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Selfishly

Selfishly

8、「誘惑」


17-8 「誘惑」

H18,7/9 22:30


ガヤガヤとした空気が流れる広場では、
慌しさに、ほんの少しの浮き立つ空気が混ざっている。
それは、今から旅たつ事への喜びや
再び戻ってきた安堵感からなのか。
駅とは、慌しさの中にも それだけではないものが生まれては
特別な空間を作り出している。

その1画にも、この特別な空間を生み出す要素が含まれたシーンが
広げられていた。


「もう、行ってしまうんだね。」

あきらめの混じった苦笑を向けながら、
纏う雰囲気は 別れを惜しんでいるのがありありと滲んでいる。

「ああ、世話になったな。」

別れを惜しまれている方の人物は、
先ほどから 仏頂面を崩さないまま、言葉短に返すだけ。

そんな相手の態度も、気にならないのか
惜しむ側の人物は、言葉も気持ちを表すのも惜しむ気がさらさらないようで、
繰り返し言葉を募っていく。

「寂しくなるね。
 次の行き先は もう、決まったのかい?」

「まだ。」

「なら、もう少し ゆっくりしていけばどうだい?」

熱心に勧める滞在への願いも、
首を横に振るだけで答えを返される。

「そうか・・・。

 なら、今度は どれ位で 戻ってくるんだい?」

このままでは、列車の時刻に間に合わないのではないかと
心配になってくるエドワードが、もういい加減にしろとばかり
もともと長くない辛抱の気を開放する。

「もー!
 いい加減にしろよー。

 あんた、昨日から 同じことばかり繰り返してるぜ。
 同じ答えを 何回もさせられる俺の身にもなれよ!」

頭一つ分も低い位置から投げつけられる言葉は
どうやら、ロイの耳までは届かないらしい。

「鋼の。
 今度は いつ戻ってくるんだい?」

全く聞く気がない相手の態度に、あきれた表情をしながら

「あのな~、
 行く場所も決まってない内から、帰る時が解るわけないだろ~。」

「だったら、もう少し ここに居ればいいじゃないか。」

やっと噛みあった会話にホッとする間もなく、
エドワードが 渋い顔で 何度も繰り返した返事をする。

「言っただろ。
 今んと頃 東部に目新しい情報がないんだよ。
 
 んで、中央に行って情報集めたら、早く行き先決めなきゃ
 俺らが困るの。」

背後に 発車を知らせる汽笛が鳴り始め、
エドワードは 慌てて、アルフォンスが待つ列車を振り返る。

「んじゃ、大佐。
 もう、行くから。」

素早く置いていたトランクを掴むと、
名残り惜しげにしているロイに あっさりと背を向けて
足早に去って行く。


「エドワード!」

後ろから自分を呼ぶ声に、思わず顔だけ振り返ったエドワードが見たものは
小さく手を振りながら、優しく微笑むロイの姿だった。

その優しい微笑みは、エドワードがロイの家に滞在中に
ずっと向けられていた表情と同じだ。

滞在中の自分達の事を思い出させる微笑に、
瞬間頬が熱くなる。
そして、
照れたような表情を浮かべながら、
この距離では 相手に聞こえないだろう 小さな声でつぶやいた。

「       」

途端、ロイの表情が嬉しそうになったのにエドワードは驚いた表情をしたが、
次には 真っ赤になった顔を隠す為に、一目散に列車に飛び込んで行く。

ロイは、その姿を嬉しそうに眺める。
エドワードは、ロイには聞こえないだろうとつぶやいたのだろうが
ロイには、声は聞こえなくとも唇で 呟かれた言葉を読むことができた。

『戻ってくるから。』と。

去って行く列車が小さくなっていくのを、
離れる寂しさと、次に逢える事の喜びを抱えながら
ロイは その視界から消えるまで見続けていた。






「兄さん、大佐 なんて?」

やっと、弟の待つ席に腰を落ち着ける事ができたエドワードに
アルフォンスが 無邪気に窺ってくる。

「えっ、いや 別に 何も言ってないぞ!

