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Selfishly

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罪作りな想い人


・・・・・ 『 罪作りな想い人 』p1 ・・・・・



静謐とは無縁の司令部を足早に戻っていく。
長引いた退屈な会議が漸く終わり急ぐ気持ちは、別に部屋に溜まっている
仕事の事を思ってでは―― 勿論無い。

ロイがこれほど懸命に部屋に戻ろうとしているのは、ただただ部屋を訪れていると
連絡があった子供の為だった。


「・・・・・旅立っていなければいいが・・・」
そう呟きながら見た腕時計は、概に連絡が入ってから由に2時間は経過している。
せっかちな子供の事だ、痺れを切らせて部屋を出て行っていてもおかしくないし、
そうでなければ資料室や図書館へと喜び勇んで籠もってしまっている想像も難くない。

そんな予測が頭を過ぎれば、早足が更に駆け出しそうな勢いになっても、
ロイの心境からは・・・本当に仕方がない事なのだ。



ロイがこれほど気にかけている相手といえば、既に周知の事実になっている
エドワード・エルリックを置いて他には居ない。

――― 気にかけられている当人だけが、今だ全く気付いていないのだが。



*****

「鋼のは?」

開閉と動じに尋ねられた言葉に、誰も異論も疑問もないのか隣の部屋に
視線や指差しをして伝えてくる。
その回答にホッと胸を撫で下ろして、集中している視線を全く気にせずに部屋へと
直進して進んで行く。

が、障害物がロイの行く手を遮って。
「大佐、お疲れ様でした。
 お入りになるのは構いませんが、お静かにお願いします」
ピシリと直立でロイの前に立ち塞がった副官が、唇に指を立ててロイに示してくる。
「――― 判った」
その彼女の視線で察し、ロイは素直に頷いて中を窺うように覗いて見ると・・・。

丁度サイズが良さそうに、一人の少年がくーすかと眠り込んでいるのが窺えた。
その光景に小さな笑みを浮かべて、ロイは極力物音を立てないように部屋の扉を閉める。


――― どうせ、徹夜で文献でも漁ってたんだろう。

持ち帰ったゴミ・・・いや、資料を机に置くとロイは気配を殺して、眠り込んでいる
エドワードの傍へと近付いて行く。

エドワードは転がって手帳を読み返しでもしていたのか、胸の上に彼の大切な手帳を
乗せて、すやすやと気持ちよさ気に眠り込んでいる。
軍部広しと言えども、上司の部屋でこんな振る舞いをしていても咎められないのは
この東方司令部の中のエドワードくらいだろう。

若干12歳の齢で、国家錬金術師の資格を所得したエドワードに、
どうにもこの東方のメンバーは、とことん弱いようだ。

が、それは別に彼の資格がモノを言っているわけでもないし、彼の少佐官相当の官位に
幅を利かせているからでもない。

単に、どうにも憎まれない彼の、そして兄弟の人柄だろう。

ガーガーと口を広げて眠り込んでいる姿は、本当に・・・本当に! 唯のガキなだけだ。
口は悪ければ態度も大きい。
粗忽で粗暴で大雑把。――― と良いとこ無しの子供のはずが、
どうしてこうも気に掛かってしまうのだろう・・・・・・・・・。

人生の最大の謎で、ロイ・マスタングの未来予想図の汚点としか言いようが無い。

が ――― どうにもならないこともあるのだ。


彼への気にかけようが半端ではないと気付いた時。
もう、これ以上関わるものかとも思いなおしたこと何十回。
特に始末書を束で築き上げられた時には、心底、心の奥底から思いもした。

が・・・・・、結局は悪態を盛大に吐きながらも、何故かいそいそと自分の仕事を
後回しにしてまで、彼の事を嬉々と処理してやっている自分に気づかされたのも・・・、
一度や二度ではなくなって ――― 仕方ないか・・・と諦めた。

どう足掻いても、逆らっても、切り捨てようと思っても、結局は元の木阿弥。
抵抗は時間の無駄と思い知るだけだった。


なら、もう無理に逆らわない方が精神的にも心理的にもストレスも溜まらない。

そう開き直ってみれば、結構これが快適だと気付いた。

が、気付いたからといってもエドワードはまだ15歳の子供。
ロイが何かを出来もしなければ、望むことさえ無理な年齢だ。
だからひたすら見るに徹して行こうと、心を強く律している。


――― アメストリスの法律では十六歳未満との性交渉は、法律で禁じられている。―――

愛があれば何でも許されるのではなく。
愛があるなら我慢も必要ということだ。


軍の高官に座し、法律を取り締まる立場のロイにとって、何があっても順守すべき事だろう。


今もクウクウと寝ているエドワードの傍に近付いて、その寝顔を見ながら
久しぶりの体面(?)に感動する程度・・・、それで満足していなくてはならない。

そう心に念じながら、ソファーで窮屈そうでも無く寝ている少年の寝顔を堪能する。
あどけない寝顔は、本当に天使のように無垢に見える。
起きていれば罵詈雑言を吐き出す口も、今は微かに開かれて規則正しい寝息を吐き出すだけ。
ロイは起こさないように気をつけながら、頬に落ちている髪を撫で付けてやる。

ロイには決して触らせてはくれないが、エドワードの髪がしなやかで滑らかであろうとは
想像していた。
過酷な旅では手入れも出来ようが無いはずなのに、光沢、艶にしても申し分がない。
触れればどれだけ良い手触りだろうと――良く思い描いてはいる。

――― そっ・・と、頬にかかる一筋の金糸を掬いあげ、横へと流してやる。

ふわり・・・と指を掠める心地良さに、思わず言葉にならない声が漏れそうになる。


「うっ・・・・・」
思わず胸を押さえて波打つ動機に静まれと念じる。

――― たかが髪一筋触れた程度で・・・。―――

この動機は、一体何だというのだろう。

もっと際どい経験だって山ほどこなしてきていて、今更この程度で・・・。

動機で頬が熱くなるのを感じつつ、ロイは今度は触れないようにと
エドワードの寝顔を見つめる。

淡い睫が部屋の光を弾いている。
弾いた光の陰影が、エドワードの白い顔に妙に色気を醸し出している。

思わず溜息を吐き出しそうになって、気付けばその吐息に触れそうなところまで
顔を寄せている自分に気づく。

――― し、しまった・・・。

慌てて身体を起き上がらせると、エドワードとの距離を取る。

――― 危ない。危ない・・・、犯罪者の道、まっしぐらになりそうだった・・・。

数センチの距離が惜しい気もする。
これだけ眠り込んでいるなら、ちょっと位の接触程度大丈夫。
そんな悪魔の囁きが脳裏に浮かんできて、ロイは慌てて首を振って未練がましい考えを
消し去る努力をする。


