Radiant,Ever Forever p9~~~ Hour of bliss ~~~「で、結局お前は、兄貴と一緒に世話にはならなかったんだ」 親善使節の訪問だ、調停の事前会議だとかで走り回っていた軍部も、漸く一段落を見せたのは、結局、エドワードが練成を試してから半月ほど経った後だった。 「勿論ですよ。ハボックさんも見てたでしょ? あ~んな甘ったるい雰囲気の中に入って行ったら、僕が窒息します」 通訳だ、書記だ、意見役だと借り出されていたのはアルフォンスだけではない。退院した直後から、エドワードも巻き込んでのハードな日程でてんてこ舞いになっていたのだが、施設隊が次の訪問地へと旅立ち、漸く人心地が付けるようになった。 あの強行軍の中、どうやって業務をこなしていたのか判らないが、ロイは自分の分をきっちり終えると、兄弟二人を家へと招待してきた。 「今日からは通常業務で行けそうなんでね。君達にも暫くゆっくりしてもらいたい。好ければエドワードと一緒に、アルフォンスも私の家に滞在して過ごしてくれ」 少しやつれた様子を見せながらも、ロイは嬉しそうに二人にそう話し掛けて来る。 結局、エドワードとゆっくりと過ごせるような時間は持てず。慌ただしく仕事関係の言葉を交わすだけで日々は過ぎて行った。 ロイがこの日を待ち侘びていただろう事は、容易に察せられる。 「おう! じゃあ、また暫く厄介になろうかな」 すぐさま返事を返すエドワードと違って、アルフォンスは苦笑を浮かべて首を横に振った。 「アル?」「アルフォンス?」 そんなアルフォンスに不思議そうにしている二人に、アルフォンスはきっぱりと理由を口にした。 「僕は馬に蹴られるのは嫌ですから。どうぞ、二人でゆっくりと休息を満喫して下さい」 そうさばさばした口調で断わると、真っ赤になって固まる二人を置いて、皆の要る部屋へと移動して行った。 照れ屋で素直でない兄がごねるかも知れないが、相手はロイだから上手く絆たてる事だろう。 そんな事を話していると、カチャリと扉が開く音がして嬉しさを隠そうともしないロイと、気恥ずかしさからそっぽを向けているエドワードが出てくる。 「じゃあ、これで帰らせてもらうが。アルフォンスは本当に行かないのかい?」 再度、気遣ってくるロイに「この後の予定も詰まってますし」と丁寧に断わった。 「アル…」 そんなアルフォンスにエドワードが微妙な表情で視線を向けてくる。 「大丈夫。マスタングさんの練成が終わるまでは、出かけないんだから、ここで毎日会えるよ」 「… ん。―― そうだよな。んじゃ、明日また」 そう挨拶してくるエドワードに、アルフォンスは手を振って見送ってくやる。 「――― 明日、来れたらね…」 そんな誰にも聞こえない独り言を呟きつつ…。 ***** 「… なんか、懐かしい気持ちになるよな」 戻ってきたロイの家で、エドワードはそんな言葉を伝えてくる。 「ああ…。それは私も違う意味で同感だ」 実際、ロイは仮眠室での寝泊りを繰り返していたから、ここには久しぶりに帰ってきた。エドワード達二人は、使節のメンバーと共にホテル住まいをしていたのだ。 「お茶でも淹れる?」 少し埃っぽくなっている部屋を、換気の為に窓を開け放していく。 「そうしようか。じゃあ、食事はもう少し後にして、焼き菓子でも食べるか?」 買い込んできた袋の中を分けながら、ロイが買ったばかりのお菓子を探し始める。自身は然程甘いものを食べない癖に、エドワードにと買い込んできた菓子類はかなりの量だ。 エドワードが湯を沸かしてお茶の準備をする間に、ロイは買い物の片づけをする。決められた分担のように、スムーズに動く二人はそんな自分達にくすぐったい戸惑いも感じていた。 リビングでとお茶類を運んで向かい合わせに座ると、妙な緊張感が漂ってくる。