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Selfishly

Selfishly

Radiant,Ever Forever p2

 ~~~ the morning star ~~~

「昨日はお休みを頂きまして、有難うございました」
 休み明けの為か、ここ最近の中では顔色が良くなった彼女に、ロイはゆっくり休めたかいと型通りの言葉を掛けて仕事に戻る。
 ロイの目の調子が悪くなる時があると知ってから、彼女は自分に遠慮してか休みも離れるのも最低限にしかしない。確かに調子が悪い時には居てくれれば心強いのだが、それで彼女を縛るのも申し訳ない気にさせられる。
 だから昨日に休みたいと言われた時は、喜んで許可をしたのだった。

「閣下、次の医師の手配なのですが…」
 そう切り出したホークアイに、ロイは思わず苦笑を浮かべてしまう。
 責任感の強い彼女だから、気負う部分が多いのだろうが…、何も彼女がそこまで責任を感じることは無い。
 あれは ――― あの時の練成は、自分自身の為に行ったものなのだから。

「大佐…、君の気持ちは判るが、―― 多分、どんな医師に掛かろうとも結果は同じだと思うがね」
 治るものなら勿論治したい。が、ロイには判るのだ。これは医療の分野ではどうしようもないと。
「いいえ、今度の方は絶対に大丈夫です。暫く滞在してもらって、閣下の治療に当たってもらおうかと思っております」
「滞在ね…」
 ロイは面白くも無さそうに哂う。滞在してもらおうも何も、匙を投げて早々に戻っていくのだから、無理やり引き止めることなど出来ないだろう。
「私がお願いして無理を利いて頂いたのですから、閣下には失礼のないようにして頂、治療への協力的な姿勢もお見せして頂きたいと思います」
「――― 判った。出来るだけ、期待に沿えるように心掛けよう」
 彼女がここまで言うのだから、それなりの権威なのだろうが。
 ――― 権威の者ほど、臆病者が多い。
 ロイの治療を頼まれれば、誰しも喜んで参上するのだが、自分の手には負えないと判ると、評判を気にしてか黙秘を頼んでくる。
 そんなことを態々伝えなくても、ロイの目の事はシークレットなのだ、言いふらすわけがないと云うのに…。

 さてさて、どんな気難し屋の者がやって来るのだか…。

















 *****

 1通の封筒を郵便局に持って行く。
 最近では国外の配達も請け負ってくれるようになったから、弟のやり取りも少しはマシになった。と云っても届ける先は赤の他人だ。
 シン国の友人。まぁ、今は皇帝になっているそうだが。彼に届けてアルフォンスを探してもらって手渡してくれるのだ。

 『皇帝を配達員に使うのカ』と苦情を言われたが、アメストリスで面倒を見てやっていた時の食費分だと言い返せば苦笑して頷いたらしい。直接言葉を交わせるほどは近くない距離だから、連絡員の配下が話して聞かせてくれた内容だ。
 リンは国に戻る時に、印の入った指輪を渡してくれていた。
 何か連絡を取りたい時は、この印を封筒に押してシン宛に送れば良いと。そんな事で連絡が着くのかと思っていれば、暫くしてシン国の者が手紙を携えてやって来て、エドワードを驚かせたのだった。

 最短で探してくれるとは云え、両国間のやりとりだけでも1月ほどかかる。それまでに出来るだけ調べて、打つ手立てを考えておかなければ。

 町には暫く出かけるのでと言い渡し、配達関係は転送してもらえるように頼んだ。人の良い老職員は、受け取った転送先に驚いたようだったが、それも仕方が無い。こんな田舎の町では、駐在さんの憲兵も居ないのだから。

 1日数本の汽車がやって来る。エドワードは苦い気持ちで汽車の到着を見守っていたのだった。

 *****
 二年前…。
 エドワードがロイに最後に会ったのは、全てが終わり兄弟別々に旅立つことを決めた時だった。
 国家錬金術師の資格の返上はとっくに終わらせていたから、その時でさえ会うのは随分と久しぶりだった。

