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Selfishly

Selfishly

S,P 10 「標的」


スローライフ S

         Pa 10「標的」


H19,1/22 02:00



「おかしいな・・・。」

「合わない・・・。」

ざわめく司令部内の片隅では、先ほどから ファルマンが
ポツン、ポツンと睨んでいる調書を作成しながら呟いている。

大捕り物が終わって、調書を作成する担当のファルマンとフュリーは
朝から 膨大な報告書の山に埋もれて過ごしている。

その横で、こちらも 必死になって調書を作成していたフュリーが
先ほどから、横で呟かれているファルマンの方に顔を向けて様子を伺う。

「先ほどから、どうしたんですか?

 何か調書に不備でも?」

大人数の検挙で、調書も 個々に渡るため その証言を
合わせて行くだけでも大変な作業だ。
それでも、ここできっちりと調べておかないと
後々、困る事になるのは十分 わかっている。
だからこそ、細部にまでこだわれるファルマンが適任として選ばれているのだ。

フュリーの呼びかけで、俯いていた視線を上げて
ここなんだがと、見ていた資料を示す。


「収容所の入所者数?」

フュリーが、指し示された文面を読む。

「ああ、やっと 資料が揃ったんで見直していたんだが
 どうも、人数がおかしいと思うんだが・・・。」

ファルマンが見ていたのは、テログループ達が
以前、入れられていた収容所の資料だ。
部下の不始末を押し付けた形になっているにも関わらず
自分達の面子を保とうとして、なかなか詳しい情報や
資料公開をしてこなかったが、検挙にあたっては
さすがに、これ以上の出し惜しみは無理とわかったのか、
やっと、要求に答えて 資料を送ってきたのだ。

「ああ、これが脱走前のリストと人数を示してて、
 その後のリストがこれになるわけだが・・・。

 そこに、検挙した人数を合わせても
 もとの人数にならない。」

ファルマンの言葉に、事の重要性に気づいたフュリーが
身体を乗り出して、話を聞こうとする。

「入院や死亡とかの要因は?」

他に、出所の要因はなかったのかと聞き返すと
ファルマンが 首を横に振る。

「それも、調べてみたが
 ここに記載されている限りには、
 この誤差にはあてはまらないようだな。」

「と言う事は・・・。」

ゴクンと喉を鳴らすと、フュリーが息を詰めて聞き返す。

「そう・・・、1つには 資料にミスがある。
 もう1つは、脱走者のリストから漏れていた者がいる・・・。」

二人は、顔を見合すと 同時に席を立って
本日不在の上官の補佐の前に立つ。

事の顛末を話し出すと、綺麗な顔に深刻な色が浮かんでくる。

「わかりました。
 ファルマン大尉は すぐさま 漏れているメンバーのリストを調べなおして
 裏づけを取って下さい。

 フュリー少尉は 再度、取調べ室に行ってもらって
 脱獄者のメンバーの顔合わせと、メンバーの照合を始めて
 漏れている者がいるなら、何としても聞き出して頂戴。」

「「了解致しました。」」

早速と動き出した二人を見送り、
気難しげな表情で、今 聞いた情報を考察する。

そして、こんな時に空の上司の席に視線をやっては
深いため息を付く。

「どうしたんっスか?

 今、ファルマンとフュリーとすれ違いましたけど
 二人とも、えらく急いでたみたいですけど?」

「何か、新しい動きでも?」

席を外していた、ハボックとブレダが
戻るなり、ホークアイ中佐の元に近づいて尋ねてくる。

「まだ確証はないのだけど、
 脱走者のリストから、漏れている人間がいるかも知れないよ。」

気遣わしげに語りだされた言葉に、
二人とも一瞬に真剣な面持ちになる。

「それって、ヤバイですよね。」

「ええ、取り押さえに漏れたなら、
 また抑えれば済むことなんだけど・・・。」

「・・・もし、別働隊だったら・・・ですよね。」

ブレダの言葉に、ホークアイが頷く。
最初から、別の行動を予めしている人間が居たとしたら
目的は、別の所にあるか、掴まったメンバーを陽動として
当初の目的を果たそうとする者がいると言う事だ。

