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Selfishly

Selfishly

7、「企み」 Pa 1


7、『 企み 』


H18,4/30 1:30

エドワードは、ふわふわと漂う浮遊感を感じながら
ぼんやりとしている意識の中、
ずっと 自分に寄り添う気配に安堵のため息を
心の中でついていた。

こうして、自分が弱っているときに
常に自分を気にかけて付き添ってくれているアルフォンスが
傍に居てくれているんだと思っていたのだ。

熱が高いのか、意識が朦朧としてはいるが、
時折、冷たいタオルに交換してもらっていたり
髪や頬を撫でてくれる感触を感じると、
心と身体が弱っている今は、無性に擦り寄って行きたい気持ちにさせられる。
そんな安心感の中、エドワードは夢の淵を漂い続けていた。



『ですが、そんなに休みを急に取られても困ります。』

電話越しに聞こえる声は、厳しさを漂わせている。

「わかっている。
 だが、熱も引かない子供を置いておくわけにはいかないだろう。
 
 無理を言っている事はわかっているが、
 後 2日・・・、いや 1日でいいから時間をくれ。」

言っているロイも、自分自身が かなり無茶を言っている事は
よく、わかっている。
一昨日に熱を出して寝込んだエドワードの看病のために、
すでに もう2日も休んでいるのだ。
副官が 渋る理由も重々理解している。
が、それでも 今は 傍を離れるわけにはいかない。
いや、離れたくないと思っている。

長い沈黙の後、深いため息が聞こえてくる。
『わかりました・・・。
 仕方ありません 明日までが限界ですので、
 明後日には、必ず 出てきてください。』

そう硬質な声音で告げられた言葉が、
まるで福音のように、ロイの耳には響いてくる。

「すまない。
 明後日まで熱が引かないようなら、
 入院させるようにするんで。」

『宜しくお願いします。』

そう言って、話を終わろうとした副官に
ロイは かけているだろう迷惑を思って謝罪の言葉を告げる。

「君には 本当に申し訳ない。
 宜しく頼む。」

ロイの真摯な声に、何か感じるものがあったのか、
副官は、静かに了承の言葉を告げて電話を切った。



エドワードは、先日の無茶な行動が祟って、
高熱で寝込むはめになっていた。
本格的な冬には まだ時間があるが、
シャワーで冷水を浴び続けるなどの暴挙は、
心が弱っていただけあって、身体にも 相当の負担をかけたようだ。


ロイは、まだ眠り続けているだろうエドワードの元へ戻る。
ここ数日の、ロイの甲斐甲斐しい看病は
ロイ自身が 驚いている位だ。
誰かの面倒をみるなど、めんどくさい以外の何物でもないと
思ってきただけあって、
自分が よもやここまでエドワードに献身的になれるとは
自分自身、想像もしていなかった。

熱に浮かされている様子を見れば、一晩傍に付きっ切りで
汗を拭いて、冷たいタオルと交換してやり、
湿ったシーツや、寝巻きを換え。
こまめに水分を補給させてやったり、
意識もおぼろげなエドワードを抱きかかえて
薬を飲ませたり、食事をさせたりと
いつでも、看護士になれるのではと思われる程の
こまやかな看病を続けている。

1番の不思議は、そうまでしても 全く面倒だとは思っていない
自分自身の気持ちだろう。

一昨日の晩、精神的に弱っているエドワードを抱いた。
最後までは 行かなかったが、十分に濃厚な時間を過ごし
ロイにとっては 大きな充足感をもたらした。
自分自身を刻むために行った行動だったが、
忘れられなくなったのは、果たして どちらの方だったのか・・・。
今 こうして、眠る彼の頬を触れているだけでも、
あの晩に抱いた、この子供の身体を思いだしては
チロチロと消えない熾火が うずくのを感じている。

多くの女性と関係を持ち、浮名を流してはきたが
どれも、事が済めば ロイの表面を滑り落ちて 残るようなものなど
何1つなかったのに。
1度触れただけの、未発達な子供の身体に
ここまで自分が執着しているのは、やはり精神的な想いの深さが
大きく関係しているのかもしれない。