無言でお茶を口に運び続けている二人は、それぞれ同じ日のことを思い出していた。 ――― あの日…。開いた視界の先は、それまで同様の闇だった。 だからエドワードの声が聞こえて、自分の願望が見せた夢の続きなのだと最初は思っていた。 が、そんな事もエドワードに触れいてる内に、どうでも良くなっていった。たとえ幻であろうと、そうでなかろうと。ずっと触れたくて、感じたかった相手を抱けるのだ。そう囁く誘惑が酒で弱くなっていた理性を食い破るのに…それほど時間は掛からず。飢えた獣のように触れる全てを味わい喰らい尽くしていく。 翌朝、自分の傍で倒れ伏しているエドワードの酷い有様に、自分の非道な所業をまざまざと見せつけられ、死ぬほど自分を詰り、後悔したと云うのに…。 目覚めたエドワードが1番最初に気遣ったのが、ロイの事だったのには、ロイは自分の矮小さに涙した。 ――― あれだけの事をしておいて。それでも尚、夢ではなかった事を喜ぶ自分がいたことを、判っていたから…。 ロイの後悔とは別に、エドワードはただひたすら、その時の事を思い出しては、羞恥で身を染めていた。 ――― あ、あん時は…、全然、思い浮かべられなかったけど…。 ロイにされたあんな事やこんな事。当然、人生の経験で初の事ばかりだったから、もう何が何か全然判らないままだ。 確かに衝撃的な事件だったが、それを疎んだり嫌悪を感じたりはしなかった。痛くなかった―― わけではないが、それ以上に感じさせられたのも間違いないし。好きだった相手に求められて嬉しくないはずもない。少しばかり辛かったのは、正気に戻ったロイがその事事態を、嫌悪し後悔するのではないかと言うことだけだ。 ――― それと…、俺が期待しちまうのが、な…。 そんな都合の良いことなど無いと、頭では判っていても。人間は弱い生き物だから、ついつい都合の良いように思い込んでしまいそうになる。そんな事をすれば、仮令、後が辛くなろうとも…。 ――― でも…、都合の良い夢じゃなかったんだ。 今こうして、ロイの家に戻ってきて二人で向かい合っている。 その事実が、嘘のように嬉しい。 カップに落としていた視線を上げて、ロイは思わず驚いて目を瞠る。 向かいに座っているエドワードが、ロイを見つめて微笑んでいるからだ。エドワード自身気づいていないのかも知れないその笑みは、優しさと幸福に輝いている。 その微笑につられるように、ロイも知らず知らず心から溢れる思いを笑みにして返していた。 二人で傍に居られる奇跡。 ずっと想いを心の奥底に沈めて、決して報われる日が来ないと思っていた恋心が。 ――― ちゃんと叶ったと云う、至福。 それを確かめたくて、そっと机の上に手を伸ばすと、エドワードは一瞬、目を丸くして驚いたようだったが、はにかむように笑って手を重ねてくる。 ロイは少しだけ身を乗り出して、握った手をそっと引いてみる。 素直に引き寄せられるエドワードの様子に、ロイは前の時と違う自分達の関係を再確認した。 近づい行く互いの距離に、ロイは逸る鼓動を抑えつつ慎重に寄り添っていく。吐息が触れる程になって、熱くなっているのが自分だけではないことを知る。 「エドワード…」 囁くようにそう名を呼べば、瞼を震わしてそっと閉じられる。 ロイはゆっくりと唇を重ね、互いの存在を感じ合う。 触れ合わせるだけの口付けが、角度を変えて何度も何度も繰り返される。触れ合わすだけのキスが、これ程気持ちが良いなんて知らなかった。チュッ、チュッと鳴る可愛いキスが、段々と深くなる。 そうなると可愛い音は間遠くなり、代わりに蕩けたような甘い吐息が上がる。 「…ンッ ハァ…ッ、ん…」 テーブルに肘を突きながらの、無理な体勢なのに、どちらも止めることが出来なくなっている。邪魔な間をもどかしく思って、熱を溜める身を持て余しそうになった頃。 ロイは唇を離して、エドワードの表情を窺う。 