「今、リストと検挙者の照合を洗いなおしてもらってるんで、
 結果待ちね。」

ホークアイの言葉に、二人が頷く。
そして、ふと気づいたと言う様にブレダが口を開く。

「中将に報告した方がいいんじゃないですか?」

話の流れ上、当然の事を提案したブレダの言葉に
ホークアイとハボックは目線を混じらせて
ホークアイが 「ええ」と躊躇いがちに頷き
ハボックは 素知らぬ風を装う。

「そうね・・・。
 リストの照合ではっきりとしたら、
 私のほうから、中将には連絡をします。」

ホークアイには珍しい即断を渋る様子に
ブレダが 奇妙なと思う表情を浮かべるが
頷くだけにして、口は挟まなかった。


ブレダが席に戻ると、戻り遅れたハボックと
気難しい表情を浮かべているホークアイの二人が無言で
目を交し合う。

「中将・・・居ないんっスよね。」

「ええ、折角 今週で最後にするとおっしゃって下さってたのに。」

「何も起こらないことを願うしかないっスよね。」

「ええ・・・。」

沈鬱な表情で、二人は無言で黙り込む。




ざわめく喧騒の中、エドワードは 場違いな自分を感じて
来た事を、少々 後悔し始めていた。
確かに 一流の老舗のレストランだけあって料理は立食であっても
なかなかの物が出ている。
が、右を見ても左を見ても いかにも上流階級の人々の中で
ひどく自分が浮いている存在のような気がしてくる。
別に、相手が上流階級の人々だからと気後れはしてはいないが、
合いまみいれられない空気みたいなものが
エドワードには、違和感を感じ得ない所だ。


まだ、主役は登場していないようで
思い思い参加している人々も、雑談に興じているものや
料理を食するのに勤しんでいるものが目に入る。
エドワードは、そんな中 待ち人の一行が登場するのに
ぼんやりと時間を潰していた。


ある意味、エドワードの感じていた違和感は的を得てはいた。
確かに、エドワードは 少々、浮いている存在ではある。
が、それは 異分子と言うのではなく
皆の注目と関心を集めているという意味でだ。

エドワードが会場に入って行くと、
それまで 雑談に興じていたもの達や、
親のお供で来ていた若い者達が
一斉に、ひしめき合う事になった事に
エドワードは気づいていない。

ブラックフォーマルをさりげなく着こなして、
豪奢な黄金の色を纏って登場したエドワードは
現れた一瞬で、その場の王のような存在感を醸し出している。
特に若い女性達・・・なかには、青年もいるようだが
エスコートしている連れは誰なのかを
さりげなく会場に目を走らせてはチェックをし、
誰が最初に声をかけるのかを
静かに牽制しあっていた。

どうやら、人待ち顔のエドワードの様子に
一人な事に気づいた者達が、先を競ってエドワードに声をかけようとした矢先に
今日の主役の登場が会場の皆に伝えられてくる。

扉からは、華やかな家族が満面の笑みを讃えて入ってくる。
威風堂々とした当主のカーネル氏に、
その横に 年齢を感じさせない若々しい美しい婦人。
それに、付き従うように 温和な人柄が表れているマギーの姿も見える。

その背後には、これまた華やかで人の目を惹く子供達が登場する。
婦人に面立ちが良く似た息子達に
一際、華を添えているのが 父親に似た色を持つ
存在感溢れるフレイアが、真紅の髪がさらに引き立つ
黒のドレス姿で颯爽と歩いている。

順番に祝いの言葉をかけられ、それに感謝の言葉を返して
会場を歩く一行から、大胆にも抜け出し
人の目を集めながら、エドワードの傍にやってくるフレイアの
姿が目に入った。

「こんばんわ、エドワード。

 待たせたのじゃなくて?」

艶やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる彼女に
エドワードも、礼儀正しく挨拶を返す。

「いや、そんな事はないさ。

 今日は、招待してくれてありがとう。」

肩道理の挨拶を返すエドワードに、
フレイアが不満げな様子を見せる。

そんな彼女の様子に、エドワードは 少々、気詰まりを感じながらも
フェミニストとして、最低限の対応をしなければと心かけ、

「今日は一段と素敵だね。

 フレイアの髪には、そのドレスが良く映えるよ。」

と、言いながら 面映くなるようなセリフを告げる。

そのエドワードの態度に、及第点とはいかなくとも
一応、彼女の自尊心が納得してくれたようで

「ありがとう。貴方も素敵よ。」とにこやかに返してくれる。

そして、スルリとエドワードの腕を取って
中心の輪の中に誘導するように歩いていく。

「えっ? フ、フレイア。
 俺はいいよ。

 マギーさんが暇になったら、話しかけるから。」

フレイアの行動に、慌てたようにエドワードが焦って言葉を告げるが
フレイアは、そんなエドワードの様子に気をかける素振りも無く
中心で、祝辞を受けている輪の真ん中に歩いていく。