「えっ~と、エドワード・エルリックと言いますが、ジャン・ハボック少尉さんに取り次いでもらえますか?」
 ひょいっと顔を覗かせたエドワードに、門衛は惚けたように顔を見つめていたが、再度、エドワードがどうしたのか?と窺うように声を掛けると、頬を紅くして「少々、お待ち下さい」と慌てて伝えてきた。
 彼の慌てぶりは、ぼっとしていた門衛にあるまじき行動を恥じての事だろうと暢気に思いながら、エドワードは取り次いでもらうまでの間をぶらぶらと片足を動かしながら待っていた。

 暫くすると、懐かしい声がエドワードを大声で呼ぶのが届いてくる。
「お~い! お~い!」
 大声を上げながら必死に走ってくる顔見知りの相手に、エドワードは大丈夫なのかと呆れ返って見つめていた。
 マルコー医師の治療で完治したハボックは、軍に復帰してロイの直属に戻っていたが、結構リハビリで大変だったと聞いていたのだが、あの様子だとすっかりと良くなったようだ。
 ぜーはーぜーはーと荒い息を吐き出しながら、ハボックは苦しそうな息の中もエドワードの顔を嬉しそうに見つめている。
「そんなに急がなくても大丈夫なのに…」
「馬っ鹿言え。居なけりゃあっさりと帰っちまう気だったろうが」
 コツンとエドワードの頭を小突いてそう言うハボックは、さすがにエドワードの昔馴染みだけはある。
「… べ、別にそんな事は―」
「い~や、お前はそう云う処がある奴だ。な~にをそんなに気を使ってるのかしんないけど、ちょっと水臭いぜ」
 そう話しながら司令部の敷地へと進んでいくから、エドワードは驚いて呼び止める。
「ちょ、ちょっと…! どこに行くんだよ? 俺はちょっと挨拶に寄っただけで」
 そう引き止めるエドワードに、ハボックは不思議そうな表情を返してくる。
「ああ、弟と別々に旅を再会するんだろ?」
「そ、そうだけど…」
 何故、伝えてもいないのに知っているのだろう? そんな疑問も、引っ張られた行動によって飛んでしまう。
「皆、待ってるから挨拶には丁度いいぜ。さぁ、案内してやろう」
 ぐいぐいと引きずられるように連れられて行けば、すれ違う軍人達が怪訝な様子で二人を窺っている。そして、今更ながら気づいたのはハボック少尉は、もう大尉に昇進していると云う事だ。
 すれ違う何人かは、彼に敬礼をして見送ってくる。
「そっか…、少尉じゃなくて大尉、昇進したんだ」
 年月を感じながら、そう告げたエドワードに、
「ああ? まぁ、俺の場合はあん時の物資を提供した功労賞みたいなもんだ。ブレダはもう少佐になってるし、他も中尉、少尉と順調に上がってる。まぁ1番の出世頭は、勿論あの人達だけどな」
 カッカッカと明るく笑って話すハボックの言葉に、エドワードは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。



 さっさと歩いていくハボックに付き従っていると、どんどんと上階の奥へと入り込んで行ってしまう。
「ハボック…大尉、どこまで行く気なんだよ?」
「ん? そりゃー一番会いたがってる人んとこに決まってるだろ?
 もう皆も連絡受けて集まってるはずだ」
「あ、会いたがってるって…」
 戸惑う間もなく部屋の前に着いてしまったようだった。
 ピシリと敬礼して迎える護衛達に、ハボックも軽く手を上げて返し
自分で扉を開けて入って行く。
「大将、何してんだ? さっさと入って来いよ」
 ここまで来てそう呼ばれてしまえば、帰るわけにも行かなくなる。
 エドワードは渋々、呼ばれた扉の中へと足を運んだのだった。

 エドワードさんだの、君だの呼び捨てだの色々とあるが、懐かしい顔ぶれが嬉しそうにエドワードを迎えてくれる。
 元気そうだ。今度はどこを旅するんだ。背も伸びたじゃないか等など、賑やかに話し掛けて来る人たちに、エドワードもついつい昔に戻ったような気にさせられて、親しい口調のまま聞かれたことに返事をかえして時を費やす。

「あなた達、いい加減にしなさい。上司を待たせるなんて、困った部下の見本よ」
