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Selfishly

Selfishly

S, Pa 13 「破綻の予兆」


スローライフ S

         Pa 13 「破綻の予兆」


              H19,3/11 21:00


「潜伏者の追跡結果は出たのか!」

「はっ! 現在、全力で追跡中です。
 包囲網も完全に配置してありますし、
 街からは、全交通機関には厳重にチェックして、
 一歩も動けないようにしてあります。」

「甘い! 交通機関だけでなく、
 人が通れる道という道、
 通れそうもない県境の地区や地域にも
 人員を配置しろ!

 犯人達が、のこのこと列車に乗りに来てくれるなんて
 考えてるんじゃないぞ!」

「はっ!、すぐに、人員の配置を致します。」

「いいか、手配書や情報を鵜呑みにするな。
 相手も必死なんだ、どんな工作をしてくるかわからん。
 目を皿のようにして、ほんの少しでも怪しい、
 おかしい、妙だと思ったら、
 全員、引っ張ってこい!  いいな!」

「はっ! 了解いたしました!!」

ブレダの部下への叱咤の声が、病棟のフロアーにも響き渡る。
通常の時になら、病院側から厳重な注意がきそうなところだが
現在、この病棟には上階に、一人のVIPしか入院していない。
おかげで、誰にも咎められる事無もない。

ロイ・マスタング中将、銃撃事件は、
アメトリス全土を震撼させる程の、衝撃を与えた。

イシュバールの英雄として名を馳せていたロイは
一種、超人的存在として捉えられている伏しがあり、
どんな難事件も、彼が出てくれば解決され、
どの現場でも、無傷で戻ってくる・・・、
そんなわけがある筈もないのだが、
民衆には、そう強く思い込まれている。

そのロイが、たかが、取り押さえ残った残党に
怪我どころか、重傷を負わされているなど、
有り得ない、いや、あってはならない事だったのだ。

軍には軍の面子もあり、いくら休日の私的な時間での事件だとしても、
軍の高官を狙った者が、まんまと逃走して行方をくらます等
軍の威信を賭けてでも、絶対にさせてはならない。
内心は、これがチャンスとほくそ笑む者もいないではないが、
が、高官襲撃が成功に終わってしまえば、
次にターゲットにされるかも知れないのは自分達なのだ。
さすがに、この事件の重大さの意味も解らぬほどの
愚か者はいないようだ。

おかげで、この事件は第一級扱いで、
犯人達を炙り出し、重罪に課すまでは、この事件の解決を、
一丸となって行う事で落ち着いた。

指揮は本来、他の将軍職の者が取るべき重要度だったが、
『自分達の上司の仇は、自分達で行う』と言う
強い要望と志願があった為、
ホークアイ中佐を指揮官に、直属のメンバーが
この捜査の本部を受け持つ事となった。
難色を示す将軍達も、大総統直々の勅命が発令された事で、
渋々でも、認めざるおえなくなり、
邪魔な横槍もなく、捜査は続いている。


「しかし、無茶をなさりますなぁ。」

意識不明の重病患者が入っているはずの病室では
軍から手配された医師が、呆れたように話している。

「のんびりと寝ていて犯人が捕まるなら
 いくらでも寝てるさ。

 しかし、こちらとしても、
 そんなに時間をかけるわけにはいかないのでね。」

余り顔色が良いとは言えない状態にも関わらず、
重病患者のはずのロイは、ベットに起き上がり
次々に、届けられる報告書に目を通していた。

「中佐、ここの包囲網が手薄だな。
 すぐに、配備しろ。」

「はっ!」

「それと、前回の事件から今回の事件の間を考えてみても
 犯人達に潜伏の準備がさほどあったとは思えない。

 まず必要になってくるのは、逃げれないなら、
 篭城する為の食料だ。

 市場や食料品店も私服の者に調べさせて、
 後、ここ最近、新しい配達以来が入ってないかも調べさせろ。」

 ホークアイが、頷き出て行くのを見送ると、
 ロイは、ホォーと息を抜いて、ベットの背に凭れかかる。

 「失礼」

横で控えていた軍医が、すぐさま、ロイの脈を図る。

「少し横になられた方が良いですな。
 余り無理をなさると、病状の悪化も抑え切れなく
 なりますぞ。」

わかっていると言うように、小さく頷くと
ロイは、軍医の手を借りてベットに横たわる。
静かに休むロイに、すぐさま点滴の準備を始める。

今、こうして起き上がってはいるが、
本来、普通のものなら意識を保つのも難しい状態のはずだ。

ロイに打ち込まれた銃弾は、貫通はしたが、動脈をかすり
運び込まれた丸一昼夜は、本当に意識不明の重態で、
瀕死の状態だったのだ。

大量の輸血のおかげで、何とか意識を取り戻したと思ったら
いきなり、駆けつけてきたメンバーに
次々と指示を飛ばし、指揮を行うと言う有様で、
軍医の忠告も、警告も聞き入れてももらえない。

