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Selfishly

Selfishly

二人の関係 7

+++  afterwards +++
 

「どうしたんっすかね・・・、あの顔・・・―」
 声を潜めて掛けられた言葉に、ホークアイが不機嫌そうに顔を顰めて首を振る。
「全く・・・。少将に上がった人が、―― 困ったものね」
 おかげで視察の予定や、外での打ち合わせのスケジュールを変更しなくてはならなくなったのだ。
 副官としては溜息1つでは腹が収まらないものがある。
 久しぶりの休みの翌日出勤してくれば、派手な青痣を頬に付けて出てきたのだ。
 女の平手程度の痕ではなく、拳で殴られたものだ、あれは。
 何か善からぬ事にでも巻き込まれたのかと心配すれば、ただの内輪揉めの喧嘩をしたと・・・。
 思わず呆れて暫く言葉も出せなかった。

「しかし、あの人に喧嘩を吹っ掛けるような人間って・・・」
「――― そうね。私もそんな事が出来る相手は、一人しか心当たらないわ」
「・・・・・ですよね? 吹っ掛けたとしても、あの人自慢の顔を殴らせるわけないですもんねぇ」
 あのくっきりした痕では、パンチは間違いなくストレートに入ったのだろう。下手したら歯でも折れたかも知れない。
 そこまで考えを進めて行く内に、ホークアイが釘を刺してくる。
「ハボック中尉。余計な詮索はしないことよ。・・・我が身が可愛ければね」
 声のトーンを落としての警告に、ハボックはさっと背筋を伸ばして敬礼してみせる。
「判っております! 見ざる・言わざる・聞かずの方針で、閣下の痴情の縺れは気にしませんっ!」
「ハボック中尉・・・――」
 はぁ~と米神を押さえつつホークアイは嘆息を吐く。
 彼は良い人間だが、やや迂闊すぎるのが欠点だ。
「痴情の縺れなどと外聞の悪い・・・。あれはただの友人同士の喧嘩が元でしょ」
「そ。そうでした・・・、スンマセン」
「良いこと。言葉は慎重に選んで頂戴。―― それでなくとも、色々な憶測が飛び交っていると云うのに・・・」
 全く頭が痛い・・・とぼやきながら、彼女は仕事へと戻って行った。
 残されたハボックはポリポリと頭を掻きながら、少しだけ反省したのだった。

 迂闊な言葉が意外に的を得ているとは、勿論誰も気づいてない。

 頬の痣が消えるまで。消えて暫くしても、ロイの頬の痕は格好の話題となって持ち上げられることになったのだった。













 ::::::

「な、な、なんだよ・・・これって!?」
 エドワードの叫び声に、思わずロイは同意して頷きそうになった。
 寝ているエドワードの横で、この自体の収拾を悶々と考え続けている間に、
 エドワードが目覚めてしまったので答えは出ていない。
 
 喉をやられたのか、大きな声を出したせいで咳き込むエドワードの背を擦ってやろうとして跳ね除けられた。
 その反応に少々凹むが、当然の反応だろう。
「余り大きな声を出さない方がいい、喉が潰れてるんだろう」
 水は要るかと問いかければ、憮然とした表情で渋々頷いて返してくる。
 先に起きだしていたロイは、シャツとスラックスのラフな格好に着替えた。
 ちなみにエドワードは、まだ素肌にシーツのまま横たわっている。
 ―― 要するに、起き上がれない状態な訳だ。

 カップを渡す前にロイは触れて良いかの許しを貰って、身体を起こしてやろうとする。
「触るなっ! 自分で起き上がれ・・・」
 苛立ちのまま手を跳ね除けて起き上がろうとするが、うっと唸ったままの状態で固まってしまう。
「・・・鋼の。嫌がる気持ちは判るが、ここは辛抱してくれないか?」
 そう頼むロイの言葉に、暫く考え込んでいたようだが口を噤んだ。
 すまないと声を掛けて背を起こすと、後ろにクッションを入れて凭れ易いようにしてやる。
 そうしてやってから水を渡してやると、余程喉が渇いていたのか1杯目の水を飲み干し、コップを差し出してくる。
 次もなみなみと注いでやった。
 3杯程飲み干した後、フゥーと肩を落としながら大きな息を吐き出した後、黙り込んでしまう。
 ロイはやや視線を逸らして息が詰まるような思いと共に、そんなエドワードの様子を気配だけで感じようとする。

