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Selfishly

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駄目な男  Act5「失われた心の欠片」



駄目な男 
  

          Act 5「失われた心の欠片」
H19,2/18 05:00

混雑の時間が過ぎているせいか、比較的空いている議員食堂で
エドワードは、食欲なさ気な様子で、皿の物を突付いている。

「エドワード君、何か困ったことでも?」

そう降ってきた声に、エドワードははっとなって顔を上げると、
馴染みの女性の顔に、頬を緩める。

「こんちは、久しぶり?」

「そうね、以前ここで顔を合わせたのは、どれ位前になるかしら」

ふふふと笑いながら、椅子を引いて、彼の前に腰を落ち着ける。

「そうだよな。 同じとこにいても、なかなか顔を合わせる機会が
 珍しくなかったよな、最近」

「そうね。 議長の仕事に付いて回っていなかったせいもあるわね。
 そう言えば、珍しいわね、エドワード君一人なんて?」

「ああ・・・あいつは、今、アポイントが入っていた人物と歓談中だから」

そう告げた表情が、僅かに翳るのに、どうやら、現在の彼の悩み事が
その噂の人物にある事を確信する。

エドワードがセントラルの国会議場に足を運ぶようになって、暫く経つ。
セントラルに住居を移しても、リゼンブールの議長を続けているのは
住民と、そして強硬な弟の願いがあったからだ。
最初は、ロイの自宅で連絡を取り合いながら職務を進めていたり、
月の半分程を、リゼンブールに戻ったりとしていたが、
必要な資料や、データーが無い自宅での仕事は、
やはり進めづらく、その度に連絡をするのも申し訳ないからと、
その度にリゼンブールへと戻っては、溜まっている仕事を片付けたりもしていた。
おかげで、もともとハードな職務が、移動の疲労も加算され、
日に日にエドワードがやつれて行くのを見かねたロイが、
セントラルの国会議場に職務部屋を与えると言い出したのだ。
セントラルなら、膨大なデーターや情報も揃えられているし、
決済する書類も、瞬時に提出できるのだが、
ここに正式に勤務しているわけでもないエドワードが、
そこまでしてもらうのは申し訳ないと断り続けるので、
臨時の形ではあるが、ロイの補佐官として、正式に採用をする事を
ロイが強引に決めて、手続きを取ってしまったのだ。

ロイの勝手な行動に呆れもしたが、更に気にかけていたのは
そんなロイの行動が、周囲の者から反感を持たれないかという事だったのだが、
それは、エドワードの杞憂に終わった。
復興の目覚しいリゼンブールは、どの街でも注目の的で、
特にそれを推進しているエドワードとアルフォンスの手腕は、
他の議員にとっても、垂涎の的でもあったから、
臨時とは言え、セントラルの議事場に勤務するとなると、
今の内に、懇意にしておきたいものや、
知識を分け与えてもらいたい部署がわんさかあり、
ロイが不機嫌になるほどの、人気ぶりだった。
(ちなみに言い添えておけば、ロイの不機嫌の原因は、
エドワードの人気が高かったからではない。
彼の素晴らしさは、ロイが1番良くわかっている。
が、そのせいでエドワードが忙しくなればなるほど、
ロイにかけてくれる時間が減る・・・その一言に尽きる。)

結果、エルリック議長への訪問は、アポイントをロイに申請してからに
変更を余儀なくされ、皆順番待ちで面会する事へとなった。

まぁそんな事はあったりしたが、ここでの勤務には然程問題も無く進み、
結果として、リゼンブールに戻る回数が減って、
ロイとしては、満足な結果になったようだ。
そして・・・、リゼンブールで待つ市民の中で、特にアルフォンスは
その事を、かなり根に持つ結果となった。




「で、何か困った事でも?」

そう聞き返してくれるリザに、エドワードは戸惑いの表情を見せる。
その彼の様子に、踏み込まないほうが良い事柄なのかと察した彼女が、
さり気なく謝ってくれる。

「ごめんなさいね、何でも聞き出そうとするのは、
 私の悪い癖ね」

そう優しく微笑んでくれる彼女に勇気付けられて、
エドワードは、躊躇いがちに話を語りだす。

「そうじゃないんだ・・・。別に、本当に対した事じゃないと思うんだ」

「そう? もしよければ話してみて?
 話す事だけでも、気分が落ち着く事もあるでしょ?」

姉のように優しい言葉をくれる彼女に、エドワードは泣きたいような気持ちで
見つめ返す。
彼女は常に優しかった。彼らが旅をしていた頃も、ロイを捨ててしまった後に
こうやって戻ってきた時も・・・。
そんな彼女だからこそ、エドワードは話す気になった事を
ポツリポツリと語りだす。