定期的に休息を入れ、点滴を打ち続けることで
悪化をふせいではいるが、それにも限界がある。

かくなる上は、早く事件が解決して
安静に出来る状態に逸早くなってくれる事を、
多分、本人以上に望んでいる。

深いため息を付きながら、休む者の邪魔をせぬように
そっと病室を出る。
軍医も、この事件が解決するまでは
秘密保持の為に、このフロアーからも出れない事になっている。
病人の為にも、自分のためにも、
とにかく早く解決してくれと願いながら、
横に作られた控え室に入っていく。


『あれから、5日か・・・。』

ロイは、点滴に含まれる鎮静剤のせいで
混沌としてくる意識の中でも、
浮かんでくる焦りを消せずにいた。

今回の事件で、エドワードが、どんな思いでいるかを考えると
すぐさま、知らせてもやりたいし、
出来れば、ここに来て欲しいと思わずにはおられない。

無事とは言えないが、巷に流している情報のような事はないのだと
知らせて安心させてやりたいのだが、
今の作戦上、それも無理な状況だ。

エドワードの事だから、自分が呼ばれなかった時点で
その事には気づいてくれているとは思うが、
心配はしているだろうと思うと、
早く、その心配を取り除いてもやりたい。

『もう少しだ・・・、後、少しだけ待っててくれ。』

うつろう意識の中、しかめっ面しているエドワードに
ロイは、そう呟いて、落ちていく意識を手放していく。



「なぁ、本当に大将、呼ばなくていいのかよ?」

ひそひそと小声で隣の男に、呟く。

「・・・仕方ないだろ。
 中将が呼ぶなってんだから、俺らがどうこう言える事じゃない。」

ブレダの口調にも、余り賛同はしていない事が声音から伺える。

「でも、エドの奴、絶対、めちゃくちゃ心配してるぜ。」

「だろうな・・・。」

二人して、深いため息を付き合う。

「まぁ、仕方ないさ。
 ここに来たら、間違いなく巻き込まれるのは解ってるんだから
 中将が、そんな危ない所にエドの奴が来るのを
 許可するわけないだろ?」

「っても、エドの方が、俺らより頼りになるんじゃないのか?
 来て貰って、中将の身辺を守ってもらえれば
 俺らも安心なのにさ。」

「ハボック、もう決まった事だ。
 いつまでも、四の五の言うな。」

「中将、心配しすぎるんだよ。
 アイツは、そんなにひ弱な奴じゃないのに・・・。」

まだ、不服そうなハボックの様子にも
ブレダは、もう取り合わない態度を示すように
手元の作戦の経過状況を確認し始める。

そのブレダの態度に、ハボックは不満そうに眉を寄せたが
その後は、何を言うでもなく仮の本部室から出て行く。

ハボックの言葉に、中将が意識を取り戻して
メンバーに作戦を指示したときの情景が浮かぶ。

『賛成しかねます。

 どうして、ここへエドワード君を呼ばないのですか?