「おお、エドワード君。
 良く来てくれたね。」

当主の感歎の様子に、周囲に居た者も
興味を惹かれた様に視線を向ける。

「こんばんは。

 今日は、お招き頂きましてありがとうございます。

 ロイは 仕事の都合がつきませんで
 出席できないのですが、くれぐれも宜しくとの事でした。」

そう、ロイに教えられたとうりの言葉を伝えると
カーネル氏は、気にしなくて良い事を伝え
エドワードが来てくれただけでも、嬉しいと返事を返してくる。

衆人環視な事は、エドワードにしてみれば
気にしなければ どうと言う事もない。
もとより、少年の頃から 見られることには慣れている。

横で微笑む婦人に、誕生日の祝辞を伝えると、
傍に控えるマギーにも挨拶をする。

エドワードを交えての家族の交流を見守っていた周囲が
好奇心を抑えきれずに、当主に声をかけてくる。

「ご当主。
 そちらの青年を紹介してはくれませんかな?」

古くからの顔なじみなのだろう、堅苦しい言葉を使いながらも
茶目っ気ある様子で、フレイアとエドワードを見つめながら
当主を急かす様な仕草を見せる。

「おお、これは 紹介が遅れましたな。

 こちらは、エドワード・エルリック氏で
 私の娘の大切なご学友でしてね。

 優秀な彼に惚れ込んで、私が ぜひと招待したんですよ。」

その言葉に、なるほど・なるほどと意味ありげに微笑んで
当主に笑い返している周囲の様子に、
この一連が 読めてないエドワードだけが
困惑を浮かべる。

当主が、周囲の主だった人々を紹介してくれるのに
エドワードは 自分が何故?と思いながらも
自己紹介をしていく。

もともと、会場に入った時から 関心を持たれていたエドワードの事だ、
当主が おおぴらに紹介をしてくれたチャンスを狙って
話しかけてくる者が後を絶たない。

エドワードにしてみれば、隅の方で マギーの相手をしていようと
思っていたのに、気づけば主役の家族達と輪の中心に立って
挨拶を受けている側になっているのに、
困惑を深くするしかない状態だ。