 視線を避けているのは、何もエドワードの怒りが怖くてではなく・・・。
 真っ向から見るには、今のエドワードの格好は刺激が強すぎるのだ。
 情交の跡も濃い印が至るところに散らばり、昨夜散々弄った紅い実が晒されているのを目にすると、
 性懲りもなくもやもやした気分が浮かんできてしまう。
 しかも、色事を経験したらこれほど人は変わるのかと驚くような色香が、今のエドワードからは漂っていて正直目の毒だ。
 ロイはまたもや邪な心が象りそうになる前に、手に持っていた自分のシャツをエドワードに差し出した。
「これを・・・。私ので済まないが、君の服は洗わないと―――」
 そこで口篭ってしまう。エドワードもそこは察してくれたのか、やや頬を紅潮させながらも、
 引っ手繰る様にして受け取ると腰に響かないように慎重にシャツを着込んでいく。
 時折、呻く様に落とされる声が、エドワードも身体の状態を表しているのだろう。

 まんじりともせずに座り込んでいた時間は、エドワードが口を開いた時に終わる。
「―― これって・・・。やっちまったって云うやつ?」
 判っていても確認せずにはおれなかったのだろう。ロイだって起きた時はそうだった。
 記憶が戻ってからも、何度も間違いではないかと自問自答したのだから。
「・・・そうだな。嘘のようだが、どうやら本当らしい・・・」
 その返答が癇に障ったのか、エドワードがギロリとロイを睨みつけてくる。
「何だよ、その言い草はっ。ちっとは責任を感じろよ!」
「勿論、感じているともっ」
 エドワードがぐーすか寝ている間、どれ程自分が苦悩したか。
 ・・・・・ まぁ、エドワードが昏睡していたのは自分の行いの所為だが。
「全然、反省心ってのがあんたから感じられない!」
「そんなことは」
「いーや、全然感じられないぜ。
 大体、何で止めなかったんだよ! 俺は何度も止めろって言ってただろうが」
「鋼の・・・。あんな状況の言葉での嫌なんて、あんまり意味が・・・―」
「なんだってぇー!」
「い、いや失言だった・・・」
 思わず口を突いて出た反論だったが、エドワードの剣幕に慌てて撤回する。が、時既に遅し・・・。
「こ~のぉっ・・・・誑しがぁー!!!」
 
 幾ら弱っていたとしても、繰り出された拳はやはり訓練している者のそれだ。気休め程度では有るが、出された拳は右腕だった。
 左腕と違って、戻ってからリハビリをしていた腕の方だったので、クリーンヒットで入っても歯は折れずに済んだ。
 が、当然女性の腕力とは比べ物にはならないので、ロイはそのまま椅子ごとひっくり返る事になったのだ。


 


 
 :::::

 エドワードの拳でひっくり返ったロイは、起き上がっても暫く痛みで動けず、エドワードも急に動いた反動でベッドに撃沈した。
 が、一発お見舞い出来た為か、怒りはやや発散出来た様だった。
 
 で今はベッドでロイの運んできた食事を黙々と食べている。
 その横では左頬に大きなシップを貼ったロイが、時折痛むのか眉を顰めながら、同様に細々と食事を取っていた。

「――― ま、やっちまったことをぐだぐだ言っても仕方ねぇ」
「・・・済まない」
 もう余計な発言は控えようと心に決めて、ひたすら謝ることに徹する。
 エドワードが食べ終わった食器を乗せたトレーを受け取りながら、ロイは粛々と頭を下げる。
「幸い女の人みたいに子供が出来る心配もなけりゃ、傷物になって嫁に行けないなんて事もないし・・・。
 ――― でも、あんたも止めてくれれば良かったのにさ・・・」
 例え酒の勢いで有っても、お互い同性なのだ。おかしいと思った段階で止めていれば、こんな結末にはならなかったのにと思う。
「それはそうだが・・・。君も結構感じていたようだったし。あそこまで行ったら普通止まらないだろ?」
 ロイにしてみれば、非は自分の方が完全に多いのは判っているが、全部が全部かと言われれば、多少は言わせて欲しい。
「なっ・・・!」
 ロイの指摘にわなわなと肩を震わせ、顔を怒りで赤くする。
「俺に非はない! あんたが助平で誑しな下半身男だってだけだ!」
「・・・! そこまで言うか。―― なら君はどうだと言うんだ?
 逝かせてくれと涙混じりに強請っていたのは!」
「なんだとぉー」
「何だっ」
 今にも第2戦が勃発しそうな勢いで、双方睨み付け合っている。