『今までなら、こんな想い自体 不要だと思っていたのだがな・・・。』

ロイは、今は閉ざされているエドワードの瞳をみて、
早くこの瞳に、自分自身を映して欲しいと願う。
閉ざされた目蓋に、触れるだけの優しい口付けを落としながら。



意識が覚醒していくのを、エドワードは感じていた。
身体は、長い熱と眠りの中にいたせいか
動かすのも意億劫な感じだが、気分は さほど悪くない。
安心で、居心地の良い繭の中で過ごしてきたような感じを
ずっと受けていたせいか、普段より ゆっくり休養した気分だ。

目蓋が、少しづつ開いていくと同時に
視界が広がっていく。
熱で浮かされていた間は、ぼんやりとしか見えなかったが
今は 薄暗く落とされた照明の明かりでも
周囲が よく見える。

「?」
目を開けて入ってきた部屋の天井が、見慣れないものなのに
まず、おかしいな?と思う。
そして、横で気配を感じていた人間を見て
思わず上げそうになった声を抑えるのに苦労した。
てっきり、いつもの優しい弟が こちらを窺っているだろうと思ったのに、
横には・・・。
目に飛び込んできた人物に、一瞬 息を潜めてしまった。

驚いたせいで、動悸が激しくなった胸を感じながら
エドワードは、周囲を そろそろと窺ってみる。
殺風景な軍の宿舎でも、エドワード達が 良く利用するような安宿でも
決して見られないような、品の良い 綺麗に整えられた部屋。
そして、横で凭れるように寝ている黒髪の・・・上司。

与えられた情報を、回転の速い頭で判断すると
今の状況の答えに辿り着くのには、数瞬で事足りた。
そして・・・、エドワードの記憶力の良い頭のせいで思い出した事柄に
治まってきた熱が、また上がったのかと思うほど
顔が赤らんでしまう。

『俺・・・こいつと・・・。』

身体を動かせるのであれば、バタバタともがきたくなるほどの羞恥心で、
浮かんでくる記憶を消してしまいたくなる。
顔を覆いたくなる気分というのが、本当に実感できる。
覆うどころか、自分で穴を掘って 埋めてしまいたい位だ。
そんな想いを体中に巡らせて焦っていると言うのに、
横で、ベットに凭れて眠っている人物は
そんなエドワードの困惑を知らずに、すやすやと寝ている。

眠るには不自然な体勢の意味も、エドワードは瞬時に理解した。
寝ている時に感じていた優しい気配は、
大佐が 看病してくれていた気配だったのだろう。
その考えに至ると、エドワードの心の中で
何とも言えない温かい想いが広がっていく。

『また、救われたな・・・。』と言う思いが浮かんできて、
寝ている男を まじじと見つめる。

女性に騒がれるだけある端正な顔は、今は 少し看病疲れのせいか
翳りが見えるが、それさえも 男の色気となって彩りを添えている。
今は、以外に長いまつげに隠されている瞳が閉じられているせいか、
歳よりも、さらに若く男を見せている。
癖の無さそうな黒髪は、前を上げていると 凛々しく颯爽とした感じを与えるが
降ろして、くしゃくしゃになっている今は、思わずエドワードが微笑んで
整える為に手を差し伸べたくなるほど、可愛くみえる。

そろそろと、前髪を整えてやるために上げ様とした手を見て
動きを一瞬止める。
思わず 目の前で、裏表と返しながら自分の包帯の巻かれた手をみた。

一昨日の晩、悔恨のどん底に落とし込まれたエドワードが
自分自身で傷つけた傷跡だ。
自分で自分を傷つける・・・ そんな愚かな行為も
わかってやっていたわけではない。
あの時は、どうしようもない憤りに自分で自分が制御できず、
自分にぶつけるしかなかったのだ。

今も、その想いは完全には消えては居ないが
不思議と落ち着いている。
それも、この男の突拍子も無い行動のおかげかもしれない。

『ショック療法ってやつだよな。』
エドワードは、ロイの行動の意味を そんな風に理解した。

思い出すだけで、顔から火が出るくらい恥ずかしい事ではあったが
あの時の錯乱状態のエドワードには、必要な処置だったのだと思う。
大佐は、正しく処置をしたに過ぎない。
その行動の答えは、今 こうして落ちる居ている自分がいる事で証明されている。
けれど 処置と言う単語が、
エドワードの心に小さな痛みを与えるのは何故だろう?

