Radiant,Ever Forever p1~~~ dawn ~~~「う~~~んっ」 大きく背伸びして、エドワードは朝の爽やかな空気を吸い込む。 寝不足気味の目には、朝の陽光は眩しすぎる。こしこしと目を擦りながら大きな欠伸をした。 「さ~て、もう一踏ん張りだ」 気分転換を終えて家に入ろうと思ったところ、向こうから馴染みの郵便配達の車がやって来るのが見えた。 トントンと身軽に玄関からの階段を降りきると、今日も届くだろう荷物の受け取りに門まで歩いていく。 「おはよぉー」 朝の挨拶をかけると、馴染みの職員が笑顔で返してくる。 「エルリック先生、おはようございます。今日もお元気そうですな」 「…先生は止めてくれって。エドで良いよ、エドで」 初老の相手に先生などと呼称を付けられると、面映くて仕方が無い。 「いやいやいや、そう言うわけには行きません。先生は先生ですから」 田舎の人らしい純朴な人柄に、エドワードは仕方無さそうに頭を掻いて困った表情を浮かべる。 「では、今日の分を運ばせて頂きますな。…今日はまた一段と、多いようですなぁ」 感心したような言葉に、エドワードも手伝う為に手を差し出す。 こんな田舎町では本当なら郵便配達如きに車など使わない。大抵は自転車で運ぶのが普通なのだ。 エドワードがこの町に家を構えてから、配達に車が使われるようになった。ほぼ毎日のように届く郵便物の量が半端ではなかったせいだ。 最初の頃はリヤカーを付けて運んでくれていたのだが、老齢の職員にそんな酷な配達をさせるのが忍びなくて、エドワードが寄贈したのだった。 町でも貴重な車を寄贈してくれたエドワードに、職員だけでなく町の人々も大喜びをしてくれた。それから仲良くなって話す内に、 エドワードの職業を知り、彼の豊富な知識に助けられることも多々あり、皆が先生と呼ぶようになってしまったのだ。 エドワードにしてみれば自分が買った物でもないのに、そこまで感謝されては逆に恐縮してしまう。 寄贈した車は、エドワードの手伝った研究への褒賞だ。文献や資料を買う以外、たいして使い道の無い金の変わりに、 もしお願いできるなら…と相手に伝えたところ、ポンと気前良くくれた物だった。 車が高額な事は、さすがの金銭感覚の疎いエドワードでも知っていたから、中古車でも貰えればとと思って伝えたのだが、 まさか新車の最新型が贈って来られるとは思ってもいなかった。 良くぞ職員が免許を持ってくれていたものだと、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。 エドワードがこの町に暮らすようになって二年ほどが過ぎる。 元の所に家を建て直せばいいじゃない、と言っていた幼馴染に首を横に振りこの町の外れに落ち着いた。 リゼンブールが嫌なのではないが、あの村には色々な意味で思い出が多過ぎる。出来れば自分を知らない人たちが暮らしている中で、 ゆっくりと過ごしてみたかった。 が、どこから聞きつけてきたのか、元鋼の錬金術師にご指導・ご教授頂きたいと頼まれるものに頷いていたら、どんどん膨れ上がってしまい、 旅に出ていない時は殆ど家に缶詰状態になる始末だった。 まあ、生活費を稼ぐことも、貴重な資料や文献も高額なことも多いから、依頼がある内は稼がせてもらおうと続けているというわけだ。 「けど…、ちょっと減らさないとな」 運びこまれた資料や封筒に、げんなりとした気持ちで目をやる。 引き受ける代わりに報酬とは別に、色々な情報も貰えるから重宝していたのだが、この状態では情報を得ても確かめに行く暇もなくなってしまいそうだった。 東回りのアルフォンスが順調に知識や情報を集めていると云うのに、 エドワードがこの状態では叱られてしまうだろう。 ふぅーと嘆息を吐いて、封筒の内容を確認しようと手を伸ばそうとし、 「?」 外から聞こえた自動車音に、今日は追加の荷物でもあったのかと椅子に座ったまま、首を玄関の扉へと廻らした。 ――― コンコンコン ――― と控えめなノックの音が届いてきて。 「はぁ~い。開いてるから、どうぞ」 と気安い呼びかけを返す。 ギィーと開いた扉から入ってきた人物を目にして、エドワードは暫く声もなくその相手を見つめていた。 「久しぶりね」 相も変わらない美貌の女性は、懐かしそうにエドワードにそう話しかけた。 「あっ…うん。ご無沙汰してマス」 この状況に戸惑っているエドワードには、何と返せば良いのかさえも困ってしまう。当たり障りない挨拶を返すと、その女性、ホークアイはふふふと小さな笑みを零した。 「な、何?」 急に笑い出した彼女に、エドワードは怪訝そうに尋ねてみる。 「いえ…。エドワード君も大人になったんだなぁ、てね。昔はご無沙汰なんて言葉、聞いたことがなかったから」 ぐっと言葉を詰まらせそうになった。昔のことを持ち出されると、やや…いや、かなり恐縮しそうな事柄がずらずらと記憶力の良いエドワードの頭に浮かんできそうだ。 「ま、まあね」 はははっと乾いた笑を浮かべつつ、エドワードはそう返す。 「…相変わらず凄い資料の量ね」 机に乗せられたままの先ほどの郵便物。特に見られて困るものはそこには無いが。 「旅の合間に引き受けてたのが、何かどんどん増えてきちゃってさ」 苦笑してそう答えると、彼女は「そう」とだけ呟いてじっと考えるように黙り込んでしまう。 エドワードは淹れた紅茶のカップに手を伸ばして、口元に運ぶ。 そして考え込んでいる彼女の様子を、さり気なく観察してみる。 あれから数年経って、彼女は益々綺麗になったようだ。 女性の円熟期に近づいているとでも云うのか、どちらかと云うとシャープな面や印象を与えていた雰囲気が、女性らしさを内面から醸し出している。 そんなことを考えながら、エドワードは口に含む紅茶が苦くなった気がして微かに眉を顰める。 ――― 苦い…? 淹れたばかりだから、そんなはずないよな。 これは多分…、俺の心理的なもんだ………。 もう随分時間が経ったと思うのに、どうしてこの胸を塞ぐ苦しさは癒えることがないのだろうか。 自分では終わらせたつもりだった感情は、消えてなかったということなのだろうか。 エドワードまで物思いに浸っていたらしく、じっと自分を見つめている彼女に気づくのが遅れてしまった。 忙しい立場の彼女が、私服でこんな田舎町にやってきたのがただの様子見などではないことは判っている。 ――― 何か自分に伝えたいことか、頼みたいことが有るのだろう。 けど………、今の自分に助けれることなど、殆ど無いのではないだろうか。 エドワードがゆっくりと視線を合わせると、彼女は意を決したように口を開いた。 「エドワード君。―― 勝手なお願いをするようだけど、あなた達兄弟の力を貸して欲しいの」 そう言って深々と頭を下げる彼女に、エドワードは呆然と見下ろすのだった。 「…閣下の目の事は、あなたも知ってるわよね?」 いきなり持ち出された過去の話に、エドワードも「ああ」と相槌を打ちながら頷いて返す。 「―― 視力を無くしても、あの方の信念は変わらなかった。そんなあの人に着いていき助けようと決心もしたわ」 「で、でも…。目はマルコー医師の ―― 賢者の石で…」 その話を聞いた時には、彼と自分の違いをまざまざと実感させられた気になった。そして、彼らしいとも。 「そう…、治った、そのはずだったのよっ」 テーブルに置かれた両の掌を、彼女はぐっと握りこんでそう告げる。 「はずって……… ま、さか―――」 治らなかった? いや、そんなはずは無い。自分が最後に会った時、彼の黒の双眼は自分を映し出していたではないか。 そう、――― 冷めた無関心な彩で………。 彼女は何とか自分の中の動揺を抑え、淡々と語り続けていく。 「最初は、―― 全て元通りになったのだと… 誰もが、本人さえも信じていた。おかしいと思ったのは、少し前からなの。 