赤く色づいた唇が、次を強請るように薄く開かれている。それにもう1度吸い付きたい気持ちを我慢して、エドワードの頬に手を添えて呼びかける。 「エドワード…」 その声で目覚めたように、エドワードが瞼を開いて蕩けた綺麗な瞳にロイを映す。 「―― 寝室に、行こう…。今度はそこで、ゆっくり君を感じたい」 そう囁いて立ち上がると、エドワードの手を引っ張り立たせる。 オレンジ色に染まる室内で、エドワードが見せる艶姿は、見えると云う事をこれ程喜ばせるものはないだろう。 さらさらとシーツの上を乱れ舞う金糸に。 ロイを感じて震える白い肢体。 溶け切った瞳の中には、幸福そうな自分が映っている。 時間を掛けて解かした身体は、どこもかしこも綺麗で敏感に反応する。忍ばせた指を閃かせば、艶やかな声が上がり身体を撓らせる。 「そっ―― そんなに、すんなよ… あぁぁぁー」 涙交じりの訴えも、ロイにエドワードの好い場所を教えるだけだ。 激しい息遣いで上下する汗ばむ胸に、ロイは頬を寄せ犬のように擦り付ける。 「あぁ………」 ロイ自身も、身を苛む過ぎる快感に甘い吐息を吐き出している。 ゆっくりと穿った腰が、焦れたように震える。もっと奥まで、もっと強く叩きつけたい衝動を堪えるために、何度も熱い息を吐き出す。 際置くまで突き射れれば、溶け合う熱い感覚に気が狂いそうな快感が襲ってくる。 「くっ…うぅ―――」 夢のような幸福。夢でなぞ感じられない充足感。 それに浚われそうになりながら、必死でエドワードの身体を掻き抱く。 ――― まだ、だっ。もっと…もっと中まで………。 エドワードを感じていたくて。 気の狂いそうな快感を吐き出したくて。 ロイは夢中になって、エドワードの最奥を探り続けていく。 「はっ…! あっ、あっ、あっあああっぁぁぁ―――っ!」 飛び散る汗が互いの身体を冒していく。 深く交じり合い、溶け込みあった身体は、もう離れることなど出来ないように互いを喰い合い奪い合う。 「エド、エドワード… あぁ…あ………」 果てることを知らない欲望も、一時の終焉を迎える時が来る。 ぐっしょりと濡れているエドワードのそれを強く擦り上げながら、ロイは思いの丈を熱いエドワードの内部へと叩き付けるのだった。 一緒に達くエドワードの背が大きく跳ねるのを、ロイは全身で抱き止め離さない。 長い夜の甘い時間は、まだ始まったばかりなのだから―――。 ***** 「―― で、結局。今日も兄さんは出てこないんですねぇ」 呆れたアルフォンスのその言葉も、今日で何度目だろうか…。 「済まない―――」 小さく呟いて、そそくさと仕事の続きに取り掛かっているのは、この部屋1番の権力者の筈なのだが。ここ最近、その権力の威光は下がる一方だ。 はぁ~と大きな嘆息を吐いたのは、二人。 「願いが叶って嬉しいのは判りますけど、――― 子供じゃないんですから、程ほどに弁えないと」 「そんな事では、いつになったら目の治療が出来るのか判りませんよ?」 二人の苦言を有り難く拝聴しながら、ロイは小さくなっている。 あれから3日。エドワードは司令部に来ることが出来ないでいる。 勿論、本人は来る気満々なのだが、… ベッドから起き上げれないのだから仕方が無い。 その元凶を作っているのは、当然、ロイなのだが。 判っていはいるのだ。何事も加減が大切だと。 そう思って帰り、漸く起き上がっているエドワードを見ると、ついつい触れてしまうともう駄目なのだ。 「ろ、ロイっ! きょ、今日は駄目だって! 明日こそ行かないと、皆に何に言われるかっ」 そう叫んで止めるエドワードに、「少しだけ」「触れるだけで」とごり押しして始めてしまえば、結局、昨日も今日も同じ事になってしまう。 「… だから、言ったのぃ………」 朝になって。涙目で恨みがましく自分を見つめるエドワードに謝っている時だけは、今日こそ気をつけようと思うのだが…。 