しばらく、カーネル氏や妻の親族等を紹介され
挨拶を受けては、色々と聞かれる事に
失礼のないように返事を返しての繰り返しを続けていた。

一通り挨拶と質問を返して、周囲の者達の好奇心も満足したのか
にこやかに当主との会話に戻っていく人々に
エドワードは ホッとして、抜ける機会を伺う。

「エドワード、あちらに行きましょう。

 ここは、おじさんばかりで 私達にはつまらないもの。」

遠慮のないフレイアの言葉に、エドワードの方がギョっとするが
周囲も、彼女のそんな発言には慣れているのか
笑っているだけで、特に不快を示す者もいない。

「ははは、フレイア嬢にかかっては
 私達も形無しですな。」

「全く、口だけは達者になって困ったものです。

 フレイア、エドワード君にご迷惑かけるんじゃないぞ。」

わかってますと、ベッーと舌を出して
エドワードを連れて歩き去っていく二人を眺め
残された面々が 微笑ましげに笑いながら
二人の事で会話を続けている。

「なかなかな大物を捕まえましたな。

 エドワード・エルリックと言うと
 あの噂の。」

「医学生になっていたとは知りませんでしたな。
 では、ゆくゆくは?」

「ははは。
 私どもが そう願っても、なにぶん 二人の事ですからな。
 
 せいぜい、あのはねっ返りがエドワード君に愛想をつかされない事を
 祈るしかありませんな。」

「いやいや、溌剌と才気溢れるフレイアの事だから
 あれ位の人材でないと、相手が務まらないでしょう。

 なかなかお似合いの1対ではないですか。」

「何とも羨ましい限りですな。

 あんな人材が手に入るなら、私にも娘が居ればと
 悔やまれますよ。」

本当に そう思っているのだろう、
羨ましげに話される言葉に、カーネル氏も
満更でもない喜びを浮かべる。



大人たちに、そんな行く末を語られているとは露とも思わず
エドワードは フレイアに惹かれるままに
会場内の別の部屋に入っていく。

「エドワード、踊りましょう。」

良家の子女達が集まっているのだろう、
その部屋は 先ほどよりも参加者の年齢が若いようで
美しく着飾った人々が、思い思いにダンスを楽しんでいた。

「フ、フレイア。

 マギーさんを残してきて、大丈夫なのか?」

手を引かれながら、エドワードは 当初の自分の招待の理由を
彼女に思い出させるように言葉をかける。

「ああ、マギーなら大丈夫よ。

 もともと、親族の集まりが多いんだから
 本家から母と来たマギーの事も、もちろん知っているんだし。」

マギーの事よりも、今の自分を見て欲しいと言う様に
少し強引に、エドワードの身体を自分と向かい合わせにして踊りだす。

エドワードは、フレイアの言葉に 疑問を浮かべたが
踊りだす彼女に付き合ってステップを踏む。

黒と金、黒と赤の華やかな色彩を持つペアは
周囲からも くっきりと浮き上がっては
それぞれの相手に、やや残念そうな表情を浮かべる者たちも多かった。

フレイアを目当てに来た若者も多かっただろう。
美しく、利発で財力も地位も備えた血縁を持つ彼女に
魅力を感じる男性は少なくない。

そして、思わず 視線を惹かれる程のエドワードの存在は
今日が、主役の親族の彼女が相手でなければ
ぜひとも、お近づきになりたいと狙っていた者も多いだろう。

そんな注目を浴びるカップルは、
そんな周囲の思惑など歯牙にもかけずに、
主役然として、似合いの風景を周囲に見せ付けている。

数曲踊ると、喉が渇いたと言う彼女の希望で
バーの設置されている部屋へと移動する。

そこは、先ほどのダンス会場とは違って
落ち着いた雰囲気で、静かに会話を楽しむ老齢の人々が寛いでいた。

カウンターのスツールに腰を押し付けて飲み物を待っている間に
知り合いを見つけたフレイアが挨拶をしてくると言うのに
エドワードは ここで待っていると返して
何気なく周囲を見回す。

すると、挨拶から一段落したのだろうか
当主と、意外な人物とが 入り口から入ってくるのに
目が留まり、驚きに目を瞠る。

相手も、エドワードの視線に気づいたのか
おやっと驚く表情を浮かべ、懐かしそうな笑みを浮かべて
エドワードの座るカウンターにやってくる。

「おお、久しぶりじゃの エドワード君。」

エドワードは、目上の者に対する礼儀で
席を立って挨拶を返す。

「老将軍もお久しぶりです。

 お元気そうで、何よりです。」

「いやいや、もう すっかり耄碌しておるよ。

 君は、なかなか立派な青年になっておるな。」

感慨深げにエドワードを眺める老将軍に
エドワードは、苦笑を浮かべて礼代わりに会釈をする。

「おや、老将軍とエドワード君は
 顔見知りでしたか?」

それまで、事の成り行きを見ていたカーネル氏が
話に加わってくる。

「おお、彼とは 東方時代に何度か顔を合わせた事があってね。

 なかなか、やんちゃな彼の話は良く聞いていたものだよ。」

ホッホッホッと笑う様子は、好々爺な老人だが
彼が 意外に茶目っ気が多くて、人をからかうのが好きなのは
付き合いが少なかったエドワードも知っている位だ。
どんな話をされるかと思うと、自然と話を自分から
逸らそうと会話を振ってしまう。

「老将軍とカーネルさんは
 以前からのお知り合いだったんですか?」

軍にも関係の深いと聞いたカーネル氏だから
軍の上層部と知り合いが居てもおかしくはない。
が、今日 招待されている中で
軍の人間は、意外に少ないと思っていたのだが。

