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Selfishly

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Pa17「熾火」


~ スローライフ ~
          Pa17「熾火」H18,2/12、23:00



「入ります。」
凛とした声を響かせて、ノックした扉を開ける。
開いた扉から、中を見回すこと数瞬。

『 ガキッ 』と限界まで開かれた扉が
軋みの悲鳴をあげる。

「また、やられたわ・・・。」
押さえに押さえた怒りが、その声に滲み出ている。

扉の外から その様子を伺っていた面々も
ハァーと疲れたようにため息をつく。

最近の司令部の悩みと言えば、
時折姿を眩ます 上司の事だ。
以前から、脱走癖があって困らされてはいたが、
それも、ここ数ヶ月 なりを潜めていたのに
また、再発したのだ。

行き先もわかっているし、仕事もきちんと終えていく
そこら辺が 今までとは違うのだが、
軍の上官が、単独りで簡単に街に出られては
無用のトラブルを起こすに決まっている。
その事を懇々と訴えても、
『大丈夫だ。
 心配し過ぎるのは、身体に良くないぞ。』
と、聞いた本人が 思わず拳を堅めるような事を平気で言って
取り合う様子もない。

「こうなると、大将に頼むしかないっすね。」
今だ 怒りに震える中佐に、すでにあきらめの境地に達した
ハボックが声をかける。

「・・・すぐに連絡を。」
落ち着くために、何百回繰り返されたか解らない
罵倒を、心の中で投げつけて
出来るだけ冷静に指示を出す。
「イエス、マム。」
押さえられた怒りの矛先が、自分達に向かないようにと
願いながら、希望に沿えるように 即、行動に移す。


最近のロイの脱走癖は、エドワードが大学に通い始めると
すぐに始まった。
最初は 仕事をサボタージュしての脱走だったが、
エドワードに こっぴどく絞られたらしく
その後は 仕事を一段落つけてから脱走するようになった。
仕事自体には支障も出さないし、
会議等にも欠席をするわけでもない。
きちんと仕事をしているだけあって、
なかなか文句も言いにくい。
しかも、「私だと解らなければいいのだろう。」と
姿を変えて行くのだから、
錬金術師の上司など始末におけないと
ホークアイでなくとも、文句の1つや2つは
言いたくなるだろう。

エドワードの大学生活は順調と言える滑り出しを見せていた。
歳も若く、優秀な彼が 浮くのではないかと
当初、ロイは心配をしていたのだが、
どうやら、それは杞憂のようで、
頻繁にかかる誘いの電話からも、エドワードが
かなりの人気を誇っている事がわかる。
本人は 同じ世代の人間に囲まれる事が少なかった為
やや戸惑ってはいたようだが、
もともと順応性も高いため、最近では 付き合い方の方法を学んで
今は 適度に楽しみながら通っている。
そして、ロイが予想していたように
女性達は さらに熱心にエドワードに誘いをかけているようだ。

歳は若いとはいえ、彼は今まで弟を護り続けてきた人間だ。
包容力の深さを見抜く女性は多いと見える。
そして、さらに 彼の誠実で 見た目とは違う実直さが
好感度を上げている。
厳しいことを言う反面、それには嘘が無く
真実、相手を考えての言葉で、
中身の薄っぺらい 同年代の男性では太刀打ちができない中身がある。
その反対に、世間や情事ごとには とことん疎く
そんなところが、母性本能をくすぐるのだろう。

とにかくも、今日も華やかな軍団に囲まれながら
とくに照れるわけでも、気負うわけでもなく溶け込んで
帰る姿が見られている。
ロイは 向かいのカフェから 帰宅している学生の一団を眺めていた。

色とりどりの華やかな女性達の中でも
一際 目を奪う人物がいる。
女性の中にいる違和感がないのは、
中性的な容姿の為も多いだろう。
背に届きそうな煌く金糸は、世の女性の羨望の的になりそうな代物で
本人が それに対して特に頓着をしているわけでないと聞いたら
怒りをかうのではないかと思わせる美しさだ。
すらりとした背は、女性の中でも特に高いと言うよりは
やや、背が高めという位だ。
容姿に至っては、優しいという形容はつけれないが
非の打ち所のないと言っても、決して遜色が無い。
特に 大きめの稀有な金瞳は、じっくりと 覗き込んで
その瞳に自分を写して欲しいと願う者は多いだろう。

『うちの子が1番だな。』
聞いた女性達が憤慨しそうな
親馬鹿丸出しな事を、ロイが考えて眺めていると
向かいを通る一団の足を止めるように
数人の男性が声をかけていた。

『ナンパか。』
さして感慨もなく、その様子を眺める。
昔、自分も悪友に良く連れられてやったものだ。
まぁ、ロイは常に餌としてだったが。

ぼんやりとその成り行きを見守っていたロイだが、
次第に 眉間に皺を増やして行く。
『なんだ、あの男は。』

声をかけられた女性達は、困ったそぶりをしながらも
嬉しそうにかけられた声に返事を返しているようだ。
それも、さもなん。
声をかけた男達も、世間一般では まぁまぁ見られる部類が
集まっている。
もしかしたら、今日のナンパ自体が計画的なものなのかも知れない。
中でも長身の、自分には劣るものの、中では1番男前と思われる男が
しつこくエドワードに声をかけている。