 俺も 別に何も言ってない!」

首が痛くないのかと心配になる程振りながら、
答える兄の様子のおかしさに首を傾げる。

「えっ、そうなの?
 結構 時間がかかっていたから、
 仕事の話かと思ってたんだけど・・・。」

アルフォンスの まっとうな見解を告げられ、
エドワードは 自分が考えすぎていた事に気づき、
ばつが悪くなった。

「あ、ああ うん。
 実は そうなんだ。
 まだ、途中だったんで 今後の事を聞かれてさ。」

「えっ、そうだったんだ。
 大丈夫なの? そんな途中でほっぽり出して来ちゃって。」

心配そうな声音で聞いてくるアルフォンスを
安心させるように笑ってやると、

「ああ、急ぎってわけでもないから
 次に戻った時で いいって言ってくれてるからな。」

「そう、ならいいんだけど・・・。

 兄さん、また 無茶を言って迷惑かけたんじゃないかと
 僕、心配になったよ。」

はぁ やれやれといった仕草で答えるアルフォンスに
エドワードは ムッとした気分になって言い返す。

「無茶言うのもしたのも あいつの方だぞ!
 迷惑かけられたのは、お兄ちゃんなんだぞ。」

憤然と言い返すエドワードに、
アルフォンスが 疑わしそうな眼差し(雰囲気)を
伝えてみているのが解る。

「な、なんだよ!
 俺が 嘘言ってるとか思ってるのか。」

「えっ、別に そんな事は言ってないじゃない。

 ただ、大佐が そんな事あるのかな~って思っただけだよ。」

「そんな事はない!
 あいつは、俺に・・・!」

そこまで言いかけて、はっとなって口を噤む。

(あ、危ね・・・、俺 何を言うつもりだったんだ)
冷や汗が たらりと背中を伝って行く。

「えっ? 大佐が兄さんに 何かしたの?」

首を傾げて そんな質問を返してくるアルフォンスを
少し恨めしく思いながらも、
エドワードは 自分を落ち着かせるために息を吐き出して
何とか平静さを取り戻して、無難な答えを捻り出す。

「いや、無茶な事ばかり押し付けてくるからさ。」

「あはは、それは兄さんになら 出来るって信じてくれてるからだよ。」
慰めるように伝えてくる言葉に、そうかなと短く返しながら
流れる景色に目をやりながら、頬杖をつく。

兄が自分の考えに没頭し始めたのを感じたアルフォンスは
持ってきた本を取り出して、自分も自分の世界に入り込んでいく。
どちらも、研究者らしく
一旦 集中しだすと、余り他の事は気にならなくなる。

列車の揺れに身を任せながら、
二人は おのおのの考えの中に浸りながら
次の駅までの時間を過ごしていく。



『エド、エドワード・・・。
  もう1度・・・。』

そう囁きながら 熱い息を吐き、火傷しそうに感じるほど熱い腕が回されてくる。
もう、指1本動かせないエドワードは 
嫌々をするように 相手に背を向けようと身体を動かす。
が、力の入らない体は そのまま相手の思うどうりに向かされて
またそのまま、熱く長い時間が始まる。

ロイと過ごした時間の大半は、ほとんどベットで過ごしていた。
ロイは、エドワードがあきれるほど エドワードに構い続けては
エドワードを翻弄した。
飽きることを知らないかのような執拗な愛撫に
音を上げ、翻弄される嵐の中 いつも、先に意識を飛ばすのも
エドワードの方だった。

エドワードが昼過ぎに目を覚ます頃には相手は居ず、
手元に要用の物が用意されている。
やっとベットから動けそうになる頃に帰ってくると、
また、同じような夜を過ごす。

病気から回復したと言うのに、
エドワードが ロイの家で過ごしたのは
ベットのある寝室と浴室の2部屋だけだ。
しかも、移動は ほとんどロイに抱きかかえられてなので
正確には 足を降ろしたのは 寝室だけかも知れない。

出発の前夜だけは、程ほどにしてくれと懇願したエドワードの願いも空しく、
逆に 過ごした夜の中でも1番激しい時間を延々と続けられ
意識を手離しても、覚醒を促される強さの刺激を与えられた。