 彼が、作戦に参加してくれた方が、
 中将の計画も、より安全に確実に運ぶはずです。

 万全を配しても、今の中将の容態では
 万が一と言う事も懸念されます。

 ここは、私情を挟まずに、エドワード君に
 要請すべきです。』

上官に、唯一進言できる人物の言葉にも
中将は頷くことはしなかった。

ブレダとて、ホークアイの言葉が正しいとは思う。
中将の容態を隠しながらでの作戦は、
近辺に配置できる者にも限りがある。

能力からも、信頼度からも、
エドワードが適任である事は誰もが思うところなのだ、
中将、唯一人を除いては。

結局は、『上官命令だ』の一言で
呼び出す事も、作戦も、エドワードには伝えてはいけない事に決まる。

渋い顔をして退出したホークアイが、
ポツリと洩らした言葉が、ブレダの頭に残る。

『あの方は、エドワード君の事になると
 どうしてこうも、愚かになってしまうのかしら・・・。』

胸にわだかまる苦味と一緒に、吐き出されたような言葉は
ブレダの聡明な頭の中で、1つの答えを弾き出す。

『恋は盲目で、愛は賢者をも愚かにさせる・・・か、
 中将も、人の子だったって事だな。』

同じ男として、理解できる部分もあるだけ
良い解決策も考えられないまま過ぎ去っていった。

『とにかく、事件が解決すれば済むことだ。』

早々に解決する意思を,強くして
気になる報告に意識を集中させる。




「すみません、ここにエドワード・エルリックって子が
 来てると思うんですけど、呼んで来て貰えませんか?」

不満でむしゃくしゃしながら、病棟を出ようとしていたハボックの耳に
懐かしい声が、届いてくる。

「居ないって?
 そんなはずないでしょ!

 ここにマスタング中将が、入院してるって聞いたんだから
 エドワード・エルリックも、来てるはずよ!

 も~う! あんた達じゃ話になんないから
 誰か、マスタング中将の部下の人、連れてきてよ。」

威勢の良い啖呵に、対応していた者も呆気に取られるが、
ここで、『はい、そうですか』と通せるわけもない。

「お嬢ちゃん、中将直々の部下の方たちは
 今は、捜査でお忙しいんだ。
 それに、時間があったとしても、
 いちいち、尋ね人の相談に乗れるほど暇じゃないんでね。

 ほら、帰った帰った。
 我々も、忙しいんだから、
 彼氏を探してるんだったら、
 直接、相手に連絡してもらいなさい。」

「何ですって~!
 な~んで、この私が、あ~んな豆粒・単細胞を
 彼氏にしなくちゃいけないわけー!