このままこの場で居れば、自制心にも自信がもてないと、立ち上がりデスクへと戻っていく。
無意識の仕草で前髪をかき上げてみれば、冷や汗か興奮の為かじっとりと汗ばんでいる額に気付く。

「はぁーーーー」
脱力し切って椅子に腰を落とすと、以前変わらず気持ち良さそうに眠るエドワードの姿が見える。



「本当に ――― 君は罪作りな人間だよ・・・」

ロイほどの人間が自制を失う程魅力溢れた想い人の寝姿・・・。
こんな美味しいシュチエーションに何も出来ず指を咥えさせられるとは。

ロイは今だかってない苦行に身をやつしながら、ひたすら目の前の書類に
集中するようにして業務をこなしていくのだった。






 
・・・・・ 『 罪作りな想い人 』p2 ・・・・・




そっちに行ったぞぉー
任せとけっ!

わぁわぁ、ギャーギャーと賑やかな歓声を上げているグラウンドを見下ろす。
先程までロイの執務室で爆睡をしていた子供は、報告をするだけすると、
さっさと執務室を飛び出して行った。
昼休み時だったから、食堂でハボック達と合流でもしたのだろう。
先程からロイの執務室の下の広場では、野太い声に混ざって高い少年の声が
元気良く響き届いている。

「・・・元気だな」
跳ね回るエドワードの姿を窓からじっと鑑賞している。
どうやらドッチボールをしているようだ。
が、さすがに軍人がやっているからボールが普通の軽量のものではなく
訓練にも使われる重量系のもので、投げるのも大変なら当たればかなり衝撃を喰らうものだ。
音が聞こえてきそうなボールの飛び交いの中、子供はその身軽さを武器に軽快に避けて逃げている。
当たったらどうするんだ・・・とはらはらしながら見守っているロイの心境とは逆に
少年は本当に生き生きとした表情だ。
思わずそんなエドワードの生み出す多彩な表情や動きに見惚れつつじっと窓際で立ち尽くしているロイを
止め立てする者もいない。
何故なら、彼も昼休み中だ。



「よっしゃー! 取ったぁー」
投げそこなった球を受け止めると、ハンディのつもりで右腕で投げつける。
対格差があるメンツなので、正攻法で投げても受け止められるだけ。
エドワードは投げられたボールは避けるに徹し、見方が弾いたボールをキャッチする係りに落ち着いている。
そして、右腕で投げれば体格差をものともしない剛速球が投げれると云うわけだ。
「おっりゃぁぁぁーーー!!!」
勢いのついたボールが敵の一人に突進すると、勢いに押された相手は当てられてダウンする。
「「「やりー!」」」
仲間からの歓声に得意げに片腕を上げて答える。

っと・・・。
「あれっ? 大佐だ」
仲間を振り返った視界に、窓際で立っている人物が視界に入る。
エドワードがそう言いながら上を見上げているのに、メンバーも釣られて視線を送る。
「・・・ああ、大佐も昼休みなんだろ」
向いの敵チームにいるハボックが、口元を寂しげに撫でながらエドワードの言葉に返事を返した。
「じっと見てるようだけど、―― 仲間に入りたいんじゃないの?」
他意の無いエドワードの素朴な疑問に、ハボックは曖昧な笑いを返す。
「・・・別にそんな事はないだろ」
彼は―― 自分の上司はエドワードを見ているのであって、別に参加したくて見ているのではないと
ハボック以下一同は断言できるのだが、少年にはそんな皆の感想は理解されていない。

「おぉ~い!!」
上司に対する呼びかけ態度とは思えない仕草で、エドワードがロイに向かって大きく手を振る。
「あんたも入んないー?」
来い来いと腕を回してジェスチャーを見せるエドワードに、窓際の上司の戸惑いが
下から見上げているハボックたちメンバーにも見て取れる。
――― あぁ~あ。エドに誘われて断れるはずないだろうなぁ・・・。
そんな感想を抱きながら、上司がどうするのかと思って見守っていれば、
手を振るエドワードに小さく手を上げて答えているのが見え、その後窓際から姿が消えた。

「へっへぇー。よっしゃぁー見てろよぉ!
 俺様の剛速球で返り討ちしてやるぜ」
ぐっと拳に力を入れて闘志を漲らせているエドワードの様子に、ハボックは肩を竦める。
――― 大佐・・・可哀相に・・・・・。
訳知りのメンバーは、心の中で思わず上司に同情を寄せる。
大佐のエドワードに対する恋情は、余り外聞が宜しくないために身内のメンバー位しか知らない。
それも別に本人が言ったとか、打ち明けたから知ったと云うのではなく、
ただたんに大佐の態度から気付いたに過ぎない。
妙に気にかけているよなぁとは思っていたが、まさかのまさかで30歳になろうという
男盛りの上司が、何をトチ狂って十四歳も下の少年・・・そう、エドワードは少女でさえないのだ。
に、真剣に惚れ込んでいるとは・・・。
驚き桃の木どんな気だぁ~!?と驚かされたのは仕方がないだろう。
が、特に何かのアクションを起こすでもなく、じっと見ている程度で留まっているロイに
特に害は無いだろうと、個人の嗜好をとやかくは言わずに黙秘に徹している。
幾ら上司といえど、道を踏み外す行為は許されるはずも無い。
何らかの有事に際しては、皆の行動は一致団結で決まっている。
もし上司が道を踏み外しそうになったら・・・・・阻止! 断固阻止!!
副官あたりは制裁をと言っていたような――。

