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Selfishly

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二人の関係 1

version 准将Rと青年Eの物語 P1 ~二人の関係~

 +++ Good morning ,E +++

 爽やかな朝だった。
 澄んだ空気は温かく甘い香りを含んでいるし、陽光は遮るものが無いのか燦々と恵みの光を降り注いでいる。
 早おきな街の人々はもう元気に立ち働いているらしく、開けっ放しの窓からは朝の挨拶を掛け合う声や、
見送りの声が部屋の中まで届いてくる。

 ―――――― もぞり。
 部屋のテーブルに突っ伏している人影が小さく身動きした。
 彼が伏せている広めのテーブルには、食べかけの食事や飲み物も半分程度手を付けた状態で放置されているし、
メモやら本が散乱している様子からどうやら食事をしながら本を読み耽り、力尽きてそのまま眠りこけてしまったのだろう。

「ん――――――っ・・・。・・・ふぁ~~~」
 気の抜けた声が人影から発せられる。

 よっこらせとテーブルに懐いていた上半身を起こし、眠そうな表情で大きく伸びと欠伸をしての起床だ。
 しばしばと目を瞬かせ、テーブルの有様を眺めた後。彼は困ったような表情で頭を掻き、肩を竦めると椅子から立ち上がった。
 片頬に付いた寝癖痕は、本のご愛嬌。

 それは何と云うことの無い、エドワード・エルリックの起床の始まりだ。
 


 +++ Good morning ,R +++


 日差しを遮る目的で掛けられている遮光カーテンの為、室内は朝だと云うのに真っ暗な様子を見せている。
 静かな室内は無音が敷き詰められており、ベッドに出来ている小山のシルエットが無ければ、無人の部屋かとも思われるだろう。

 そんな静寂の中。

 ジリリリリィィィ―――!!!
 大音量の目覚まし時計の起床の音が、室内に漂う静謐を一瞬にしてぶち壊し始める。
 ピクリと反応したベッドの住人が、煩げにシーツを引き上げその中に潜り込むが、
 時計は使命を全うすべく音量の段階をどんどんと上げて行く。
 部屋は今や数刻前の安眠の地ではなくなり、不快で耳障りな騒音を撒き散らす空間となる。

 数度シーツが波打ったかと思うと。
 
「――― っ・・・・・煩い―――!!」
 バッとシーツを捲り上げ、ガバリと身を起こした者が手近の枕の1つを、それ目掛けて投げつける。
「あっ・・・」と上げた声も虚しく・・・。
 ガシャンと云う破壊音と共に、男は完全に覚醒した。
 彼の朝の始まりは、壊した時計の練成から始まる。
 そんな何と云うことの無い、ロイ・マスタング閣下の起床の始まり。




 +++ Who is that!? +++


 この中央司令部の受付は大変な激務だ。
 予定が有る無しに関わらず、ひっきりなしの来訪者が訪れては用件を通そうと話し掛けて来る。
 それを振り分け、捌きながら各自の分担の職務もこなすとなると、来訪者が少ない日の方が捗るのは間違いない。
 通称マディーと呼ばれている彼女は、ここ憧れの中央司令部に配属されてまだ日が浅かった。
 他の司令部でも同様の職務に着いていたとは云え、まさかここまで忙しいとは予想外で日々業務に忙殺されて過ごしている。
 
 午前の来訪者のピークが過ぎ、漸く手持ちの仕事が出来ると受付のカウンターに齧り付くようにして書類を書き込んでいると。

「すみません、面会をお願いしていた・・・」
 その声に視線を上げずに、心の中で毒づいた。

 ――― ああもう! こんな時間に来なくてもっ・・・。
 胸に込み上げる苛立ちとともに顔を上げ、決まり文句を口にする。
「はい、アポイントはお済・・・――――」
 顔を上げつつ発した言葉は、見事に空中に浮遊する。
 目を真ん丸の皿のように瞠り、口元は少々だらしなくも開きっ放しだ。が、今のマディーにはそれを気遣う余裕も無い。
 もう唯ひたすら、目の前の人物に釘付けになっていたのだった。

 ――― ど、どなた・・・・・・――――――。
 光の洪水のような神々しさに、言葉や視線どころかハートまで惹き込まれてしまいそうだった。 
 さらりと流れ落ちる金の髪は、光を紡いで出来たかのように輝きを反射させているし。
 絶妙な造形の目鼻だちは、羨ましいような白い肌にくっきりと象られている。
 ここ中央ではマスタング閣下から以下、美形のキャラが多い事でも軍部女子では有名だったが、
 ―― はっきりと言える。この人物はその中でも群を抜いての最高峰の存在だと。

