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Selfishly

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百年続く恋 p7

*****


 その頃。

 ロイは先程から、どうにも進む方向が妙な事に気づいて、運転手を務めているハボックに
何度目かの問いをする。
「ハボック少尉。道順が違うのではないか?」
「はっ。しかし、事前にホークアイ中尉から受けております指示通り進んでいるので有りますが」
 第三者の将軍の所為で、いつものような気を抜いた話方も出来ず、ロイは内心、
苛々としながら先行きを聞いてみる。本来なら、最終の訪問先を出た将軍は、
そのまま列車に乗り込む為に駅へと向かうはずだった。それが先程から、
さらに郊外を目指していて、駅から遠ざかるどころか、このままでは自分の
帰宅希望時間を越えて、待ち合わせにギリギリになりそうだ。

「マスタング君。さっきからどうしたんだね? 私は東方の地理には、
然程詳しくはないが、この先は指定していたホテルが有るんだろ?」
 怪訝そうに伝えてくる将軍の言葉に、ロイの方が驚かされる。
「指定していたホテル?」
 確かにこの先をもう少し行った所には、東方でも有名な郊外のホテルがある。
それは知っているが、今日の予定になど入ってなかった筈だ。
「ハボック! この車の到着先は、そこになっているのか?」
 険しいロイの声に、ハボックも驚いたように返答する。
「はっ。私がお伺いした予定ではそうなっております」
「…どう言う事だ。私は聞いて無いぞ」
 険悪な気配を醸し出すロイの様子に、ハボックはひやりとさせられるが、
ロイの隣に座る将軍は、可笑しそうに笑い出す。

「将軍…?」
 訝しむロイとハボックに、将軍は笑いながらひらひらと手に平を振る。
「…成る程、そういう計画だったのか…」
 愉快そうに呟く将軍に、ロイはそれでも根気良く訪ね返す。
「失礼ですが、将軍はこの車の向かう理由をご存知で?」
 そのロイの問いに、将軍はあっさりと頷き返す。
「ああ、勿論だとも。何せ、私が君の副官に頼んだ事だからね」
「将軍が……、ホークアイ中尉に?」
 低くなる声は抑えれなかった。
「ああそうだ。実は、今回の訪問に娘を連れて来ててね。前々から、何度となく、
打診してみたが色よい返事が貰えなかっただろ?
 何で、今回は君の副官に前もって頼んでおいたんだ。今回の訪問先の最終に、
食事をする機会を設けてくれとな。
 多少、強引になるかも知れないと言ってたのは、この事だったんだな」
 黙り込んだロイの機嫌を取成すように、将軍は饒舌に語る。
「いや、彼女を叱らないでやってくれ給えよ。彼女は君の今後を考えてくれたまでだ。
褒めてやる位に、上司思いの部下じゃないか。
 おお、あれがそのホテルだな。彼女も、娘を案内して先に着いているはずだから、
君からも礼を言ってやり給え。
 私の娘は、自分が言うのも親ばかなんだが――」
 その後の娘自慢は、ロイの耳には全く入っていなかった。ハボックは何かを察したのか、
ひたすら前を見て運転に集中している。

 ―― 私が嵌められたとはな…。しかし、どういう理由で――

 三者三様の思いを乗せながら、車はエントランスへと入っていく。
 躾けの良いボーイが、ハボックに駐車場を教え、降り立つ二人の案内に先を歩く。

 ホテルのロビーでは、郊外と言うのに結構な人で賑わっている。
 それでも騒がしくないのは、ここに集う人々が上流階級の出てある証か。
「お父様、マスタング大佐!」
 華やかな声が、明るく上がる。
「おお、ルイーゼ。待たせたかな?」
 親子で談笑している横には、平素と変わらぬ態度のホークアイが控えめに立っている。
 ロイはにこやかな微笑を向けて、先程からちらちらと視線を向けている令嬢に挨拶をする。
「これはルイーゼ譲、お初にお目にかかります。こんな遠方までようこそ。
さすが父上が自慢されるだけの美しさですね」
 ロイの賛辞に、娘は頬を赤らませ、父は誇らしそうに胸を張る。
 が、続いた言葉に娘は青い顔に、父は失望と憤怒の表情にすりかわる。
「もし私に心決めた相手がいなければ、心惹かれるほどのお美しさです。
が生憎と私には既に、生涯を誓った相手が居る身ですので」
「大佐!?」
 咎めるように上がった声に、ロイは初めてホークアイの方を向き直ると。
「ホークアイ中尉、私が頼んだ件はどうなってるんだ」
 ときつい口調で詰問する。
「少し軍務の話がありますので、失礼致します」
 そう親子に断ると、ホークアイを連れてその場を離れる。
 