とまぁ、取るべき行動を決めて見守っているのだった。

「あっ。来た来たぁ~。遅っせーよ、大佐。
 早く始めなきゃ、時間がなくなるじゃねぇか」
無理やり誘っておいての言い草ではないが、エドワードのこんな態度にも慣れっこだ。
「大佐は、あっち、あっちな。丁度俺が一人落したから空き出来てたんだよな」
そう言って相手方を指差すエドワードの魂胆は、周囲にいたメンバーには丸判りだ。
―― 見方側では、ボールを投げつけられないのだから・・・。

「GO!」
再開の声で再びボールが唸りを上げる。
エドワードの思惑に便乗したわけではないだろうが、新規の参入者のロイに人気が集中しているようで
格好の的になっている。
・・・・・なかなか上司を公然と打ちのめせる機会など無い。
     となると、たかがゲームにかこつけてと思うのが部下の人情だろう。
「おりゃぁーーー!!!!」
渾身の力で投げつけたボールをあっさりと取られると、エドワードが悔しそうに地団駄を踏む。
「くっっっそぉーー! なかなかやるじゃねぇか」
悔しがるエドワードに、ロイは涼しい顔で笑って返す。
「当たり前だろ? そうそうやられていたのでは、上司の威厳が落ちるからな」
デスクワークが主体のように思われがちだが、ロイは一線で動いている兵士だ。
体力保持も重要な個人管理に入っているので、忙しい日々でも訓練は怠らない。
飛んで来るボールを受け、避け、投げ返しと動き回っていると云うのに、動きに遅滞が無い。
しかも姑息な事に、投げてくるボールが微妙な死角ラインを狙ってくるから
エドワードの見方のメンバーは一人、また一人と数を減らしているのだ。
「あっーーー、くっそぉ~」
人数が減れば狙われる確立も上がる。最初より苛烈に成ってきたゲームに額から汗が流れ落ちてくる。
横の仲間が何とか持ち堪えてボールをキャッチしているのを横目で見て、
エドワードは額に流れる汗を拭こうと、1枚きりのランニングをたくし上げる。

――― ドガッ ―――

妙な打撃音が周囲を響かせ・・・、その後外とは思えない静けさが落ちる。
そして・・・・。
「大佐ぁー!? だ、だ、大丈夫ですかぁー!」
ゆっくりと意識が白く染まって行く中、周りは姦しいほど賑やかになる。

――― 良いものを見た・・・。――

落ちていく意識の中でロイが思い浮かべた言葉は、そんな情けない言葉だった。





頬を紅潮させ、ロイをじっと見つめている瞳が嬉しかった。
動くたびにさらさらと解れた髪がたなびくのも、なかなか風情があっていい。
必死になってロイの動きを追っているエドワードの様子に、こんな状況と云うのは
置いといて純粋に嬉しくなる。
勿論ロイだって、涼しい顔をして見せてはいるが必死だったのだ。
集中砲火の的になっている中を、如何に無様な姿を見られずに格好付けられるか・・・。
恋しているなら誰でもある見栄っ張り。
好きな相手にはいいとこ見てもらいたいのは、男も女も関係ない。

そんな事も有って、表面上は余裕を保ちながらも内心汗だくだくでこなしていたと云うのに。

エドワードが定番の黒のランニングをたくし上げると、ロイの視界に飛び込んできたのは
白い滑らかな肌だ。
集中していたボールの行方も軌跡も、あっと言う間に視界から飛び去って消えうせてしまう。

良く鍛えられた腹筋は成人の男性とは比べられないが、綺麗な筋肉が薄く付いている。
ロイに一抱えで手に収めれそうな細腰なのに、貧弱に見えないのは全体の均整がバランスが
取れているからだろう。
そして―― その滑らかな腹の上を辿れば・・・穢れを知らない薄桃の小粒の実が・・・・・。
食入るように見つめている自分の視線も解せず、エドワードの大胆にも思える行動。
時を忘れて―― いやこの場合、場所だろうが。
忘れて見入っている自分の顔面に、くそ重いボールが直撃するまで放心状態の隙だらけ。

結果、まともに顔面に食らって意識が遠ざかるはめになったが、
ロイは全く後悔はせずに済んだのだった。




冷んやりとしたタオルがかけられているのか、顔が気持ちいい。
ロイは薄っすらと戻り始めた意識の中で、先程の事を反芻して思い出してみる。
――― 格好悪いとこを見られてしまったな・・・。
それに関しては少々へこむが、良いものを鑑賞させてもらったのだから
5分5分だろう。
そんな風に気を取り直して、顔に置かれているタオルに手を伸ばす。
無造作に取り去って目を開いて――― 心臓が停止しそうになった。

・・・・・ 打ち所が悪くて、自分は天国に?
瞬間浮かんだ考えには速攻の否定を返す。
自分の昇天先が天国と云う事だけは有り得ないのだから。

ではこの目の前に見える顔は・・・。

ロイの目に飛び込んでくるのは、金の光の洪水だ。
横になっている自分の頬に触れそうで触れない金糸が視界をくすぐって揺れている。
大きな丸い2つの宝玉には、気遣う色とロイだけが映し出されている。
「なぁ? 大丈夫か?」
呆けている自分を心配してか、そう話しかけてくるエドワードに答え返すのも忘れて
薄く開かれた唇を注視し続けてしまう自分を許して欲しい。

「・・・・・鋼の?」
漸く出せた声は、妙にしゃがれてるのが気恥ずかしい。
「あっ? 気付いた? 大丈夫かあんた?
 モロに顔面に受けるんだもんなぁ~」
ニパッと笑い顔を見せながら、エドワードが身体を起こして後ろを振り返る。
――― ああっ・・・もう少しこのまま・・・・・。
引き止めたい気持ちありありで、物欲しそうに見つめるが、少年との距離はあっさりと
離れて行く。
「中尉ぃー、大佐、気付いたぜぇー」
部屋に控えていたのだろう副官に声をかけると、エドワードはロイを向き直って顔を顰める。
「?」何だろうと怪訝に思ってエドワードを見ていると。
「・・・あんた、その鼻の頭剥けてるぜ?
 痛くねぇ?」
そう言われて妙に熱っぽい顔に思い当たった。
そっと手を伸ばして、エドワードの指摘があった鼻頭に触れてみる。
「つっっぅ・・・」
確かに痛い。この痛いでは鼻は真っ赤に腫れているだろう・・・。
鼻にバンソウコウを貼り付けている自分の姿は、余り想像しても嬉しくないものだ。
そんな事を思い浮かべていると、知らず知らずの内に溜息が漏れる。