「えっーと?」
 固まったまま微動だにしないマディーを不審に思ったのか、覗き込むように窺ってくるその人物の、
 理知的な眼鏡の奥の瞳の色と言ったら・・・。 
 絶対にこの存在は人ではないと思わせられるのに十分だ。
 黄金を溶かしたようなと揶揄するセリフは偶に聞くが、これはそんなものではなくて、もう黄金そのものを嵌め込んだような瞳の色だ。
 一向に働かないマディーに困り、その人物は受付奥の方へと視線を泳がせ、ほっとしたような表情を浮かべた。

「エド、こんにちは。・・・どうしたの?そんな処で突っ立ったままで」
「あっいや、面会を申し込んでたんで通ろうかと思って声掛けたんだけどさ・・・」
 言葉を濁して視線だけで現状を訴えると、馴染みの職員の女性は、成る程を苦笑を浮かべて答えてくる。
「そっかぁ・・・。彼女は最近着任してきたばかりだから。
 いいわよ。マスタング閣下のお部屋よね? 連絡は来てるんでそのまま通って頂戴ね」
 お待たせしてごめんなさいねと付け加えられた言葉に、エドワードはマディーの様子を気にする素振りを見せて去って行く。

「ほらほら、いつまで惚けてるの。もうじき午後の来訪者が詰め掛けてくる時間よ。さっさと戻ってきなさい」
 ポカリと頭を軽く叩かれて、マディーは止めていた息を盛大に吸い込んだ。
「はぁーーーーっ。息するのを忘れてた・・・・・」
 スーハースーハーと深呼吸している自分を、呆れた様に眺めている先輩の素振りなど気にせずに、
 マディーは勢い込んで振り返ると今最大に知りたいことを聞く為に詰め寄った。
「せ、せ、先輩!! さっきの・・・あの御方はどなたなんですか!?」
 マディーの剣幕に然程驚かない様子なのは、同様の事が何度もあったからなのだろう。
「あなたの司令部では然程知られて無かったかも知れないけど。中央や東方では有名よ。
 彼は鋼の錬金術、エドワード・エルリックさん。元国家錬金術師のね」
「―――――― あの方が・・・―――」
 はぁーと溜息を落として浸っているマディーに、「いい加減仕事に戻りなさい」と叱責が落ち、マディーは慌ててやりかけの仕事に戻る。

 ――― あんな素敵な人が、有名な鋼の錬金術師だったなんて。
 これは絶対に元の職場仲間にも連絡しなくちゃと浮かれながら、せっせと書類を片付けていく。

 ――― ここにこれて良かったぁ~。
 と心で歓声を上げながら。









 :::::

「お邪魔します~」
 やや礼儀に難有りの挨拶をしつつ、目当ての部屋の扉を開ける。
「ん? おう、エドか」
 顔を上げてエドワードに最初に挨拶してきたブレダに、エドワードは軽く手を上げると彼の傍へと近づいていく。
「皆は?」
 広い指令室内は空席ばかりだ。
「俺以外は全員昼食だ。――― しかし、お前の眼鏡姿は・・・別人だな」
 マジマジと見つめてそう告げてくるブレダに、エドワードは眼鏡の縁に手をやって得意そうな様子を見せてくる。
「へへへ。だいぶん様になってきてるだろ?」
「様になり過ぎてて、何かあの悪がきとは思えないぜ」
「こうでもしないと、学生に間違われて仕方ないからさ」
 肩を竦めてみせるエドワードに、ブレダは腹を揺らして笑う。
「いいじゃないか、若く見えて大いに結構!」
「ちぇ・・・人事だと思って」
 拗ねたように唇を尖らせるエドワードは、見かけとは正反対の無邪気な子供だ。

 職員となって研究室で籠もっている分には良いのだが、どうも若い為か外部の者に本人だと信じてもらうのに時間がかかったり。
 授業の為に学究棟に向かえば、教室の椅子に座らせられそうになったりと云う事が続いて、
 マルコー所長の控えめな助言も有って、眼鏡を掛けてみる事にしたのだ。
 それが効を奏したのを、本人のエドワードは老けて見えるのだと思っているようだが、周りの意見はそんな彼の考えとは全然違う。