 それって、かなり失礼じゃない!」

追い払うつもりが、どうやら、妙な地雷を踏んだらしく
さらに、喰ってかかってくる女性に
タジタジと後ずさる。

「クックックッ。

 嬢ちゃん、それ位で勘弁してやってくれよ。」

ハボックが、病棟の玄関口から出てくると
見張りの者は、一斉に敬礼をし、
ウィンリーは、ホッとした笑顔を見せる。

「ハボック少佐!」

「ハボックさん!」

女性の親しげな呼び声に、門衛がギョッとした表情を浮かべる。

「久しぶりだなー、ちょっと見ないうちに
 随分、別嬪さんになったじゃないか。」

「あははは、ありがとうございます。
 
 こんな美女捕まえて、エドの恋人扱いって
 失礼過ぎると思いません~?」

ハボックは、背を押すようにして
さりげなく、その場を離れるように促す。

「う~ん、どうだろ?
 大将の奴も、かなり、いい線いってると思うんだがな。」

「とんでもない!
 こっちから、お断りですよぉー。」

「そりゃ、大将が可哀相過ぎだろうが。」

ごく自然に、会話しながら歩き出し、
門衛からも、離れた頃に、ハボックは低い声で話し出す。

「お嬢ちゃん、エドの奴は、ここには来てないんだ。」

ハボックの様子から、状況を察して
ウィンリーも、表情は、にこやかなまま、
声を潜めて聞き返す。

「どうしてですか?
 てっきり、こっちに来てるもんだと思って。」

「まぁ、本当は、来てて当然なんだけどな。
 こっちにも、色々と事情があってな、
 今、自宅待機してもらってるんだわ。

 何か、急ぎの用事か?」

「いえ、今日は、たまたまこの病院にいる患者さんの
 義肢のメンテナンスで来たんで、
 折角だから、会って帰ろうと思ってたんです。」

「そっか・・・、すまんな。」

ハボックのせいでもないのに、済まなさそうに謝る姿に
ウィンリーも、慌てて返事を返す。

「そんな!
 私が勝手に来ただけですから、
 ごめんなさい、忙しい時に。

 あのぉ、中将の御様態は大丈夫なんですか?」

聞いて良いものか解らなかったが、
ここまで来て、聞かないのも失礼かと思い、
口に出してみる。

「う~ん、それは、ノーコメントな。

 で、あんたは今日は、親戚筋に会いに来たが
 部署が違って、無駄足を踏んだって事にしておいてくれよな。

 で、中将の容態の事なんて、
 はなったから、聞かなかったし、興味なかったんで
 知らないで通してくれよ。」

ハボックの話に、ウィンリーは驚くが、
それは内心で押さえて、笑顔で答え返す。

「わかりました。
 ・・・なんだか、込み入ってる時に来たみたいで
 お邪魔してしまって、ごめんなさい。」

「いんや、こっちの方もすまないな。
 一応、イーストを出るまでは、護衛付けておくから
 とにかく、早めにこの街を出た方がいいな・・・念のため。」

余り相手を驚かせないようにと、最後は、片目をつぶって
ウインクをしながら言ってやる。

「・・・わかりました。

 もう、こっちの用事は終わったんで、
 そのまま駅に向かうつもりなんで。」

病棟の門まで来ると、礼をして去っていくウィンリーに
気をつけてと声をかけて、見送っていたが、
ふと思いついて、声をかける。

「嬢ちゃん、大将、家にいるはずだから
 連絡してやってくれよな。」

振り向いたウィンリーは、ハボックの言葉に
数瞬、考えこむ素振りを見せ、
わかりましたと頷いてから、歩き出して行く。

『俺らが無理なら、友達に位は・・・。』

彼女なら、心配しすぎているだろうエドワードを
元気付けてくれるだろう。
そう願いながら、彼女に自分達の思いを託す。






ポトン・・・、ポトン・・・。
ポトン・・・、ポトン・・・。

僅かな隙間をぬって、滴り落ちる雫の音が
ずっと響いている・・・、エドワードの頭の中で。

『また、水音・・・?』

どこか締めるのが緩かった蛇口でもあったのだろうか。
ノロノロと起き上がりながら、音の発生原因を探そうと
頭を周囲に巡らすが、どこから、と探ると
屋敷内はシンと静まり返っていて、
耳には届いてはこない。

気のせいかと頭を振って、意識をはっきりとさせようとするが、
ふとした瞬間に、水音はエドワードに響きを伝えてくる。

エドワードは、動きたがらない身体を起して、
水音がしそうな場所を、フラフラと見回っていく。

いちいちと扉を開けるのが、億劫になって
本の一瞬、『めんどくさい』と思った瞬間に
扉が、粉砕された。

深夜に響く音は、耳に大きく跳びこんでくるのだが、
エドワードは、ただ、深いため息を付くだけで済ます。
そして、瞬く間に元に戻す。

そして、またノロノロと水音の原因を追究しに
屋敷内を徘徊する。

すでに、突発に起してしまう練成は
エドワードにとっては、ため息を付く程度までの頻度で起きている。
エドワードの思考の、僅かな隙を付いて発動してしまう練成は
今のエドワードには、止めるだけの精神力がない。

無限に生まれてくるエネルギーは、練成を弱める事も
止める事もない。
それを意思の力で止めようとすればするほど、
エドワードの精神に負担がかかり、
そして、その練成を行使する身体への負担が増すだけだ。

『昔の、身体を取り戻した頃に逆戻りだな・・・。』

屋敷内を一周するだけで、疲労を感じる身体を
部屋には行かずに、リビングのソファーに凭れて、休める。

そっと、肩のアームバンドに手を添えるが、
以前なら、お守りだったアルフォンスの身体の一部で作ったバンドも
今では、気休め程度にしかならない。
それに気づいたのは、3回目の連鎖練成を抑えた時だ。

『今日は何日で、今は何時位なんだろう。』

そんなどうでも良さそうな事をぼんやりと考えてみる。
薄暗い外は、まだ、日が昇る時間まで間がある事を知らせている。

無限に生まれるエネルギーを使えると言っても、
それを扱う体は、人の器だ。
大きすぎる力は、人の器には収まり切れず、
エドワードは、身体の奥底にとぐろを巻いてうねっている
エネルギーの奔流を抑える事も、
今のエドワードの心身では、限界が近い。

弱ってくるエドワードに舌なめずりするように、
とぐろを巻いている力は、触手を伸ばして這い上がってくる。
それを抑えつけて、叩き落してと、
無限に繰り返しているエドワードの中での攻防戦も、
じりじりと上へと押し寄せてきている力の淵が
近づいている事を感じている。

『俺、なんで、こんなに弱くなっちまってんだ・・・。』

疲れた体が欲する睡眠に抗いながら、
そんな風に、弱って行く自分が信じられずにいる。

以前なら、抑え切れない力にも屈したりする気など
毛頭なかったし、絶対に負けないと信じ続けれた。
なのに、『ロイを失うかもしれない。』と思った瞬間に、
忍び込んだ恐怖は、エドワードの中から、
力をごっそりと奪って、根を生やしてしまった。