「・・・やっぱ、だいぶん痛いんだ?」
ロイの様子を痛がっていると思ったのか、エドワードも辛そうな表情を浮かべる。
「――― いや・・・、対した事は無いさ」
心配をかけたくなくて、そう言いながら笑おうとしてみれば。
「っくぅー・・・」
引き攣るような痛みに呻き声が漏れる。
「だ、大丈夫か!?
 ど・・・どうしよう」
おろおろとロイを窺うエドワードの様子が可愛くて、懲りずに眺めてしまう。
「そっ、そうだ!」
何かを思いついたのかぱっと立ちあがると、上からロイを覗き込むようにして
見下ろしてくる。
「・・・・は、鋼の・・・?」
シュチエーションとしては、酷く嬉しい体勢だが。
「痛いの痛いの、飛んでけぇー!」
と何のお呪いか。そう叫んだかと思うと。

 ――― チュッ ―――

と、可愛らしい音まで聞こえてきそうな気になるキスを、ロイの鼻頭に落してくれる。

「どう? このお呪い良く聞くんだぜ。
 子供の時に母さんに良くやってもらってたんだ。
 大佐も痛みが引いて・・・・でぇぇぇぇーー!!!

 ちゅ、中尉ー!? たい、大佐がぁーーーー」

ロイは真っ白になる意識の中で思い浮かべる。

――― 今日はほんっとぉに! 良い日だ・・・・。

マスタング大佐、本日2度目の意識不明状態になる。
2度目の原因は、鼻血による急性貧血が理由だったそうだ。






・・・・・ 『 罪作りな想い人 』p3 ・・・・・





―― やれやれ・・・・・。――


今日は何かと個人的な出来事が重なり、書類決済に滞りが出てしまった。
の所為で、定時を過ぎても当然帰宅が許される訳も無く、定時を随分すぎて
必要分の決済を終わらせ漸く帰ってきたのだった。

昼に汗もかいたし、情けないが流血騒ぎで汚れもした。
兎に角さっぱりしたいと風呂に入って、人心地が着いたところだったのだ。
冷蔵庫を覗きこんで冷えた缶ビールを取り出すと、そのまま口をつけてあおる。
喉元を通り過ぎて行く冷たさと苦味に心地良さを感じるのは、
自分がそれなりの年齢になっている証拠だろう。

「―― 何かツマミはあったかな・・・」
家に帰って食事をする習慣がないせいで、立派な冷蔵庫の中身はお粗末の一言で言い表せる。
酒の肴だけは結構詰まっているのがやもめ暮らしの哀しさだが、ロイがそれを気にしたような
事は全然無い。
一人暮らしを満喫していると言えば聞こえがいいが、彼の場合はただたんに構ってなかった。
その一言に尽きるだろう。

ツマミと適当に取り出している間に手に持った缶ビールは空になる。
ぐしゃりと握りつぶして、つまみと一緒に新しい缶も取り出す。

 ――― ガンガンガン ―――

バタンと冷蔵庫の扉を閉めた際に、何か物音が聞こえた気がして、ロイは思わず耳を澄ませて
首を傾げる。

―― が特にその後に音も聞こえてこなかったので、気のせいかと思い直して
取り出した物を纏めてリビングへと移って行く。

程よく散らかった部屋で、邪魔な物は大雑把に避けながら持ち出した物の置く場所を確保すると、
プシュツと小気味良い音を立てながら新しい缶を開ける。
そして一口飲み干そうとして。

 ――― ガンガンガン ―――

先程より大きな音が聞こえてきたのに、思わず含んだビールを噴出しそうになる。
「・・・・・こんな時間に――」
仕事がら24時間勤務体勢に近い有様で過ごしてはいるが、それでも疲れきって戻り
気を許した時の不意の事件は・・・・出来れば勘弁して欲しい。
と思う位は、人として当然の心理だろう。

はぁーと大きな嘆息を吐きながらも、叩かれた玄関の扉を目指しては歩いていく。
軍なら何か有れば先に連絡が来そうなものだが、突発での用件かもしれない。
今日はできれば、昼の事を思い返して浸りたい気分だったのに・・・と思っていても
表面上は冷静な表情で、ポーカーフェイスも完璧だ。

「・・・はい?」
扉の前で一度訪問者に声をかけると、覗き窓から相手を見ようと目を近づける。
が、そこから覗けたのはピンと立ち上がった金色のアンテナ――。
―― まさか・・・。――
そんな思いがロイの心に動揺と共に浮かび上がってくる。
が、ロイの予想を裏切らない声が返ってきた時には、鼓動が跳ね上がりそうになった。
「大佐ぁ~! 居るんだろぉ? 開けてくれよぉー!」

「は・・・・・はがね・・の?」
思わず呟いた声が、自分で思ったより大きかったようだ。
「そう! 俺~」
ロイの激しい動揺を他所に、帰ってきた返事は間延びした暢気な話し振りだった。
ロイは慌てて鍵を外すと、当てない様にと気を使いながら扉を開ける。
「―― うっ~す!」
司令部で逢う時と変わらない態度で、悪びれも無く挨拶してくるエドワードに、
ロイは言葉も無くただただ――心の底から! 本当に驚いてしまった。
「き、君・・・一体、どうして? 何故、ここに・・・。
 いっ、いやそのぉ・・・何があったんだ?」
何から問い質せば良いのかも、今のロイの頭の中では整理できない。
それ程、動揺が激しい所為なのだが。
「取り合えず入れてくんない? 外、寒くてさぁー」
そう言ってくるエドワードを見れば、確かにこの時期の薄着の所為か
鼻の頭が赤くなっている。
「あっああ、そうだな! 早く入りなさい、風邪を引く」
わたわた、おたおたしながらも、エドワードを招く為に通り道を避け中へ招き入れると
エドワードがほぉーと室内の暖かさに吐息を吐くのが聞こえた。
「――― 鋼の。一体どれだけ外にいたんだ」
問いかけながらも、案内宜しく背を押してリビングへと進んで行く。
「んー? ・・・二時間位かな」
渋々と答えた言葉は余り信憑性は無かった。何故なら、触れた背中のコートも
冷気を含んですっかりと冷え込んでいたのだから。
「と、兎に角。そのコートは脱いで」
ソファーに座らせると、冷え切ったコートの替りにと自分では使わないブランケットを持ち出して
エドワードをすっぽりと包むようにして覆いかぶしてしまう。
「うっーーー暖けぇ~」
ふかふかのブランケットに包まれて、エドワードは至極機嫌よくその温もりを喜んでいる。
「ちょっと待ってなさい」
そう言い置いて、ロイは何か体の中から温まるものをと急いでキッチンへと入って行く。