 フレームレスの眼鏡を掛けているエドワードは、年齢が上がって見えると云うのではなくて、
 どこか浮世場慣れした雰囲気を纏って見えるのだ。小物1つでと思うだろうが、表情が読み取りにくくなった分、
 静謐な印象を与えて近寄りがたい存在のような気がしてしまう。
 要するに気後れしてしまう程、印象深いものがあると。
 まっ、それも。口を開かなければの限定なのだが・・・。

「で、准将は居るのか?」
 手に持った封筒を翳して尋ねれば、直ぐに頷き返される。
「おお。お前が来ると判ってて、席を外すようなことはしないさ」
 そのブレダの受け答えには、思わず頭を傾げそうになるが、特には深い意味じゃないだろうと礼を言って、奥へと足を進めて行く。
 コンコンと軽くノックをすると、返事が返った瞬間には扉を開けてしまっているエドワードに、
 中の住人は相変わらずだとでも思っているのか、苦笑して招き入れてくれる。
「これ、頼まれてた解析な」
 そう言ってずいっと封筒を差し出せば、書類の山の向こうから伸びてきた手が受け取った。
「相変わらずだな・・・・・・」
 ここに入ってくるのは久しぶりだが、いつも以上に凄い量の書類が詰まれているのに、感心しながら嘆息を吐く。
「見た通りの有様でね。悪いがお茶は勝手に注いで飲んでくれ」
 急ぎでの依頼だったから余程中身が知りたかったのか、ロイはそうエドワードに告げると封筒を早速開けて読み始めている。
「・・・じゃ一杯だけ飲んで帰ろうかな。―― あんたは?」
「いる」
 端的な答えに、エドワードは隅に置かれているコーヒーメーカーの処へと行き、落ちている珈琲を2つのカップに注いで取って返す。
「ほら」
 基本、軍ではブラックで飲んでいるロイにカップを差し出せば、うむと返事未満の言葉と共に受け取る。
 軍の珈琲はかなり薄味だ。何杯も飲むことを考慮して、豆自体多く使っても薄くしか出ない品種が選ばれている。
 普段は砂糖とミルクを入れないと飲めないエドワードでも、これならそのまま飲めそうな気がしている。
 が、少なめに砂糖、ミルクを入れて部屋のソファーに腰を落ち着ける。
 今日は仕事の一環で来ているから、慌てて戻る必要がないのだ。
 解析結果の受領を貰ってから帰った方が、二度手間にならなくていい。

 東方時代の彼の部屋より、随分立派に誂えられた部屋で暫し寛いで確認を待つ。
 ふかふかのこのソファーなら、随分寝心地も良いだろうと思いながら自然と重たくなる瞼に耐え、
 エドワードは穏やかな休息の時間を楽しんでいた。

「ありがとう。さすがに良く出来ている。助かったよ」
 どうやら合格だったようだ。
「別に良いけどさ・・・。あんまり急に言われても、俺の研究進行次第になるんだぜ?」
 軍では計画通りなど有って無きが如しなのは判っているが、出来たら判った段階でも良いから連絡を貰えたらと、やや恨みがましい気持ちになる。
「済まなかった。が、君ならやってくれると信じているからこそのお願いだ」
「・・・・・相変わらず口の上手いことで」
 照れ隠しの憎まれ口を叩いても相手に笑って返される。
 山積みの書類の向こうから出てきたロイが近づいてきた。
 ソファーに腰を掛けるのかと思ってみていたら、エドワードの傍で腰を屈めて覗き込んでくる。
「―――?」
 何だ?と思って見上げれば、ロイは伸ばした手でエドワードの掛けている眼鏡を外して、返す返すしつつ検分始めた。
「急に何すんだよ」
 呆れを含んだ問い掛けに、ひょいっと眼鏡を自分の瞳に合わせてから返してくる。
「度が入ってるんだな」
「えっ? ああ・・・。別に度が無くても良いんだけど、それだと掛けるのを忘れちまうことになりそうでさ」
「そうまでして掛ける必要も無いだろうに」
 ソファーに座って肩を竦めるロイに、エドワードはほっとけと悪態で返した。

 カップを口に運んでいるエドワードを、幾分瞳を細めて見つめる。
 眼鏡が似合わないとは思わないが、ロイの知っている彼と随分違って感じてしまうのが戸惑いを抱かせる。
 乱暴で元気者の悪がきが、深窓のご令息のように見える度に、ロイは思わず黙り込んでしまうのだ。
 知らない誰かが傍に居るようで落ち着かない。
 嫌な感じは受けないが、どこかそわそわした心持を持たずには居られない。
 が、普段プライベートで会う時は彼も眼鏡を外しているので、仕事絡みの時だけだしと思い直す。
 