エドワードは、そこまで考えが至り
深くため息を吐き出して、自分の中に生まれた暗い想いも一緒に
吐き出そうとする。
『何を期待してるんだ 俺は。』


もぞもぞと動いているエドワードの気配に気がついたのか、
ロイが起きだしてきた。

「目覚めたのか・・。」
起き抜けのせいか やや掠れた声でつぶやくと、
おもむろに手の平を伸ばして、エドワードの額に触れる。

「・・・!」
瞬間、エドワードが身を固くする。
そんなエドワードの戸惑いには気づかずに、
ロイは、ほつれたエドワードの髪を撫で付けてやりながら
声をかけてくる。

「喉が渇いているんじゃないか?」

優しいロイに戸惑うが、確かに喉は渇いている。
まだ、髪を撫でている手が気になって声も出せないエドワードは
コクコクとうなずく事で返事をする。

熱で声を出すのもしんどいのだろうと、勝手に思い込んだロイは
返事をしないエドワードを変に思うこともなく
水を飲ませてやる準備をするのに席を立つ。

ふいに離れた手の温かさが去ると、不意に沸き起こった寂しさに
思わずロイを縋るように見返す。
そんなエドワードの瞳の揺れに、驚いたようにした後、
嬉しそうに優しく微笑んで、エドワードの頬に手を添えて
安心させるように言葉をかける。

「大丈夫、水を取りに行くだけだから
 すぐ戻る。」
そう告げると、再度 微笑んで部屋を出て行く。

残されたエドワードは、またしても自分の行動に顔を真っ赤にする。
『俺 どうしたんだ・・・。
 
 熱だ、熱のせいで気が弱くなってるからだ!』

自分の心の揺れを熱のせいにして、
ぎゅっと目をつぶってしまう。

しばらくすると、ロイが戻ってきたのが気配でわかる。

「エドワード、起きているかい?」

目を開けるかどうか悩んでいたのだが、
大佐が自分の名前を呼ぶのに驚いて、
目を見開いてしまう。
彼は、エドワードの事を『鋼』と呼ぶ。
名前で呼ばれた事等、拝命書をもらう以前位しか記憶にない。

驚いて 思わずロイの方を見てしまったが、
言った本人は 気づいていないのか、 ごく普通にしている。

「起きたのなら、食べれなくても 少し食べて
 薬を飲んだ方がいい。」

見るとロイの手には、トレーがあり 暖かな湯気がたっている。

「出来合いで申し訳ないが。」
そう言うと、エドワードが食べやすいようにクッションを
入れてやり、頭をあげてやる。

そして、次のロイの行動に、思わず硬直をしてしまった。
ロイは、スプーンにすくったスープを飲みやすいようにと
息を吹きかけて冷まして、エドワードに差し出してくる。

「ほら、あーんして。」
嬉しそうにスプーンを差し出してくる男に、
さすが、今までだんまり決め込んでいたエドワードだったが、
黙ってはおられず、声を出す。

「ちょ、ちょっと・・・、
 自分で起きて食べるから。
 いいよ、そこまでしてくれなくても!」
自分では、はっきり声を出したつもりだったが
長い間使っていなかった声帯は、掠れて耳障りな声を出す。

「ん? ほら無理して話そうとしなくていいから。
 はい、口を開けて。」
労わるように差し出されるスプーンを、エドワードは渋々口を開けて受け入れる。
一口飲んでみて、自分が思ったよりお腹が空いていた事を実感する。
飲み込むと、自然と次を強請って口を開けてしまうエドワードを見て
ロイは自然と頬が緩むのを感じ、雛鳥のようだと思いながら
せっせとスープを冷ましては運んでやる。
スープでは 物足りないのだろう、あっと言う間にカップは空になった。