が―――、子供に進められそうな物は、この家には無かった事に物色しながら気付いたのだった。

「・・・・・これは大丈夫だろうか・・・」
そう首を捻りながら取り出したのは、甘口のポートワインだ。
ロイ自身は然程飲まないタイプのワインなのだが、以前何かの折に貰ったものが
ワインセラーで眠り続けていたのだ。
ポートワインを温め、そこにレモンを絞って砂糖を溶かす。
ホットワインは子供でも飲んでいた記憶があったので作ってみたのだが。


リビングに戻ると、エドワードはソファーの上で蓑虫状態で暖を取っている。
「鋼の・・・これは飲めそうか?」
半信半疑で差し出してみれば、エドワードは素直に受け取るとカップの中身に鼻を近付け。
「あっ、ホットワインじゃん。サンキュー」
と全く躊躇う事無く受け取った。
ロイはほっとしながら、自分も向いの開いてる席へと腰を落ち着ける。
フーフーと息を吹きかけ、コクリと口に含むエドワードの仕草を眺めていると
まるで夢物語の中に入り込んだ気分になっている自分が居た。
「うぇ~、大佐・・・これ砂糖入れ過ぎじゃない?」
その言葉にはっとなってエドワードに意識を戻す。
「―― そうだろうか? 自分では作った事が無くてね。
 甘い方が君には飲みやすいかと思ったんだが・・・」
どもりどもり言い訳をしているロイの前で、文句を言ったエドワードの方は
コクコクとカップの中身に喉を鳴らしている。
「・・・う~ん。―― 別に拙くは無いけど・・・、これポートワインだろ?
 なら、砂糖は隠し味位でいいんじゃない?」
と、堂に入った感想を伝えてくる。
「――― 君・・・。ワインの味が判るのか?」
呆気取られているロイの目の前で、エドワードはペロリと舌を出して屈託無く笑う。
「へへへ。―― 内緒だったけど。・・・結構 旅とかしてるとさ、気の良いおっさん達が
 飲め飲めってくれるんだよな。
 で、俺もどうやら飲める口だったらしくて、断るのも悪いってんで飲んでると
 色々な種類を試してる方になっちゃって」
カップの最後を飲み干すように、クィーとあおるエドワードに、ロイは思わず肩を落とす。
「―― 君・・・」
はぁーと溜息を吐くロイに、エドワードはへへへと誤魔化し笑いをして返してくる。
「―― 未成年の飲酒は・・・背を伸ばさないぞ」
ロイはそうとだけ言うに止めた。
「―――!? なんで!?」
ロイの言葉が余程衝撃だったのか、エドワードは立ち上がらんばかりに驚いて
声を荒げてくる。
「君も生体には通じてるんだ。アルコールの成分が人体に影響を与える事は知っているだろう?
 ―― が、絶対にそれのみが影響するわけでもないから、まぁ・・・控えめにな」
アルコールの若い者への弊害は良く言われ知られている事だが、一概に飲酒する事が
成長を害する最大の要因とは断言できない。
が、深酒が良くない事は未成年・盛年には関係なく判りきった事だ。
「・・・・・俺、飲むのやめる」
カップをコトリと置いて、エドワードは神妙な表情で告げた。
「―― ホットワインはアルコール分は飛ばしてあるから、そう気にする事は・・」
極端なエドワードの反応に困りながらロイは苦笑してそう告げてみる。
「いや。少しでも成長を阻害する要因は―― 俺は許せねぇ!」
グッと力瘤を作って返事を返してくるエドワードに、ロイも苦笑しか返せない。
なら、牛乳を飲みたまえと本音では言っていたとしても。

「――― で、一体どうしたんだ?」

突如の訪問。しかも、連絡も無しとなれば何かあったと思うべきだ。
しかも、いつも傍にいるアルフォンスの姿が無いのも、ロイの心配を増長させている。



途端に不機嫌に、無口になったエドワードが、漸く口を開いての言葉は・・・。

「大佐・・・。俺、今日ここに泊めて?」

と、ロイの心臓の鼓動を止めそうな言葉だった。






・・・・・ 『 罪作りな想い人 』p4 ・・・・・




「なっ―――・・・・・・・・・・・・・・・・・」

長い絶句の間。ロイの頭の中は色々な思考が忙しなく走り回り、
心の中では色々な感情が千路に乱れていた。
まるで自分の中身を洗濯機にぶちまけたような状態でいたロイも、
目の前の少年を眺めている内に頭が冷めてくる。

既にソファーでの寝心地を試しているかのようなエドワードの様子からは、
ロイがちょっぴり抱いた色っぽい感情など、微塵も感じさせてはくれない。

―― 全く・・・私もどうかしてる。
   この少年に限って、そんな都合の良い展開が望めるわけは・・・無かったな。

小さな願望の割には、結構大きな落胆を感じさせられつつ、ロイは深々と溜息を吐き出し。

「―― アルフォンス君と何があったんだ?」
ともっとも考えられる推測を口にしてみた。


そこからのエドワードの話は弾丸のように打ち出され、圧倒されたまま話を聞かされる事になった。
話はエドワードの主観が重視されてのことではあったが、何となく彼の憤慨の理由は伝わってきた。。