絶対に、大丈夫だと思っている。
が、その傍から、『もしも、容態が悪化して・・・』と囁く声に
身震いを覚える。
更に、今回の事件で、ロイを失わずに済んだとしても
レイモンドが言っていたように、
違う形で失う事になったらと吹き込んでくる暗い声は
止めようもなく、エドワードの心の中に囁き続けている。

『そんな事は絶対にない!』
怒鳴りつけるように返す言葉にも、クスクスと悪意が滴る様な
笑いで返してくる。
『絶対にない? 何故、そう断言出来るんだ?
 絶対と言う言葉が、絶対に有り得ない事等、身をもって知ってるだろ?』

時も、人の心も、うつろうものだ。
そして、絶対の法則など、この世にはありはしない。
世界は不条理に満ち、不調和で動いている。
生は、死という突然の嵐の前では、一瞬にして掻き消され、
未来は、現実の前では、跡形もなく消え去って行く。

途切れ途切れになってくる意識の中で、
自分が眠りに入ろうとしている事を感じる。
 
『眠りたくない・・・んだ。
 もう、もう見たくない・・・、
 見せ・・ない・・で・・・。』

哀願を籠めたエドワードの願いも虚しく、
弱り果てた心身は、意識をシャットダウンする。


酷くなる雨音が、小屋の屋根と言わず扉と言わず、
四方を叩いている。
外の風の起す轟音は、中での些細な音など、
周囲には届かせないだろう。

『そうだ・・・、この日を選んだのは俺だ。』

今から行うおうとしている事は、人に知られるわけにはいかない。
だから、人が誰も家から出ず、そして、周囲の異変にも気づけない、
そんな日を選んだんだ。

「よし、やるぞ、アル」

「うん、兄さん。」

信じてやまなかった。
また、幸福な日々が取り戻せる事を。
幼く、無知だった自分の大罪。

見たくない、この先のこと等、絶対に!

そう頭を振り続け、後じさる自分を他所に
幼い自分達は、同時に練成陣に手を触れる。

『やめろー!!』

悲痛な叫びは、次に起こる練成に掻き消され
罪を犯す自分には届かない。

『あっ・・・あああああー!!』

繰り返される情景、フラッシュバックされる記憶。

『あうっ!!』
酷い激痛が右足に走る。

そして、次に起こる目の前での光景。

ガタガタと震えだす身体を支えきれずに蹲る。
ドッと溢れ出す冷や汗が、身体中を伝って
まるで、噴出した血のように、うす黒く水溜りを作って行く。

『もう・・・、もう見せないで・・くれ。

 いやだ・・・いや、だ。

 見たくない、見たくない、見たくないんだー!!』


「エ・・ド・・・ワード・・・?」

潰れたカエルのような声、
思い出の母とは、似ても似ない声・・・。
なのに、自分は擦り寄ろうとする。
失ったアルフォンスの事さえ、この時の自分の頭の中にはなかった。

「母・・さ・・ん。」

浮かべた笑みは、一瞬にして固まる。

「うっ・・・わっあー!!!」

喉が裂けるほどの叫び声を上げる。

目は、流れ出す涙で、視界も霞んでいる。

『失敗した。』

そう、それを目にした瞬間、
エドワードは、自分の失敗を、犯した大罪を知る。

「ち・・ちっ違う、違う・・・。
 あんなの母さんじゃない、母さん、母さん、母さんー!!。」

きっと居るはずだ。
視界が歪んでいる自分には見えないだけなのだ。
ちゃんと、自分達の面影と寸部違わない、『本当の母』が。

必死に探ろうとしているエドワードに、
からかうように、いぶかしむように声が話しかけてくる。

「どうしたの・・・、母さんは、ここに居るじゃない。

 『あんたたちが作ろうとした母さん』はね。」

口調まで、がらりと変わり、
卑しい下卑た、乾いた笑い声が、ヒッヒッヒッと引き攣るように
紡ぎだされる。


「違うちがうちがうちがう・・・。」

両手で頭を抱えて、首を振り続けるエドワードに、
今度は、優しげに、悲しげに訴えてくる。

「どうして?どうしてなの、エドワード。

 ねぇ、エドワード。
 
 ど・う・し・て、ちゃんと母さんを造ってくれなかったの。」


「そうだよ、エドワード。
 君は錬金術の天才だろ?