「食欲が出てきたのなら、もう 大丈夫だな。
 足りないだろうが、病み上がりなんで 急には固形物は無理だから
 今は これで我慢してくれ。
 次の食事からは、もう少し ボリュームのあるものを出すから。」

食べ終わったエドワードの口をぬぐってやりながら、
話しかけるロイが、余りに普段と違って優しすぎ、
エドワードは、どう受け答えしたらよいのかわからず、
大人しくうなずくだけにする。

「ほら、後は薬だ。」
ロイが 指につまんだ錠剤をエドワードの口に運んでくる。
それに自然と口を開くと、ポイと放り込まれる。
『うげっ、苦い』
思わず顔をしかめそうになった瞬間、
顎を取られて上向きにされたと思ったら
水が流し込まれてくる・・・口移しで。
あまりの驚きに呆然と薬を飲み込んでしまったエドワードを見て、
ロイは 偉い偉いとばかりに頭を撫でて
エドワードを寝かせる準備をする。

その動作が、余りにも自然だった為
自分が熱でうなされている間も同様の事が成されていた事に思いが及ぶ。

目を見開いて自分を見てくる相手に、
ロイは、ああ わかったとうなずくと
さらに、爆弾発言をする。

「何を驚いてる、こんな位で。
 君が 寝ている間に、トイレの世話もしてやってた事に比べれば
 たいした事でもないだろう。」

可笑しそうに、意地悪げに話された内容に
憤死しそうな様子を見せるエドワード。
そんなエドワードを見て、ロイは さらに笑顔を深くする。

「悔しかったら、早く元気になることだ。
 まぁ、弱っている君は されるがままなんで
 私としては、それでも構わないがね。」

嬉しそうに、にやりと笑って告げられた言葉に
ギロリと睨み返して、エドワードは目を瞑って眠る姿勢を示す。
『くそっー、今は何言ってもダメだ。
 取り合えず、身体が元に戻ったらだ。
 抑えろ俺。』
言いたい事も、抵抗したい事も山ほどあるが
取りあえずは、今は情勢が悪すぎる。
兎に角、体調を戻すことが先決だと
エドワードはあきらめ、そのまま 薬の効果で薄れていく意識に
従う事にする。
その後に囁かれたロイの言葉を聞いていた方が良かったのか、
聞かなかった方が良かったのか・・・・。