手渡した書類を受け取り損ねてしまったり、一旦置いたペンを探すのに手が彷徨ったり…。 最初はそんなあの人を、書類決済を嫌がってのいつもの冗談だと」 それが違っていた事に気づいたのは、1月ほど前の査察の帰りだったそうだ。 ***** 「お疲れですか?」 車中の背凭れに身体を預けながら、手の指で軽く目を揉んでいるロイにそう声を掛けてみた。ここ最近休む事無く激務を続けている所為か、 少しずつ疲労を濃くしている様子が見える時があるからだ。 「いや………。そうだな、―― 少し疲れたようだ、着くまで休ませてもらおう」 そう告げて目を閉じたロイに、彼女も護衛のものも特に不審に思う事無く、次の査察の場所へと向かっていった。 異変に気づいたのは、車から降りる時だった。 「謀反人がぁぁぁー!」 降り際を狙って突っ込んで来たのは、軍の一兵卒だった。 以前はそれなりの地位に就いていたようだが、色々ときな臭い噂が耐えなかった人物だった事も有り、理由を見つけて降格処分にした相手だったのだ。 その相手自体は警護の者に取り押さえられ、特に危害が与えられることも無かったのだが………。 車から降り立ったロイは、状況が把握できていないのか、戸惑い気味に声が上がった方に視線を彷徨わせていた。 ――― そう、彷徨わせていたのだ…。 「――― 閣下…。まさか、目が………」 問いかけた言葉を最後まで告げる勇気が無かった。 思わず震える背を気力だけで抑え、とにかく安全な場所へとロイを誘導したのだぅた。 「困ったことにね。見えない時が出てくるようになった。どうしたものかな…」 苦笑交じりに告げられた内容に、聞いていた側近の者は唖然とさせられたと云うのに、本人は然程深刻な様子を見せまいとしていた。 「こんな事なら、あの時にもっときっちりと点字の読み方でも習っておくべきだったな」 そう言って笑うものだから、思わず声を荒げてしまう。 「閣下! 笑い事ではないのですよ! 何故、もっと早く…っ。 ハボック少佐、直ぐに軍医をっ! いえ、閣下を眼科医の名医の処へ」 手配は速やかに内密に行われ、乗り気では無さそうな本人を叱咤しながら検査を受けさせたのだった。 そこまで語ると、ホークアイは唇を震わせながら声を詰まらせてしまう。 「中尉………」 労わるように呼び掛けた階級は、昔のものだ。 エドワードにとっては、あの頃のメンバーは皆以前の呼び方でしか覚えていない。 ――― そう…あの男のことも、エドワードの中ではまだ大佐のままなのだ。 「…何度も検査をしたわ。名医と呼ばれる医師を片っ端から呼び寄せ、訪ねて…。 ―――――― でも、結果はみんな同じ…」 「信じられないことでは有りますが………。 閣下の眼神経は、機能を衰えさせ始めております」 「何故です! 何か原因か、要因が有るはずでしょう?」 ホークアイがそう言って医師に詰め寄っても、皆が皆、首を横に振る。傷があるわけでも、原因になるような炎症が有るわけでもなく、 ただたんに機能を低下させて行ってるのが検査結果で判る事だと。 「マルコー医師にも視てもらったけど…。同じ結果しか判らなかった。 ……… 石も使い果たしているから、同じ治療をお願いすることも出来ない状態なのよ」 等価交換を無視し、通行料を支払わないで取り戻したロイの視力は、その効果が終わるとでも云うかのように失われつつあるのだ。 エドワードは難しい表情で彼女の話を聞きながら、頭に浮かんでくる事例と照らし合わせていく。 ――― 石の効力が弱まったのが原因? 一旦、取り戻したものを? そこまで考えて、ふと思い出した練成がある。 それはエドワードがまだ軍属になって間もなかった頃。 似非教主が披露した練成だ。 ――― あれの時に、似ていないか…。 死したはずの鳥達が空高く舞い上がる。不死の練成も、裏を返せば仮初に無理やりその肉体にエネルギーを与え動かしていただけ。 効力を失った鳥達は、ばたばたと失墜して行ったのをエドワードは目にしていた。 