 潜ったばかりの扉を出て、二人は外のエントランスの端で足を止める。
「中尉…一体、どういうつもりなんだ」
 ハァーと深い溜息を吐き出して、ロイは兎に角ホークアイの言葉を聞こうとする。
彼女の人となりは良く知っている。酔狂や冗談、ましてや悪戯でこんな事を
する人間ではないからだ。
「大佐。大佐は本気でエドワード君との付き合いを続けるおつもりですか?」
 余計な事は言わず、直球に告げられた言葉に、ロイは嘆息した後に、はっきりと返答する。
「ああ、先程あの親子に伝えた通りだ。一時の気の迷いや、遊びで手を出せる相手でもあるまいし」
 潔い言葉に、ホークアイは表情を険しくする。
「大佐…、それがどのような影響を生み出すかは、お考えの上ですか?」
 ロイは皮肉気に、口の端を上げて笑いの表情を作る。が、目は全く笑ってなどいない。
「中尉…、君は私を馬鹿にしているのかね? 
自分の身の上に起きる事くらい予想できなくて、軍人が務まるか」
「では、判って尚その道を進むと?」
「―― エドワードと恋愛をするようになって、そんな覚悟はとうに決めている」
「険しい道になりますよ? あなたの夢がそれで叶わなくなる事も、あると思われませんか?」
 そのホークアイの問いに、ロイは高らかに笑い声を上げる。
「険しい道になるのは、百も承知だ! 見縊るな。私達を誰だと思っている。
焔の錬金術師と鋼の錬金術師が揃っているんだ。二人揃っていて、
叶わない夢などないさ」
 ロイは誇張でなく、本気でそう思っている。
 神に闘いを挑む子供がいるのだ。たかが人間に挑んで、引けを取るはずも無い。
怯むわけには行かない。
 
 そのロイの言葉に、ホークアイは唇を噛み締めて、顔を俯ける。
「中尉、今回の事は不問にする。が、以後このような上司を愚弄するような策を
弄するなよ。もっと私を信じろ。私欲に溺れて、君達を見捨てるような愚か者に成る程、
私は落ちぶれてはいないぞ」
 そんなロイの言葉に、ホークアイは肩の力を抜いて、ふっと嘲う。
「判りました。今回の事は、私の浅慮な行動でした。申し訳ありません。
 その大佐の言葉は、エドワード君に見捨てられてなかった後に、
一度聞かせて頂きたいと思います」
「……… 何?」
 目を細めて自分を窺うロイに、ホークアイは正直にエドワードとのやりとりを語る。
 
 そして、ホークアイの話を聞き終えると、ロイは後ろを振り返って声を上げる。
「ハボック! そこに隠れているのは判っている。さっさと出てきて、鍵を渡せ!」
 ロイの怒鳴り声に、ハボックが慌てて走り寄ってくる。
「貸せ」
 奪うように取った鍵を手に、ロイはもう後ろも見ずに走り出す。
 そして、途中で思い出したように振り返り叫んでくる。
「中尉、私の件は不問にするが、エドワードの事は別だ。罰として、残した親子に
上手く取り繕ってこい!」
 その言葉を最後に、ロイはあっと言う間に車へと辿り着いて、猛スピードで去って行った。

「あーーっと。大佐、間に合いますかね?」
 残された二人は、悄然と立ち尽くしながら、車の去った方向を眺めている。
「さあ、どうかしらね? 時間には間に合わないでしょうけど、あの二人なら
何とかなるんじゃないの」
 ホークアイの呆れの混じったセリフに、ハボックは頭を掻きながら、「そっすね…」と
相槌を返すしかなかった。