 暫く雑談した後、帰るエドワードに礼を言いつつ見送った。
 急がせたお詫びは、エドワードのお気に入りの店で食事を奢る話はで付いている。
 また話に花が咲いて尽きない時間が得れると思うと、うんざりする程の業務にも立ち向かう気になってくる。

「苦労の山を乗り越えた褒美と云うところだな」
 そう独りごちると、さあやるかと気合を入れてデスクへと着く。
 こんなロイを副官のリザが見ていれば、喝采して喜んだ事だろう。
 相も変わらず書類から逃げ回っている彼が、進んで山積みの書類に自ら戻る時が来た事に。
 まっ・・・・・一過性のものでは有るのだが。



 受付を通る時に、最初の時の女性がエドワードを睨んでいる。
 内心、何かしでかしたのだろうかと首を傾げて考えてみるが、初対面の相手だ。
 当然思い辺りなど無い。
 怪訝に思いつつも無難にその前を通り過ぎて帰ったのだった。

 で、睨みつけるほどの勢いでエドワードを見つめていたマディーはと云うと。

 ――― セントラル好い男リスト ――― にエドワードのデーターを書き加えるのに注力していたようだ。
 一見したとは思えない精密な分析を書かれたそのリストは、マディーの元の同僚達の人気のレポートだ。
 『 花丸3つの好青年! やや狙うには高嶺の花。観賞用に最高』
 そんな事を書かれて広められているなど、エドワードには絶対に判らない事実だった。

 
 
  +++ It Works +++

「おはよう」
「おはようございます!」
 おはようの挨拶が交わされる通勤路では、街の中心地とは逆方向と云うのに、
 結構な人達がそれぞれの建物を目指して進んでいる。
 よく観察すれば、その人々の流れの中でも大きな区分けが出来ているのに気づくだろう。
 1つはやたら背筋が良く歩幅の広い者達。
 2つは進んだり止まったりと歩幅が不安定な者達。
 前者は脇目も振らずにせかせかと歩いていくのに対して、後者は挨拶から始まった会話に花を咲かせながら歩いて行く。
 若い者が多いのも後者の特徴だ。

 この先を進めば、手前には数年前に設立された国立の研究所の科学の粋を集めた最新の建物が聳え立っている。
 そして、その広い敷地を越せば威風堂々と構えられた軍の中央司令部が鎮座しているのだ。

 エドワードは随分と通いなれた道を普段通り歩いて行く。
 最初は毎日こうやって同じ道を歩いて、同じ場所へと通うことに不思議な気持ちになったものだが、
 今ではそんな日々も楽しいものだと思えるようになっている。
 毎日が同じ日々の繰り返しなどでは無いことも、こうして暮らすようになって実感したことだった。

「おはようございます、教授」
 元気な声を掛けられて、そちらに顔を振り向かせると、見知った若い青年達が笑顔を向けて手を振ってくる。
「よ、おはよ」
 それに軽く手を振り返して挨拶をすれば、横から後ろからと掛けられる声が増えてくる。
 そろそろ研究所の門に近くなってきているからだ。
 二十歳半場の自分と変わらない人々に教授と呼ばれるのは、最初は戸惑いや抵抗も多かったが、
 若すぎるエドワードにはそんな線引きをしておくのも必要なのだと言い含められた。
 要するに――― 嘗められない様に・・・と。
 軍属の時にも階級は気にしないで過ごしていたのに、逆に自由が謳歌されているような世間の方が規律に厳しいのは不思議だが、
 自由にはルールも必要なのだと、今は割り切っている。

「エド、おはよう」
 親しげに掛けられた声は同じ課に所属している同僚のものだ。
「ああ、おはよう」
「なぁ、あれ上手く数値測れてるかな?」
 いきなりの問い掛けも昨日の続きを指している話なので、会話に困る事は無い。
「どうだろ? 結構不安定なやつだから、そうそう簡単には行かないんじゃないの?」
「おいおい~。下手したら今日も泊り込みかよぉ・・・」
 情け無さそうな表情で嘆く彼は、最近結婚したばかりの新婚さんだ。エドワードはポンと彼の肩を軽く叩いて、慰めを掛けてやる。
「俺も手伝ってやるから」
 彼には余り慰めにはならなかったようで、辛そうな色を目に湛え、それでも「頼む」と返して肩を落としてみせた。