自分に話しかけられて最初はビックリしていたようなエドワードだが
何かを告げて断っている仕草をする。
相手の男も 驚いたようにエドワードを見ているが
しばらくすると値踏みするようにエドワードを眺め回して
にやりと笑いながら話しかけている。

その瞬間、ロイの中にカッと灼熱の炎が上がる。
『あいつ・・・』
どうやら相手は エドワードが男性だとわかっても
引く様子がないようだ。
逆に同性の気安さか、肩に手を回して強引に連れ出そうとしている。
エドワードも、周囲の女性達も 困惑を濃くしている様子が見てとれる。

そのうち、きっぱりとエドワードが手を払いのける様子が見え、
ロイは ほっと胸に安堵の息をつく。

が、その次には そのカフェを飛び出していた。

きっぱりと払いのけたエドワードに
事もあろうか、男は エドワードの頭一つ高い背の利点で
エドワードの頭を引き寄せて、何かを囁くように
自分の唇を寄せていったのだ。
それを見た瞬間、カフェを飛び出し
華やかな集団に飛び込んで行った。

「エドワード!」
と声をかけてみると、
すでに男はエドワードに鉄拳を喰らって尻餅をついている。

しばらくの躊躇いのあと、
冷たい声音で「ロイ?」と声をかけてくる。

『まずい・・・、怒っている。』
タラリと冷や汗が流れるが、今は この現状を回避する事が
先決だ。

「遅くなってすまなかったね。
 待たせたかい、エドワード。」
にこやかに、スマートにエドワードに近づく。

「いいや、全然 待ってないよ。」
表面上は、穏やかに 綺麗な微笑さえ浮かべて
ロイに返してくる。
エドワードは、実は怒っている時ほど綺麗な表情を浮かべる。
その笑みに、殴られた事も忘れて呆然と見惚れる馬鹿が一人。

「おや、こちらは どうしたんだい。」
大人の余裕と、色気を全開に周囲を圧するロイには
若い雛の男達など、太刀打ちできるはずがない。
周囲の女性達も、現れた男性にうっとりと瞳を潤わせている。

「いんや、な~んにもない。
 ちょっと、勘違いしてたようなんで それを正しといた。」

「そうか、では 今後くれぐれも勘違いなど起こさないでくれたまえ。
 お嬢さんたちに不快な思いなど、させたくないしね。」
そうにっこりと周りの女性に微笑むと、
釣られて微笑を浮かべている女性達。

「では、皆さん 送りましょう。」と足を止めていた女性達を促す。
素敵な男性にエスコートされての帰宅に
胸を弾ます彼女達には、
先ほどまで目に入れていた男達は、とうに見えなくなっていた。

去り間際、ロイは 尻餅をついたまま呆然としている男に
ひょいと屈んで何かをつぶやく。
男は瞬間に顔を蒼ざめさせ、何度もうなずいている。
それを見て取ると、ロイは悪魔のような笑顔を浮かべ
満足そうに去っていった。

その後の帰宅の道は、華やかなものとなった。
明るい髪をした、蒼い瞳の男性は
女性の扱いに長けており、会話も流暢に繰り広げられる。
エドワードの親戚と名乗った男性に、
そこに居た女性の殆どが、心を動かされているに違いない。
連れられて歩くエドワードは内心
『よくやるよ。』とあきれ返っていたが、
過去の華々しい噂を知るだけあって、
納得できるものもあった。

「また、お会いしたいものですわ。」
別れ間際に そう言い出した女性に、他の者も
大きくうなずく。

その言葉を聞いて、深い青の瞳をけぶるように伏せながら
女性達につぶやく。
「そうしたいのは山々なのですが・・・、
 実は私は この後、遠くシン国に移住する事が
 きまっており、その挨拶に彼に逢いに来たのです。
 
 もっと、皆さんに早く逢えたなら
 違った道を選んだのでしょうが・・・。」
そう、深くため息をつく姿に
数人の女性が 瞳を潤ませている。

「歳若い彼を残して行くことだけが私の気がかりです。
 また、今日のような事があると思うと・・・。」
憂いを帯びた表情に、その場にいる女性達は
母性本能をくすぐられたようだ。

「大丈夫ですわ。
 私達が守って見せます!
 あんな男の一人や二人、
 今後はエドワードには、一切近づけません!!
 ねぇ、皆。」

「ええ、もちろんですとも!
 貴方が憂いのないように、私達頑張ります。」

対した事でなくとも団結できるのは、女性の特有のものだろう。
エドワードが 呆気にとられている間に
偽親戚の男と、女性達には 同盟が成されていた。

「ありがとうございます。
 貴方達はまるで女神のようだ。
 エドワードも、こんな素晴らしい女性に守られて
 本当に幸せ者です。
 どうか、くれぐれも 宜しくお願いいたします。」

