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Selfishly

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S,P15「闇のかひな  Pa2」


スローライフ S

         Pa 14 「 闇のかひな Pa 2 」

H19,5/27 16:30

 軽やかな談笑の声が届いてくる。
男性が、笑みを浮かべて何かを囁くと、鈴を転がすような声が笑いを返す。
中睦まじい・・・そんな様子が、見ている方にも伝わるような光景だ。

 エドワードは、じっと立ち尽くしながら、先ほどからその光景をただ見ているしかなかった。
すらりとした容姿の良い男性は、優しい笑みをふんだんに相手に贈っている。
昔良く見た営業用の笑みではなく、いつも自分に向けられていた・・・心からの慈愛の、
愛しむような笑みだ。
 それを受け取る女性も、立ち姿も美しく、綺麗に結われた髪や上品な洋服に
立ち姿の美しさが女性の、身分を現しているようで似合いの1対だ。

 昔何度と見た光景。
そして、これから見るかも知れない出来事。
エドワードは、なす術さえなく、ただただ、その二人の絵姿のような光景を
見続けるしか出来なくて・・・。

 男性の腕が女性の腰に回り、それに寄りそうにして歩き去ろうと始める女性。
エドワードは、思わず男性の名前を呼びそうになる、「ロイ」と。
が声は発する事も出来ず、悲痛な呼び声は自分の胸の奥に落ちていく。
 それに気づいたように、男性がふとエドワードの方に視線を向ける。
そして、済まなさそうに苦笑を返すと、女性をエスコートしたまま踵を返していく。
唇だけで、文字を象って。 「さようなら」と・・・。

 「待っ!」
 思わずといったように踏み出そうとした足が強張る。

 『呼びかけてどうする気だ? 追いかけて連れ戻せると?
  馬鹿な事を。 己を省みてみろ』

 叱咤するような、嘲笑うような声が、エドワードの身体にも心にも、重く圧し掛かる。

 『その手はどうした? その足は? 
  それに、それを手に入れる為にお前は何を代償にした?
  そして、何故、そうしなくてはならなかったんだ?』

 追い討ちをかけるように、声は執拗にエドワードに囁きかける。

 『恥を知れ。 あれ程の大罪を2度も犯したお前に、引き止める資格があると思うのか?』

 エドワードは、両手で耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑る。

 『あの男が優しい事をいいことに、甘えすぎたんだ。
  本来、あの男の横に立とうなんて、どだい無理な話だろうが。
  お前は自分の罪を忘れるつもりか?
  あの男も巻き込んで?

  愚かな奴だな・・・お前という奴は。
  罪を何度繰り返しても、わかる事をしない。
  自分勝手で、酷い人間だ。

 お前は罪人なんだよ、エドワード・エルリック』

 塞いでも響いてくる声を振りほどこうと、エドワードは耳を塞いだまま首を振る。
何度も、何度も激しく。 そして振り疲れて、沈黙のまま項垂れる。
 そんな塞いだエドワードの手を掴むのは、先ほどから囁いている奴だ。
強い力で引き剥がされていく手。 エドワードはきつく閉じていた目を開いて相手を見る。

 そこには、啼いている自分自身が立っていた・・・。







 ***

 ロイは、無言で電話を取り上げると、ダイヤルを回す。
回線が切り替えられた途端、音信不通の音が届いてくる。
逸る心を抑えて、数度同じ事を繰り返す。
 周囲のメンバーも、アルフォンスの只ならぬ雰囲気に、
ロイの動きを、固唾を呑んで見守っている。

 繋がらない電話は、チンと音を立てて受話器を置かれる。
役に立たなかった物等、用はないとばかりに放り出して、
ロイがベットから置きだそうとする。

「何を!? 無茶をなさいますな。
 先ほどのせいで、容態が悪くなっているんですぞ!」

横に控えていた軍医が、慌てたように静止の声を上げるが
ロイは、全く聞く気がないのか、上着を取るように部下に指示する。

「中将殿!」

声を大きくして、自分を呼ぶ軍医に、ロイは向きなおして言う。

「軍医殿、すまないが痛み止めを打ってくれないか?
 私はこのままセントラルに戻る」

袖を捲って、腕を差し出すロイに、軍医は唖然とした様子で眺め、
次に猛然と反対を示す。

「な、何を言ってるんですか!
 あなたは瀕死の状態から、やっと抜け出せたばかりなんですぞ。
 起き上がるのは勿論、動くなんてとんでもない!」

 必死に反対を唱える軍医の様子とは別に、周囲に居た者達は
次々と自分の行動を取る為に動き出している。
そんな周囲の慌しい様子に、軍医がぎょっとしたように視線を巡らす。