 言葉ほどは全く困って無さそうな楽しげな声そう告げられ、エドワードはそちらを振り返る。そして、思わず中尉と呼び掛けそうになって、彼女の階級章を見て言い直す。
「久しぶりです、ホークアイ中佐」
「エドワード君も元気そうで。このメンバーの時には、そんな改まった口調は不要よ? 以前のように話してくれた方が、私も中で首を長くしている方も嬉しいはずよ」
 そんな彼らの特別扱いに面映くなりながら、判ったと頷いた。
「さぁ、入って頂戴。あなた達はこの後の食事会でゆっくり話せばいいわ」
 彼女のその言葉に、皆が嬉しそうな歓声を上げる。
「エドワード君も食事を取る時間くらいは大丈夫よね?」
「えっ? お、俺も?」
「勿論よ。あなたが主役のようなものですもの。
 閣下、お待たせして申し訳有りません」
 そう言って声を掛ければ、苦笑の表情を向けているロイの姿が目に入る。
「構わないさ。東方時代から除け者にされていたから、慣れてるよ」
 ロイがそんな事を、肩を落として情け無さそうに話すから、エドワードは思わず緊張も忘れて噴出してしまう。
「失礼だな。そこは笑うところではなくて、同情して慰めの言葉の1つくらい掛けるところだろうが」
 全くと、業とらしく嘆きながらロイはエドワードを手招いてくる。
 久しぶりにロイの前に経つと、思わず緊張して心拍が上がってしまう。
「――― 背も随分、伸びたじゃないか」
 懐かしそうな瞳を向けて、ロイはエドワードの肩に手を置いてくる。
「まぁ、これ以上は伸びそうにないんだけどさ」
 願っていたよりは低めではあるが、以前のようにチビだの豆だと言われる程ではなくなったのだから由としなくてはならない。
「… 髪は切らなかったのかい」
 以前より長くなった髪を、掬い上げるようにして問い掛けてくるロイに、軽く頭を振って髪をその手から落とすと。
「ああ。何かすぐ伸びるんで、面倒臭いからそのまま伸ばしてるんだ」
「君らしい」
 くすりと笑って、エドワードにソファーを勧めてくる。
 気づけばホークアイの姿が消えている。きっとお茶でも頼みに行ってくれたのだろう。
「えっ~と…。大将昇進、おめでとう」
「ああ、異例の早さでこちらも驚いてるんだが、考えてみれば随分上の椅子も空いてしまったから、グラマン総統もコキ使う人材が必要なのだろう」
「そっか…そうだよな」
 死者も―― やはり結構な数に上がった、あの戦いの日。
 騒動の主犯がホムンクルスだのフラスコの小人などと、公表できるわけでも無いし、信憑性にも著しく欠ける。
 混乱した軍と、不審を募らせた国民を掌握するのには、やはり罰するべき罪人が必要だった。
 上層部の殆どがグルだった事もあり、処罰すればするほど空の椅子が増えていく。北の女王は中央の椅子には何の未練もなく、さっさと北へ帰ってしまうし、ロイは暫しほとぼりが冷めるまで任地を東方にと定められ、今度は代理ではなく司令官として着任した。
 つい先ごろ昇進と兼ねて中央への招聘がなされ、つつがなく今の椅子に就いたのだった。

「君も挨拶回りに出ていたと聞いていたが、…今度はまた旅に出るそうだな?」
「あー、うん…。良く知ってるよな。俺は西回りに国内だけじゃなくて他の国も廻る予定で、アルは東回りでシンから出発する予定だ」
「…少しはゆっくりと腰を落ち着ければ良いものを」
 仕方無さそう溜息を吐き出すロイに、エドワードは懐かしくなって微笑む。
「――― あんた、昔もその言葉、良く言ってたよなぁ」
「ああ、… そう言えばそうだったか。君たちがそれを聞き届けたことは無かったが。―― 考えてみれば、そうであったから君たちの悲願が果たせた……… いや、そんな君たちで無ければ、果たせなかったんだろう」
 そう話しながらエドワードを見つめる瞳は、満足そうで誇らし気なのに、エドワードの胸の中も温かくなる。
「しかし…、そんなにフラフラとしていては、―― ウィンリー譲が痺れを切らしてしまうんじゃないかい?」
 ふっと目を細めて告げられた言葉に、エドワードは瞬間顔を紅くしてわたわたと弁解のような説明を口にした。