「つまり君は、女性扱いされた事に関して腹を立てて飛び出したと云うわけだ?」
ロイが確認するように訊ねた言葉に、エドワードの怒りも再燃したのか頬を紅潮させて
ロイに訴えてくる。
「酷いと思うだろ? 間違われたのも悔しいけど、弟ならそれを正して然るべきの処を
 正すどころか認めるような言動をしたんだぞ!
 くっそぉ~、アルの奴ーーー。兄の沽券を馬鹿にしやがってぇぇぇ」
ぎりぎりと歯軋りして憤慨しているエドワードをまじまじと見つめ、店員が間違ったのも
仕方ないと納得しもした。
小柄な(エドワードに言えば、怒りの矛先が自分に向かうので、決して口には出来ないが)体格に
顔も整った造りのエドワードだ。黙っていれば、気の強そうな美少女と見間違われても仕方がない。
それにその誤解に便乗したアルフォンス君の言い分も、ロイにはよぉ~く理解できる。
年がら年中旅ばかりの兄弟だが、エドワードは磨けば磨くほど美しさを増す素材の持ち主だ。
短い滞在中とはいえせっかく都市に居るのだ。普段は気を掛けれない部分のケアをして欲しいと
思っても、全然、全くおかしな事ではない。
が、それはこのエドワードの気質では理解されない考え方なのだろう。
彼はどこか大雑把で無頓着な姿勢が、男らしさに通じていると思い込んでいる節があるし・・・。

「―― しかし、試供品の1つ位試してやっても構わないじゃないか・・・」
ロイが本音を交えた言葉をポロリと零すと、それを聞き拾ったエドワードはお前も敵か!と
いうような険のある視線を向けてくる。
「構わないじゃない! そんなもんに拘るような男がいるかってんだ!
 アルは弟の分際で兄を虚仮にしただけじゃなく、男の尊厳も軽んじたんだぞ!!!」
憤然と言い募るエドワードに、ロイは「大袈裟な」と苦笑して返す。
「君ねぇ・・・。一体いつの生まれだ。
 今日び、シャンプーを使わず石鹸だけで洗髪している君のような方が少ないと思うぞ」
呆れると云うよりは、そんななりふり構わない彼を好ましいと思っていることは
ロイの口調や表情から察せれたのか、エドワードは怒らず驚いたように目を丸くしただけだった。
「確かに辺境では仕方ないとは思うが、大都市や街中に宿を取る時くらい、
 髪を労わってやる必要はあるんじゃないか?」
「・・・別に。―― そんなん必要ないだろ・・・」
あからさまな否定だと聞き入れるのは難しいだろうが、ロイのように1案として伝えられると
エドワードも強くは言い返せないらしい。
「あるとも。髪を余り乱雑に扱っていては、若い内から禿げることも有るらしいぞ?
 折角、手足が戻っても頭髪を無くすんじゃ格好がつかないんじゃないのか」
「・・・・・・」
思わぬ話の展開に、さすがのエドワードも押し黙って聞いている。
「髪は長~い友達と云う例えもある。丸禿げならまだしも、頭部だけ禿げたり前髪だけ後退した日には・・・。
 たとえ男と云えども、―― なかなか辛いものがあると思うがな」
しんみりと語るように聞かせれば、心なしかエドワードの顔も青白く神妙な顔付きになってくる。
「・・・そ、そんな事もあるんだ―――」
思いもしなかった自分の頭髪予想図を思い浮かべているのか、エドワードの顔が強張っている。
「あるんだ、これが」
それに答えるロイも、ふぅーと心痛を吐露するような溜息を吐く。
「――― 私もね。なかなか強情な髪質だから、今から色々と気にしてはいるんだ」
それは全くの口からでまかせだ。ロイの家系は父親も母親も歳がいってもふさふさの髪をしているし、
祖父も祖母も禿げているという話は聞いたことが無い。禿げは80%が遺伝とも言われているから、
今のところそんな心配をした事は無い。
―― もし私が禿げるような日が来るとすれば、仕事上のストレスの所為だな。
が、ここで楽観しているような表情を出せば、折角のアルフォンス君の思いやりも、
耳を傾け始めているエドワードの様子もぶち壊しになってしまう。
「大佐も・・・気をつけてるんだ・・・」
「ああ、勿論。多分、軍のメンバー達も、それこそ一般の男性もちゃんと気にかけていると思うよ」
そんな風に皆を引き合いに出されると、エドワードとしては自分だけが不精をしているような
気になってくる。
「―― 大佐は・・・。そのぉ、トリートメントとかしてるのか?」
ちらりと上目遣いに様子を窺ってくるエドワードの可愛さに、緩みそうになる頬を
抑えるのに一苦労だ。
「さすがトリートメントまでは時間が取れないが、普通にトリートメント成分配合の
 コンディショナー位はシャンプーの後にやってるよ」
そう告げてやると、ロイを窺っていたエドワードの瞳が大きく瞠られて、
何度も何度も瞬きを繰り返す。
「―― そうだったんだ。・・・・・アルに悪い事、しちゃったよな」
弟のアルフォンスには気にかける髪も体も無い。だからこそ、兄の事を気にかけての
今日の行動だったのかと思うと、先程まで腹を立てていた自分が恥かしくなる。
「そう思うなら謝ればいいさ。君たち兄弟の絆は、そんな些細な事位で崩れるもんじゃなし。
 それとお詫びに、折角アルフォンスが貰ってくれた試供品とやらを試してやってみれば
 アルフォンス君も喜ぶんじゃないのか?」
これでエドワードが自分の容姿に、少しでも気にかけるようになってくれれば、
ロイの彼を見る楽しみも、また一層大きくなるだろう。
そんなちょっとした下心も動いての提案だったが、エドワードにはかなり利いたようだ。
「うっ、うん・・・。まぁ、ここに居る間位なら」
と譲歩の姿勢を見せてくる。
「ああ、ぜひそうして上げなさい。―― 彼もきっと喜ぶと思うよ」
にこりと微笑みながら告げてやると、エドワードも少し照れたように笑いながら
「判った」とコクリと素直に頷いてくれる。