 *****

 小雨が降りそぼる中、エドワードは約束の場所で所在無げに立っている。
 時期が良く、寒いと言う事は無いが、顔に伝う水滴が少々不快だ。
 噴水の時計は、約束の時刻を大きく回り、もうじき2週してしまいそうだった。

「大佐……… 遅いよな」
 ポツンと呟かれた寂しい声は、人気の無い空間に虚しく吸い込まれる。




 ロイは降り出した雨に舌打ちしながら、約束の場所へとスピードを上げて車を
走らせている。時計の針が約束の時刻を刻一刻と越えていくのを、
祈るような気持ちで目を走らせている。

 昼に電話で話した時。エドワードは恥かしそうに、それでもロイの言葉に返してくれた
――俺も――と。
 その約束を守れなかった自分を激しく詰るが、今はただ、彼がこの街を去っていない事を
願うばかりだ。
 約束の場所には居なくとも、この街なら今日中に探し出せる。
 が、もし中尉が話したとおり列車に乗り込んだ後なら、彼を探し出すのは難しくなり、
その次があるのかも判らなくなる。

「待っていてくれ…エドワード」
 
 ロイは握り締めるハンドルに力を籠める。
 ゆっくりと大きな時計の音が、約束から二時間過ぎた事をエドワードに知らせてくる。
 エドワードは立ち疲れて、噴水の縁に腰を掛けながら、プラプラと足を揺らして
座り込んでいる。

 周囲はすっかりと暗くなり、雨の所為で人の足も早いのか、次々と店の電灯も消されていく。
 それを見ているエドワードの目は霞みがちだ。雨と、それ以外の水滴が邪魔を
 しているからだが、彼は気にせず拭いもしない。

 そんな風にぼんやりと座り込んでいたエドワードの近くに、猛スピードで広場に
 入り込んできた車が、水を跳ね上げながら急停車する。
 そんな驚くような光景も、エドワードはぼんやりと眺めていた。
 そして、その目が大きく見開かれたのは、中から転がり込むように飛び出した男を
 めてからだ。

「エドワード! 」
 雨にもかき消されない程の大声を上げて、エドワードの名前を叫んでいる。
「……… 恥かしい奴…」
 ぽつりと零れた言葉は、相手を貶める単語だったが、その声は安堵と、喜びが
 滲んでいた。
 エドワードは目の前で荒い息を付きながら、自分を見つめている相手を見上げる。
 びしょ濡れになって座り込んでいるエドワードを、ロイは居た溜まれずに抱きしめる。
「すまなかった! 私が約束したのに…遅れてしまって…」
 冷えて低くなっているエドワードの身体を温めるように、ロイは雨から彼を守るようにして、
 覆いかぶさる。
 エドワードは、回した手でロイの背を叩く。
「言っただろ…! 遅刻したら許さないって…!!」
「すまなかった。私が悪いんだ」
 背に当たる力は弱弱しい。それがエドワードが、雨にさらされた時間の長さを
 語っているようで、ロイは痛む胸を酷くする。
「っ…。約束、したじゃないか!」
 胸の中で叫び続けるエドワードの言葉に、ロイはただただ、心から詫び続けるより
 出来る事はなかった。








 そのまま泣きじゃくるエドワードを抱えるようにして、ロイは家へと連れて帰る。
 幾ら気温が高い季節が来たといっても、長雨に打たれたままでいれば、
 身体に良いはずも無い。
 ロイは浴槽に湯を溜める時間も惜しんで、服のままシャワー浴びながら湯を溜めていく。
 浴室に湯気が満ちる頃、ロイはエドワードの張り付いている服を脱がせて浸からせ、
 自分も脱ぎ捨てて浴槽に入ると、エドワードと向かい合うように抱きしめながら、
 むずがるエドワードを宥めながら、髪を梳き、湯を掛けて、口付けを何度も
 何度も落していく。
 そこには欲は無く、ただ彼に対する深い詫びの心と、待ち続けてくれた彼への
 純粋な感謝からだ。
 