 エドワードがこの研究所に所属をするようになって2年。
 彼の気質を知る親しい者達には、色々と不安がられたようだったが、
 意外にも順調に(あくまでもエドワードの主観だが)勤められている。

 元々は中央司令部の敷地内の土地だったのを、先の闘いで瓦解した際にロイ・マスタングを筆頭とする錬金術師達の提案と
 教育関連の強い要望もあって、第一号の国立研究所が建てられる事となったのだ。
 錬金術は科学と密接な関係にある。片方だけでは絶対に成り立たない研究分野だ。
 この研究所には錬金術は勿論。応用科学や工学、生体医工学に土木や遺伝子生産技術――― そして、軍事関連も入っている。
 機能としては半分が学徒に、そして残りの半分が所員の研究所として動いている。
 エドワードはここで専門を学ぶ者達に教鞭を取りながら、自らのチームで研究開発を行っているのだ。
 錬金術は使えなくなったが、彼の知識量は半端ではない。
 諸外国を廻り更に知識を磨いて帰ってきたエドワードに声を掛けたのはロイだった。
 得た知識を実践する為にも、それを実現できる場所が必要だったエドワードには渡りに船の話だったので、
 あっさりと快諾するとロイは驚いたような表情で、「ごねられるかと思った・・・」と失礼な感想を告げてきたのだった。
 その彼も順調に駒を進め、現在は准将の地位に就いて「閣下」と呼ばれるようになってもう数年。
 先日顔を合わせて酒を酌み交わしている時に、そろそろ次に上がりそうだと言っていたからまた昇進するのだろう。
 相変わらずの童顔をカバーする為か、勤務中には前髪を上げるようになっている。
 かく云うエドワードも、年齢を少しでも引き上げる為に、さして必要も無い眼鏡を掛けるようにしているのだが。

 研究棟には正門から別の玄関へと向かい、そこで厳重なチェックを受けてから入館しなくてはならない。
 機密事項を取り扱っている研究科が多いから、情報が漏れないようにする為には必要なのだろうが、
 1日に何度も隣の学究棟とを行き来するエドワードや同じ立場の人間にしてみれば、
 かなり邪魔臭く時間を取られる手順にうんざりしているのも本音だ。
 決められた手順をクリアーしながら入館すれば、朝の喧騒が繰り広げられている。
 一緒に入ってきた同僚のマークと今日の手順を確認しながら廊下を進んでいけば、
 エドワードの持っているプロジェクトチームの研究室の扉が見えてくる。

「おはよう」
 二人揃って声を掛けて入っていくと、中に居た者達も口々に挨拶を返してくる。
「エド、おはようございます。あっ、マーク。机の上にデーターが来てたわよ」
「本当か!」
 朗報に嬉々として自分の机に飛んでいく彼を見送り、エドワードは奥に有る自分のデスクへと向かっていく。
 皆が見渡せるその席に着くと、マークが嬉しそうな表情で隣の者に話し掛けているから、
 データー採りが順調にいったのだろう。
 一晩の内に届いた情報や連絡、回覧。送られてきた封書を確認して今日のタイムスケジュールを思い浮かべていると、
 すっと横から良い香りをさせている珈琲が差し出される。
「リズ、サンキュウ」
「どう致しまして。ねぇ、何か目ぼしい情報は入ってるかしら?」
「ん ―――。俺も今ザッと目を通し始めたばかりだけど・・・。
 ああ、どうやらこの前に開発した生体センサーの導入化に目処が立ったらしいぜ」
 1通の厳重な封印がされていた封書の中を見ながら、エドワードは明るい表情でその事を伝える。
「ええっ!! それって凄い事じゃない」
 驚きの声を上げる彼女に、周囲の者も何事かと顔を向けてくる。
「ちょっと皆! この前のエドの研究開発が実用化されるらしいわよ!」
 興奮気味に皆に呼びかける彼女の様子に、エドワードは照れくさい気持ちで「大袈裟な」と苦笑して返す。
 どれですか!と詰め寄ってくるメンバーに書面を渡すと、皆が1枚の紙を覗き込む様にして頭を付き合わせる。
「すっげぇ・・・」「さすがチーフ」「素晴らしいです」 それぞれの賞賛の声をエドワードは居心地悪そうに受け止めている。
「やっ・・・別にそんな大層な事で作ったもんじゃないから、さ・・・」
 元々は出入りの手間取るチェックを短縮出来ないかと考えたのが始まりだ。
 得意の鉱物から特殊な金属を生み出し、それに生体を反応させる手段を考えたのだ。
 まさかこう早くに実用化されるとは思わなかったが、確かにセキュリティー問題が1つ解消されるとなれば、
 世間での事件も多少は減るか、簡単には犯せなくなるかも知れない。
「で、またこれも還元するわけね」
 ここでの研究で上げた利益の殆どは研究所の大切な収入源となるのだが、、一割は研究者の個人のものと出来るシステムだ。
 実用化された開発が多用されればされるほど、それで上げれる利益は大きく莫大になってくる。
 ここの研究所では、エドワードは文字通り金の卵を産む鶏そのものだ。莫大な収益を研究所にもたらし、運営資金を潤沢にしてくれている。
 が、民間に付与する時は最低金額で使用を許可しているのが、エドワードの研究チームの特性だろう。



