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Selfishly

Selfishly

Stranger act1

 

 ~Stranger~

 足音も、気配も限りなく消して、その扉から中に入って行く。
 が、本当は、そんな必要もないのかも知れない。
 何せ、現在、この部屋を使用している者は、集中して自分の世界に入ってしまうと、
唯一の肉親の呼びかけ以外は、下界から全てをシャットアウトしてしまうと言う困った人物だ。

 それでも、極力静かに入って行こうとするのは、自分の心の中に
純粋な想い以外が籠もっているからかも知れない。
 そんな事を、心の片隅に浮かべながら、目当ての人物を探す。

「鋼の。」
 程なく見つかった人影に、小さく呼びかけてみる。
 が、ロイの試みは、どうやら今現在、無駄になりそうだ。
 目当ての人物は、自分の世界から夢の世界に飛び込んでおり、
読みかけの本に突っ伏して、器用に転寝している。

 入る時に、僅かに持った緊張を解くと、ロイは、エドワードの横の椅子を引いて、
腰をかける。
「鋼の、風邪をひくよ。」
 外よりは幾分かは、室温が高いとはいえ、冬真っ最中のこの時期、
このまま本格的に寝入ってしまっては、風邪を引くことは、免れないだろう。
 
 ロイは、何か掛けてやれる物を見回すが、本人のコートは着たままの状態だ。
これ以上となると、他に掛けれるものを探さなくてはいけない。
 しばしの思案の後、ロイは自分の上着を脱いで、エドワードに掛けてやる。
 体温が移って温められている為か、掛けてやった上着の温もりに
嬉しそうに擦りよって、埋もれるようと動く姿を、ロイは、小さな微笑を浮かべて眺める。

 本当は、起してやった方が良いのだろう。
けれど、今のこの時間を壊したくないと思っている自分がいる。
 普段は、なかなか自分の傍には寄ってくれず、そして、滅多にしか見ることの出来ない姿だ。
 最初の頃の印象が余程悪かったのか、何度となく顔を合わせて
付き合いも長くなっているというのに、エドワードのロイへの態度は
頑ななまま、余所余所しさが抜け切れない。
 ロイ本人の想いとは、裏腹に・・・。

 上着に潜り込もうとした時に、自分の方に向けられたエドワードの横顔を見る。
 また、徹夜でもしているのか、伏せられた瞼の下には、うっすらと隈が出来ている。
 その様子に、音の無いため息を付く。
 この子供は、周囲がどれだけ言っても、一向に無茶を止めない。
 追い求めている目的が、途方もない事だけあって、無茶をせねばならないのは、
仕方が無い事もあるのだろうが、出来れば、その思いの数十分の一で良いから、
自分の事にも気をつけてやって欲しいと思う。
 その思いがあるせいか、合った時に、口煩くなってしまうのが、更に、
この子供の気にいらないのは解っているのだが。
 
 エドワードの中でのロイと言う人物像は、どうやら、『口煩く、嫌味しか言わない上司』
と思われてるらしく、彼がロイの部下に、その事を洩らしていたのを、た
またま聞いたときには、ロイらしくもなく、少々 落ち込んだりもした。
 が、今は、手を伸ばせば触れるほど近くに彼がいる。
 目を覚ましていれば、冷めた視線を向ける瞳も、煩そうに避る態度も、見なくて済む。
 その事を、これ程に自分が気にかけていた事を、こうして静かに眠る彼の傍におれる、
安堵感を感じることで知った。

 「鋼の……、 エドワード・・・。」
 小さく、低く囁いてみる。
 普段、決して呼ばない、呼べない名を。
 小さく呟くのは、起して、今のこの時間を手離したくないから。
 それでも囁くのは、気づいて欲しいから・・・自分に。

 本を読んでいるときと、寝ているときには、生半可な事では気づかないと、弟が言っていたように、
ロイの呼びかけにも、答える事無く眠り続けている。
 起きない事を確認すると、少しだけ勇気付けられる。そんな、余りにも臆病な自分に失笑が漏れる。
 勇気付けられて伸ばされた手は、横向く顔に掛かる髪を、掬い上げてやる。
 思ったとおり柔らかな、手触りの良い綺麗な髪に、ロイは陶然となりながら、何度も掬い上げる。
 そして、躊躇いがちに身体を傾けると、掬い上げた金糸の一房に、想いの全てを籠めて口付ける。
 苦しげに寄せられた眉は、解かれる事無く、秘めやかに、心の内に仕舞い込んでいた言葉を吐露する。

