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2018.07.21
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カテゴリ:現代史

 今回の南樺太(サハリン南部)の旅は、ワイルドフラワーハイキングの旅だったが、前回述べたように天気に恵まれたとは言えなかった。
 実はそれを予示するような入国の際の出来事があった。

◎入国審査に1時間!
 夏季だけ運行するヤクーツク航空の成田からのチャーター直行便がユジノサハリンスク空港に着いたのは9時前、たった2時間10分ほどのフライトだったが、それからが大変だった。
 TDの沖中さんを含め僕たち21人が全員、入国審査所を出たのは実に1時間後だった。3つのボックス形イミグレ窓口があったが、係官が何かしきりにバスポートとビザをチェックしているのだ。
 ソ連時代のように、およそ海外からの訪問客をお迎えするという意識がなく、その間、ずっと列に並ばされて待たされる。OKが出てバスポートが返却されるまで1人に5分くらいもかかった。

◎非能率は変わらず
 僕の場合は3分くらいだったか。若い係官がキーボードを叩き、たぶんディスプレーと交互に見ている。「たぶん」と書いたのは、高い衝立状の目隠しがあって、審査を受けている僕たちが外から中を見られないようになっているのだ。
 ソ連・共産主義時代は、万事すべてが非能率だった。それはソ連崩壊後も、変わっていないようだ。
 出迎えてくれたヴァレンチンさんという30代のイケメン現地ガイド氏に尋ねると、いつもこうだという。やれやれ、である。

◎マルクス通りや共産主義通り
 ソ連崩壊後30年近くもたつのに、ユジノサハリンスクの街には、ソ連時代の遺物があつこちに残っていた。
 旧豊原町役場や郷土博物館の前の駅から東西に走るメインストリートは、「コムニスティーチェスキー(共産主義)大通り」だし、僕たちの泊まった清潔なパシフィック・プラザ・ホテルの前の通りは「平和大通り」だ。その1本東に南北に走るのが「コムソモール(共産主義青年同盟)通り」である。
 「レーニン通り」、「カール・マルクス通り」もある。さらに南樺太を力で奪い取ったことを誇っているのか、「ポベーダ(勝利)」大通りもある(写真=郷土博物館敷地の端に据えられた兵器。おそらく南樺太に侵攻した際に使われたもののコピーなのだろう)。



◎巨大なレーニン像の「上から目線」
 立派な映画館・劇場は「オクチャーブリ(十月)」であり(写真)、これはむろんロシア十月革命から採ったものだ。



 もっと驚くのは、駅前の一等地の公園が「レーニン広場」で、なんと巨大なレーニン像が立っている(写真)。さすがにボリシェヴィキ党(後の共産党)の指導者の像は、これだけのようだが、まさにイデオロギー満々の街風景である。



 いったいサハリンはまだ共産党時代なのか、と目を疑いたくなる。

◎チェーホフ博物館や『サハリン島』記念碑
 それでもイデオロギーに無関係なサハリンゆかりの文豪の記念物もある。ホテルのすぐ近くに立派な「チェーホフ記念ドラマ劇場」(下の写真の上)と「チェーホフ記念文学館」である(下の写真の下)。





 なぜ南樺太にチェーホフかというと、実はロシアの19世紀末の代表的作家・劇作家のアントン・チェーホフは、1890年に流刑地だったサハリン島を訪れ、優れた紀行文『サハリン島』を書いているのである。僕は、ずっと前、『サハリン島』を読み、南樺太に夢をはせたことがある。
 チェーホフ記念文学館の前には、その『サハリン島』を記念するモニュメントが設置されている(写真)。レーニン像は、いちおう観ておくべきだと思って訪ねて行ったが、チェーホフゆかりの記念物を探す散策は楽しい。



◎鈴谷岳はチェーホフ山に改称されていて残念
 ちなみに僕たちが花盛りのワイルドフラワーを探して4日目に登ったサハリン島最高峰(と言っても1044メートルしかないが)のチェーホフ山にも、文豪の名が採られている。かつて日本統治時代は「鈴谷岳」と呼ばれ、豊原市民に愛好された山である。
 鈴谷岳の名は残して欲しかった。

昨年の今日の日記:「エチオピア紀行、イスラエル・ヨルダンの旅・番外編;世界最低所の地と世界最低標高の火山とは」

追記 米ロ首脳会談でトランプ大統領、対ロ批判をせず
 僕がユジノサハリンスクに滞在中、シベリアとヨーロッパロシアを挟んだはるか西方のフィンランド、ヘルシンキで、ロシアのプーチンとトランプ大統領との米ロ首脳会談が行われた。
 懸念されていたように、この会談はプーチンの思うがままに進んだ。直前のNATOと加盟国を非難するなど西側友好国に対するのと全く違って、トランプ大統領はお得意の独りよがりの勇ましい主張をぶつけることもしなかった。ウクライナ東部とクリミアのロシアの侵略を容認するかのような発言までしている。
 トランプ氏は、いったい誰が、どの国が味方で、誰が、どの国が潜在的敵国かを見分ける能力を喪失したようだ。
 アルツハイマー病に取り憑かれているか、プーチンに弱みを握られているかなのだろう。







Last updated  2018.07.21 03:08:56

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