「当主には、個人的に色々と助けてもらっておってな。

 わしの孫娘が ちと身体が弱くて
 腕の良い医者を紹介してもらったりと
 何かと世話になっておるんじゃ。」

そう教えられて、エドワードは 特に気にかける話でもなかったので
話される内容に言葉を返すでもなく頷いて聞いている。

「最近は ローゼ嬢も体調が安定したようで
 将軍も 一安心ですな。」

エドワードの席と少し離れた席に着きながら
会話をしている二人の話を耳から流しながら
フレイアの帰りを待つ。

「そう言えば、ローゼ嬢が最近、婚約されたとの
 お話を聞きましたが?」

「ああ・・・いや、婚約と言う程の事でもないんじゃが、
 まぁ、あの子もあんな身体だし、
 表立っては、公表するわけにはいかんしな。」

歯切れ悪く返答する将軍に、頷きながらも
先を聞きたがるカーネル氏が言葉を続ける。

「何やら、将軍の部下との噂ですが?
 最近、お屋敷の方で その人物の姿が
 見受けられるとお聞きしましたよ。」

「ああ、彼が東方に居た頃があってね、
 その時の付き合いからの者でね。
 優秀な司令官だったもんで、
 私もだいぶんと楽をさせてもらったものだよ。

 今日も忙しい中を無理言って
 屋敷に来てもらっておってな。」

そう語りながらも
名を明かしたがらない将軍の様子に
カーネル氏も、少々 詮索が過ぎたかと話を切り替える。
その後の話は、エドワードの耳にも頭にも入ってはこなかった。
今の将軍の言葉に、何やら引っかかる事が頭をかすめる。
が、特に気にするような話ではなかったはずだと思い込むと
後ろを振り返りる。
と、知人に捕まっていたフレイアが
済まなさそうな表情を浮かべて、エドワードの方に戻ってくるのが見えた。

フレイアは、エドワードの 近いところで話し込んでいる父親と
顔見知りの将軍が居る事を認めると
挨拶を返して、エドワードに席を替え様と連れ出して行く。
エドワードも、特に意義はなかったので
二人に軽く挨拶をして、その場所を離れていく。

「彼らは、知り合いだったんじゃな。」

「ええ、大学が同じだったらしくて
 最近、紹介をしてもらったんですが
 なかなか、しっかりした青年ですな。」

「うむ、彼は若い頃から苦労をしょってきてるから
 年には似合わん度量があるじゃろうて。」

「ええ、うちの娘も ローゼ嬢のように
 上手くまとまってくれると良いんですが。」

当主の言葉に込められた意味を察した老将軍は
ほぉーあの二人がなと、去って行く若い二人の後姿を見送った。


「ねぇ、エド?
 エドワードってば!」

いつのまにか置かれていた手が揺さぶるように動いて
エドワードの逸れていた気を戻す。

「あっ、えぇっと?」

話を聞いてなかった様子のエドワードに
フレイアは、素直に拗ねるような様子を見せる。

「もう!
 何度も呼んでるのに。

 エスコートしている女性が居るのに
 他に気を散らすなんて、紳士として失格よ。」

口ぶりでは 怒っているように話しているが
さほど、彼女が気にしているわけではない事は
表情で語られている。

「ごめん、ごめん。

 ってか、俺は何で今日呼ばれたんだ?

 最初は、確かマギーさんが独りで可哀相だから
 って事だったよな?」

エドワードにしてみれば、どうも 今日のパーティーに参加している
自分の立場が、おかしく感じられて仕方がない。
お世話になっている人の事だからと参加してみれば
会場に来てから挨拶以外にマギーとは話もしていない。
 
『困ったよな・・・。
 来週から行けない事も話さなくちゃいけないのに。』

エドワードの言葉に、呆れたような表情と 一瞬の悔しそうな表情が浮かんだ
フレイアの事は、エドワードには気づけなかった。

「・・・踊りに行きましょうよ。」

質問に答えずに、エドワードを促して席を立つ彼女の様子に
腑に落ちないものを感じながらも
エドワードも 仕方なく後を追いかけるように付き従っていく。

ダンス会場に入ると、先ほどまでのテンポの良い曲とは変わって
スローテンポの曲が流れ、照明も落とされていた。
そんな中に入るのに躊躇いを浮かべるエドワードを
強引に引っ張ると、フレイアが腕を回してくる。