「でも、大佐もそんな事を気にしてたなんてなぁ~」
意外だと云う様にロイの髪を見つめてくる。
「そうかい? 私は君の髪質とは違って硬い所為か、リンスでもしない事には
 起きた時ごわごわの寝癖で一苦労させられるんだがね」
これは事実の事だ。剛毛の所為か、寝癖を直すのにはいつも苦労をさせられている。
「へぇ・・・」
ロイの頭をまじまじと見ながら、驚きの声を洩らすエドワードが次の瞬間、
子供らしい好奇心でひょいと手を伸ばしてきた。
机に乗り出してロイの髪をわしゃわしゃと掻き雑ぜてくる。
「――――― は、はがねの・・・」
余りの驚きと動揺の為、ロイの声は思わず裏返ってしまっている。
「あっ、ごめん、ごめん」
そんなロイの反応を、急に触られた為の不愉快だとでも思ったのか、
エドワードは苦笑いを浮かべながら謝りの言葉を告げて座りなおす。
「・・・い、いや。―― 別に構わないんだが・・・」
触れてもらえるのは、大いに歓迎だ。ただ・・・心の準備も何もなかったものだから、
心臓への負担が大きくなっただけで。
「でも、大佐の髪って本当に硬いんだな。それじゃあ前が見上げる時とか大変じゃねぇ?」
ロイの動揺の大きさとは逆に、エドワードは常とは変わらない態度で話しかけてくる。
「・・・ああ。――― 髪をアップする時は、ポマードやらワックスやら塗りたくって
 上げないと無理だ」
ドコドキと動機の激しい心臓を気にしながら、さりげなく腕を組む振りをして抑える。
「俺は逆。柔らかすぎて、纏めても梳けちゃうことも結構あってさぁ。
 あ、俺の髪も触ってみる?」
お返しにとばかりに提案された言葉に、ロイは折角抑えていた心臓がドクリと跳ねて
喉から飛び出しそうになる。
「き、き、君の・・・髪に・・・・・?」
ごくりと飲み下したのは、飛び出しそうになっていた心臓なのか、
はたまた別のものなのか。
「うん。ほら」
屈託ないエドワードが括っていた髪を外して、ほらとばかりに顔を横に向けてくる。
さらりと光の滝のような髪が、エドワードの首筋から肩へと流れ落ちて行くのを
ロイは網膜に焼き付けるようにして魅入っていた。
話の流れ上魅入るには長すぎたのか、横を向いていたエドワードが怪訝そうにロイを振り向き。
「あっ、別に触んなくても良かったか?」
と再び髪を纏めようと腕を上げる。
「まっ、待ってくれ!――― 良ければ・・・、触らせてもらえるかな?」
「へっ? ・・・ああ、いいぜ?」
慌てて引き止めるロイの剣幕に驚かされたようだったが、特に訝しむことなく
はいと髪を差し出してくる。
「・・・失礼」
そう断りながら、解かれた髪を梳くようにして指を通す。
――― ああ・・・。
うっとりと零された吐息は、外に出る事無くロイの胸の内だけで零される。
恐る恐る梳く指の間を、手触りの良い金糸がくすぐるようにして落ちていく。
ロイは夢見心地なまま、何度も何度もエドワードの髪を梳くっては
厭きる事無くその手触りに感じ入っていた。

「・・・なぁ、もう良いか?」
焦れったそうなエドワードの問いかけに、ロイは心のかなで返事を呟いていた。
―― なにが・・・?
思わず次へと進む展開に、思考が染まりそうになった処を、エドワードは無情にも
断ち切ってしまう。
「くどい! もう良いだろ」
そう言い切るとさっさと髪を取り戻して、三つ編みは面倒くさかったのか
肩上で1つに纏めてしまう。
そんなエドワードの行動に、落ち込みそうになった妄想から目覚めさせられたロイは、
がっくりと消沈しながら目の前で纏められた髪を、惜しそうに眺めた。
エドワードの髪は柔らかさだけではなく、芯があってしっかりとした腰があった。
これだけの髪を野ざらしさせては惜しいと思う気持ちは、痛いほど判る。
「やっぱ、俺もちょっとは気にしないと駄目なんかなぁ・・・」
そう呟いているエドワードに、ロイはここぞとばかりに頷いて返す。
「それは勿論そうした方がいい!
 コホン・・・、早いに越した事が無いのは、手入れなら何でも同じだと」
「うん・・・だよな。――― でも、俺・・・そういう事やってみたこと無いしさ。
 ――――― そうだ! なぁ、大佐が1回やってみてくんない?」
良い思い付きだと笑顔を見せるエドワード。
そして、ロイは「はい?」と返事して顔を固まらせたのだった。

―― ロイ・マスタングの怒涛の1日は、まだまだ続く・・・。




・・・・・ 『 罪作りな想い人 』p5 ・・・・・




まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
・・・・・ロイの思考はこの3文字一色で埋め尽くされていく。

エドワードの放った爆弾発言の被害は相当なもので、ロイの今の状況は
思考、身体とも機能停止寸前に陥っている。
それに反して、エドワードは自分の思いつきにご満悦のようで
固まっているロイを余所に、饒舌に放し続けている。

「そうだよなぁ。やっぱ、こういう事は慣れている人間にやってもらった方が良いもんな。
 そうすりゃ、俺も楽でき・・・とととっ、見て覚えれて一石二鳥じゃん。
 なぁ、大佐。そう思わねぇ?」
そう自己完結してロイに視線を向けるエドワードが、訝しそうな表情を見せる。
「・・・・・どっしたの?」
奇妙な表情で自分を見つめているロイの様子に、エドワードが窺ってくるが、
ロイの思考は一時停止からまだ復活出来ていなかった。

そんなロイの様子に、さすがのエドワードも自分の言動を振り返り気まずそうな様子を
浮かべて行く。

「―――― 悪かったって・・・。
 別に・・・ちょっとした思い付きを言っただけで、悪気があったわけじゃない・・ぜ?」
無言のまま硬直しているロイの態度に言い過ぎたかと云う自責の念が浮かぶ。
日頃、好き放題の言動を許してもらってはいるが――― ロイは高官なのだ。
エドワードよりも上で、歳も当然かなり上だ。
そんな相手に私的な用事を頼むなど、言語道断!と弟のアルフォンスが居れば
叱られた事だろう。

