昨年11月のアメリカ大統領選で、まさかのトランプ氏当選で安倍政権が精力をつぎ込んだTPPは、ほぼ死んだ。実際、今年1月、トランプ氏が大統領に就任すると、直ちに大統領令でTPPから離脱を宣言した。
◎日米FTAなら日本の農畜産業は剣が峰
トランプ政権が通商政策の主軸に据えるのは、多国間の枠組みではなく、2国間協定だ。何しろ長年機能してきたNAFTAすら、時には離脱の構えを見せるのだ。
だから、いまだにはっきりとは打ち出していないが、日本とも2国間でのFTA(自由貿易協定)を求めてくるだろう。
消費者サイドからは歓迎すべきことだが、FTAとなれば、TPPで約束した以上の農畜産物の関税引き下げを求められることは明々白々だ。対日貿易赤字を縮めるには、圧倒的競争力のある農畜産物の可能な限りの自由化しかないからだ。日本の過保護の農畜産業は、剣が峰に立たされる。
そこで安倍政権の打った手は、オーストラリアやニュージーランドが積極的なアメリカ外しの「TPP11」の模索だ。
◎アメリカ抜きの11カ国での「TPP11」
2015年10月に大筋合意したTPPは、思えば画期的とも言える多国間通商協定だった。単なる自由貿易協定ではなく、知的所有権や国有企業縮小など、制度的改革も盛り込んでいた。日本も著作権制度では、譲歩を強いられた。
それだけに共産党が牛耳る国有企業が大半のスターリニスト中国は、枠組みから排除できた。日本とアメリカが主軸となり、通商ルールの世界標準となる――はずだった。
それが、トランプ政権の登場で頓挫してしまったわけだ。
しかし安倍政権は、アメリカの求めるはずのFTAを含む通商交渉の大きな牽制策として、アメリカ抜きの11カ国での「TPP11」に新たな意義を見出した。
そして2~3日、カナダ・トロント(下の写真の上)で、11カ国での首席交渉官会合を開き、仕切り直しのスタートをさせた(下の写真の下=トロントでの首席交渉官会合に出席した日本の片上・首席交渉官)。
◎TPP11なら通商世界標準から大きく後退
ただ「TPP11」には、大きな限界と困難さが控える。
まず大きな限界としては、世界最大の経済大国のアメリカが抜けたことで、多国間通商協定の世界標準としての意義が、かなり損なわれることだ。
アメリカの入ったTPPとアメリカ抜きのTPP11とでは、世界のGDPの占有率が37.5%から12.9%に3分の1に萎む。さらに貿易総額は、世界シェア25.7%が半分強の14.9%に縮む。
◎11カ国の中でも思惑様々
次に困難さだが、新たな交渉のやり直しを求める国が出そうなことだ。TPPでも何度か決裂の危機があり、その度ごとに各国が譲歩し、ガラス細工の合意にこぎ着けた。
特に国有企業が経済の大きな比重を占めるベトナム(共産党政権であるが、スターリニスト中国よりはずっと開明的)とマレーシアが、やっかいだ。
両国とも、国有企業や様々な制度的規制をTPP交渉で緩めることを求められ、アメリカへ輸出する繊維製品の関税減などの見返りで、しぶしぶと飲んだ経緯がある。そのアメリカが抜けたことで、TPP11のメリットは大きく薄れた形だ。
ペルーなどには、アメリカの代わりにスターリニスト中国を引き込もうという動きもある。中国が入るとなれば、もはやこれはTPPではない。日本は、絶対飲めないところだ。
◎トランプ大統領再選なければ、アメリカのTPP復帰も
日本と歩調を合わせそうなのは、先進国であるオーストラリアとニュージーランド、あとカナダとメキシコの現NAFTA加盟国の4カ国しかない。
TPP11の推進役の安倍政権がさらに先を展望するのは、次期アメリカ大統領選後の2020年だ。
もしトランプ大統領が再選できなければ、次期大統領は民主党であれ共和党であれ、TPPに復帰するかもしれないからだ。
トランプ大統領再選の可能性は、僕は現状ではかなり小さいと思っている。まず任期中に弾劾のリスクがある。次に現職でもトランプ氏は、共和党予備選で勝ち残れない可能性もある。さらに本選で、民主党候補にもよるが、勝てない確率が半数以上ある。
◎安倍首相、歴史に残るか
その思いは安倍政権も、同じだろう。
だからそのための布石を打っておく。それがTPP11だ。
安倍首相にすれば、自民党総裁を3選されたら、ひょっとすれば任期末にTPPの復活を我が手で成し遂げられるかもしれない。
憲法改正、2020年東京オリンピック、そしてTPP成功、となれば、歴史に残る名宰相となる(なおこれに、北朝鮮ならず者集団に抑留されている日本人拉致被害者の全員帰還も加えておこう)。
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