その後別れを惜しみつつも、それぞれの帰路についた。
そして、二人っきりになった道行きで
低い・・・、地を這うような低い声でエドワードが
つぶやいた。

「だ~れが、親戚だってー。
 シン国に行く~?
 上等だ、行って来いー!!」

いきなりロイの足元から 突風が巻き起こる。
「ま、待てエドワード。
 話せばわかるー。」
切れ切れな悲鳴も、巻き起こる風に掻き消されて行く。

「問答無用ー!」
そのまま、力を放出させたエドワードに
成すすべもなく弾き飛ばされたロイは、
道端に打ち捨てられたままとなった。

ボロボロになったロイの様相に、
ホークアイと司令部の面々は、
特に驚くことも無く、淡々とした態度を崩さない。
多分、エドワードが報告をしているのだろう。

無言で、怒りを伝えてくる副官に
大人しく部屋に入って着替えを済ますと、
残った仕事を片付けはじめる。

静まり帰った部屋で、先程の事を思い出す。
ロイは軍の特訓の1つとして、読唇術を学んでいる。
訓練を受けた者の読み取りの難しいものは別とすれば、
一般の人間の簡単な会話などは、簡単に読み取れる。

だから、エドワードにせまっていた男が
彼に何と言っていたかも解っていた。

『なぁ、あんた位綺麗なら
 男でも気にしないぜ。』
情事に疎いエドワードは、何を言われているのかが
理解できずに戸惑っていたが、
突然、肩に回された腕を
不快そうに払いのけていた。

めげない男はさらにしつこく誘い出そうとするが、
きっぱりとエドワードに断られるや否や、
エドワードの顔を包み込むようにして
顔を寄せて囁いていた。

『男のほうが具合が良いって言うぜ。
 1回試してみようぜ。』
さすがに鈍いエドワードでも、どうやら相手が性的な誘いを
自分にかけているとわかって、鉄拳の制裁を繰り出したようだ。

エドワード自身、特に何とも思っていなさそうだったが、
それは彼自身関心が無いことと、
多くに この手の目にあってきた事も起因するのかもしれない。
帰り途中に彼女達から得た、エドワードの大学生活の話の中には
エドワードが、どうやら女性よりも よくもてるという話もあった。

ロイにしてみれば、とんでもない話だった。
女性なら 仕方ないとも思う。
が、何故 どこの馬の骨ともわからぬ輩に
エドワードがせまられなければならないのだ。
エドワードに、そう勝てる人間は そうそうはいないだろうが、
逆に 一般の市民相手では、手を出しにくい事もあるだろう。

そこまで考えて、はっと考えを巻き戻す。

『女性なら・・・・仕方ないとは思う。
 仕方ないと思うと言う事は、歓迎はしていないと言う事だ。
 
 そして、女性なら 本当に許せるのだろうか・・・。』
ロイは、自分の中で自問自答して答えを探し出すが
明確な答えは、その時になってみないと
わからないような気がした。
少なくとも、今の自分の中には探せそうも無い。

そして、今後も増える事はあっても減る事は無いだろう
今日の輩のような人間は、どこに居るかもわからない。
出来れば、今までのように
ずっと家で閉じこもっていて欲しいと思う。
それが歪んだ願いだとはわかっても・・・。

今回の件を目の当たりにしたロイの中では、
不安という名の火種が灯ってしまった。
そして、その不安は エドワードに降りかかる災厄が
真の悩みではない。

ロイは、自分でも気づかぬ奥深くで
いつかエドワードに、
手を取る人間が現れる事に不安を抱き始めているのだ。

いつか、今日の輩のように 強引にでもエドワードを
攫う人間が現れたときに、
今日は はめていなかった為に大事にはならなかった
発火布を使わないでいられるのかは解らない。
今日の事件は、ロイの中に いつまでも熾火のように
燻る事になる。

当面の悩みは家に入れてもらえるかどうかだが、
意外にも エドワードがあっさりと許した態度に
不思議にも思ったが、
後日、その理由を知ることになる。


「何故だ!?」
いつものごとく、一段落したロイが 司令部を抜け出そうとしたところ
錬金術が発動しない。
焦ったロイが 再度試みるが無駄であった。

呆然としているところに、新たな書類を持って入って来た
ホークアイ中佐に現場を見られる。

「中将、申し遅れましたが
 この部屋では 錬金術は使えません。
 
 エドワード君にお願いして、錬成陣を無効にする術を
 施してもらいましたので。」

そう答える副官に、唖然とした表情で眺める。

「あきらめて大人しくしていて下さいね。」
にっこりと、それは綺麗に微笑んだ。
その微笑を見た時に、ロイは ホークアイ中佐と
エドワードの共通点を見つけた気がした。
ガックリと項垂れる上官の姿に溜飲を下げる
ホークアイ中佐であった。



後日談
ロイに脅された男は、その後 その範囲には 一切近づかなくなった。
何と脅されたのかは、本人が口を閉ざしたままなので
真相はわからないが、酷い怯えようで
「まだ、死にたくない・・・」と切れ切れとつぶやいていたとか。


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