 君なら、ちゃんと出来たはずだ。」

急に割り込んできた声。
エドワードは、泣き腫らした顔を上げる。

「ロ・・・イ・・・。」

そこには、いつもの優しい笑みを浮かべた男の姿がある。
瀕死の重傷を負ったなど、嘘だったのかと言う様に。

「ロイ・・・、無事だったんだ・・・。」

安堵の吐息と、知らずに浮かぶ笑み。

「無事? いいや、無事ではなかったよ。

 だから、君が・・造って・・くれたん・・だろ?」

語られる間にも、ロイだった姿は、
どんどんと崩れ去り、足元に肉塊を蹲ませていく。

「う・・そだ・・・、ロイ、ロイ、ロイー!

 なぁ、じょ冗談だろ・・・、なぁ、あんたまで!?

 違う、違うよな・・・嘘だよな。
 俺は、あんたなんか練成してない!」


「いいや、エドワード。
 君は私を練成した。

 そして・・・、また、失敗したんだね?

 天才錬金術師ともあろう君が、2度までも
 同じ過ちを犯すとは・・・。

 まぁ、いいさ。
 こんなナリでも、君に触れる事も、包んでやれる事もできる。

 さぁ、一緒においで。」

グズリと動いた。
ズルズルと芋虫のように動く、ロイだったはずのものは、
愛おしそうに、エドワードの座り込む足から
這い上がってくる。

生暖かい感触が身体を包んでいく。
エドワードは、思考も心も、動かない身体同様停止したままだ。

ゆっくりと視界さえも埋めていく醜悪な肉塊は、
それでも、愛おしそうにエドワードに囁き続ける。

「エドワード、愛しているよ。
 ずっと、一緒だ。
 絶対に離さないからね。」

暗くなる視界と麻痺した思考の端で、
そうだ・・・とぼんやりと思う自分がいる。

『そうだ・・・。ずっと、一緒なんだ。
 これから、ずっと・・・』


エドワードの中に巣食う恐れと願望。
もう、これが現実なのか、夢なのかはどうでも良い。
今、エドワードは永遠にロイを手に入れ、
ロイはエドワードを手に入れる。
それだけが、きっと自分に必要だった事なんだ・・・。

不思議と、包まれる安堵感に身を委ねる。

『もう、いいんだ・・・、これで、何も心配する事もない。』



ポツン、ポツン、ポツン。
ポツン、ポツン、ポツン。

水音は、明らかに、今までより速くなっていく。

漸く気づいた。
これは、水音じゃなんかない。
自分の中の扉から、伝う想いの滴りだ。
亀裂から滲み出していたものは、
今では、はっきりと流れ出して行く。
その内、亀裂が広がり、中でせき止められていたモノが
飛び出して行くだろう。

でも、もう、今の自分には、それを止める事も出来ない。

そんな事を考えながら、闇しかない世界に意識も手放す。



ジリリリーンとけたたましく騒音を振りまく器械に
エドワードの閉ざされていた意識が覚醒する。

全身をぐっしょりとさせる程の汗と、
泣き腫らして痛む瞼のせいで、
自分が、また、夢を見ていた事を思い知る。

ここ数日、眠ると毎回のように見る夢は、
だんだんと悪意の色を濃くしているようだ。

夢でのエドワードは、練成に失敗し、
そして、さらに大罪を犯していこうとする。
必死に、再度の大罪を止めようとする自分と
それを唆す声と、交互に悩まされているだけだった夢は、
どんどんリアルに形作って行かれて、
昨日の段階では、もう止めようもない所まで進んでいた。

「なにを、馬鹿な夢みてんだよな・・・。」

力なく呟いて、取るまでは鳴り止みそうもない電話をみる。
軍からの急ぎの連絡かも知れないと思うと
取らなくてはと思うのに、身体は思いとは逆に
支配される不安で、動きが鈍くなる。

『今日は取らないと。』

数日、鳴る前に練成を起してしまう結果になっているので、
慎重に考えをコントロールして受話器を、ゆっくりと上げる。

『兄さん?兄さん、居るんでしょ!?』

聞こえてきた声に、ホッと肩の力が抜ける。

「ア・・ル?」

『ああー、やっぱり居たんだねー。

 ウィンリーが何度電話しても繋がらないって言うから、
 心配してたんだよ。』

「アル・・、アル。
 アルフォンス?」

確認するように、認識するように何度も呟かれた名前の調子に、
アルフォンスは、怪訝な様子を伺わせる。

『どうしたの・・・、兄さん?

