ? 俺、ちょっと詳しく読んでくるよ」
 ガタンと椅子を蹴り倒す勢いでエドワードが立ち上がるのに、ロイは慌てて視線を上げる。
「今から?」
 少々、驚いたようなロイにエドワードは勢いよく頷いて返す。
「ん。今、ちょっと思いついた事があるから、確認したいんだ。もしそれが可能なら、この研究結果も直ぐに出せる」
「…君らしいな」
 そんなエドワードを見ながら、ロイは唇に笑みを刷き、同様に席を立つ。
「では行こうか? 文献は私の家だ」
 そう告げて、伝票を持って先に歩き出したロイを負い掛ける様にして エドワードも歩き出す。
「…大佐の家に?」
「ああ、どうせ君に渡そうと思って取り寄せたんだ。渡す前に目を通しておこうかと思ってたんだが、
 その間にばたばたしていて忘れてしまってたな。探し出すのに少し時間を喰うかも知れないが…」
 俺も払うと言い募るエドワードをさり気なくかわして、ロイは代金を支払うとエドワードに声を掛けて歩き出す。
「ご馳走様でした。―― いいぜ、飯のお礼に探すのも手伝ってやるさ」
 貸してもらう方が威張った態度なのは頂けないが、それがエドワードなりの照れ隠しの言葉なのも判りだしたロイには、
 気にも障らない。
「ああ、頼むよ。君が探してくれれば、百人力だろうからね」
 そう返して、二人してロイの家までの道のりを急ぐ。








 *****
  

「ここ?」
 程なくして着いた家は、一軒家のなかなか立派な家だった。
「ああ、官舎だがね。一人暮らしには広すぎるが、どうせ一階しか使ってないから丁度いいんだ」
 そう告げながら門の鍵を開けて先に進む。
 玄関の扉を開ける前に、はたと気付いた事を伝えておく。
「ただ、中は散らかってるんで、そこら辺は目を瞑っておいてくれ給えよ」
 そう前置きして扉の中に入ると、玄関の電灯を点ける。
「…お邪魔します」
 神妙に中を窺いながら入いるエドワードを引き連れて、ロイは取り合えず本が置いてそうなリビングへと足を運ぶ。
「多分…そこら辺に…」
 そう呟きながら、周囲を見回すロイに、どれのそこら辺?と聞きそうになるのを堪える。
 ロイが前置きしていた通り…… かなりの散らかりようだ。ここが生活のベースなのか、新聞や書籍、
 カップやら空き瓶が乱雑に放置されている。ゴミは袋に適当に放り込んであるのだろうが、
 袋が二つも三つも溜まっているのは…。
 エドワードは思わず溜息を吐きそうになる自分を抑えて、とにかく周囲を片付けつつ、本らしき物を確認して行く。
 暫く真剣に探していたが、横からドサドサと響く音の方に目をやって、エドワードは唖然となる。
「あんた、何やってんだよ!」
 急なエドワードの大声に、ロイがビックリしたように振り替える。
「…何って…… 本を探しているんだが…」
 唖然としつつそう答えるロイに、エドワードは米神を押さえつつ。
「…… そんなんじゃ、散らかるばかりだろ? それに本も傷む!
 ちゃんと片付けて、整理しながらやれば、一石二鳥だぜ?」
 やっとエドワードの言いたい事が判って、ロイは気の無い返事を返す。
「まぁ、それはそうだろうが…。別に今すぐ出なくても、構わないだろ?
 君も早く読みたがってたし…。まぁ片付は、今度暇な時でも見計らって…」
 そのロイのセリフにエドワードは頭を下げて、力なく首を振る。
「そう言うセリフを言う奴って、暇があってもやらないんだよな…」
 呆れたようなエドワードの態度に、ロイは少々ムッとした気分になる。
「が、しかしね! 君が今すぐ読みたいと言ったから、わざわざ探してると言うのに」
「……… 判った。俺が片付けながらやるから」
 エドワードの性分として、散らかったままの中では気が散ってしょうがない。―― それに、この有様を見過ごせない。
「大佐、ここのゴミってどこに捨てるんだ?」
 上着を脱ぎソファーに掛けながらエドワードが聞いてくる。
「ゴミ? 門の外に出しておけば、持って行ってくれてる様だが?」
 なら出して置けよ、と言う言葉は飲み込んで、エドワードはテキパキとロイに指示を出していく。
「じゃあ、そこに溜まってるの大佐が出してきといてくれよ」
 エドワードは袖を捲くりながら、ゴミとそれ以外を分けていく。
「…今から?」
 少々不満そうな返答に、エドワードはきっぱりと告げる。
「そう、今から直ぐに!」
 そう言い切られ、ロイが不承不承ゴミを持って部屋から出ていく。
「ったくぅー、信じられない奴だよな」
 