 ―― 錬金術師よ大衆の為にあれ ――

 世間で詠われているこの言葉は、今や術師ではなくなったエドワードには関係無いだろうが、
 彼の性も信念も変わらぬ錬金術師のままだ。
 術では返せなくなったものを、エドワードは自分の知識で生み出して貢献をして行ってるのだ。
 共同研究をしているチームのメンバーには、利益から報奨金が贈られる。
 使用されている間中利益が還元されるのは、提案者の者のみだがエドワードはその利益さえも、国の福祉や施設、学校等に寄付してしまうのだ。
「まぁ、俺には特に必要な金じゃないしな」
 給料は十分な程研究所から支給されている。必要な研究用具や資料は揃えてくれるしで、特にエドワードが困るようなことも無い。
 軍属の時に国民の税金を使わせてもらっていたのだから、今度は自分が稼いだ分を返すべきだろう。
 欲の無い――― 同僚達の顔に浮かぶ表情を言葉にすれば、その一言なのだろう。
 困ったように笑いながら鼻を掻いて見せれば、皆も顔を見合わせて苦笑を返してくる。
 最初は偽善ぶっているのかと勘繰られている節もあったようだが、月日を共にしている間に皆もエドワードの事を理解してくれるようになった。

 そう・・・、数々の美徳を備えたエドワードの良さを認めるのと同様に、
 ―――――― 彼のトラブル体質にも免疫が付くまでにもなったのだから。




 :::::

「交渉・・・ですか」
 頼みたいことが有ると連絡を受け、足を向けた総統室にはグラマンと科研の室長が同席してロイを待っていた。
 差し出された資料を受け取って目を通していく内に、ロイの目も感嘆に瞠られていく。
 錬金術と科学の応用を尽くした研究成果は、近々実用化される物らしい。
「これは――― 素晴らしい研究発表ですね」
 思わず漏らした言葉に、グラマンは髭をいじりながらほっほっほっと哄笑をし、科研の室長は情け無さそうな表情を浮かべてみせる。
 研究者の名前など見なくても判る。鉱物に生体にと出てくれば、思い浮かべる相手は一人しか居ない。
「いやぁ~全く惜しい人材を手放してしまったもんじゃ」
 言葉ほどは惜しいと思っていないように聞こえるが、この老人は油断がならない御仁だ。
 腹の底では地団太踏む程腹立っているのかも知れない。
「――― 本当ですよ。彼さえ居てくれれば、我々も随分助かっただろうに」
 不満顔の室長に、ロイは冷めた一瞥を投げ掛けるだけで答えない。
 この男は小狡い金算段だけは出来るのが認められて科研の室長になっているような無能な人材だ。
 軍が集めた人材が細々と研究している案件を、小金に換金するしか出来ない人間なのだから。
 が、そう責め立てても仕方が無い。
 錬金術の分野と違って、応用科学は予算の組まれ方が低く、ある意味仕方ないとも云えるが、
 エドワードが錬金術を失った時に軍から抜ける時にも、その貴重な人材を引き止める事も思いつかなかった程の凡人だ。
 今の境遇もある意味相応しいものだろう。・・・部下の者達には、少々可哀相だが。