「俺の思い違いかも知れないし、ただ、たまたまだったのかも知れない。
 もしかしたら、俺の思い込みとか思い上がりのせいかも知れないんだ」

そう前置きを告げるエドワードに、微笑みながら無言で頷いてくれるのを見て、
エドワードは勇気を出して、聞いてみる。

「なぁ・・・、ロイって、あんな奴だったっけ?」

戸惑いを瞳に浮かべて、そんな事を聞いてくる彼に、
リザは、自分の気を引き締める。

「・・・何かあったのかしら? それとも、嫌な事でもされたの?」

エドワードへの溺愛ぶりを知っているだけあって、
まずはそれは無いだろうとは思ったが、一応は訊ねてみる。
その問いには、俯きながら、フルフルと首を振る。

「そんなことはない・・・俺には」

そして、そのまま言いよどむエドワードに、重ねて問いかける。

「あなたには? じゃあ、他の人にと言う事かしら?」

その問いかけには、肯定も否定も返さない。

「・・・何かしたとかじゃないんだ。
 
 逆に、何もしない・・・からかな?」

エドワードが以前知っていたロイという男は、如才なく、
気も良く回る男の代表だった。
別れる原因となったのも、彼が女性に如才が無さ過ぎて
もてすぎるのが、引き金にもなっていたのだから。

そして、最近心に引っ掛かっていた話を聞いてもらう。

一緒に暮らしだした頃には、そんな違和感は全く解らなかった。
ロイは常にエドワードに優しく、細やかな気配りや、心配りを示してくれる。
時に過剰にも思える気の使いようは、離れていた時間を埋めようと
する心の動きが、そうさせているのだと思っていた。
でも、何だか妙だと思い始めたのは、第3者を交える様になってからだ。

ロイの過去には、凄惨な経験がある。
痛みを負った彼は、痛みに敏感で、人の痛みも感じれる人間だった。
だから、部下からも信頼も厚く、特に女性からは「優しい」と
評判になる程だったのだ。

が、最近あった些細な事件は、エドワードがその場で目にする度に、
以前の記憶のロイとは、違和感を感じてくるようになってきた。


それは本当に些細な事で、けれど、以前の彼なら決してしないような、
見逃さないような事ばかり。


日常の買い物は近隣で済ませるエドワードだが、
ロイが指定する品物を買いたいという希望で、
大手の高級百貨店へと足を運んで来た日。
イベントが多い季節柄か、高級が売りのそこも、
人の多さに眉を顰める程には混雑の盛況振りを見せていた。

「しまったな・・・、こんなことなら、業者を呼ぶほうが良かったな」

自分自身は足を運んで買い物をしないと言っていたロイが、
エドワードに諭されて、出向いて来たのだった。
馴染みらしい店の店員は、ロイの訪店を恐縮しながら対応し、
丁寧に送り出してくれた。
ロイの希望の品は、言えば直ぐに手に入る物でもないらしく、
後日、お持ちしますの返しにも、ロイはさして驚かずに
頷いただけだった。