「・・・・・なぁ? 大佐ってば・・・。
 ――― 悪かったって。
 そんなに怒るなよ。つまんねぇ事を頼んだ俺が悪かった、ゴメン」
言葉遣いは、まぁ余り褒められはしないが、それでもエドワードなりに
一生懸命に謝ってくる。

上目遣いにチラチラと自分を窺ってくるエドワードの仕草の可愛さに、
ロイの白くなっていた思考が、仄かにピンクに色付いてくる。
「・・・・・・・・・」
小さく唇を動かした相手の反応に、エドワードが耳に手をやって聞き取ろうと乗り出す。
「えっ? 何て? 良く聞こえなかったんだけど?」
耳を傍立ててくるエドワードに、ロイが告げた言葉は―――。

「ぜひ、やらせてくれ!!!」

と、思考とは真逆の発言だった。




ハァ~~~~~と長く深い嘆息を吐きながら、ロイは己の脆弱な理性を詰る。
理性では『危険だから止めろ!』と必死に引き止められていたと云うのに、
本能は願望に忠実に口から飛び出して行ってしまった。

ロイがやらせてくれと勢い込んで言った言葉に、エドワードは驚いたように目を瞠り
唖然とした表情で頷き返した。
――― 変に・・・思われはしなかっただろうか・・・・・―――
元々はエドワードの言い出した事だから、ロイが了承したからと云って
即座に下心を見透かされるわけでもないのだが、後ろめたい気持ちがあるロイにとっては
自分の言動が気になって仕方がない。

「じゃあ、一緒に入ろうぜ」と誘ってくるエドワードに、頷かないでいるのは
かなりの忍耐と根性が必要で、「私は先に入ってるから、身体を洗ったら呼びなさい」と
何とか伝えると、浴室に向かうエドワードの後姿に心残りながらも耐える。
――― その後、ロイがそそくさとトイレに足を向けたのは・・・、
     この後を耐え切る為に必要な、男の嗜みだろう ―――

―― 大佐ぁ~。もういいぜぇー ――
と浴室から届いた声に、ロイの心拍数は一挙に上がる。
武者震いのように震える指先が、浴室の扉の取っ手を前に躊躇いを見せるが、
―― ままよ! ――と覚悟を決めて、カラリと扉を押し開いた。

一瞬襲う蒸気に目を細め、一歩足を踏み込んでみれば、エドワードは気持ち良さそうに
湯船に浸かって肩から上だけ出している状態だ。
「・・・・・・・ハァ」
安堵とも落胆ともとれる吐息が小さく口から零れる。
「大佐、ちゃんとシャンプーまではしたぜ?」
首を横向きに話しかけてくるエドワードに頷いて、ロイは腰掛を運んで浴槽の傍に座り込む。
「ちゃんと洗えたか?」
ここまでくれば覚悟を決めて取り掛かるしかない。
そう思って苦笑混じりに問いかけてみれば、エドワードはそんなロイの笑みを
違うようにとったらしく。
「当たり前だろ! 幼稚園のお子様じゃないんだから」
と不服そうな反応を示す。
「なら良いさ。―― シャンプーをした後は、出来るだけ綺麗に濯ぎ落す事。
 洗剤分は頭皮や髪に悪いそうだからな」
そう話しながら、エドワードの髪を手櫛で確かめてみる。
「・・・えっ、そうなんだ――」
戸惑うような様子と、梳いた髪から見える泡の残りにいい加減な濯ぎで済ませた事を
物語っている。
「・・・ほら、髪の後ろや根元に洗剤が残ってるぞ」
そう言いながら、緩いシャワーで丁寧に洗い落としてやる。
くすぐったいのかエドワードは肩を竦め、小さく肩を震わせて笑っているようだった。
エドワードの緊張感の無さが、ロイにも伝染しているのか、入る前ほど緊張も無くなり
リラックスし始めて行く。

「さて、これでよし。出来ればこの後、タオルで水気を少し拭き取る方が良いんだが」
「えっ~。面倒くさい、それって」
予想通りのエドワードの反応に、ロイも笑って返す。
「そう言うと思った。まぁ、確かに面倒だからな。
 その替わり、――― こうして軽く水気を切ってやって。
 この時にキツク絞り過ぎないように。濡れている髪に乱暴なことをすれば、
 てき面に髪が痛むから」
髪を軽く纏めて強くならないように気をつけて握ってやる。
髪に付いていた雫は、ロイの手の平を伝って床へと落ちていく。
が・・・ロイが見ていたのは、そちらではなくて。
髪を纏めたことによって、露になったエドワードの白い項だ。
―― 細い・・・――
そして、透き通るような白さが目に眩しい。
ロイはチラリとエドワードの様子を窺う。
のびのびと浴槽の縁に両手を広げ、気持ち良さそうに目を閉じて寛いでいる彼の様子を見て、
ロイは慎重にそっと髪から水気を絞る振りをしつつ、その白い項を親指の腹でなぞり上げる。
「ひやっ!?」
途端上がった声に、ロイの心臓が飛び上がる。
「す、すまない・・・。そ、そのぉ――― 髪の根元の様子を・・・」
しどろもどろに言い訳を考えつつ言いつつしているロイに、エドワードは気にした風もなく。
「あははは。ゴメン、変な声上げちゃってさ。
 な~んか、妙にむず痒いってか、こそばゆかったってか・・・。
 まぁでも、別に嫌だったわけじゃないから」
ザバリと浴面を波立たせてエドワードが振り返って話す。


濡れそぼる髪がエドワードの白い肩に絡まるように張り付いている。
上気して色付く頬。伝い落ちる雫が、綺麗なラインをなぞってみせ。
白と金のコントラストの見事さに、ロイは息をするのも忘れてしまうほど
彼の裸身(と言っても上半身の上側だけだ・・・)に、うっとりと魅入ってしまう。

「大佐? おい? またどうしちゃったんだよ?」
陶酔の余り動きの止まっているロイに、エドワードが首を傾げて訊ねてくる。
それがまた――― 可憐な仕草に見えて、ロイの心拍数を跳ね上げた事など
エドワードには理解できない事だ。

――― こ、・・・これは。
    かなりの苦行になりそうだ・・・・。――

浴室内の熱さの為だけでない汗が、ロイの米神を伝って行く。



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