終わりに 2021.01.12
ホームリバティホールの黒田さんの壁画が解体されるまでとBlog、Facebookを書き始め、7月末ごろに解体される予定が、ここまで延びてしまい、新年を迎えてしまいました。ただメドも見えてきたことでもあり、Blog、Facebookをこれをもって閉じます。(なお解体が手間取り、来週に「カケラ」お分けを延ばします。※これは別途おしらせしますね) 1974年、差別とたたかう文化会議の事務局。その後部落解放同盟文化担当書記を兼務することに成りました。まったくひょんなことからの解放運動との付き合いでした。田舎出の私は「士農工商」以外の身分制を習ってもいませんでした。 彫刻家金城実さんが、差別とたたかう文化会議結成大会で「在日はキムチ臭いと差別される、沖縄から関西に来た沖縄人は押し入れの中で三線を弾いた。でもこれは己の文化や。部落に文化があるのか?」と問うたた時、誰も答えられませんでした。むしろ無いと思っていいたのだと思います。その後、私は活動家によく「部落の社会的経済的文化的低位論」が支配的で、周りの活動家から「部落に(特別な)文化があると言ったら差別やで」と注意までされました。 部落解放同盟は74年から数年後(5年後?)やっと「部落に文化がある」と方針書に書いたぐらいです。「部落にそんな高尚な物があるか?」という認識と、「部落は、他の人と何も関わらない同じ(日本人)」という同化志向から、特別だったり、別の文化がある、と言いたくなかったのだと思います。 土方鐵(作家、解放新聞編集長、差別とたたかう文化会議事務局長でさえ、最初は認めませんでした。アメリカでヒッピーしていた私。田舎のオヤジに「今度野間宏と会う」といったら、「そんな偉い人と会うのか?」と親父の方がよっぽど「文化人」でした。作家・野間宏議長から「君は小説書くのか?」と聞かれ「いえいえ、読んでもいません」と応えると。ウー?と絶句して「イヤイヤ遅くない」と一言。私は25歳でした。 ただアメリカ2年間の生活で受けた差別や、Afro American ,(黒人)、日系人、アジア系の友人に教えられた独自の文化の大切さは心に落ちていました。 広辞苑には「文化とは」①「文徳によって民を教化する。」(愚かな)民の教化手段と読めます。「文化人」なんて英語に訳せない変な用語が使われる日本社会ですから。②「生活様式の総称。」担当になって心に納めていたことはこの②の定義でした。「部落の文化論」を立てて論じず、部落、あるいは被差別民の中にある具体的な生活の様や仕事や、技や、芸能などを大事にみていくことに徹しようと。 やがて80年代ごろから部落史の転換、貧困史観からの脱却、文化誇り論、マイナスイメージからプラスイメージへ!などなど、今度は流れは逆に「部落の文化誇り論」を提唱すれば「部落民に勇気がわく」とまで言う人まで出て来て、解放運動の活動家まで誤解するほどでした。これもまた別の意味で違和感を覚えました。(多分、広辞苑①の姿勢で説いたのでしょう。) マイノリティにとって文化は、自己存在意義であり、アイデンティティを支える支柱だということでしょうが、一方で「文化」はそれ自身「おごり→排外」と表裏一帯だという自覚が必要です。最後に教えられた三つの言葉を書きます。一つ、作家野間宏さんは「世の中に起きていることを被差別の側から見てみ見ると違う景色が見えるはずだ。」と言いました。二つ、70年代の障害者運動の楠敏雄、牧内正さんたちは、「障害を克服して健常者になるのでなく、障害を理由に起きる差別を克服したい。みんな違ってええやんか!」と。これを部落に当てはめると「被差別」をなくしたいが「部落」をなくすわけではない、「部落コミュニティの生活の様が外のコミュニティと違いがあってもええやんか」と読めます。 三つ、小沢昭一さんは「文化は守りなさるな、守ると腐る」と。「古いものからSoul(魂)を見つけて、新たに生まれ変わらす(Re-evolution) 分かったことを等身大にみてみようと心がけたつもりでしたが、ラッキーにも私が出会った人々や、技や芸や、文化は私にとって発見の連続でした。 さて誤字、脱字、悪文「迷人」に呆れられていることでしょう。ご容赦ください。長い事、お読みいただいてありがとうございました。一昨年脳梗塞で倒れて、あと残りの命、もう一度生き直す時間をどうしましょうか・・・・・・?さようなら!♪SAYONARA is not only meaning like GOOGBY,but also means I 'll catch you ,later. ♪ cause ,just because I still love you.(これアメリカで寂しかった時に作った曲)写真:こんな色紙が見つかりました。お世話になって書けなかった方々です。原爆の図作者:丸木位里、俊さん。俳優・三国連太郎さん。