「ごめん、そうならそうと言ってくれれば、
 別にわざわざ、足を運ぶようになんて、言わないのにさ」

てっきり、その場で受け取って、持って買えるものとばかり思っていた
エドワードが、少しだけ、反省しながら謝ると、
そんな事は気にもしていなかったのか、

「いいや構わないよ? 君と出かけれるなら、
 それがどこであっても、私は嬉しいんだから」

その言葉が本音で言われている事は、嬉しそうに見つめ返される瞳でもわかる。

「そう?」

エドワードも、ロイのストレートな思いに、
照れながらも、微笑み返す。

混雑を避けながら辿り着いたエレベーターホールでは、
結構な人数の待ちあう人たちがいた。
手ぶらのエドワード達とは違い、めいめいが結構な荷物を抱えている。

漸く昇ってきたエレベーターから、大量の人が吐き出されると、
今度は我先にと、待ちあう人々が乗り込んでいく。
時間にゆとりがある二人は、焦らずに流れる人に着いて
乗り込んでいく。
込み合う中で、エドワードを庇うようにしているロイに
苦笑しながら、ふと横を見ると、自分の横にはいくつも箱を重ね持った
年配の老婦人が、しんどそうに荷物を抱え直している。
『お孫さん達のプレゼントかな?』
いくつも詰まれている箱には、キッズ商品とわかるような
可愛いラッピングがされている。
ここを出れば車でも待っているか、拾って帰るのだろうが、
小柄な婦人では、足元も危ないのではないかと危惧はするが、
身動きできない今の状態では、助けてやる事も出来ない。
降りたら声をかけてあげようと考えながら、エレベーターが1階に着くのを待つ。
程なく着いて開かれた扉から出ていく人達の背を見ながら、
二人も続いて歩き出す・・・その時、後ろから着いて出ようとした、
先ほどの老婦人が、視界の悪さからか、バランスを崩して倒れ伏しそうになる。

「あっ!」

いち早く気づいたエドワードが手を差し伸べようとした瞬間・・・。
ロイは・・・落ちてくる荷物から、エドワードを避けるように
引き寄せたのだ・・・。
そして、助け手の間に合わなかった婦人は、そのまま横転した。
ロイのその行動は、別に不自然でもなんでもない。
落ちてくる物から、身を庇ったのに過ぎないのだから。
でも、落ちてくると言っても、所詮は軽い小物ばかりの箱だ、
鍛えられているエドワードや、ロイに当たった所で、痛くも痒くもない程度なのだ。
エドワードは茫然とロイを見上げ、エドワードの驚きに気づいてもいないようなロイは、
問いかけるような目を向けるエドワードに、窺うような視線を向けて
微笑んでいる。
その後、我に返ったエドワードが、急いで婦人を助けお越し、
拾い上げた荷物と共に、車まで送り届けた。
それに関しては、ロイも別段何も言わずに、いつものように
婦人を労わり慰めの言葉をかけて、送り出したのだ。
それを見て、先ほどの事は、習慣に染み付いている、反射のようなものなのかも
知れないと、エドワードも思い直した程、婦人に親身な姿に見えた。

きっと、ロイはたまたま気づかなかっただけなのだろうと、
エドワードも忘れかけるような頃、ウィンリーが子供たちを連れて遊びにやってきた。
以前から何度も誘ってはいたのだが、アルフォンスは絶対に招待を受けようとしない為、
痺れを切らせた彼女が、旦那を置いて、さっさと招待を受けて、やってきたのだ。


「そうか、明日やってくるんだね。
 
 君も久しぶりの甥と姪の顔が見れるんで、
 嬉しいんじゃないかい?」

そう告げてくるロイの表情も、エドワードが喜ぶ事柄には
同じように喜びを示してくれるのが、嬉しい。

「そうなんだよ、あんたにも1度、きちっと紹介してやりたかったんだ」

「マース君と、トリシャ嬢だったね」

その名を呼ぶときに、少しだけ翳るのは、
今でも忘れられない友を想ってのことだろう。

「そう・・・、すっごく元気なんで、ビックリするぜきっと」

ロイにとって、そしてエドワードにとっても大切な二人の名前をつけた子供たちは
エドワードが目に入れても痛くない程の可愛がりようだ。
早くにして亡くなった人達の代わりにも、彼らには健やかに大きく育って欲しい。

「そうだ、ロイ。 明日は戻ってくるときに、
 いつもの所でケーキを買って来てやってくれないか?」

結構、甘いものが好きなエドワードの為に、
ロイはお土産に良くケーキを買ってくる。
有名店のその店のケーキは、エドワードの口にも合うのか、
いつも楽しみにしているのだ。

「そうだね、明日はホールで買ってくる事にしよう」

「うん、頼む。 でも、明日は子供が好きそうなのを
 選んできてくれよ」

いつもの味覚の合う物では、子供には食べずらいかも知れないと思い、
念を押しておく。

「そうだね。 店員の者に聞いてから買う事にしておこう」

そう微笑んで、頷いてくれた。だから、エドワードもロイの選ぶものに
さして心配する必要も無かったのだ。

翌日、ウインリー達がやってきて、久しぶりの顔合わせに
喜んでいた所に、ロイが戻ってきた。

大きな包みを抱えたロイの帰宅に、一緒に待っていた子供たちも
期待に瞳を輝かせている。

「さぁー、お待ちかねのケーキだぞ。
 この店のは、凄く美味しいから、楽しみにしておきなよ」

そう告げて、ロイと一緒に、ケーキを切り分ける為にリビングを後にする。

「こんな物でどうだろう?」

開けられた箱には、如何にも子供が喜びそうなゴテゴテした飾りや、
クリームがたっぷり飾られており、普段、この手のケーキを
余り口にしないエドワードが、興味深そうに味見をする。