 漸く冷え切っていたエドワードの頬に赤味が戻った頃、ロイは力無く自分に身体を
 預けるエドワードを丁寧に抱きかかえて、風呂から上がる。
 甲斐甲斐しくエドワードの世話を焼くロイは、今は髪を拭きながら、
「すまなかった」と言う謝罪と、「ありがとう」の感謝の言葉をエドワードに
 告げ続けている。
 エドワードの気持ちも漸く少し浮上してきたのか、文句言う元気も戻ってきたようだった。
「だいたいあんたは人に言う前に、自分がきちんとしろよな」
「面目ない…」
「ったく、イベントがしたいとか騒いでたくせに、ドタキャンになったじゃないか」
「全くもって、申し訳ない…」
 ぶつぶつと文句を言うのにも疲れたのか、エドワードは溜息を吐いて、
 切実な心情を語る。
「……… 腹減ったぁ…」
 丸一日食べてない無いのだ。それも当然の事だろう。
「そうだな…確かに、腹が空いたな」
 と言っても、ロイに出来る料理は知れている。それでも無いよりはマシだろう。
 今回はエドワードが戻って来てくれるのが判っていたから、幸いな事に冷蔵庫の
 中には色々な食材が、ぎっしりと入っている。
「―― 何か持って来よう」
 作ってこようとは言わない所が、ロイの自覚を知らせている。
「いいよ…、俺が何か簡単なもん作る。この上、気が滅入るような物、
 食べさせられたくない」
 皮肉られた言葉にも、ロイは申し訳無さそうにしているだけだった。

「おっ、結構良い物が入ってるじゃんか」
 冷蔵庫を開けたエドワードの気分は、急上昇した。普段が悲惨な中身を
 知ってるだけあって、肉・魚・野菜・卵と何でも揃っている冷蔵庫の中身に、
 嬉々となる。
「君が来てくれると判っていたからね。……買い置きしといて、良かったよ」
 心底、ホッとしたようなロイの声音に、エドワードも更に嬉しくなる。

 ―― ちゃんと、約束守ってくれるつもりだったんだな…――

 別に、ロイを疑っていたわけではないが、それでも心の片隅では、もしかしたら
 そういう事も有りえるかも知れないと、不安になっていた自分が居た事は否定できない。
 少しだけ反省の気持ちを込めて、エドワードは手早く料理を作り上げていく。


 ロイはそんなエドワードを見守り続けながら、聞きたかったことを聞いてみる。
「君は…どうして、待っていてくれたんだ。あの雨の中を、あんな時間まで…」
 エドワードは一瞬動きを止めるが、何もなかったように料理を再開し、
 そのまま振り返らずに、答える。
「別に…。――約束、してたからな…」
「中尉から言われた内容は、彼女の口から聞いている。それでも、待ち続けてくれたのか?」
 エドワードは今日会ってから、一度としてホークアイ中尉を非難する事も詰る言葉を
 う事はなかった。ロイはつくづく、彼の度量の広さを痛感する。
「―― 中尉は悪くない。彼女は自分の立場を全うしての事だ。
 でも………、俺達が間違ってるわけでもない。

 俺はあんたを信じると決めてる。だから、中尉の言葉を信じなかった。
 ―― それだけだ」
 ロイはそう話すエドワードの言葉に、目を強く閉じる。
 そして、身体に、心に溢れる感情を噛み締める。

 もう、何度思ってきたか知れない。

 ―― 彼を好きになって…。彼を愛して、本当に良かった…と。
     そして……。
     彼が自分を好きになってくれて、本当に良かったと、
     心から祈る ――


 ロイはゆっくりと近付くと、驚かさないようにそっとエドワードの背後から腕を
 して抱きしめる。
「…んだよ? もう少しで出来るから、あっちで待ってろって」
 言葉ではそんな邪険ことを言いながらも、エドワードが嫌がってのことではないのは、
 赤い耳と項を見れば判る。
 ロイは吸い寄せられるように、その白い項に口付けをする。
 そして…。