 その後、エドワードがゴミ袋だ雑巾だと言われるがまま差しだし、溜まったゴミを捨てに行きを繰り返して暫く。

「… 何とか片付いたぁー」
 はぁーと嘆息を吐きながら、綺麗になったソファーに座り込む。
 エドワードからすれば、応急程度の出来だが、ロイはそれでも十分らしく、こんなに片付いている部屋を見るのは
 久しぶりだと喜んでいる。
「お疲れ様」
 そう言われて差し出された飲み物は瓶入りだ。
「…サンキュー」
 思ったよりキッチンが汚れてなかったのは、使わない、その一点だろう。
 肌寒い時期と言うのに、額には汗が浮いている。それに部屋に溜まっていた埃のせいで、かなり汚れている自分を見て、
 帰ったら直ぐに風呂に入ろうと思う。
「もうこんな時間か…」
 同じように隣に座っていたロイの呟きで、エドワードも視線を時計に向ける。遅すぎはしないが、
 帰って風呂に入ったりしていれば、結構いい時間になるだろう。
 そろそろ帰る準備をしようと思いかけたエドワードに。
「鋼の、今日はもう泊まっていくだろ?」
 その言葉に、エドワードが不思議そうにロイを見る。
「へ? 何で?」
 そのエドワードの反応に、今度はロイの方が訝しそうに見てくる。
「何故って…、君、文献探しに来たんだろ?」
 そのロイの言葉に、エドワードは開けた口が塞がらなかった。
「もしかして……、忘れてたとか?」
 
 そう、すっぱりと忘れていた。
 思わぬ惨状に手が出て、その後はそちらに専念してはまり込んでいたエドワードだ。
 茫然としているエドワードから察したロイが、再度泊まっていくように勧める。
「部屋は余っているし、客室は使ってないから散らかっても無いさ。
 泊まるんなら文献を見つけても、直ぐに読めるし」
 苦笑を浮かべてそう告げるロイに、諦めて甘える事にする。
 ―― 要するに、この部屋では文献は見つからなかったからだ ――


 書庫も探すと言うエドワードに、先に風呂に入る事を勧めて、ロイはその間に目当ての文献を探し始める。
 リビングに無ければここだろうと思って探してみたが、見当たらない。
「… おかしいな? ここじゃなければ、後は寝室か…」
 寝室にも書籍の持ち込みはよくしているが、主に自分の専門分野を寝ながら読んでいたから、無いと思い込んでいたのだが…。

「見つかった?」
 考え込んでいる最中の背後からの声に、ロイは思わず上げそうになった悲鳴を飲み込む。
「は…鋼の…。もう上がったのか?」
 平静さを装って、そう話しながら振り向いたロイは、今度は思わず息を飲み込む。
「うん、お先にありがとうな」
 着替えにと貸したロイのパジャマを着て、濡れた髪を拭きながら立っているエドワードが、凄く可愛く見える。
 いや…、実際かなり愛くるしいと見た者皆が答えるだろう。
 袖と裾が長すぎる所為か何重かに折上げている。横幅は直しようがないから、ぶかぶかのままで襟ぐりが落ち気味だ。
 温まった為か頬、唇もほんのり紅く染まっている。
 色白な彼のそんな風情は、普段とは180度違っていて…。
 言葉にすれば、艶かしいと言うのだろうか………。

 エドワードに目を奪われて黙り込んでしまったロイを不審に思ったのか、
エドワードは近付いてロイを窺うようにして見上げてくる。
「なぁ、大佐? 大丈夫か? 疲れたんじゃないか?」
 その呼びかけに気付いて、慌てて首を振る。
「い、いやそうじゃないんだ。別に疲れてはないんだが……、ここには見当たらないから、寝室かなと思ってね」
「ふぅ~ん? 入っていいなら、今度は俺が探しておくから、大佐も風呂に入ってきたら?」
 ガシガシと急ぎ髪を拭き上げようとするエドワードの、項の白さにまた目を奪われる。
「いや、そういう訳には…」
 いかないと答えようとして、頭を振って気を取られてる雑念を振り払おうとする。
「――― そうだな、申し訳ないが頼もうか。寝室は隣の部屋だ。リビングよりは散らかってはいないと思うが、
 今日はもう片付け始めたりしないでくれよ」
 少し気分を変えた方がいい。そう判断して、ロイはエドワードに部屋を教えて、自分は交代に風呂場に向かう。