「時間がないんです。 部下達が手配を済ませる前に、動けるようにしておきたい」

逆らう事も出来ないような緊迫した声音には、この大事件中でも聞けなかったほどの
焦燥が含まれている。

「・・・出来ません。 許可しかねます」

頑なに首を振る軍医に、ロイが静かに言葉を続ける。

「君の許可は必要ない。 さっさとしないか、私には時間がないんだ」

聞きなれないロイの傲慢な物言いに、反論を繰り返すために視線を合わせ軍医は、
開こうとしていた口を噤み、途端、身体中に起こる震えを止められずに、
震えた手で注射針を取り出す。

無言で治療を受け終わると、扉が開かれる。

「中将、車の手配が終わりました。
 こちらに、お乗り下さい」

ハボックが車椅子を押して室内に入ってくる。
手助けを借りて、車椅子に座ると、後は室内には目もくれずに去っていく。

ベットの横にポツンと取り残された軍医は、まだ注射器を持った状態で
小刻みに身体を震わせていた。

『殺されるかと思った・・・』

完全に腰が抜けた状態のまま、彼はそこから長い時間、座り込んだままだった。



 駅までの短い時間、アルフォンスは向かい合った状態で、
ロイに先日の兄、エドワードの事を話していた。

「軍から様子を見に行かせる事は可能か?」

「止めといた方がいいです。 兄さん自身がコントロールできない様な状態で、
 普通の一般人が入って、無事に済むとは思えません。
 
 もしそんな事で、人を傷つけるような事になったら、兄さんが耐え切れないです」

 ロイは返事を返すゆとりもなく、自分の思考に沈む。
エドワードは、ずっと自分が人に害なす存在になる事を危惧していた。
そんな彼が、自分が恐れていたとうりの結果を引き起こしてしまえば、
彼自身の存在を揺るがすほどの衝撃を受ける事になるだろう。
 ふと思考の端に、映像が浮かぶ。
泣きそうな顔をして自分を見ていたエドワードの表情・・・、
あれは、海の孤島で二人で話していた時に、彼が見せた素の表情だ。
彼は言っていたではないか、いつか自分が、大切な人を傷つける存在になるのではないかと、
それが怖いのだと。
 そして、そんな状態に彼を追い込んだのは、間違いなく自分なのだ。
自分の勝手な思い込みと、愚かな願望が、結果、エドワードを追い詰めている。
 わかっていた筈なのに。 自分が今のエドワードの立場に置き換えられたなら、
やはり気が狂うほど心配する事になる。 それだけ、相手を愛している自負がある。
 だけどそれは自分の想いであって、エドワードが自分をそこまで想ってくれているとは
信じられなくて・・・。



「でも、なんで急に・・・。 兄さん、ちゃんとコントロールできるようになつてたはずなのに」

 沈んでいた思考の中に、アルフォンスの言葉が飛び込んできて、
ロイは視線をアルフォンスに向ける。
その視線の意味を解らずに、アルフォンスは兄を擁護するように言葉を続ける。

「確かに兄さんの力は、物凄く大きくて強いものだけど、
 それは、防御の力も強いって事なんです。

 兄さん位の人間が、その均衡が壊れるような事って、滅多にないだろうし、
 あり得ないと思うのに」

 困惑を濃くするアルフォンスの表情に、ロイはポツンと言葉を返す。

「もし、均衡が崩れるような事があったら?」

 表情のないロイからの問いかけは、アルフォンスには真意はわからず
戸惑いながらも返事を変えす。

「そんな、兄さん自身に衝撃を与える程の事って、僕には想像できないですけど
 あったとしたら・・・」

 逡巡考える時間を取って、アルフォンスは言葉を選びながら自分の考察を話す。

「兄さんの中から出ている力って、兄さんの意思に関係なく流れているんだと思うんです。
 そこに隙間みたいな出口があって、それが兄さんのわけですが。
 そこから流れ出てしまう事になりますよね。
  だから、兄さんは多分、それを堰き止める壁や扉みたいなものを
 自分の中に作ったんじゃないかと思うんです。