『早く元気になってくれたまえ。
 この前の続きも、まだな事だしね。』
眠りについたエドワードに、嬉しそうに微笑を浮かべながら
囁いていた。



翌朝、薬の効果か 持ち前の負けん気が病に勝ったのか
エドワードの熱も引き、起き上がれるまでに回復した。

「よし、熱も平熱に戻ったな。」
渡された体温計を見て、ロイもホッと息を吐く。

「その・・・、今回は、
 その色々と・・・。」
いいにくそうに言葉を告げてくるエドワードを、
ロイは目を細めて見る。

「さて、熱も下がったところだし
 今度は栄養のあるものを食べないとな。
 少し待っていろ、今 温めて持ってこよう。」

ポンとエドワードの頭をたたいて、立ち上がるロイに
エドワードが 慌てて声をかける。

「あっ、俺 もう起き上がれるから、
 キッチンに行くよ。」
そう言いながら、ベットから起き出そうとしていたエドワードを
ロイが押し留める。

「熱は引いたと言っても、体調が完全に戻ったわけでもないだろう。
 無理して動く事はない。
 ここで少し待っていなさい。」

そう言われると、エドワードも強く出れずに
所在なげにベットに取り残される。

しばらくすると、良い匂いをさせてロイが戻ってくる。

「さて、また食べさせてやろうか?」
人の悪い笑顔を浮かべながら、聞いてくるロイからトレーを
ふんだくるように取ると、
「自分で食べる!」と一言告げてくる。

いただきますときちんと挨拶をして、一口頬張ると
「美味い・・・。」と思わずといった風にエドワードがつぶやく。

「お口にあったなら、光栄です。」
隣に座ったロイが、従者のように慇懃に返事を返してくる。

「これって、あんたが作ったのか?」
せっせと食事を口に運びながら、エドワードが聞いてくる。

「ああ、そうだが?」

その返事を聞いて、エドワードが感心したように返事を返す。

「う~ん、意外な特技。

 なんか、あんた 
 自分で料理なんかしなさそうに見えるのに。」

「独り暮らししていれば、自分でやるよりあるまい。
 そこそこ、何でも出来るのは軍人にとって当たり前の嗜みだ。」

「軍人の人って、皆 そうなわけ?
 ハボック少尉とか、ブレダ少尉とかも?」

「まぁ、普通程度にはやるだろうさ、いざとなったら。」
日ごろやっているかどうかは疑問だが、
いざとなれば、どんな事も出来るようには訓練されている。

「へぇー。」と感心したように驚いているエドワードを
微笑みを浮かべて見る。

「どうだい? お買い得だろ?」
そう言う、ロイの言葉の意味がわからずに キョトンとした顔をする。

「高収入で、地位もある。
 容姿端麗、頭脳明晰の将来有望株な上、
 家事にも精通して、看護にも最適なのは 今回わかっただろう?」

自分の事を、つらつらと褒め称える男を エドワードは呆気にとられたように
聞いている。

「欲しくならないかい?」

そう続けられた言葉が、何やらいやらしく聞こえるのは
この男の悪癖のせいなのか、
エドワードの耳が熱でおかしくなっているせいなのか。

「いや、別に・・・。
 俺も、自分で何でもできるしな。」
なるべく、今感じた同様を悟られないように
素っ気無く声を出して返事をする。

そうすげなく返すエドワードに、

「そうか、それは残念だ。」

言葉とは裏腹に、さして残念そうにも思っていない口調で返してくる。
だから、エドワードも また大佐の冗談かと聞き流しそうになる。

「だが、私は君が欲しいな。」

と告げられた言葉に、はっとなって相手を見る。

そこには、今まで冗談を装って軽く言っていた口調とは裏腹に
真剣な重みが混じっているのが伝わってくる。
思わず魅入ってしまった瞳には、
チラチラとうごめく、強い情念が映っている。

エドワードは、背筋を這い上がる慄きに 思わず目を逸らした。
とても、正視して冷静ではいられない・・・そんな瞳をしている。

ロイを初めて怖いと思う。

ロイに叱られたり、怒られたりもした。
命令だと厳しく言われる時もあったが、怖いと思った事はない。
が、今 エドワードは、この目の前にいる男から逃れたいと
思うほどの怯えを感じずにいられなかった。
いつもの軽い、嫌味な上司でも
真摯な優しさを見せるロイでもない。
ここにいる男からは、エドワードを脅かすような空気を感じる。
それは決して、危害を加えられるとか、
暴力適であるとかいう本能的な恐怖ではなく、
連れて行かれたら 2度と今の自分には戻れないのではと思わせる
潜在的な恐怖だ。
決して、安易に踏み込んでいい領域ではない。