 がグラマンは違う。最初からエドワードを残留させれないかと、ロイに打診してきた相手だ。
 ロイはその時のやり取りを、資料を見る振りをして思い返してみる。





「鋼の錬金術師の事なんだがね」
 空席の総統の地位に就くことが内示で決まった日に、グラマンは祝辞を述べに来たロイに挨拶もそこそこに切り出したのだ。
「―― 彼が何か?」
 グラマンの言い出したい事は重々に判っていながらも、ロイは訝しそうにそう尋ね返してみせる。
「聞けば錬金術が使えなくなったからと、資格を返上するらしいじゃないか」
「それは当然かと。国家錬金術師の資格は、術者にのみ付与される物ですから」
 何を当たり前のことをと思っていることを隠さずに、ロイは至極真っ当な意見を述べてみる。
 老人はじっと眇めるような目でロイを凝視すると、次には彼特有の笑い声を上げて、ロイの内心を驚かせる。
「ほっほっほっ。・・・偉く君らしくない意見を言うじゃないか」
「――― 私らしくないとは・・・、そうでしょうか?」
 心外なと表情を作ってみるが、彼相手では効果は期待できないだろう。
「君の部下達は皆。どこかの部署では問題児扱いをされていた者ばかりだったと記憶しているがね」
 落ち着いた仕草でカップを口に付ける老人に、ロイは一瞬では有ったが目を細める。

 上司の横暴に耐えかねて意見をして、左遷されそうになっていたハボック。
 正統な進言をする事で煙たがられていたブレダ。
 融通、応用が利かずに疎まれていたファルマン。
 格闘技能力全般が平均以下のフュリー。
 そして、父の教えを最後まで見届けたいと軍に入ったリザ。
 マスタングチームと云われている精鋭部隊のメンバーの過去の経歴だ。

 皆、ロイと出会うまではそれぞれの部署での厄介者だったのを、ロイが個々の能力に惹かれて集めてきた者達ばかりだ。
 最初は残飯処理場かと陰口を叩かれ笑われたが、ロイの出世と皆の成果が上がる毎に、そんな詰まらぬ戯言も消えていった。
 軍の古くからの縦社会、階級社会は多くの能力有る人材を失う弊害となっていたが、それを上手く利用したのがロイだった。
 自分に必要な人材を集める時に。
 そして、大切な仲間を逃す為に。
 が、それが通用するのは大多数の蒙昧な者達だけらしい。

「彼なら錬金術が無くとも、十分使いものになる人材だろうと思ってね。
 いやいや、君に必要ない者を無理にとは言わないよ。
 ・・・何せ軍は、今はどこも人手不足でねぇ」
 困った困ったと嘯く老人に、ロイは腹に力を籠める。
 これは脅しだ。自分が・・・ロイが声を掛けないなら、軍の威光で言う事を聞かせると云う。
 すっーと気づかれない程度に息を吸い込んで、ロイは淡々と話し出す。
「閣下。温情を受けている身でこのような事をお話するのはどうかと思うのですが・・・」
 ロイはそう語り出すと、グラマンはピクリと片眉を上げてロイを見つめてくる。
「・・・君と私の中だ。遠慮せずに話してくれ給え」
「――― 閣下の寛大な言葉に感謝して」
 ロイはそう礼を告げて軽く頭を下げると、瞳からは一切の彩を無くす。
「前総統の列車爆発の事件の捜査の時に、閣下より勅令が内密に下されたと云う情報が」
「・・・・・ ほぉ?」
 その話を聞いているグラマンの顔からも表情が消える。
「―――――― さて? 鋭意を尽くした探索と救出を伝えていたはずだが。
 ・・・・・・ それ以上に何か儂は伝えたかな?」
 年よりは物忘れが酷くてねと哂って見せるが、ロイを睨むようにしている目は一寸も笑いを浮かべてはいない。
「ええ。救出すべき部隊の一部。―― あなたのお抱えの精鋭部隊ですね。
 彼らに伝えられた指令が、埒も無い戯言ですが・・・・・。
 『手負いの内に仕留めるべし』と」
 ロイが最後の言葉を言い終えると、室内には不自然な静けさが落ちる。
 ここで慌てて手の内を吐露してしまえば、勝負を賭ける前に揉消されてしまいかねない。
 眼前からの圧迫を受け止めながら、ロイは相手が語りだすまで、ぐっと奥歯を噛み締めて耐える。