  ダムを想像してもらえればわかりやすいと思うんですけど、
 大量の水を堰き止める壁に、亀裂が入ると、最初は小さな亀裂から水が滲み出して
 その内圧力に負けて、どんどんと亀裂は広がります。 そうなると、水圧に負けて・・・」

 『壁は崩壊する』、アルフォンスが続けなかった言葉を、聞いていたもの達は
頭の中で言葉を見つけてくる。

 そして、それを聞いていたロイは、最初の亀裂がいつ入ったのかを思い出していた。
 自分がエドワードの信頼も愛情も裏切りそうになった時だ。

 あの時、彼は許してくれた。 愚かな自分の思い込みで、とんでもない事をしでかそうとしていた自分を。
結局、エドワードを追い詰めるのは、いつも愚かな自分なのだ。
失えないから失わないようにと愚考し、離せないから離したくないと足掻く結果、
自分はどんどんと、エドワードを追い詰めていく。
 優しいエドワードは、人を傷つける事が出来なくて、結局は自分を傷つけていく。
昔から彼はそうだった。 人が傷つくことより自分を傷つけ、全てを抱え込んでは
とても普通の者なら支えきれない重荷を、小さな無数の傷を持つ身体で耐え忍んで歩いていく。

 そんな彼を、ロイは誰よりも見てきて、知っていたと言うのに・・・。

 皆の不安を乗せながら、臨時の軍用列車は猛スピードでセントラルに戻っていく。



 ***

「あきれたわね。 あなたそれで、おめおめと逃げ帰ってきたわけ?」

 辛らつな物言いにも、レイモンドは返す気力もない。
見て、経験していない者に、あの恐怖がわかるわけがない。
 全てが、今までの観念を覆す状況が起きていて、その中で無力な自分には、
立ち向かうどころか、正視する事さえできるはずもない
 エドワードへの想いは、今でも変わりないと言える。
だが、自分には彼を支える事等、到底不可能に思える。
 横に立ち並びたい、守っていってやりたい。 それが、どれほど驕った考えだったのか
今のレイモンドには痛いほど実感させられている。
 あれ程の力を持ち、かつ制御してきたエドワードの前では、
自分は無力な矮小な人間なのだ。
それは、レイモンドにとっては辛すぎる事実だ。
自分に自信もあれば、それだけの知識も経験も、そして地位もある。
 そんな自分が、実は吹いて飛ぶ塵の如き存在だった等、
知りたくも、考えたくもない。

 黙ったままのレイモンドに、フレイアは軽蔑の眼差しを向けて踵を返す。
そんな彼女の行動に、レイモンドが慌てて声をかける。

「フレイア、待て! 君は、何をする気なんだ!」

去りかけていた足を止め、顔だけ向けると、フレイアはさも当たり前のように告げる。

「エドの所に行くのよ」

 きっぱりと言い切る彼女の言葉に、レイモンドは驚愕で声も出せない。

「彼が錬金術師なのは、わかっていた事じゃない。
 今更そんな事で、オタオタする方がおかしいんじゃない?

 行って、直接彼と話せる頃を、見計う事にすればいいんでしょ?」

 事を見知っていない為か、フレイアにはレイモンドの話が、それ程深刻には受け止めれない。
レイモンドが何を尻込みしているのかは知らないが、エドワードが弱っているなら、
逆に自分が這入り込めやすいと言うことだ。
 どうせ1度は失敗しているのだから、何度断られようが、門前払いを喰わされようが、
別に今更、それを恥ずかしいとも思わない。
 要は、エドワードに自分の意思の強さを解ってもらえればよいのだ。
『諦めない』と。

 レイモンドが唖然としている隙に、フレイアはさっさと歩いて遠ざかっていく。
彼女の姿が小さく見えなくなりそうになって、レイモンドはやっと、事の重大さに気づいて
彼女の後を追うべく走っていく。
 とにかく、今は行くべきではない、いや、行かせるのは危険だ。
あの男・・・悔しいが、あの男が帰ってきてエドワードが平常心を取り戻してくれるまで。

 レイモンドは、どう話せば彼女にわかってもらえるのかと悩みながらも
追いかける足を全力で動かしていく。




 




 
 











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