ロイは、エドワードの怯えを感じ 薄くほくそ笑む。
獣なら、獲物を前に舌なめずりしているのだろう。

『が、急いては事を仕損じるだ。
 ここは一旦引くが得策だな。』
そう素早く計算をすると、あっさりと気配を変える。

「さて、食事は もういいのかな?」
普段と変わらず、何気なく聞くと
ホッとしたようにエドワードも返してくる。

「あ、うん。
 ご馳走様でした。」

きちんと礼を伝えてくるエドワードに微笑んでやり、
薬を手渡してやる。

「さて、これを飲んだら 
 少し横になるといい。」

「ええ~、もう眠くないからいいよ。
 俺、そろそろ 帰るから。」

あきらかに不満そうに返してくるエドワードに
ロイは苦笑を浮かべる。

「君、何を言ってるんだ。
 そんな覚束ない足で帰れるわけにだろう。」

「大丈夫だって、熱も引いたし。
 アルに迎えに来てもらえば・・・って、
 そう言えば、俺 アルに連絡してない!」

エドワードにしては珍しくも、
アルフォンスの事まで頭が回っていなかったのに気づいた。
ロイの雰囲気に圧されていたせいであろうが、
うかつにも程がある。

どうしよう、どう言えばとオロオロするエドワードを見て、
ロイは ムッとなる気分を感じるが、気づかれないように
気をつける。
『全く、正気に返れば アル、アルと。
 ブラコンも ここまでくれば重症だな。』
だいたい、ロイが そんな抜かりをするわけがない。
自分に向ける信頼度の薄さかと思うと、
少々、意地悪をしたくなっても許されるだろう。

「落ち着きたまえ。
 アルフォンス君には、私から連絡している。」

「えっ、ああ そっか・・・、そうだよな。」
やっと、ロイの存在に気づいたようにエドワードが納得する。

「あんな状態で取り乱している君を、
 アルフォンス君には見せたくないのではと思ったのでね。
 私のほうから、監視期間中は この家で任務についてもらうと
 連絡してある。」

「えっ、帰って良かったんじゃなかったのか?」

確か、最初は そう言っていたような。

「仕方が無いだろう。
 君の熱が いつ引くかも解らなかったんだから
 病気の事を伝えた方が良かったかね?」

「いや・・・、出来るなら伝えてくれないほうがいい。」
エドワードにしても、どうして熱などだしたのかと追求されれば
弱っていた自分を告げなくてはならなくなる。
それは、兄としての矜持と、弟に心配をかけたくないという思いやりとで
出来れば話したくない事柄だ。

「そうだろう。
 まぁ、観念して ここにいるんだな。
 何、あと4日ほどだ。
 それまで、ゆっくり療養するといいさ。」

そう告げてくるロイからは、優しさと思いやりに満ちているように
感じられる。
エドワードは、素直に礼と迷惑をかけた事をあやまる。

「ごめん・・・、なんか 今回は色々と迷惑とかかけて。
 ありがとう。」
最後の礼は、ちいさく呟くようにだったが、
素直でない彼が、礼を言うだけでも 本人の努力を認めてやるべきだろう。

「気にする事はないさ。
 早く体調を整えるのが先決だろう。」
そう言って、しょんぼりと俯いているエドワードの頭を軽く撫でてやる。
そうすると、彼らしくも無く「うん」と素直にうなずいて、
ベットに戻っていく。
ロイは上掛けを直して、照明を落としてから
そっと部屋を出る。
眠くないと言っていたが、発熱は かなりの体力を消耗する。
薬が効いてくる頃には、自然と眠りに付いているだろう。

エドワードは ロイに迷惑をかけたと思っているのだろうが、
ロイにとっては、かなり役得な思いをさせてもらった。
が、せっかく エドワードが そう思ってくれているのだから
それに便乗させてもらうのは、構わないだろう。
ロイとて、ここでおめおめとエドワードを帰すほど
お人よしではない。
この好機を逃せば、後が いつになるかわからないのだ。
エドワードが 心身とも弱っている時等 そうそうない。
あったとしても、隣に弟がいる状態では
ロイの出る幕はないだろう。

だからこそ、
ロイは、この残りの4日間で エドワードに快楽という楔を打ち込むつもりなのだ。

『エドワード。
 この世で もっとも断ち切りがたい誘惑が何かわかるかい?
 身体に刻まれた快楽の印は、簡単には消えない。
 
 君の心は 今はアルフォンスが握っている。
 なら、私は 身体からもらう。
 そして、いつかは 心も手に入れてみせる。』

こうして、ロイのエドワードを手に入れる企みは
着々と進んでいく。
気づいていないのは、今は眠り込んでいる
捕らわれの鋼の姫のみ。
ロイは、にやりと悪者の笑みを浮かべて
これからの企みを組み立てていく。


[ あとがき ]

なんと、1枚で入らなかった・・・。
ちょっと、ショックです。
長くなりすぎたのね。(シクシク)
未熟な腕での長文は 止めておこう・・・。





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