 ザアザアと流れ落ちる湯にあたりながら、ロイは自分の中に芽生えた雑念も洗い流そうとするように、
 乱暴に髪を掻き雑ぜ続ける。

 ―― 何を馬鹿な事をしているんだ。冷静になれ、冷静に。
     あれは、鋼のだ。自分の後見している相手だぞ。
   そんな子供によもや自分が     を抱くなぞ、在り得ない――
  
 湯にあたり汚れや疲れも取れていく内に、自分の中に浮かんだ気の迷いも消えていくような気がして、
 ロイはホッと安堵を浮かべた。



 重い足取りで、寝室にまだ居るようだったエドワードを手伝いに向かう。一旦落ち着いた感情がぶり返さない事を願いつつ。

「鋼の? 見つかったか?」
 そう声を掛けてから中に入ってみると、そこには既に自分の世界に入り込んでいるエドワードが、
 ベッドに腰掛て足を組んだ姿勢で一心不乱に文献を読んでいた。いつもと変わらぬ彼の姿を見て、
 ロイはホッとした気持ちで近付いて行く。
「鋼の、見つかったんだな?」
 エドワードの視線を遮るようにして、本に手を翳すと、エドワードもさすがに気付いて視線を上げる。
「…うん! 有った、有った。これだろ? あんたが言ってた特殊鉱石って」
 そう言って本のページを指し示すように見せてくる。
「どれ?」
 その内容を確認しようとして、ロイも同様に腰を掛けて本を覗き込む。
「…ああ、間違いないな。この鉱石だ」
「珍しくも何ともない石なのに、こんな特性があったなんてな…」
「多分、珍しくもなさ過ぎて、誰も研究しようと思いつかなかったんだろうな」
 それにその特性をどう使うかの発想も浮かばなかったのだろう。
 そこには、ただ変わった特性を持つ鉱石としてだけ紹介されていた。
「これ、混ざると他の鉱石の特性を害するから、不純物として扱われてるんだけど、
 逆に内包させれるなら今度の研究にピッタリだぜ」
 嬉しそうに語るエドワードに、ロイも先程までのもやもやした気持ちが晴れて、話に熱中していく。


「―― が、それじゃあ砕けてしまわないか?」
 ロイの疑問にエドワードが頷く。
「それが丁度良いんだよ。一定以外のエネルギーを保有させ無い方が、上限を決めれるし」
「しかしそれでは、一斉に放出させる場合なら、使い捨てでもかなりのレベルに上がってしまうだろ?」
「そう、そこがネックだよな。で、俺が考えた方法なんだけど――」

 時も忘れて議論を展開して行く二人にも、疲れは同等に訪れてくる。

「でさ…… その方法を取れば」
 話す声も小さく、間隔が長くなっていく。
「―― それなら、…… 上手く行きそうだな…」
「……… うん、だろぉ…?」

 交わす言葉も、段々と間遠くなっていき。

「……」
「……」

 夜は静けさを深くして、そっと二人を眠りの帳に包んでいく。
 それは本人達が意識せずとも、自然に、ゆっくりと―――。

 *****


 ―― 暖かい…。――

 最近、明け方は冷えるなと思う日が多くなってきていた。
 今日のように暖かく感じれる日は、きっと天気が良くなるのだろう…。 
 昨夜は寝付くのは遅かったように思うが、その分眠りは深く、よく眠れたようだった。
 気配に敏感で、眠りが浅いロイにしてみれば、珍しくもと言ったところだ。
 そして、ふとその考えに疑問を抱く。

 ―― 遅くに寝た…? ――

 浮上し始めていた意識が、一気に覚醒する。
 そして、自分が暖かいと思ったのが、今朝の気温などではなく…。

 ロイは逸る動悸を鎮めつつ、そっと瞼を開いてみる。
 そして、自分の予想通りの答えに、観念する。

 自分が暖かいと思ったのは、今腕の中に抱き込むようにしているエドワードの体温だ。
 腕の中にすっぽりと納まるようにして眠っているあどけない表情を、ロイはまじまじと眺める。
 