「エドワード、私達は錬金術師で科学者だ。―― だから、永遠や普遍と言うありえない
 言葉に誓いを立てる事は出来ないが…。
 
 百年続く恋をしよう、二人で…」
 そう告げる。
 そんなロイの言葉に、エドワードは不審そうな表情を浮かべて、ロイを振り返る。
「あんた…… いきなり、何言い出してんだ?」
 そんなエドワードの反応に、ロイは苦笑して返す。
「君…。ちょっとは察してくれないか? 
 ――― プロポーズの言葉のつもりなんだから…」
 そう言って情けなそうな表情をするロイに、エドワードは――。
 噴出したのだった。









 *****

「御免ってぇ」
 出来上がった料理を食べながら、エドワードはさっきから必死に謝り続けている。
 それを受けるロイは不機嫌そうに、黙々と料理を食べ続けている。
「そんなにいつまでも、拗ねてんなよ」
 笑いながらのエドワードの言葉に、ロイの眉がピクリと動く。
「……… 拗ねるに決まってるだろうが! 
 人の一世一代の覚悟を、何も―― あんなに爆笑までする事はないだろう!」
 その時の事を思い出したのか、エドワードがまたも笑い声を上げる。
 そんなエドワードの態度に、ロイは眦を吊り上げ、むっとした表情で黙り込む。
 そして、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、エドワードが笑いを堪えている。
 そんなエドワードに、ロイは何か言い返そうかと、口を開けた途端。
「受けるよ。あんたのプロポーズ…さ」
 自分を真っ直ぐに見て告げられた返事に、ロイは茫然と開いたままの口を閉じるの
 さえ忘れてしまう。
「…本当に?」
「ああ」
 そう答えるエドワードの表情は、とても綺麗だった。
 それに引き換え、自分はさぞかし間抜け面を晒している事だろう。

「―― どうして…?」
 思わず浮かんだ疑問が口を滑り出す。
「あんた…、今日はそればっかだな」
 そう言うと、エドワード小さく苦笑する。
「理由は言っただろ? 俺はあんたを信じると決めてる、って。
 だから、あんたが言った言葉にちゃんと答えるべきだろ?」

 そう告げてくるエドワードの真っ直ぐな視線を受け止めながら、ロイは気づく。

 エドワードはずっと示してきてくれてきた。
 ロイの強引な求愛にも、いつも…いつも…。
 
 自分達には誓えるような手形は無い。
 だから、信じあうのは互いの思いにだけしかないのだ。

 それでも彼はYESと言ってくれる。
 ならロイは、全力で彼を自分の未来を創って行くだけだ。


「ありがとう。…エドワード、本当にありがとう――。
 二人で幸せになろう」
 自分を抱きしめ、そう告げてくる相手にエドワードはくすぐったい気持ちで、
 言い返してやる。
「馬~鹿。俺達だけが幸せでも駄目だろ。俺も、あんたも…そんで、
 アルや皆も一緒に幸せになれるようにして行こうぜ」
 
 そんな力強いエドワードの言葉に、ロイは破顔する。
「ああ、そうだな…、その通りだ。君はいつでも正しい事を言う」
 そんな恋人に、ロイは思いのたけを籠めたキスを贈る。
 くすぐったそうに身を竦める恋人を、大切に、大切に、喜びと共に抱きしめながら。





 
 ロイの自慢の恋人は、綺麗なだけでなく。
 強いだけでもなく。
 思いやり溢れ、正義感一杯で、常に前を見つめる強さを具える。
 
 ―― 世界一、素晴らしい恋人なのだ。――


 

  


 *****  

 休み明けのロイの機嫌は素晴らしく良かった。
 皆が引き気味に遠巻きにしていた事も、本人だけは気づいていないだろう程。




「中尉、ゴメンな…。中尉の言ってくれた言葉はきけないけど…、
 でも、あいつと皆の未来を邪魔すような人間には、ならないから。見ててくれよな」
 そう宣言するエドワードを、ホークアイは眩しそうに見つめる。
「エドワード君、苦労するわよ、あの人のお守りは…」
 そう言って苦笑するホークアイに、エドワードも笑いながら返す。
「そうだな…それは間違いない」
 二人して顔を見合わせながら笑っていると、不機嫌そうなロイが姿を現す。
「…いやに楽しそうじゃないか……」
 そんなロイの態度に、エドワードもホークアイも肩を竦めて、目配せする。
「あんたが如何に偉大かを語ってたんだよ。ほらほら、仕事溜まってるんだろ?
 俺も手伝ってやるから、さっさとかかれよ」
 ロイの背を押すようにして、エドワードも歩き去っていく。去り際に、
 彼女にウィンクを送った事は、ロイには内緒だ。