少しだけスプーンに掬ったクリームは、
やはりエドワードには甘すぎる。
相変わらず牛乳が好きでないエドワードには、このクリームでは
濃すぎるのかも知れない。

「どうだい?」

眉を寄せて聞いてくる相手に、エドワードは苦笑を浮かべる。

「うーん、俺にはちょっと無理だな」

だが、子供なら喜びそうだから、問題は無い。
そう思いながら、切り分けるナイフを取りに背を向けて
探していると、いきなり、ドサッと言う音がしたかと思うと、
子供たちの泣き声が響き渡る。

「ワァーン!!」「ウッ、ウェーン!!」

2重の鳴声に、エドワードが驚いたように振り替える。

そして、ロイも驚いたように子供たちを眺めている。

「どうしたんだ、一体?」

慌てて、エドワードとウィンリーが子供たちの傍に寄る。

「あんたたち、何泣いてるのよ?」

子供の突然の行動には慣れているのだろう、さして驚くでもなく
ウィンリーが聞いてやる。

「だっ・・・だって・・・」
「ケーキ・・・エドおじちゃんが美味しいって・・・」

泣きじゃくる子供の言葉に、ふとエドワードが振り返ると、
先ほどまであった大きなケーキが、机の上から消えている。
そして、ふいに聞こえた音は・・・。
エドワードが視線を巡らせたダストボックスの中には、
捨てられ、無残に崩れ果てたなれの果てが入っていた。

「ロイー!!」

エドワードは叱り付ける様に声を上げるが、
当の本人は至って、怪訝な表情を返してくる。

「どうして、捨てたりしたんだよ!」

「何故? 君が余り好きでは無さそうだから、
 新しい物を買ってきた方がいいだろう?
 なぁーに、車で行くから、すぐに戻ってこれる」

にこやかに、そんな事を告げられて、エドワードも唖然とするしかない。

「ロイ・・・、今日は俺が食べるんじゃないんだから、
 別に、このケーキで構わないだろ・・・」

そう呟き返すのに、ロイは困ったような表情を見せる。

「そうか・・・ああ、そうだったね。
 それは待たせる事になって、申し訳ない事をしてしまったな。

 済まないね・・・、替わりに素晴らしいものを持って帰ってくるから、
 少しだけ待っててくれるかい?」

そう子供に謝る態度には、深い反省が窺える。
子供たちを宥めて、それぞれに子供が好きそうな派手なケーキと
お菓子のお土産まで付けて戻って手渡されれば、
子供たちの機嫌は、一気に浮上した。
ウィンリーは、現金な子供で恥ずかしいと、ひたすら恐縮していたが、
それよりも、エドワードは別の所で驚いていた。

・・・どうして? こいつこんなに他人に希薄なんだ?・・・

そんな事が2度ほどあり、エドワードが注意して見つめていれば、
些細な事で、違和感を感じる所が見えてくる。
社交を崩さない程度に上手く立ち回ってはいるが、
咄嗟の時には、素の彼が出てきては、敏感なエドワードには、
イや・・・以前を知っているエドワードには、おかしく思えて仕方が無い。


そこまで一気に話して、エドワードはリザの反応を見る。
先ほどまでの優しい表情が消され、僅かに固くなった表情から、
リザに、何か思う所がある事を示している気がしてならない。

そして・・・と話を続ける。

さっき、別れる時にあった出来事だった。
じゃあ、後でと別れて、角を曲がって数歩行くと、
言付ける用件を忘れていた事に気づいたエドワードが、
慌てて道を戻っていく。
角からは、誰かに話しかけられているのか、ロイの声が聞こえてくる。
間に合ったと、自分も姿を見せようとした時に飛び込んできた声に、
足が止まる。