 調子わるいの?』

「あっ・・・いや、ごめん。
 寝起きだったんで、ぼんやりしてた。」

『寝起きって・・・、もう、お昼だよ?』

「そっ・・か、ちょっと、寝るのが遅かったから・・・。」

言葉を濁すエドワードの言い訳に、追及したい気持ちは取りあえずおいて、
知りたかった事を先に聞く事にする。

『ねぇ、東部の・・・中将のとこには
 行かないでいいの?

 たまたま、イーストに立ち寄ったウィンリーが
 兄さんに合いに行ったら、居なかったって不思議がっててさ。
 僕も、てっきりイーストに行ってると思ってたから
 電話もしてなかったんだけど?』

「ウィンリーが、イーストに行ってたって!?

 ロイの様子は、どうだったか聞いたか?」

アルフォンスの問いに答える前に、聞き返してくるエドワードの
言葉の内容に、アルフォンスの方が驚く。

『中将の様子って・・・、兄さん、知らないの?
 自宅待機してるってハボックさんが言ってたって聞いたけど、
 連絡もないわけ?』

アルフォンスの追求に、エドワードは言葉も出せない。

しばらくの間の後、吐き出すため息のように言葉を紡ぐ。

「ああ・・・、俺には、まだ、連絡は来てない。」

『・・・そう。
 でも、ウィンリーも聞かせて貰えなかったらしいんだ。』

「そっか・・・。」

暗くなった声の調子に、アルフォンスが慌てて、言葉を付け足す。

『あっ、で、でも、
 ハボックさんの様子から、そんなに酷い状態じゃなさそうだって
 ウィンリーも言ってたよ。』

「そっか・・・な。」

『そうだよ、大丈夫だって。
 何かあったら、絶対に連絡来るはずだから、
 そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。』

アルフォンスとしては、励ますつもりで明るく話したのに、

「・・・じゃあ、何で連絡くれないんだ?
 大丈夫なら、電話の1本も出来るだろ!

 俺が、こんなに心配してるのに何で、連絡もないんだよ!」

エドワードの激昂に、驚いたアルフォンスが名を呼ぼうとした瞬間、
耳に痛いほどの轟音が、響いてくる。

『な、何!?
 何の音!』

アルフォンスの問いかけも、エドワードの耳には届いていないのか、
エドワードは、誰に話しかけているのかもわからない呟きを続けている。

「連絡・・・出来ない状態なのかな・・・。
 皆、連絡してこないのも、
 本当は、出来ない位酷い状態とか、

 も、もしかしたら・・・もう・・・。」

エドワードの呟きと一緒に、最初ほどではないが
小さめの音が、頻繁に上がっているのが伝わってくる。

『に、兄さん?

 ねぇ、兄さんってば!!』

必死の自分への呼びかけに、エドワードは飛ばしていた意識を戻す。

「あっ・・・、ああ、何?」

間の抜けた返答に、アルフォンスの焦りが濃くなる。

『何っじゃないよ!
 さっきから聞こえてくる音って、
 まさか、また起きてるの!?』

「な・・にが?」

『何が・・・って。
 さっきから聞こえてる音って、練成の破壊音だろ!』

「練成・・・?
 ああ、本当だな・・・。」

アルフォンスに言われて、エドワードは周囲を見回す。
もう既に馴染みに近い所まで落ちた感覚は、
特に意識にも浮かんでいなかった。

『本当だな・・・って・・・。

 どうしたんだよ? 何か、おかしいよ、兄さん?