「――― 止め、止め。無駄に体力使いたくない・・・」
「ああ、そうだな。私も出来ればこれ以上怪我を負いたくは無い」
 互いにそう言い合いながら、二人して深い溜息を吐いた。

 どうしてこんな事になってしまったのか・・・。
 結局の処は酒の飲みすぎがいけなかったのだ。
 そう結論を出し合って、当面は飲むことを控えようと心に誓う。

「・・・・・不本意だけど、俺も忘れるからあんたも忘れろ」
 男女の仲ではないから、責任云々は言っても仕方が無い。
「そうだな・・・。忘れるのが1番なんだな・・・――」
 エドワードがそう言い出して、ロイもそれが1番良いのだと思う。

 ――― 互いに男同士なのだ。忘れるしかないじゃないか・・・。

 そう思うというのにどうしてその結論が、こんなにも心を暗くするのだろうか?

 これではその結論を悔やんでいるようで・・・・・。

 有り得ない思考を振り切るように、ロイはトレーを持って席を立った。





 :::::

「お~い。この前の解析は出たかぁ?」
 エドワードがそう声を出して叫ぶと、数人で話し込んでいた一人が手を振って答えてくる。
 それに判ったと頷いて、手元の資料を繰った。
 ここの部署が忙しいのは常時だが、つい最近までエドワードの開発した発明の実用化がスタートし、
 更に倍増する仕事に忙殺される日々を過ごしていた。
 それも漸く一段落し始めた頃になると、忙しくて考えられなかった事も思い出されてくる。

 あの出来事の後、身体の不調は1週間もすれば復調しだし、今ではすっかりと元の体調に戻っている。
 当初は節々の鈍痛にあらぬ処に走る激痛にと、身体を動かすたびに悩まされた苦労させられた。
 風呂に入る度に目に入る痕にも、気分が沈んだり羞恥で耐え切れない思いもさせられたが、すっかり無くなればまるで悪夢をみたような気さえしてくる。
 吹っ切れたとまではいかないが、落ち着いてくれば一方的にロイだけを攻める気が薄れていく。
 勿論、悪いのは事を始めてしまった彼なのだが、攻める気が薄れていく1つの要因は・・・。

 ――― あいつ・・・、やっぱ上手いんだろうな・・・。
 
 あの晩の詳細までは思い出せないが、確かに気持ち好かった記憶はそこかしこに残っていた。
 思い出せば顔から火を噴出しそうになるが、感じていたのは間違いない事実だ。
 それが証拠に、痛みが引いてくると夢に出てくることがある。
 夢の中の自分は確かに感じ捲くっていて、もどかしい感覚に先を強請るような言葉を叫んでいる。
 あれが記憶からの再現なら、恥ずかしくて死にそうだ。
 自分の中の気持ちと頭の折り合いがなかなかつかずに来たが、もう過ぎた事なのだ。
 過去の記憶に引っ張られて生きるのは、二度と経験したくは無い。
 自分だけでなくロイも後悔している筈だと思い直せば、少しだけ気分も浮上する。誰でも過ちは有るものなのだから・・・。
 
 
 順に並んでいる要請書を片付けていきながら、ふと見つけた書類に動きが止まる。
 軍からの要請書だ。差出の担当者はロイの名前になっている。
 少しの躊躇いの後に封筒を開けると、その内容にざっと目を通す。
 特にエドワードの部署が担当する内容では無かったのだが、いつもロイの要請はエドワード宛に来ていたから、
 事務室を経由してここに振り分けられたのだろう。
 いつものようにエドワード名指しで来ていなかった事に、少しだけ寂しさを感じる。
 勿論、ロイにしてみれば気を使っての事だろうが・・・。

 ――― でも、避けられているってこともある訳で・・・。

 その考えに思い至って、思わず拳を握り締める。
 あの男は女好きで有名な人間だ。酒の勢いが有ったとは云え、同性に手を出したことを汚点だと嫌悪しているのかもしれない・・・。


 まさかあんな1度の出来事程度で、自分達の関係が疎遠になるとは思わないが・・・―――。
 エドワードは握り締めていた拳を開くと、焦燥感に押される様にしてその要請書に取り掛かり始める。













 :::::