エドワードはその考察を目の前の女性に伝える。無情で冷酷な話ではあるが、感情に振り回されていては真実には辿り着けない。 時に残酷なまでの研究結果が、新たな発展を生むこともある。 研究者としての顔つきになったエドワードの言葉を、彼女は青褪めた表情をしながらも、取り乱す事無く真剣に受け止めようとしている。 ――― 芯の強い人だ…。 感嘆と尊敬の念を籠めて、エドワードはそう思う。 悔しいが、ロイが傍にと望んだだけの女性なのだ。 胸を満たすのは敗北の哀しみに似ている。敗北も何も、並ぶことさえ出来なかったのだが…。 「エドワード君………。これは私個人の頼みごとになるわ。 あの人の…、閣下の目を治してやって欲しいのよ」 真っ直ぐな視線が痛いほどだ。エドワードは正視に耐えらずに、ついと視線を俯かせる。 「人体練成をして欲しいなんて、馬鹿なことは言わない。 あなたとアルフォンス君が、今でも生体を研究しているのは知っているわ。国内外の知識を備えたあなた達は、多分このアメストリスでTOPの生体研究者。 だから、お願いよ! 閣下の目を…、視力を取り戻して欲しいのっ」 机に額を擦り付けるように頭を下げるホークアイに、エドワードは苦々しい思いで見つめている。出来ることなら…、出来るものならば。例え頼まれなくとも、やっていただろう。 が……… 自分にはもう、その力が無いのだ。 「――― 中尉…、中尉の気持ちは判るよ。俺だって、―― 出来るものなら、あいつが…皆が苦しんでるなら助けてやりたい。 けど、俺にはもう錬金術は―――」 失ってしまってるのだ。そんな自分に、何が出来るだろう…。 「けど…、アルフォンスなら何か方法を得てるかも知れない。出来るだけ早く、あいつに連絡を取ってみて―」 下げていた頭を上げてエドワードを見つめてくる。 「御免なさいね…。折角、軍から解放されたと云うのに。私達の…、いえ、元はといえば私の未熟さで閣下に視力を失わせてしまった」 それを聞いていたエドワードの机の下の拳に力が籠もる。 彼女の所為などでは無い。… そう、その選択をしたのは彼なのだ。 彼女を失わない為に、ロイが挑んだ人体練成。 彼女を失わない為に…―――――――――。 エドワードはぐっと腹に力を籠めると、小さく首を横に振った。 「違う、よ…。中尉が未熟なのでも、悪いわけでもない。 術者が術を発動させるのは、全て本人の意思だ。それなくして、術は発動させられない」 その後、細々とした打ち合わせをしてからホークアイは席を立った。 門まで見送りながら、エドワードは自嘲の笑みを向ける。 「あ~あ…。あいつ嫌がるだろうなぁー。俺の手を借りたくないって、すっぱりと言ってたのにさ」 その言葉に、ホークアイが驚いたような目を向けてくる。 「エドワード君、… それは誤解よ」 彼女の否定の言葉に、エドワードは足を止める。 「えっ、別に気にしなくていいぜ? それで気を悪くして、治療しないなんて言わないからさ」 事実を認めるのは辛いが、都合よく記憶を消すにはエドワードの頭脳は優秀すぎる。 ホークアイは困ったような表情でエドワードを見つめ、そしてきっぱり首を横に振った。 「いいえ、それはあなたの誤解。そして、そうさせたのはあの人の作為。閣下があなたが去って寂しい思いをしなかったと思っているのなら、 それは間違いよ。――― その事も含めて、あなたがた二人はもっと話し合うべきだわ」 それだけ告げると、彼女は来た時より少しだけ憂いを払った表情で帰って行った。それを見送りながら、エドワードは言われた言葉を反芻し続けた。 ――― 間違い…。 なら、少しは寂しいと思ってくれていたのだろうか。 自分が苦しんだ数分の1でも、 あの男も自分の存在を気に掛けてくれたりもしてのだろうか。 そこまで考えて、エドワードは小さく哂う。 例えそんな時があったとしても、きっと僅かな時だろう。 日常に埋もれてしまうような、瑣末な気分のように…。 |