「ちょ、ちょっと、フレイア。 
 
 俺、こう言うダンスは苦手なんだ・・・。」

周囲を慮って、小声で そう話しかけてくるエドワードを
無視したように フレイアが身体を預けてくる。

女性に乱暴な事も出来ず、エドワードも取り合えず
合わせる様に肩と背に手を置く。
ギクシャクと距離を開けようとするエドワードの様子に
フレイアが 回していた腕に力を込めて
強引に抱きついてくる。

「マギーの事は 嘘なのよ。」

ポツリと呟かれた言葉を、エドワードが理解するのには
数瞬かかった。

「う、そ・・?」

「そうよ。
 私が勝手に言い出しただけ。」

そう返された返事に、さらに困惑を深くする。

「な、何で・・・?」

どもりながら、続きを促すと、
回されていた腕に力が籠もる。

「私が エドワードと逢いたかったから。

 二人で、こうやって逢える機会が欲しかったから。」

そう言うと、フレイアが顔を上げ
熱の籠もった瞳で、エドワードを見る。

いかに恋愛音痴と称されてきたエドワードでも
今の フレイアの言わんとしている事と、
その後に期待されている言葉を解らないほど
鈍感ではいられなかった。







ロイは 目の前で嬉しそうにしている女性に
いつ、話を持ち出せば良いのかを考えていた。

元はと言えば、自分の浅はかさが生み出した事でもある。
ふりだけで良いからと頼まれたからと言って
はいそうですかと受けた自分の狭量が、今ならわかる。

しかも、最後まで貫き通せれば それでも何とかなったろうに
今のロイには、やっと全てを手に入れた
今は ここに居ない最愛の人の事しか頭に浮かばない。

『結果として、傷つける事になるわけだ・・・。』

身勝手なとは思わないわけではないが、
エドワードと天秤をかけれる程の者もモノも
今の ロイにはない。
自分の野望は 自分の為に達成するまであきらめる気はないが、
それとは別の次元で、エドワードの存在は 今のロイには
無くてはならないものになっている。

このままでは、いずれはエドワードを傷つける事にもなりかねないなら
身勝手だと 老将軍にお叱りを受ける事になっても
止めるべきだと決心をつけている。


「ロイ、ロイ?」

ロイが見立てたドレスを着て見せていたローゼが
声をかけてくる。

試着室から出たローゼの姿は、お世辞で無く店員達も
誉めそやすほど美しい。
先週に ドレスを作りたいと言った彼女の為に
待ちに連れて、ドレスを見立ててやった。
優しい彼女の雰囲気に合わせた 柔らかな色のドレスは
病で家に居るために、色の白い彼女を健康的に見せて
女性らしい華やかさを彩っている。

「よく似合っていますよ。
 やはり、この紅色にして良かった。」

正直に感想を伝えると、彼女も嬉しそうに微笑む。
そのまま、着ていくことを店員に伝えると
身なりを合わせて整えるために
別室に案内されて行く。

彼女を待つ間に、ロイは ぼんやりと先週のローゼとの会話思い出す。
今更ながら、自分がした事の愚かさを思い知る。
最初は 確かに、恩ある将軍のローゼの愛情に絆されて
始めた芝居だったが、回数が増えるごとに
熱心になっていたのは何故かがわかってきていた。

彼女、ローゼは 旅を続けていた頃のエドワードと似ているのだ。
容姿や、言動や、考え自体は 似ても似つかないのに
1点だけ ロイを惹き付けてやまなかったもの。
それは、『自分の幸せに多くを望まない』姿勢だ。

旅をしていた頃のエドワードは、極限まで自分というものを
抑えて生きていた。
自分が 失わせたと思っている弟、アルフォンスの身体を取り戻すためにだけ生き、
贖罪のように 自分の人間としての幸せを切り捨てて生きていた。
そんな時代・・・、ロイは 彼に何もしてやれなかった。
地獄を這い上がるのも、逆境で誤った選択をしそうになった時も
彼が 自分では どうしようもない悲しみを背負った時も、
ロイには、何も、言葉も、手も貸してやれなかった。