意識を失うように 二人が眠りに付いたのは
もう、夜も白々と明けてきていた頃のように思うが、
はっきりした記憶がないので、そんな気がするというだけではあった。

気合と意地だけで、なんとか出発の時間に間に合わせたが
座っているだけでも しんどいのは否めない。

(全く・・・、無茶ばかりさせやがって。)
頬を紅くさせながら、エドワードは 過ごしていた時間を振り返る。
身体は、今朝までのロイの暴挙に音を上げてか
疲労の色を濃くしている。
このまま、すぐにでも眠りの世界に入れそうだ。


しかし これだけ、身体が疲れているというのに
頭のほうは 恐ろしく冴えていて、考えるのを止めてくれない。
思い出しては赤面することを何度も繰り返してはいたが、
兄の様子のおかしさに気づいてくれる弟も
自分の手元に集中しているらしく
そんな兄の様子には気づかないようで、
チラリと盗み見たエドワードを ホッとさせる。


アルフォンスが 気づかないのを良い事に
エドワードは 横で自分の世界に浸る弟を見つめる。
見つめる瞳には慙愧の色が濃く浮き上がったいる。

正直、ロイと過ごしたこの1週間というもの、
弟のアルフォンスを思い出したのは 最初の時だけだった。
もちろん、ロイの与える衝撃が大きすぎて 
他に考えを向ける余裕がなかったと言うのも嘘ではない。

ロイが『明日は もう出発するんだね。』と言う言葉を告げなければ
多分、エドワードは 旅立ちの日も忘れていただろう。
昼夜がない生活だったからとか、今までにない経験だったからとか
嘯く気はない。

エドワードは、逃避していたのだ。
思い道理に行かない現実にも、背負わねばならない罪にも。
そして・・・、探し続け、生き続ける間 増えていくだろう自分の業に。
騙し騙し 自分の中に溜まっていく疲れに疲弊した心が
少しづつ、そして確実に
自分に立ち上がらす気力を奪っていっていた。

限界を越し続けたエドワードには、あの事実は辛すぎた。

心のバランスが崩れたときに、
今まで我慢し続けていた体が悲鳴を上げた。

そんな時に差し伸べられた、ロイの腕は温かすぎた。
思わず 全てを忘れ、我をも忘れて縋りつくくらいに。

そして、ロイは 全てを承知でエドワードに与えたのだ。
今のこの時も、想いも エドワードの糧にしかならないことを知っていても。

例え 一時手に入れても、エドワードは立ち直れば
また、自分の手から離れて歩き続ける。
それは予想ではなく、現実だ。

エドワードは、暗闇が覆いかぶさり
流れる景色の変わりに、ポツポツと灯る明かりを流していく
車窓からの情景を眺める。

残酷で、優しい男。
エドワードは、今度の事で ロイの事を つくづくとそう思わせられた。

車窓に映るアルフォンスの 今の姿を見る。
それは、エドワードの犯した罪の深さ。
今までは、自分の贖罪に負われるように 旅を続けれれば
エドワードには 何も考えることも、思うこともなかった。

たった一人で、全ての弟の為に
自分の全て、命さえ投げ出す覚悟で 前だけを向いていればよかったのに。

今は・・・。

『エドワード』

ふいにロイのエドワードを呼ぶ声が よぎる。
途端、エドワードの身体に ゾクリと粟立つ間隔が沸き起こる。

少し掠れた、そして 身体の中に秘める熱を吐き出すように
熱を持った声で、エドワードを呼ぶ。

『あの男は 麻薬だ。』
1度、あの熱さ、居心地の良さを知ってしまったエドワードは
自分が既に囚われている事を知る。

そして、
それに溺れる事を良しとしない残酷な男は
わざわざ、エドワードに現実に戻る時間を知らせてくる。
その優しさにも、心が揺さぶられる。

『もう、以前の アルの為だけに生きていた自分に戻れない。
 
 あいつが俺を変えてしまった。
 
 俺は あいつが俺を呼ぶ誘惑に 逆らえない。

 あいつに抱かれたときに、俺の中に あいつの1部が入ってきたように、

 アイツの中にも 俺の1部を持っていかれちまった。』

エドワードは、弟に気づかれないように
深く、重い ため息を 静かに吐き出した。

車窓の外では、先ほどより深く濃く 帳を落とす闇が
流れていく。


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