「 す、き・・・だよ。
 鋼・・・、エドワード、君が好きだ。」

 密やかに告げられた想いは、エドワードに伝わる事もなく、
静かな空間に吸い込まれていく。
 ロイは、答えの返らない告白に、ホッとしながら、
そして、一抹の寂しさを抱きながら、静かに部屋を後にする。


 *** 


 エドワードは大変、困っていた。
 どれ程、困っているかと言うと、苦労して手に入れた文献さえ
思わず車内に置き忘れそうになるほどだ。

 エドワードは現在、アルフォンスと一緒にイーストシティーに、滞在している。
 今回の滞在は、以前より頼んでいた文献が届くと言う知らせに
急遽、予定を変更して、やってきたのだ。
 が、古書屋の手違いで、欲しかった文献が、近隣の街の支店に届けられてしまい、
本日中には届かない事になってしまった。
 大人しく待っているのが苦痛のエドワードは、近隣ならと、自ら足を運んで取りに行く事にした。
 一緒に行くと言ったアルフォンスを宿で待たせ、近隣の知っている街という気安さも手伝って、
着の身着のままで、駅に着いた列車に乗って出かける。

 目当ての文献は、程なくエドワードに手渡され、上機嫌のまま帰路のにつく。
 随分待たされた文献と言う事もあり、列車のホームで、時間待ちをしている間も、
読みたくてウズウズしてしまう。
 が、自分の事も、さすがに解っているエドワードは、本は開く事無く、
なるべく最短で帰れる方法を取る。

 元を正せば、それが間違いの始まりだった。

 最短では帰れるが、そのルートには、行きにはなかった乗継がある。
大都市から来ている者の、良く犯すミスとして、全ての列車が、
絶対に、その都市を経由すると信じてしまう事だ。

 そして、第2の間違いは、乗り継ぎ待ちの時間に、好奇心を抑えきれずに、
少しだけと本を開いた事にある。
 
 最初は、目次だけ。 目次の次には、列車が入る時間まで。
 それが近づくと、乗り込むまで。
 どんどんと引き伸ばした結果、エドワードは、ホームに乗り込んできた列車を
確認する事もなく乗り込んで、後は、いつものごとく
本の世界に没頭してしまった。

 空気が動いたのに、丁度、切が良い所まで来ていたおかげで、
気づいたエドワードが周囲を見回す。
「?」
 車内の状況が、いつもと違う事を妙に感じる。
 閉まりかけた扉の向こうに見える景色が、何やら寂しい。
 それに、列車の中も、人影がまばらで閑散としている。
 イーストシティに向かう列車は、深夜に近い時間でも、常に込み合っている。
 そう言えば、座っている自分にも不思議を感じる。
イーストシティー行きの近距離の時には、席が空いている事は稀で
いつも、立っていたのに・・・。

 そんな漠然とした不安を浮かべていると、エドワードの違和感を肯定するような、
車内放送が流れてくる。
 車内放送は、次の停車駅を繰り返し告げるが、聞こえてくる駅名に、思わず茫然とする。
 まさか、と言う否定の気持ちより、『何で?』と言う疑問が
エドワードの頭の中で、点滅している。

 「おい・・・、嘘だろ。
 何で、イーストに向かってるはずが、あんな県境の駅名が流れるんだよ・・・。」

 行った事は無いが、聞いたことはある駅名は、もう、後数駅で県境に入る事を示している。
 しばしの当惑の後、さすがのエドワードも、どうやら自分が、
列車を乗り間違えた事を認めるしかなかった。
 しかも、次々に小さな寂れた駅を通過する車内からの景色で
県と県を横断する特急に、最悪な事に、乗り込んでしまっている事を知る。

 「まぁ、しゃーないか。」
 ポリポリと頭を掻いて、次の停車駅で乗換えをする事にする。
 時間は深夜に近いが、遅すぎるという事も無い。 
折り返しの最終に間に合えば、帰れるだろうと言う安易な思いで、
県境手前で、車庫入れの為に停車する列車から、まばらな人影と一緒に降りる。

 「寒みー。」
  北方に近い土地は、気温も一段と低くなっているようで、
エドワードは、コートの襟元を重ね合わせて、向いに見えるホームに、足早に移動する。
  そして・・・、更に茫然とする事実を知る。

 静かに終わりを待つだけのホームに、ポツンとある時刻表が、
すでに折り返す列車が無い事を告知していた。

 「ちっ、何で、こんなに早くに最終が終わってるんだよ!」

 八つ当たりのように、時刻表を蹴ると、冷えて凍えた足元に、鋭い痛みが返される。

 「痛てぇー!」

 涙目になりながら、トボトボと痛みを堪えて歩き、改札に向かう。
 開き直るのも、さすがに早い彼は、やってしまった事は仕方ないと、
当座の今日の寝床を確保する事を考え、はたっと気が付く。
 近隣の街に出かける気だったので、乏しい持ち合わせでは、民間の宿屋には泊まれそうに無い。
 なら、軍の駐屯所にでもと思い直し、駅員に聞く事にする。