「う、ウィンリィーとは、…そ、そんなんじゃないよ! あいつは家族同然で、まぁ口の煩い姉貴みたいな存在って云うか…」
 しどろもどろにそう伝えるエドワードに、ロイは嘆息を吐いて返す。
「… 君がそんなだと、彼女も報われないな」
 ロイのその言葉にエドワードは「うっ」と言葉を詰まらせる。
 一体、ロイの情報網はどこまで調べているのか。1個人のそんな私的な部分にまで及んでいるとは思いたくは無いが、彼の口調では何かを知っているのか…、はたまた、昔によく引っ掛けられたハッタリなのか。探るようにロイを見つめるが、この男の考えることは、昔から読めた事が無い。
 エドワードは諦めたように溜息を吐くと。
「アルにも言われたけど…。俺はどうしても、あいつをそんな風には思えないし、―― これから先も、そんな対象として見られないからー」
 だからはっきりと告げたのだ。

 自分には好きな相手が居るのだと…。


 
 *****
 
「ウィンリー、挨拶回りが終わって落ち着いたら…。俺、どっかに家を借りて住もうかと思うんだ」
 いきなりそんな話をし出したエドワードに、ウィンリーは期待と不安の混じった目を向けてくる。
「ど、どうして? 別にこの家に居れば、いいじゃない…」
 その言葉にエドワードは無表情に首を横に振って応える。
「―― 何で? 何で駄目なのよ?」
 エドワードの様子に何かを察したのか、彼女は縋るような目で理由を尋ねてくる。
「俺ら…、もう子供で通用する歳じゃない。幾ら幼馴染って云っても所詮は他人同士だ。――― こんなままじゃ、… お前の評判に泥が付く噂が起きないとも限らない」
 この村の人々は善良で純朴な人々だから、邪推するような邪な噂はしないだろう。が、その分――― 彼らの好意的な受け止め方をされてしまうだろう。要するに、二人が所帯を持つだろうと。

「う、噂なんか…あたし、気にしないわよ」
「駄目だ。そんな噂が1つでも立てられたら、お前の両親やピナコ婆ちゃんに申し訳が立たない」
「そ、それって…、噂を立てられるような、関係にはしたくない…ってこと?」
 いつも勝気で強い彼女の目に、大粒の涙が浮き始めている。
「―――――― ゴメン…。俺、お前の事は大好きだし、愛してもいる…家族の一員として」
 エドワードはそう言って頭を下げる。
「ば……… 馬鹿っ! 謝らないでよ! 頭なんか下げないで!
 あ、あんたに謝ってもらうようなことなんて――― ぜ、全然無いんだからねっ」
「――― ゴメンな、本当に…」
 命まで賭してエドワード達兄弟に尽くして来て、信じて来てくれたのに。そんなに素晴らしい女性を、自分はどうして愛せなかったのだろう。何度か努力をしてみようとも思った。
 そして気づいたのだ……… 愛すると云うことは努力だけで出来るものでは無いと云うことを。
「―――――― 1つだけ聞かせて…。
 エド、誰か好きな人が…居るんだ?」
 頭を下げていたエドワードの肩がビクリと動く。
「その人のこと…、どれだけ好きなの? あたしとどんな風に違うの?」
 1つでは無くなった質問を聞きながら、エドワードは締め付けられる胸に息が苦しくなるが、彼女の…ウィンリーが受けている今の痛みに比べれば、どうと云う痛みでもないだろう。
 エドワードは強張った表情で顔を上げると。
「好きな奴は ― いる。… どれだけ好きかって聞かれても、正直俺も判んねぇ。ただ、そいつの事しか考えられない、としか…」
 何故好きなのか? どんな風に好きなのかなんて、エドワードにも判らない。気づけば自分の中に棲んでいて、時が経つほどそいつは大きくなってエドワードの中を侵略していく。
 今は多分、エドワードと云う存在自体が、そいつに乗っ取られたような気がしてくる時もあるほどだ。
「そっか…… エドの中、その人で一杯なんだ…」
 そう言われれば、その言葉はしっくりとくる。
 ―――――― だからと言って、どうする事も出来ない思いなのだが…。