「なんか・・・暗いっすねぇ」
 ハボックは機微にも聡く勘も良い。足りないのは思量だろう。
「――― 何か言ったか」
 トーンの低い声に凄まれて、思わずたじたじと後退さる。
「やっ、な、何か最近暗く無いですか、閣下?」
 ハボックの背後では、ホークアイを筆頭の同僚達が嘆息を吐きながら首を横に振っている。
「ほぉ~。貴様は部下の分際で、私の仕事姿勢に文句を付けるのか」
「ええっ! いや別に文句は付けませんけどっ」
 ここまで来て漸く、どうやら自分が地雷を踏んでいた事に気がついた。
「いーや言っている。上官に対して、暗いとは何事だ、暗いとは」
「・・・・・失礼しました」
「心が籠もってない」
 ハボックの謝罪をピシャリと跳ね除けると、あちらに行けと云うように掌を振る。
「失礼しました!」
 逃れるチャンスとばかりにさっさと部屋を走り去っていくハボックの姿を見つめながら、
 ロイは近頃癖になり始めている嘆息を吐いた。

 ―― 『反省心が感じられない』 ――

 その言葉はエドワードが自分に投げつけた言葉だ。
 確かに心の籠もらない謝罪の言葉は、鬱陶しいだけだった。

 あの時は反省心が無かったわけでは当然無い。
 酷く後悔もしたし、無理やり近くに事を進めた罪悪感も一杯だった。だから自分の行いには、それこそ心から反省していたのだ。
 が・・・。
 それ以上に充足感が大きかったから・・・と云うしかない。
 とんでもない事を仕出かしたと思う頭と逆に、身体は満ち足りて喜んでさえいたのだから、男と云う生き物は本当にどうしようもない。
 怖ろしい事にあれ以来処理しようとすれば、必ずエドワードの媚態が浮かんでくるのだ。
 こんな事ではいつまでもエドワードに顔向けが出来ないままだと、焦って女性のお世話になろうとしても・・・どうもその場になって気分が萎えてそんな気にならなくなる。
 なら手っ取り早くその道のプロの女性に、そんな気にしてもらおうと思っても。

 ―― 『あらあら。悩みが解決したら、またいらっしゃいな』――
 と追い返される始末。
 まさかこの歳で枯れたとは思いたくないがと、そっと手を伸ばして目を瞑れば、
 浮かび上がるエドワードの痴態を想像するだけで、何度でも出来そうにまで張り切ってくるのだ。
 
 ――― そんなに好かったのか、お前・・・。
 惨めな気分で自分のソレに問い掛けてみたりもして。

 暫く女性は結構だと諦め、やや後ろめたい気持ちを抱えながらも、エドワードとの一夜にお世話になり続けている。
 こんな事では、いつになったら元のように戻れるのか・・・。

 ――― もう随分、顔も見ていない。
 
 そう思い出せば無性に会いたくなってくる。
 会って軽口を叩きあい、互いの意見を討論し突き詰めていく高揚感。
 気安い口調で馬鹿話を話し合って、酒を酌み交わして。

 そんな普通の日々が、どれだけ心の拠所になっていたのか。
 ―――――― 逢えなくなって、それを痛感させられたのだった。












 :::::

 ―― 『部下の士気に関わりますから』 ――

 と体よく司令部を追い出されたロイは、いつもの帰宅よりはやや早くに送迎の車に放り込まれた。
 少し時間を取って反省してこいと云う事なのだろう。

「真っ直ぐ帰って良いですか?」
 そのハボックの問い掛けに、「ああ」とだけ返して背を凭せ掛ける。
 さすがにこの心理状態を何とかしないとやばいだろう。
 いつあの副官の怒りの銃弾を撃ち込まれるか判らない。

 司令部の門を出て敷地を出た瞬間。

「ハボック! 車を止めろっ」
 その静止の声に、瞬間で気を引き締めたハボックが車を急停車して姿勢を低くする。
 さっと周囲に視線を配ろうとした矢先に。
「あっ、ちょ、ちょっとぉ!?」
 勝手に車を飛び出して行ったロイに仰天させられる。
 自分も慌てて後を追おうとして・・・。
「――― な~んだ・・・。驚かされたぜ」
 先を走る少将閣下殿の行き先は、馴染みの青年が見受けられる場所だったのに、肩の力が抜けた。