 「ごめ~ん、誰かいないかなぁー?」
 小さな駅長室に向かって呼びかけると、奥から、まだ新人なのだろう、
若い純朴そうな青年が顔を出す。
 覗き窓から出された顔には、訝しむ表情が浮かんでいる。
 当然と言えば、当然だろう。
 深夜に近い時間に、子供が一人で立っている等、田舎の村では、有り得ない事だ。
 そんな駅員の心情が、手に取るように解り、エドワードは、疑いをかけられる前に、
さっさと事情を話す。

 「それは、難儀だねー。
 でも、この村には軍の駐屯所も宿屋もないから、
最終で県境の町まで、行って貰った方が良さそうだよ。」

 そう答える駅員の表情には、『何故、軍?』と書かれてあるのが
見えたが、そこは無視する。
 何となく、予想が付いていた答えにガックリと肩を落とし、県境行きの最終を聞く。
 その方面の最終も、後1本と聞いて、エドワードは大急ぎでホームに走りこむ。
 程なく来た列車に乗り込んで、今日の運の無い自分を嘆息する。
 大体にして、予定どうり本が到着していなかった事から
今日の運と、間の悪さが決定していたようなものだ。
 日頃から、直すようにと言われていた、自分の行いの悪さは
棚に上げて、エドワードは、遠くある古書屋に文句をぶつける。

 最終の駅は、先ほどの村の駅よりは大きいとはいえ、やはり、閑散としているのは同様だ。
 まぁ、強いて褒めれば、駅の建物の作りが立派という位か。
 多分、ここ最近、建て直しでもしたのだろう。
 最終のこの駅は、エドワードも来た事は無かったが、耳には良くしていた。
 民間よりも、軍事目的の為の街で有名だったから。
 
 閑散としているのに、煌々と電灯が照らされているホームを
足早に歩き、先ほどと同様に、駅長室に向かう。

 「すみませ~ん、誰か居ませんかー?」

 やけくそ気味に叫ぶと、先ほどの駅員とは、全く感じの違うキビキビした駅員が現れ、
エドワードを見て、驚いたような表情を浮かべる。
 要らぬ詮議を受ける前に、先ほどと同様に事情を話す。

 「イーストシティー行きの折り返しに乗りそびれたんだ。
 ここの軍の駐屯所には、どうやって行ったらいいかな?」

 先ほどと同様の事を告げても、相手の反応は全く違った。
訝しさを隠さない表情と口調で、返してくる。

 「軍の駐屯所?
 乗り過ごしたのなら、憲兵所の方に行きなさい。
 軍は、休憩所とは違うんだよ。」

 内心、ムッとした事は隠して、なるべく穏便に言葉を返す。

 「それは、解ってる。 けど、軍の方が俺には都合がいいんだ。」 

が、相手も、なかなか引かない。

 「何故、その方が都合が良いんだね?
 見たところ、君のような子供に、都合が良いような理由は、軍には無いと思うんだがね。」

 明らかに、小馬鹿にしたような口調に、
 エドワードの短い気が、キーワード擦れ擦れの言葉に触発され、思わず言い返そうとした瞬間。
 その答えは、違う方向から告げられた。

 「それは、彼が国家錬金術師の、エドワード・エルリックだからだ。」

 良くと言う程でもないが、忘れる事もないだろう声に、
駅員の驚きより、大きな驚きで振り返る。

 「これは!  マスタング大佐、ご苦労様です。」

 驚きながらも、ビシッと敬礼をする駅員に、
『軍人だったのか・・・。』と、ぼんやりと納得する。

 驚いたように、呆けているエドワードに近づくと、ロイは、ポンと頭に手を置いて言葉をかける。

 「一体全体、どうしてこの街にまで来たんだね。
 それに、アルフォンス君は、どうしたんだ?」

 「えっ・・・、いや、アルは、
 イーストのいつもの宿にいるけど・・・。」

 まだ、驚きから醒めていないのか、頭に置かれた手を、払いのける事も思いつかないようだ。
 いつもなら、触れられる前に、叩き落とされているだろう。

 「はっ! 国家錬金術師殿は、イーストシティーの折り返しに乗り遅れられて、
お困りのようです。」

 駅員も、紹介されてもまさかと思っていたのだが、
マスタング大佐の親しげな様子に、どうやら、この小さい子供が
有名な、マスタング大佐が後見人をしていると言う、
鋼の錬金術師なのだろうと思い当たる。