 僕、そっちに行こうか?』

心配が隠せない声に、エドワードは曇って落ちそうになる思考をしっかりさせる。

「大丈夫だ・・・、ちょっと、不安定になってるから。

 心配するな、わざわざ、来る程じゃない。」

『心配するなって・・・するよ!
 僕、すぐにそっちに行くから・・・』

「来るな!」

言葉を続けようとしたアルフォンスに、拒絶の言葉が叩きつけられる。

『にいさん・・・。』

茫然と呟かれた声に、エドワードもはっと意識し、
バツが悪そうに、返す。

「ごめん・・・、本当に大丈夫だから。
 しばらくすれば、落ち着くんだ。

 ごめん、今は一人にしておいて欲しいんだ。
 何かあったら、連絡するから・・・。」

『にいさん・・・。』

悲しそうな声に、エドワードの心が痛むが
今は、アルフォンスでも、ここに来るのは危険だ。
努めて、明るく大丈夫だと告げて、
強引に電話を切る。



ポトポトポト、ポトポトポト。
雫は、今では間だんなく流れ出している。

ギシリと嫌な音が振動する。
ミシッミシッと響いてきたのは、
現実の練成の破壊音なのか、
心の奥底に塞いだものへと続く扉の崩壊の予兆なのか。
靄のかかった思考の続くエドワードの状態では、
確かめる術さえ思いもつかないようだった・・・。




『ウィンリー!
 中将の入ってる病院って、どこ?』

受話器を上げた途端の大声に、
耳を塞ぎたくなる。

「なによぉ、アル。
 ちょっとは、落ち着きなさいよ。

 エドと連絡が取れなかったの?」

この男が、これ程焦る事など、兄の事しか考えれらない。

『連絡は取れたよ!
 取れたから、中将に言わなくちゃいけない事があるんだ。』

「教えるから、ちょっとは落ち着いて説明してよ。
 で、エドが どうしたの?」

説明をするまで、教えてはくれなさそうなウィンリーの様子に
アルフォンスは、焦る気持ちを抑えて、先ほどの電話での様子を伝える。

『多分、不安定な心理状態が、練成の連鎖を起させてると思うんだ。

 ・・・それに、兄さんの状態もちょっとおかしかった。

 多分、練成止めるのに、すごい負担がかかってるんだと思う。

 僕は、以前の時に傍に居たからわかるんだけど、
 練成が暴走すると、それを食い止めようとする精神にも身体にも
 すごい負荷がかかるんだ。

 あんまり、長く続くと、兄さんの方が参ってくる。』

アルフォンスは、話しながら
過去を振り返る。
身体を戻して、エドワードが莫大な力を取り込んでしまった後、
エドワードは、その制御の為に、ボロボロになって行った。
あの時も、自分は何もしてやれなくて、
傍で、兄を抱きしめてやるだけだったが、
今は、エドワードは一人で耐えている。
アルフォンスに来ないようにという事は、
概に、アルフォンスのお守りでは効果がなく、
アルフォンス自身にも降りかかる危害を恐れているからだろう。

という事は、状況は以前より深刻だと言う事だ。

『とにかく、兄さんの心配を取り除いてやるのが
 一番の早道だと思うんだ。

 電話でも何でもいいから、中将から連絡してもらう!』

「・・・わかった。
 私も行くわ。

 で、イーストにはいつ着けるの?」

日時を打ち合わせると、急ぎ出かける準備をする。

『不安・・・か。

 エドの奴、初めてだろうからな。』

アルフォンスが、どこまで気づいているかは知らないが、
あの二人は、多分・・・好きあってる者同士になってるはずだ。

前回、訪問した時の二人の雰囲気を見ていれば、
互いが気づけば、時間の問題だと思った。

あれだけ、互いへの思いを表していて、心を預ける事が出来る者同士が
他人でなんかおれるはずがない。

恋も、愛も、多分、初めての感情を持ったエドワードには
自分の中に芽生える思いと一緒に育つ、暗い思いには免疫がないだろう。

楽しいだけなら、もっと簡単なものだろう。
でも、愛すればこそ生まれる猜疑心や、
恋い慕うからこそ起こる嫉妬心、独占欲も、人にはコントロールしにくいものだ。
綺麗な思いで始まった恋も、その反面は どす黒い人の想いの面を生ませていく。

何度かの経験を持っていけば、慣れる事も知るが
何から何まで最初のエドワードが、そこまで達観できているとは
思い難い。
となると、振り回されている事は間違いない。

『馬鹿よね、我慢強いのにも程があるわよ。』

が、簡単に相談できたり、愚痴れたり出来る立場の二人ではないのだ。
ウィンリーは、深いため息を付きながらも、
足早に部屋を出て行く。


[ あとがき ]

久しぶりのスローライフシリーズの更新です。
が・・・、一体、どこまで暗くなるのでしょうか・・・。
はぁ~と思わずため息。
書いてる自分が、暗くなってどうすんでしょうか?
が、このダークも後1作位です。
もう少しの、ご辛抱を!




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