「鋼のっ」
 車から飛び出してきた相手に、エドワードは一瞬動揺を浮かべるが、相手が余りに必死な顔をして走ってくるから、唖然となってしまう。
 少しだけ息を乱して自分に呼びかける相手に、エドワードは自分が思っていたことは杞憂だったのだと知った。
「こんな距離で息が上がってるようじゃ、訓練さぼってんじゃないの?」
 不安が解消された気安さで、いつものように軽口が出る。
「むっ。・・・まぁ確かにここ最近はデスクワークが多かったが、別にさぼってたと云うほどは。
 しかし、一体こんな処でどうしてたんだ?」
 怪訝そうに尋ねてくるロイに、気詰まりを感じながらも手に持っていた封筒を差し出してくる。
「これ・・・。研究所宛になってたんだけど、俺の処に回って来たから」
 そう言って差し出された封書には見覚えがある。
 いつもならエドワードに頼むところを、嫌がられるのではと遠慮して宛名を書かずに出したものだ。
「―― そうか、君の処に回ったのか・・・」
 今までエドワードにしか頼んでなかったから、宛名の書き忘れとでも思われたのだろう。
「―― 迷惑だったかも知れないけど・・・」
 その言葉に、とんでもないと首を横に振る。
「いや、君が担当してくれたのなら有り難いよ。まさか、もう終わったのか?」
 昨日出した物だから、エドワードの手元に渡ったのは今日のはずだ。
 そんなロイの驚きに、エドワードが躊躇いがちに終わったと告げてくる。
「べ、別に急いでやった・・・とかじゃないぜ? 偶々、本当に偶々その資料が手元に有ったから・・・」
 しどろもどろのエドワードの返事に、自然と口元が弛む。
「―― どうかな? 早く仕上げてくれたお礼に、今から食事でも?」
 思わず自然とそう誘いを口にして、しまったと後悔する。
 ロイの言葉を聞いた瞬間、エドワードの表情が驚きに変わったからだ。

 ――― あんな事があった後に、無神経過ぎたな・・・。

 胸中で自分を詰りながら、エドワードに謝ろうとした瞬間。
「えっ・・・と、―― いいけど」
 と思わず耳にした言葉を尋ね返してしまう。
「・・・いい? それはYESと云う意味で?」
 念を押して聞き返すような事ではないのに、そう繰り返して聞くロイにエドワードが不審な顔をする。
「なんだよ・・・、社交辞令かよ」
 エドワードのムッとした様子に、慌てて違うと言葉を言い訳する。
「社交辞令なんかじゃないさ。・・・ただ、嬉しくてね」
 嫌がられるのではと思っていたから、ほっとしたのだ。その感情が表情に表れていたのか、エドワードが照れたように憎まれ口を返してくる。
「馬ー鹿。大袈裟なんだよ、あんたは」
 そう言ってそっぽを向いたエドワードの横顔を、ロイは久しぶりの喜びと共に見つめる。

 こんな男同士のやり取りを、他の者が見たらどう思うのだろう。
 周囲に人が居なくて良かったと、ホークアイならぼやくかも知れない。
 が傍に居たのは、機微に聡いくせに特定方面に鈍感なハボックだけだった。
「閣下、大将ぉ。仲直りは済んだんですか? いつまでもここに車を止めとけないんで、さっさと移動しません?」
 
「な・・・」
 ハボックの言葉に驚きそうになるが、目を向けてみた先にはのほほんと待ちくたびれている様子に、エドワードはほぉと息を吐く。
「ハボック。お前、車を置いて戻れ。今日は送迎は必要ない」
 そう言いながらエドワードを連れて車へと歩いて行く。
「・・・、またそんな勝手なぁ」
 大尉に怒られますよ~と泣き言を云うハボックから車のキーを奪うと、ロイはエドワードを乗せて車を走り出させてしまう。


 背後に困ったように立ち尽くしているハボックを気にして、エドワードが尋ねてくる。
「なぁ、いいのか?」
 エドワードの心配に、ロイは全く問題は無いと言い切って返す。
 その表情はここ最近沈みがちだった人間とは思えないほど、晴れ晴れと爽やかな笑みだった。

 どこの店にする?
 何を頼む? 
 最近はどんな本を?
 車の中から話題は尽きることがなく盛り上がっていく。
 互いに酒は控えめにを合図に、以前の時間が再開された。

 変わらない関係の二人に少しだけ変わった事柄は。
 互いに相手に打ち明けられない秘め事を、隠し持ってしまった。
 ―――――― その一点だった。
 これからの二人の関係は如何に・・・・・?


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