 その翌日にはエドワードはロックベル家を出て行った。
 ウィンリーは健気にも「いつでも帰って来て良いんだから」と明るく言って手を振ってくれたが、エドワードがこの家に『帰る』ことは、、もう無いだろう。

 がっくりとした様子を見せるピナコに頭を下げて、エドワードはトランク1つだけ持って歩き去っていく。
 大好きな人々だったから、喜ばせるために不実な事は出来なかった。多分、そんな嘘は直ぐにばれて、更に彼女達を傷つけてしまう事になるだろう。

 大切な人達だから、誰よりも幸せに暮らして欲しかった。

 エドワードは故郷の家をまた1つ失って歩き出す。
 広いこの世界に、自分が還れる家なんて ――― 無いのかも知れないと思いながら。

 











 *****
 
 そんな経緯を思い返している間も、ロイは特にエドワードの言葉を聞き返そうとも、その先を急かすこともなく、変わりない表情でエドワードを静かに見つめている。
 ――― 話したければ話せばいい、そんな風に
 突き放しているわけではなく、ロイはエドワードの意志を尊重しようと思ってくれているのだろう。それは真摯な彼の表情で判る。

 だからエドワードは何も言わなかった。
 言わないことが正解なのだと、そう自分に言い聞かせて…。





「でさぁ~」
「聞いてくれよぉ」
「えぇ?何だってぇ?聞こえないって」

 ギャーギャーと騒がしいその場所では、話すにも聞くにも声を大きくしてないと聞き取れないから、さらに煩さが酷くなっている。
 酒がだいぶん入っているのも、賑やかさに拍車をかけていってるようだ。
 向かいに座っているハボックが、エドワードに何か話し掛けている様なのだが、良く聞き取れず。思わず顔を傾け耳に手を当て聞き取ろうとする。
 そして、思わずドキリと胸が弾んだ。
 顔を向けた方向にはロイが座っており、テーブルに片肘で頬杖をついたままエドワードの方を見ていたからだ。
「な…なに?」
 いつから見ていたのだろうかと思いながら、エドワードはロイに訊ねてみる。エドワードに声を掛けられたロイは、少し目を瞠ると。
「いいや…、何でもないんだ。―― 成長したなぁとね」
 そう言うと、ロイはふわりと優しい笑みを浮かべる。
 その笑みが何故だか酷く胸に染みて、エドワードはその痛みから逃げるように「そっかぁ?」と返しながら、視線を俯かせた。

「…ど。エドってばよぉー」
 必死に自分を呼び続けているハボックを思い出して、エドワードは慌てて顔を上げると、少し身を乗り出して応えた。
「なに?」
 テーブルが結構広い為、声を大きくしないと通りにくい。
「いやぁ~、えらく綺麗になっちゃってるからもてるんじゃないかって、皆で言ってんのっ」
「はぁ? … 誰が?」
 思いも寄らなかったことを言われ、間抜けな表情を晒してしまう。
「え・どが!」
 わざわざ区切って名を言われれば、自分のことを言おうとしているのは伝わってくるが…。
「おれっ~? ――― 何、言ってんだか…」
 呆れたように肩を竦めて見せれば、前方のメンバー達が不服そうな表情を見せてくる。
「お前なぁ~…。自覚が足りないのも程ほどにしてくれよ」
 拗ねたようにハボックがそう言い出すと、他のメンバーも頷きながら口々に同意を唱えてくる。
「あの後、大変だったんですから」
「やれ誰の親戚だとか、歳はいくつだとか…」
「未婚既婚を聞いてこられる方もいらっしゃいましたね」
 そんなメンバーの話を聞いていく内に、エドワードはまん丸に開いた目の中が点になりそうだった。
「で極めつけはっ! 紹介してくれないかぁぁ…だぜ! 
 ああ~っ、俺のマリーちゃんまでぇぇぇ」
 さめざめと泣くハボックの肩を、隣に座るブレダが慰めのように叩いているのが目に入る。
「閣下は、まぁ予想の範疇だから良かったが、お前まで混じって来られちゃぁ、―― 俺らの縁は更に薄くなるばかりだな」
 苦笑しながらのブレダの言葉に返せる反応も思いつかない。
「でも、閣下よりエドワード君の方が凄いかも知れませんよ?