 眼光の鋭い目を閉じているから、今見るエドワードは歳相応の幼さを残した寝顔だ。そんなエドワードの寝顔も悪くは無いが、
 ロイはきつい瞳を見せている時の彼が、結構気に入っている。
 何にも染まらず屈しない彼の強さが、そこには良く現れているからだ。 ふと時計を見ると、まだ起床にはもう少し間がある。
 今日は急いで出なければならない案件も無いから、迎えが来るまでこのまま寝ておくのも悪くない。
 その思い付きがなかなか良いように思えて、ロイはエドワードを起こさぬように気をつけて抱き直し、
 そっと笑みを浮かべながら目を瞑る。
 

 そして、昨夜までの往生際の悪い自分を捨てる。

 思考は切り替えることが出来るが、生まれた『想い』は、そう簡単には消えはしない。
 迷いだ、間違いだと嘯いてみても、それは所詮認めるまでの、足掻きに過ぎない。

 ふとした瞬間に…。
 気付いた視線の先に…。
 浮かぶ思いの向うに…。

 それはもう、答えが出ていると知るだけだ。

 
 人を自宅に入れなかった自分が、こうして招いた相手。
 そして、ベッドでの行為を共にする者はいたが、自分と眠りを共有した者は、誰一人居なかった。
 また ――― したいと思う相手が出てくるとも思わず…。

 それがこうして、目覚めた時に相手を目にして、嫌悪でも拒否でもなく、心が喜びを詠っているのなら……… 
 それが自分が認めた相手なのだ。  
 喜びと、心に満ちる充足感が、優しいまどろみへと導いていく。
 ロイは抱きしめた身体を離さぬようにと、そっと抱え込んだまま瞼を閉じた。


 *****

 起きた時に、エドワードはどんな反応を見せてくれるのだろうかと言う楽しみは、
 家の中を鳴り響く電話の音で吹っ飛ばされた。

 慌てて起き上がる二人を急かす様に、電話の呼び出しは鳴り続け、
ロイは目にした時計の示す針の位置に、顔を青くして電話に飛びつくようにして出た。

「もっ、もしもし!」
 慌てるロイとは正反対の、静かな落ち着いた声が返ってくる。
『…大佐。早くに帰って良いとは申しましたが、遅れても良いとは一言も言っておりませんが? 』
 最初から痛烈な嫌味に、ロイは急いで弁護を口にする。
「いや、も、勿論、その通りだ! し、しかし、ハボックの奴が迎えに来ていなくて」
 ロイの言葉の後、重い沈黙が漂ってくる。
「ちゅ、中尉?」
 恐る恐る呼びかけてみれば、向うから溜息を吐き出した気はいが伝わり。
『大佐。昨日帰りがけに、明日はエドワード君を朝ご飯に誘ってから行くから、迎えは要らないと…
 そう、おっしゃっておられたのを聞きましたが?』
 その話に、ロイはサァーと血の気が更に引く。
 すっかり忘れていたのだ…。

「直ぐに出る!」
 もう、そう返事するしか無い。
『今、車を回しておりますから、それに間に合うように頼みます』
「判った!」
 そう返事を返した後は、大急ぎで洗面所へ向かう。
 司令部から家までは、車では十分から十五分もあれば着く。
 ロイが慌しい準備をしている間、エドワードはと言うと。
 眠そうな目を擦りながら、大きな欠伸をしている。
 枕を抱きかかえてうとうとしている所を見ると、彼はまた寝直しするかもしれない。
「鋼の、ここに合鍵を置いておく。眠いなら、寝れる時に良く寝ておきなさい」
 それだけ早口に伝えて、鳴らされた呼び鈴に慌てて玄関へと出て行った。

 その後、注意は受けたが、ここ最近の精勤のおかげで仕事も立て込んでいなかったおかげで、中尉の機嫌も程なく直る。

 そして、その日は姿を見せなかったエドワードに、少々残念だと思いつつ家に帰えり、
 灯りが点いている自宅に期待を胸に飛び込んでいく。
 迎えてくれたのは、見違えたように綺麗になっている家の中と、文献の礼にと手料理を披露してくれたエドワードだった。


 待つ人が居る…… その意味の素晴らしさを、ロイが始めて実感した出来事だった。








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