触れるとスイッチが入る仕掛けでも出来上がっているのか、戻ってただいまのキスをしてしまえば、すっかり朝の自戒を忘れてエドワードを抱き込んでいる自分がいる。 ――― 煽る彼が悪い。 と、エドワードが聞けば怒鳴りそうなことを考えながら、エドワードを思い浮かべて脂下がっていると。 「今日は僕も留めてもらいますね」 「ええ、そうしてくれる? こんな状態じゃ、まともな治療なんて出来やしないわ。―― 宜しいですね、閣下?」 ホークアイにそう凄まれて、ロイは粛々と頷いた。 「――――――――― はい…」 ~~~ Again ~~~ 良く晴れ渡る青空が、旅立ちに花を添えている。 「まさか、兄さんまで出るとは思わなかったよ」 中央の路線を使わない二人の待っているホームは、比較的空いていてのんびりとベンチに腰を掛けながら、それぞれが乗る列車を待っている。 「そっかぁ? ――― だって、立ち止まってる暇なんて、俺にもお前にもないだろ? … それにあいつにも、な」 エドワードは少し先の売店で何やら買いこんでいるロイに、優しい視線を送る。 べったりと甘い時間に浸り続けれるほど、彼の目指すものは容易くは無い。そして、自分達にも誓った目標があるのだ。 「そう…そうだね」 アルフォンスも再度思い直して力強く頷く。 「――― それに、離れてても大丈夫だって、今は思えるからな…」 独りだった時は、不安と哀しみを抱えて進んでいた。 でも、今は想い合う相手と二人で未来を見据えていけるから。 「はいはい、ご馳走様」 苦笑交じりのアルフォンスの返事に、エドワードが嫌そうに顔を顰め、何か言い返そうとした時、買い物を終えたロイと、アルフォンスが乗る列車がホームへと入ってくるのが見える。 「じゃ、そろそろ僕は行くけど。… 兄さん、無茶はしないでよ」 立ち上がるアルフォンスに習って、エドワードもベンチから腰を上げる。 「おう。お前も頑張れよ」 拳を胸の辺りに突き出してやれば、アルフォンスも同じ仕草で拳を突き合わせてくる。 「――― アルフォンス、荷物になるかも知れないが」 そう云って差し出された袋の数々を受け取り、ロイにお礼の言葉を告げる。 「すみません、沢山頂いちゃって。皆さんにも宜しくお伝え下さい」 「ああ。こちらの方こそ、今回は本当にすまなかった。ありがとう…」 そう返して握手を求めてくるロイの手を握り返す。 「アル~! ここの席で良いかぁ?」 荷物を運び込んでくれているエドワードが、出入り口に近い窓から顔を出して聞いてくる。 「うん、そこでいいよー」 周囲の喧騒に飲まれないように声を出して返してやれば、エドワードはせっせと荷物を片してくれているようだ。 「――― 兄さんのこと、宜しくお願いします」 そう言って頭を下げるアルフォンスに、ロイの方が慌ててしまう。 「いや、こちらこそ…。君には何と言えば良いのか、今だ迷うんだが…。 エドワードとは、… 互いを見失う事の無いように、手を繋ぎ合って進むことにするよ」 「ええ…、しっかりと繋いでおいて下さい。でないと、兄さん、直ぐにン逸れちゃうから」 「ああ、絶対に離さない」 迷いの無い瞳でそう言い切るロイに、アルフォンスも安心して頷き返す。 「おーい。時間、大丈夫なのか?」 窓からエドワードが顔を出して、アルフォンスに呼びかけてくる。 そろそろ出発の時間も迫っているのか、予備の汽笛が短く鳴らされる。 「じゃあ」 短い挨拶をして、アルフォンスはエドワードの待つ席へと歩いて行くと、二言三言交わして交代にエドワードが降りてくる。 「気をつけてなぁー」 「兄さんこそ。マスタングさんに迷惑掛けないようにね」 「ばっ! 何で俺がっ」 言い返そうとすれば、出発の汽笛が大きく鳴らされて、扉が閉められていく。 「じゃあ、いってきまーす!」 