「頂く必要も無いものを、貰う気にはなりませんね」

特に声を荒げているのでも、嫌がっているようでもない。
淡々と、思うことを告げているだけ・・・それだけだ。

「そ、それはそうでしょうが、良ければ私の気持ちなんです。
 受け取って頂けるだけでもいいんで・・・」

ロイの応対に鼻白んだのか、消え入りそうな声が
必死に願いを告げている。

要するに、昔良く目にしたシーンが繰り広げられていると
言うわけだ。

気分が良くなる筈は無いが、だからと言って憤慨する事でもない。
ロイの愛情は疑う事もない程なのだ、彼に思いを告げる者が居たとしても、
過去のように苦しむ事もない。

「気持ちを持たれるのは勝手でしょうが、それをこんな形で押し付ければ、
 迷惑になるとは思われませんか?」

侮蔑を含む言葉は、正論ではある・・・あるが・・・。

硬直するエドワードに、走り去る軽い足音が、女性が遠ざかっていった事を
知らせてくる。

そして、その後歩き去るロイの足音を聞きながら、
今まで感じていた違和感が、間違っていなかった事を知った。
・・・彼は、昔知っていた男とは違う・・・


そこまで全部話し終わると、エドワードはリザの言葉を待つ。
審判を受ける者のように、緊張しながら。

「・・・それで、エドワード君は、あの人の事を嫌になった?」

そんな突然の問いに、エドワードは目を丸くしながらも、
首を横に振る。

「そんな事は有り得ないよ。 俺らは長い歳月、離れて生きてきた。
 だからその間に、俺が知らないあいつが在ったとしても、
 驚くかも知れないけど、別にそんな事で嫌いにならない・・・、
 嫌えるはずが無い」

その言葉に、リザはホッとしたようなため息を付く。

「そう・・・、エドワード君が、そう言ってくれて良かったわ。

 もし、・・・もしかしてだけど、今度あなたに去られる事があったなら、
 あの人は、多分もう、生きてはいけないと思うの」

 リザの言葉に、エドワードは、まさかと笑おうとして、頬を引き攣らせる。

そのエドワードの反応に、リザは静かに首を振る。

「いいえ、本当よ。 命を絶つとかではなくても、
 人として心を失えば、人間として生きているとは言えないでしょ?」

エドワードは、リザの言葉を聞きながら、痛む胸が段々と酷くなるのを感じていく。

「あの方、マスタング議長は、あなたに去られてしばらく後に、
 心の病を患われれいた時期があったの」

「・・・心の・・・病」

「ええ、最初は誰も気づかない些細な事から始まったの。
 不眠症や、健忘、手足の痺れや、突然襲う不快感。
 症状は、軽かったり重かったりしたけれど、そのうち、頻繁に不調を訴えられるようになり、
 急ぎかかりつけの、信頼できる医者に見てもらったところ、
 ストレス性の心身症だろうと診断されたわけ。

 で、公にするのも憚られる事でもあったんで、
 休暇と称して、療養をしていただいた時があったんだけど・・・・、
 それが余計に悪かったのね、忙しくしている時なら、気も紛らわせておれたんでしょうけど、
 ぽっかりと時間が空いてしまった為か、自分でもどうにも出来ない想いを抱えていた事が
 酷く重く圧し掛かってきたんでしょうね。

 私が見舞った時には、すでに生きることにも無気力な有様で・・・」

その時の頃を思い出しているのか、リザの瞳も曇る。
周囲を遠ざける本人の意思を尊重しすぎたのがいけなかったのか、
気づいたときには、素人では手を付けれない程、
症状は進んでいた。
信頼できるメンバーに相談したうえ、入院をさせる事を決めると、
内密にその手筈を整えた。
そんな状況になっていても、ロイは何にも感心を向けず、
気にもかけずに、ただただ、無為に時を過ごしているばかり。

「・・・でも、たまたま偶然私が持っていた記事が
 あの人の目に触れたの。
 本当は、知らせる為に持っていってたんだけど、
 下手な刺激は与えないほうが良いと言う医師の指示で、
 捨てようとしていた・・・あなたの記事を」

「おれのきじ・・・?」

震える声で、何とかそれだけ聞き返してくるエドワードに、
リザは、痛ましそうに瞳を眇める。

「ええ、あなたがリゼンブールで復興を推進始めた頃の記事よ」

それまでは、消息が途切れがちだったエドワードだったので、
彼の情報を手にする事は、ロイにしても至難の業だった。
それもそのはずで、その頃まで、エドワードは友人のリンを訊ねて
シンの国に赴いて行ってたのだから。