 暫しの無言の時が流れていく。
 ロイは机の下の両拳を握り締め、自分に落ち着けと何度も念じていた。
 その静寂を破ったのは、老獪な知恵の算段を終わらせたのか、グラマンの方だった。
「そお。――― 君にしては面白くないジョークだね」
 真相を見透かそうとするかのようなグラマンの視線に、ロイはやや頬を硬くしながらも出来るだけはっきりと笑みを浮かべる。
「いえいえ。私など、閣下のような気の利いたジョークも言えない無骨者です。
 私の拙い会話程度では、虚飾は多少しても元が無いような話は思いもつきません」
 要するに、証拠になる種は有る。そう伝えたいロイの意図を、相手は正しく読み取ったようだ。
「―――――― 軍も建物の修理やなんやで経費が掛かるからねぇ。
 退職金も無しで辞めたいと云う相手は、有る意味好都合だ」
 その言葉にロイは腹に溜めていた息を吐き出したくなるが、ここではまだ気を許すのは早すぎる。
 確証の言葉を貰ってないのだから。
「全くもってその通りです。閣下にそのような雑事を気に掛けさせる不甲斐なさを痛感致します」
「・・・・・ 考えなくちゃならない事は山ほどある。軍属の一人にまで構ってはおれない立場だからね。
 ――― 鋼の錬金術に関しては、全権を君に任せるとしようか」
 漸く得た言葉に、ロイは今度は吐き出す吐息を我慢せずに頭を下げる。
「受け賜ります」
 

 最後にもう1度。大総統就任の祝辞を述べ、ロイは一刻も早く手続きを済ませる為に、部屋を後にしようとする。
 扉までもう一歩の処で、背後から呼び止められる声が掛けられる。

 何かと問うロイに、低い声で用件を伝えられる。
「で、君。先ほど言っていた・・・戯言の扱いはどう思うかね」
「―― 戯言など私の関心の内ではありませんが、放っておいても消え去るものかと。
 ・・・・・ 消えずに浮かぶような事が有るとしたら、それを必要としたからではないかと思いますが」
 危険を共有しているのは二人とも同様だ。
 その指示が暴露された時に上がる危険は、ロイも道連れにさせられる恐れがある。
 それを押して尚、持ち上げる時が来るとしたら今日の約束を反故にされそうな日が来た時だ。
「成る程ね・・・。――― 君達錬金術師が良く云う等価交換に乗っ取って?」
「ええ、等価交換に乗っ取って」
 等価交換の語調を心持強めに言えば、グラマンは判ったと云うように頷いて見せてくる。
「じゃ、君に任せる事にしようかね」
 やや諦めが混じった声で、再度同じ言葉を伝えるグラマンに、ロイももう一度深々と頭を下げて、今度こそ部屋を出て行く。

 部屋の外に出ると、じっとりと軍服が湿っている。ロイは首元を行儀悪く緩めながら、
 さっさとその場を離れる為に足を動かした。

 グラマンは計算高い老人だから、態々危険を冒すような行動はしないだろう。
 するとすれば――― ロイに何か有った時だろう。
 出来ればその時の布石も考えておいた方が良いかも知れない。

 そんな事を考えながら、総統府の事務局に向かう。
 一刻でも早く、エドワードとアルフォンスの安全な身柄を確保しなくてはと思いながら・・・。


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「鋼の錬金術師の事だ、君に頼むのが一番良いだろうと思ってね」
 グラマンの声に、ロイは回想から現実にと頭を切り替える。
「元・・・ですよ」
「そうじゃな。―― が、彼に関しては一任したのだから、呼び名が変わった位関係ないじゃろ」
「マスタング閣下。どうかっ、宜しく頼みます。彼のこの研究成果を使わせて貰えれば、
 軍の警備も格段と強固で確実になりますからね」
 二人してそう頼まれれば、ロイも嫌とは言えない立場だ。
「判りました・・・。一応交渉は試みて見ますが、
 ・・・お二人が望む結果で使用が認められるかは、保障しかねますからね」

 これだけの研究発表だ。ケチらずに相手の提示金額を支払えば良いものを・・・。
 なぜエドワード相手に、こんなせこい交渉をしなくてはならないのか。
 やや惨めな気分になりながらも、言われた通りにエドワードに連絡を取る算段を考える。



 自分に与えられた執務室に帰ると、ロイはドサリと身体を椅子に投げ出し、目の前のデスクに置かれている電話を睨むような目で見る。
 別にエドワードと連絡を取りたくないわけではない。
 数日前にも会って飲んでいた位の仲なのだ。電話をするくらい、いつものことだ。
 それでもこうして渋っているのは、情けない頼みごとをするのが自分の側だからだろう。
 そんな事を副官辺りに愚痴れば、「何を今更」と冷たい言葉が返ってくるとしてもだ。

 がいつまで睨んでいても、電話は勝手には掛かってはくれない。
 はぁーと大き目の嘆息を吐いて、ロイは掛け慣れているダイヤルを回す。




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