アルフォンスの挨拶と共に汽車はゆっくりと動き出す。 「アルー! アルフォンスっ! 気をつけてなぁー」 両手を振って別れを惜しむ。 エドワードの声が届いたのか、届かなかったのか。アルフォンスは窓から身を乗り出して、最後にもう一度大きく手を振ったのだった。 「行っちまったな…」 小さな汽車の陰を見送りながら、そう呟くエドワードの声が寂しげに聞こえて、ロイは下ろされたエドワードの片手を握り締める。 「お、おい………」 周囲を気にして抗議の声を上げるエドワードに、ロイは誰も居ないからと宥めて、手を握ったまま先ほど二人が座っていたベンチへと連れ立っていく。 買ってきた袋の中から飲み物を取り出すと、エドワードに1つ差し出してやる。 「サンキュー」 離された手を少々寂しく感じながら、ジュースを受け取る。 「―― 君は、もう少しゆっくりしていってくれれば良いのに…」 その言葉ももう何度目か。エドワードは苦笑しながら、ゴメンと返す。 「君達兄弟は、昔から仲が良過ぎて…。―― よく妬かされたものだ」 ポツリと語られた言葉に、エドワードは飲みかけていたジュースを下ろして、ロイを見つめる。 「第3者が入れない壁と云うのかな…。君らの絆の深さを知らされるたびに、それを心底羨ましいと思ったよ」 「… ロイ」 ロイは自嘲の笑みを浮かべて、珈琲に口を付ける。 「――― どうすればそこに入れるのかを、真剣に考えていた時もあってね。特に戦いの最後の頃は、自分でも様々な感情が渦巻いてて 平静を保つのが苦しかったのかも知れない…。 君はあの戦いが終結したら、軍を離れていく。勝つかどうかも、生き残れるかも判らなかった時だと云うのに、―― 君との繋がりを必死に探っていた。逆に生死が判らなかったからこそ、そんな事を考えたのかも知れない」 そこまで聞いていて、エドワードは気づいた事にはっとなってロイを凝視する。 そんなエドワードの視線から察したのか、ロイは情けない表情でエドワードを見つめてくる。 「多分、君が考えた通りだ。―― どうしようもない馬鹿だろ? 必死に抗っていたと云うのに、土壇場になって決断した事は、そんな愚かな我欲に突き動かされたものだった」 兄弟が持つ特別の絆の根本が、人体練成にあるとは思えなかった。 それは、彼ら兄弟が生きていく上で築いたものだ。 が、切欠となったその練成は、自分とエドワードとの間に何をもたらすのか…。それを思わなかったと云えば、嘘になる。 人とは残酷で自己中心な生き物だ。 崖っぷちに立った時、それは剥き出しになって自分に現れてくる。 大切な部下を救う為に断念しようとした事が、別の一人との繋がりになると思えば行えるなどと、ロイ自身信じられない事だったし、愚かだったと今は思える。 ロイの告白に、エドワードは静かに瞼を閉じる。 彼が部下のホークアイの為に、人体練成に挑んだと知った時。 二人の繋がりに目の前が真っ暗になったものだ。 隙間を探していたのは自分の方こそだった。 たとえ、自分が抱いている感情とは別の立ち位置しか無くても、エドワードはそれでも良いからと渇望していたと云うのに…。 ゆっくりと瞼を開けば、駅のホームから青空が見える。 以前そんな青空を見た時は、果ての無さに不安を抱えたのに、今はその蒼さに安堵している。 「俺は―――。… あんたがホークアイ大佐を選んだんだと思っていた」 ずっと心に閉じ込めていた言葉を開放してやる。 「あんたの背を預けるに足る人間だもんな、彼女は。だから、俺なんかが入れる場所なんて、無いと思っていた。 術も使えない、銃も扱えない俺なんかじゃ…、あんたの邪魔にしかならない、て…」 だから苦しんだ。何でも良い。自分に出来ることで助けて行きたいと思っていた事が、逆にロイ達の足を引っ張るのだと知らされるのは。 「済まない…。