リザは捨てようとしていた記事を持ち忘れた事に気が付いて、
先ほど出た部屋に戻っていく。
開け放たれた扉から中が窺えると、ギョッとしたように凍りつく。
極力刺激を与えないようにと言われている当人が、
立ち尽くし、食い入るように記事を見つめている。

「マ、マスタング・・・議長・・・」

困惑しながら名を呼んでみるが、それに反応を返しては来なかった、
ただ代わりに・・・。

「エドワード・・・、鋼の」

愛しそうに、名を呟く・・・何度も、何度も・・・。

ロイ自身は気づいていないのかも知れない、自分が涙を流している事など。

そして、その日を境に、呆気なく病は治り、元どうりの彼が居たのだが、

「だけど、その時の病とはどう関係しているのかはわからないのだけど、
 確かに、どこか失った・・・欠陥を与えたのかも知れないの、心の中に」

それも、表立っての程ではない。 昔から良く知る者なら、ほんの少し
違和感を感じる程度の事だ。
彼の生きる原動力を失わせたのが、エドワードと言う存在なら、
それを再び復活させたのも、また彼なのだ。
言うなれば、ロイの心の中で、エドワードが始まりであり、終わりであり。
唯一の一人で、存在するものは彼だけになったのかも知れない。

そして、例えそうであったとしても、誰もエドワードを責める事は出来ない。
悪かったのは、ロイの方なのは、皆誰もが知っていたのだから・・・。

蒼ざめ俯くエドワードの肩に、手を触れると、ビクリと竦みあがり、
泣きそうな顔を向けてくるエドワードを見る。

「おれ・・・俺は・・・、そんなつもりは・・・。
 あいつも、俺と同様で、きっと周りが慰めて、助けられて生きていると
 そう・・・そう思ってたんだ・・・。
 で・・でも、あいつの屋敷に入った時、何も、何も無い空間で
 あいつが、普通に笑っているから・・・、
 俺は・・・自分がした事で、あいつが、ロイがどれだけ苦しんだのか
 知って・・・」

そう唐突に理解したのだ。 この男が、生きる意味さえ見失っていたことを。
それ程、心を痛めたのだと・・・。

耐え切れず伏せた顔からは、ポタポタと止まること無い水滴が落ちている。
リザは、力づけるようにエドワードの肩に置いた手を、強くする。

「エドワード君、大丈夫なのよ。
 あの人は、あなたと暮らすようになってから、少しだけ
 取り戻し始めてるの。 
 いえ・・・、失ったものは、同じようには取り戻せないのかも知れないけど、
 ちゃんと、新しいものが生み出せ、育てて行けるようになって来ているのよ」

そのリザの慰めに、エドワードは泣き腫らした顔を上げる。

「本当なのよ。
 あの人が、以前話した事があったの。

 彼が来てから、使われずに放っておいた屋敷に、命が灯ったようだと。
 1つ1つ、部屋が増えていく毎に、自分の中にも新しい気持ちが
 増えていくんだと・・・それは、それは本当に嬉しそうに、楽しそうに。

 だから、見捨てないで上げてね。
 あの人にとっては、あなたは生きる意味そのものなのよ」

そう告げられた言葉に、エドワードは頷く。何度も力強く。

誰しも全く正しい道ばかり進んでいけるわけでも、選択できるわけでもない。
が、人は何度もやり直していける力が、想いをある。
後悔したのなら、2度と同じ過ちを冒さぬように気をつければよいのだ。
二人で失敗した道は、今度は二人で直していけば良い。
今度は離れないと決めたのだから、時間は幾らでもある。
エドワードは、そう心に刻んで、ロイが待ちくたびれているだろう部屋へと
足を進めていく。
そして、ゆっくりと扉を開くのだ・・・笑顔を浮かべて。
1つ1つ、これから、いくつもある扉を何度も何度も・・・。


[あとがき]
久しぶりの「駄目お」シリーズです。
久しぶりなのに、ちょっと重たくなったのは、
先に書いていたスローtが、楽観的すぎたからでしょうか・・・。
反動って怖い。
でも、このお話は、実はこの前のアンケートで、
最初に「駄目お」が独走していた頃に、連載するなら書こうと思っていたお話です。
もちろん、もっと明るめのも・・・。
私適に、「駄目お」は大変書き易いシリーズなので、
暗い話しながらも、書いていて、非常に楽しかったです。
皆様にも、懲りずに喜んで頂けると嬉しいのですが。((((((^_^;)




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