 なにせあの堅物で有名な門番のトーマス軍曹でさえ、エドワード君のことを聞きたがってきましたからね」
 先ほどの人は女性か男性か? これからもここを通られるかってね、とセリフ付きで説明してくれるフュリーの話に、ハボックは肩を落とし、ブレダは天を仰いでみせる。
「――― 老若男女…ですな」
 唯一、冷静な態度を貫いていると思っていたファルマンがそう言葉を落とすが、何やら哀愁を漂わせている。

 メンバーの大袈裟(エドワードはそう思っている)な話しに、エドワードは苦笑以外浮かべようもなく聞いていた。酒が入った席での肴話の1つだと思って聞き流す。
 本人がまるっきり真剣に受け止めていないから、その横で無表情になって黙り込んだ人物の胸中など図ることは、到底出来なかっただろう。

「――― で、でもよ! 発想を変えれば、これはチャンスなんじゃないのか?」
 卓上に視線を落としていたハボックが、がばりと顔を上げて嬉々として逆転発想を唱え始める。
「チャンス…、何の?」
 胡散臭そうな表情でブレダが訊ねる。
「考えてみろよ。大将が俺らの仲間になれば、エドを通じてのお誘いも増えそうだろ? な~ら、まだまだ俺らにもチャンスはあるっ」
 ぐっと拳を握り締めての力説に、半数は憐れみの、残りは嘲笑の笑みを生温く浮かべて返す。彼らは自分達のもてる上司のおかげで、辛い経験を現在も継続中なのだ。ハボックの言うような事が、今まであったかと云えば ――― 全く無かったのだから。

 周囲の白けた視線に、さすがのハボックも少々気まずさを感じたのか、ゴホンと空咳をして場を仕切り直す。
「ま、まぁ…それは冗談として―――。
 エド、お前本当に軍には入らないのか?」
 エドワードやアルフォンスが軍から去るのは、ここに居るメンバー皆が賛成だった。が―――、また逆に、彼らが…特にエドワードはもしかしたら軍に残るのでは? 軍人ではなくとも、軍属での形で関係を続けるのではないかと、皆が内心思っていたのも本当なのだ。
 人生から見れば短い年月ではあったが、エドワードは軍に深く関係していたし、華々しい活躍も上げてきていた。彼の気質を考えれば、一旦首を突っ込んだ事から、そうあっさりと引くとは思えなかったのだ。

 ハボックのいきなりの振りに、エドワードは何とも言えない気持ちになって少しだけ視線を俯かせる。

 ――― 軍に残る。

 エドワードとてそれを考えなかったわけではない。
 … と云うより、真剣に残留を考えてもいた。

 アルフォンスの容態もあったから、直ぐにとは考えられなかったが、復調し落ち着いたら…。そんなことも選択の1つに考えていたのだが、その余裕を与えてくれなかったのは――― ロイの方だったのだから。

 エドワードがアルフォンスとリゼンブールへの帰郷を伝えに行くと、ロイは嬉しそうに笑い。そして、1枚の紙を差し出してきた。
 『国家錬金術師 資格返上申請書』と書かれた用紙には、全て…必要事項が書かれており、後はエドワードのサイン1つで終わるように。

 それを差し出された時のエドワードの苦い感情は、今もまざまざと思い出せる。
 彼が厄介払いをしたくて、手を回したなどと穿った事は思わない。
 が、自分は本当に用済みになった事だけは、幾ら楽観的な受けとめをしても嫌というほど実感はした。
 錬金術が使えていた時は、例え軍の訓練や士官学校を出ていなくとも、資格の特例で務まっていたが…。術も使えなくなった自分が、ここに…軍に留まれる理由が無くなってしまったと云うことを。

 だから差し出された用紙に、一瞬の迷いを振り切った後にサインをしたのだから。



 そんなエドワードの心中を余所に、ハボックはエドワード勧誘の言葉を続けてくる。
「大将なら、錬金術なんか無くても十分通用する腕っ節と、俺には到底無理な頭脳があるだろうが。ここに残ってくれれば、閣下も安泰だし、ホークアイ中佐も大助かりだと思うぜ」
 
 ――― 本当にそうだろうか…?
       少しでも助けになれるのだろうか…。

 自分の居場所は、少しでもここに有るのだろうか。そのハボックの言葉に、一度決めた心が揺らぐのを感じる。
 そして、それを断ち切ったのは、横から挟まれた厳しく冷たい声だ。

「ハボック、下らない事を聞かせるんじゃない」
 ピシャリと言い切られた言葉に、その場の浮かれていた空気が一挙に冷える。
「錬金術が使えなくなった鋼のに無茶を言うな。
 彼は銃さえ扱えないんだぞ。それでどうやって身を守ると云うんだ? 
 そして我々も ――― そんな彼を背負えるほど軽い立場ではないだろう」

 要するに、自分達の重荷になる…と。

 突きつけられた非情な現実に、エドワードは茫然となってロイを見つめる。振り向いた先の彼の表情は、無機質のように冴えて冷たくエドワードの目には映る。
 そして硬質なその黒曜石の瞳には、何の感情も浮かんではいない。
 
 そのことがエドワードの一番、心に深く突き刺さる棘となった。


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