 「それは・・・。
 なるほど、文献に夢中で気づかなかったと言うわけか。」

 駅員の説明に、呆れて聞いていると、
手に大事そうに握られている本に気づいて、納得する。

 エドワードは、気まずげに顔を顰める。
 駅員の余計な言葉で、自分のうっかりさを知られてしまった。
よりによって、1番知られなくない相手だから、知らず知らずに、
次に言われる皮肉か嫌味を予想して身構える。

 「とにかく、宿に来なさい。
 今、軍は演習の為で宿泊施設は満員だ。」

 そう告げると、置いた手で頭を撫でるようにして、エドワードを促すような仕草をする。

 「えっ?」

 思わぬ優しい対応に、エドワードは拍子抜けした気になる。
 最後には、いつものように助けてはくれるだろう事は信じていたが、
それまでに、かなりのお小言を覚悟していたのだ。

 「イーストからでは、夕食もまだなのだろう?
 軍に行こうとしていたのも、持ち合わせがないからなんじゃないか?」

 良く回る頭に、エドワードも降参するしかない。
この男の嫌な所として、何にでも気づかれてしまうと言う事もある。
歳の半分程度のエドワードの事等、エドワードが、
躍起になって隠そうとしても、隠し通せる事が出来るはずが無い。
 それが、また癪に障る。
 ムッツリと黙り込んだエドワードを気にするでもなく、ロイは、歩き出して行く。
それに、数歩後を大人しくエドワードが付いて行く。
 駅の広大な敷地を抜けると、軍を相手に、商売をしているのだろう商店が,並んでいる。
 さすがに、この時間では店も閉っている方が多いが、
ポツリ、ポツリとは開いている、飲み屋らしい店も見える。

 先を歩くロイの背中を見ながら、感じる違和感を思う。
 知らない街で、知らない人々に会う事をおかしいとは思わないのに
何故か、知ってる人間を見る方が、不思議な気持ちになる。
 ロイは、さして急ぐ風でもなく、まるで、散歩を楽しんでいる者の
ように、ゆったりとした足取りで歩いて行く。
 駅前を通り過ぎると、後は静かな歩道が続く住宅地に入る。
 夜半のなって寒さを増した外気温は、吐く息を白くさせる。
 フルリと身を震わせたエドワードの気配に気づいたのか、
ロイが自分のコートを脱いで、エドワードに掛けてやる。

 「えっ? いいよ、別に、そんなに寒くないし。
 あんたの方が、寒くなるじゃんか。」

 ロイの思ってなかった行動に、エドワードが慌てて、コートを返そうとする。

 「いいから、着てなさい。
 私は、飲んできたんでね、さして、寒さは感じてないんだよ。」

 そう言いながら、脱ごうとしたコートを肩口から押さえられると
エドワードにしてみても、それ以上は断りにくい気になる。
 おずおずと、お礼の言葉を告げると、相手は、少し驚いたような顔をして、ふわりと微笑んだ。
 ロイのそんな表情に、エドワードの方も、内心驚く。
 いつもの見知った街では、皮肉や嫌味、小言を言う時の表情しか
見たような気がしなかったのに、この馴染みの薄い土地では、
そことは全然違う表情や、態度を見せる。
 まるで、大佐であって大佐で無いような気がする。

 妙な感覚を誤魔化す様に、掛けられたコートを握り締めると
大佐の体温が移った温もりに包まれる。
そして、もう1つ、お礼を告げなくてはいけない事に思い当たる。

 静かな歩道に、二人の交互の足音が響いている。
 その音を聴いていると、不思議と落ち着いた気持ちになって、
今なら、素直に伝えられる気にさせられる。
 多分、誰も知る人のいない場所だから、その開放感が、
いつもはってしまう虚勢を取り除いているのだろう。

 「そのぉ、あのぉ・・・、この前の資料室の時もサンキュー。
 返すときに、お礼を伝えようと思ったんだけど、
ちょうど、あんた、居なかったから。」

 そう、居なかったから、そのままコートだけを返してきたのだ。
 次に会った時には、何だか照れくさくて、言えなくなって、そのままできてしまった。
 そんなエドワードの態度にも、余程、驚いたのか、歩んでいた足を止めて、
エドワードの方を振り返るが、気まずげにしている彼の態度に、
「同致しまして。」と告げるだけで、さりげなく流す。
 内心は、エドワードの素直な態度が、嬉しくて仕方なかったのだが。
 ロイの自然な振る舞いが、構えていたエドワードの心をほぐして、軽くして行く。


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