今なら、もう少し 彼との接し方を考えれたはずなのにと思う。
出来れば、自分の未来を捨てて生きるのではなく、
その手に掴んでも良いのだ、自分が楽に、幸せになること、
楽しいと思うことは罪悪ではないのだと知らせてやれたはずだ。

そんな過去の悔恨が、ローゼを救う事で取り戻せるような気がしていたのだ。

『愚かだな、私と言う人間は・・・』

思い上がっていた自分を恥じる。
自分は、そんなにたいそれた人間ではない事は
エドワードを抱きしめた時に痛感した。

せいぜい、自分に出来ることと言えば
自分の面倒と、そして 最愛の人を一人を何とか守り通す事位だったと
言うのに・・・。

人は生半可な事では、人の人生などみれはしない。
そして、それ程思える人間は 一人しか抱えれはしないのだ。
エドワードを傷つけて、ロイが やっと気づいた事でもある。

自分の思いに深く沈みこんでいたロイが
人の気配で、ふと顔を上げると
静かな哀しみを湛えた瞳で、ロイを見るローズが座り込んでいた。

「あっ、ああ、用意は終わったんですね。」

すぐに気づけなかった落ち度に、
慌てて笑顔を向けて言葉をかける。

「・・・ええ。

 お待たせして。」

それ以上、何も言っては来ないローゼを連れ立って
ロイは 店を出る。

待たせている車の運転手に声をかけると
少し 待ちを歩きたいと言い出したローゼに付き添う。

高級店が多く立ち並ぶ通りは
ショーウィンドウを眺めるだけでも楽しいはずだが
ロイには、今は そんな浮かれた気持ちは持てなかった。

「ロイ、見てください。

 あそこに飾られているのは、とっても素敵。」

ロイの沈んだ様子に気づかぬ風に、ローゼははしゃいだ声を
上げて、ロイの前を横切ってウィンドウに近づく。

「ローゼ、右側には立たないで。」

怪我の為に視界の悪くなっている右側には
ロイは 敏感になっている。
右側に立たれると自然と気が張ってしまう事もあり
普段は、左側に立たせる事が多い。

『そう言えば、エドワードは右側に立つ事が多かった。』

そんなふとした事が頭をよぎる。
おかしな事にエドワードには右側に立っててもらいたいと思っている。
そんな無意識な所まで、エドワードを頼り信頼していたのかと
自分のエドワードに対する依存の強さを、再認識させられる。

「ごめんなさい、でも あそこに飾られている帽子が
 とっても素敵で。

 今度、出かけるときに被りたいと思って。」

そう語り、次への期待を膨らませる彼女の言葉に
ロイは、話さなくてはいけない時が来た事を感じ
重い口を開こうとする。

「ローゼ、貴方に話したいことと
 詫びなくてはいけない事があります。」

ロイが、そう語りだすと
ショーウィンドウを眺めていたローゼが
ゆっくりとロイを振り返る。

「・・・もう少し、もう少しだけ。

 一緒にお食事を終わるまで、時間を下さいませんか?」

聡い彼女の言葉に、彼女が何を思い、何を願ってきたのかを
ロイは 打たれるような気持ちで受け止めた。

「ええ。」と小さく頷いて、車まで戻ろうと促す。

それに従って、ロイの左側に立とうとローゼが動き出した瞬間、



「ロイ・マスタング! 仲間の恨みを思い知れー!!」




一瞬、死角に入った彼女を守ろうとした動作が鈍る。
避け切れなかった銃口から、火が噴かれる瞬間を見ながら
ロイは、灼熱の痛みが自分を襲うのを感じた。



痛みを受けながら、スローモーションのように周囲が目に映る。
驚き固まるローゼと 逃げ惑う周囲の人々
そして・・・、目の前に勝ち誇った様子を見せる男たち。

ロイは、静かに 無意識でも動かせるまで染み付いた
右指を小さく鳴らそうとするが、
重くなった身体は 言う事をきかない。
暗くなる意識の中、エドワードの怒ったような顔が見える。

『すまないエドワード・・・。
 
 戻ったら君に話さなければいけない事があるんだ。

 もう少しだけ、待っててくれないか・・・。』

沈み込む意識の中、
薄れ行くエドワードの残像に
ロイは 語りかける。

エドワードに・・・、
エドワードだけに伝えようと・・・。




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