 *****

 それから数年後。
 色々な困難がロイとエドワードも巻き込んで、国を揺るがすが、落ち着いた頃には、
 若き英雄が誕生していた。
 最年少の大総統にと伸し上がったロイを支えたのは、常に楯になり陰になりと、
 見え隠れしている金の色を具えた青年だった。
 彼が居なければ、ロイの総統への道は後十年は掛かったと、二人の人間を良く知る
 周囲の者は口にする。

 青年は暫く表舞台から姿を隠していたと思うと、次に現れたときには、
 自分に良く似た一回り大柄な弟を連れて戻ってきたのだった。
 兄弟の仲の良さは、周囲の人々に微笑ましく見守られ。
 唯一、一人だけが、たまにその仲良ささに嫉妬して、手こずらせたりもしたようだったが、
 概ね三人は仲良く過ごしていった。



 
 ロイは生涯独身を貫き、公私供のパートナーをエドワード・エルリック一人と
 公言して憚らなかった。
 口さがない一部の人間は、そんな二人を詰ったり貶めるような誹謗も吐いたが、
 ―― それも年々減り、今では特別の絆を結んだ二人を褒め称える言葉しか聞けなくなる。






「なぁ、何でプロポーズの時に、百年なんて期限を言ったんだ?」
 のんびりと午前中を過ごす休日の朝。
 エドワードは思い出したように、昔の事を聞きたがる。
「……… 何となく?」
 笑いながら答えたロイの言葉が、気に入らなかったのか、エドワードはぷうと頬を
 膨らませて、背中を向けてくる。
 そんな仕草は、本当に昔と変わらない。いや…、ずっと、ずっと綺麗になった。
 ロイはあの時と同じように、背を向けて寝転がるエドワードの背後から抱きしめる。
 甘えるように頭を擦り付け、エドワードの耳たぶを甘く噛んでくるロイに、
 エドワードはペシリと頭を叩いてくる。
「痛いよ、エドワード」
 笑いながらそう訴えると。
「嘘ばっか! 痛いわけないだろ」
 と冷たくあしらわれる。
「……嘘じゃないさ、あの時の誓いは」
 そう言って、エドワードの肩口に頬を埋める。
「ロイ……?」
 
「百年なら、私も君も生きてはいないだろ? 
 なら、それだけ貫き通せたなら、信じない永遠や普遍より、ずぅと…、
 素晴らしいと思わないか?」
 信じない永遠や普遍なんて単語に誓わなくても、出来る事を口にする。その方が、
 遥かに価値が高く、信頼も出来る。
 エドワードはロイの言葉を信じると言った。
 ならロイは、絶対に守れる言葉だけをエドワードに捧げたいと思ったのだ。
「ふ、ふ~ん」
 気の無いような相槌を返しながらも、エドワードの瞳が潤んでいる事など、
 水滴を浮かべた目尻でばればれだ。
 ロイはエドワードの身体を返して、腕に抱え直す。
「エドワード、返事は?」
 茶目っ気を出して訊いてくるロイに、エドワードは真っ赤な目をしてる癖に、
 不敵に笑う。

「俺はあんたの言葉を、百年信じ続ける約束をした。
 だから、………仕方ないから、その間は傍に居てやる」
 と彼らしい返事を贈ってくれるのだった。




             

 それからも、時たま思い出したようにエドワードは問うてくる。


 綺麗な金の色には、悪戯な光が閃いている。


 ―― じゃあ、百年経たない間に死んだら、 どうするんだ俺達? ――

 ―― 当然だろ。次に生まれ変わって、もう一度続きから始めればいい ――


 それを受けるロイの瞳には、変わらぬ迷い無い光が宿っている。




 ―― で、やり直して百年目が来たら、どうするんだ? ――

 ―― 馬鹿だな。もう一度誓うに決まってるじゃないか ――
 
 
 

 それが二人が唱える、永遠の変わりの誓いの言葉………。



                                    END


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