あの時は、たとえ君を傷つけたとしても、軍から離す事が君の将来の為になると思っていたから」 「うん。今はあんたの気持ちも、ちゃんと判る」 エドワードがロイを案じていたように、ロイもエドワードの未来を考えてくれていたのだ。そうやって遠慮していたことが、結局は二人のすれ違いを生んでいたとしても。 「ホークアイ大佐にも、そう話して気にしないようには言ってあったんだが、彼女は生真面目でね。私のどういった思惑が働いたかは関係が無い。要はその切欠を作ってしまった自分が悪いんだと、ね…」 ロイのその話にはエドワードも驚く。まさかそんな事まで話していたとは。 「そっか…。そうなんだ………」 だから彼女はエドワードに会いに来た時に言ったのだ。話し合う必要がある、と。 「エドワード、これを」 そう言って差し出してきた物に、エドワードは目を丸くする。 「それって…指輪?」 「ああ…。君から指輪を貰った時から考えていたんだ」 ロイが差し出したリングは石も無いシンプルな物だが、材質は最高の物を使ってあるのだろう。鈍く光る表面がそれを知らせるだけの価値を見せている。 「べ、別にお返しとか欲しかったわけじゃないから…」 慌てて手を引くエドワードに、ロイは苦笑しながら首を横に振る。 「これはお返しじゃない。勿論、最初はお礼に何かを贈ろうとは思っていたが、それは以前のままの関係で別れられるならだ。 が、今はもう――― 別れることなんか、微塵も考えられない。 だから、これは君の未来を繋ぐ手形だ」 「未来を繋ぐ…手形―」 「君は私と共に、この先の道も進んでくれ。 たとえこうして離れる時があったとしても、君が還る場所は人生最後まで私の傍らであって欲しい」 真剣な表情でそう語ってくるロイに言葉に、エドワードは自分が辿り着くべき最終の故郷を知る。 この地上のどこにも、自分が帰る故郷は無いかもしれない。 それでも大丈夫なのだ。 何故なら、自分の帰る場所は彼と共にずっと在るのだから。 震える瞼で瞬きをすれば、ポタポタと雫が零れ落ちていく。 ロイは優しくエドワードの頬に触れると、その雫をすくい上げてくれる。そして、そっと取られた手の薬指に、指輪をはめてくれる。 「エドワード、返事は?」 微笑みながら重ねて尋ねられると、エドワードは泣き笑いの表情を浮かべて、心の中では悪態を吐く。 『 返事を聞かずに指輪をはめた癖に… 』 そう思いながらも、何とか言葉に出来たセリフは…。 「 ・・・ Me too ・・・」 囁くような小さな返事でも、ロイはちゃんと拾ってくれた。 嬉しそうに握り締めた手を引いて、エドワードを抱きしめると、 「良かった」と呟きながら、安堵の吐息を吐き出している。 その後の誓いの口付けは、エドワードの乗る汽車が来るまで続けられ、エドワードはふらふらと覚束ない足で汽車に乗り込む羽目になった。 互いに振り合った手には、どちらも贈りあった指輪が光っている。 型は違っても、それに籠められた相手への想いは同じだ。 この先、 寂しくなった時。 恋しく思う時。 その互いを繋ぐ指輪に癒されることだろう。 そして、 些細な口論や、 つまらぬ意地の張り合いをした時は、 そんな自分達を諌めてくれる。 これからの長い道のりを、二人は繰り返し繰り返し思い返す。 離れていても大丈夫。 自分達には還る場所が在るのだと…。 The last story that not is ★ お付き合いありがとうございました。m(__)m 本編はここで終わりですが、番外が後一つ。 宜しければもう少しお付き合い下さいませ♪ 最終回の後に勢いだけで書き上げた未来編・・・。 まさかその後に何回も未来編を書くようになるとは、その頃は思いもしなかった。 なのでこれはその頃の入魂の一作です。(^^ゞ 少しでも皆様に喜んで頂けるお話だったら幸いです。 ラジ |