わが名画ベスト10=後:3位『誰がために鐘は鳴る』、2位『サウンド・オブ・ミュージック』、1位『ドクトル・ジバゴ』
映画の熱心なファンと言うわけではない。それでも、内外多数の映画を観てきた。 娯楽作品は、その場限りだったが、中には心に残る名作、いや人生を変えた作品もある。小説やノンフィクションなどの活字もあるが、映像は直接的、衝撃的でもあり、それだけ印象に残る。世界を旅するようになると、その現場を訪れて、たびたび映画の名シーンを思い出す。 7月11日付日記で『カサブランカ』を取り上げたのをきっかけに(「名画『カサブランカ』を観る:ナチ・ドイツ支配を逃れ自由を求めて北アフリカのモロッコに集まる難民たちの中に咲いた花」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202107110000/を参照)、これまで観た中で心に残る秀作ベスト3を以下に挙げる。読者の方々のご意見もうかがいたい。 なお4位から10位までは、昨日と一昨日に述べた。①『ドクトル・ジバゴ』(1965年、アメリカ・イタリア=写真) 学生時代に場末の再映館で観た。 知識人の愛と生がロシア革命の荒波に翻弄され、ジバゴの愛したラーラ母子も落ち延びたモンゴルで生き別れになるなど、多くの悲劇を生んだ。 トロツキーをモデルにしたらしいストレリニコフが白軍を掃蕩した後の農村は焼け野原にされ、多くの農民が餓えに苦しむ。それは、1932年~33年のスターリンによる穀物強制徴発で生じたウクライナ大飢饉(ホロドモール)を連想させる(08年5月6日付日記「ロシアのソルジェニーツィンと『ウクライナ大飢饉』1932年~33年の正しい理解」を参照)。 映画はラストで、やがて訪れる凄惨なスターリン時代を予兆させるシーンを流すなど、出来映えも最高で、時に流れる哀愁を帯びた『ララのテーマ』は僕の最も好きな映画音楽でもある。 この映画は、マルクス主義にかぶれた若い頃の僕の共産主義幻想を完璧に打ち砕いた点でも忘れがたい。この覚醒は、その後の東欧民主化・ソ連崩壊、スターリニスト中国と北朝鮮ならず者集団の暴虐な支配の暴露で完全に裏付けられた。 なお映画の原作は、ソ連の詩人・作家のボリス・パステルナークの同名の小説(『Доктор Живаго』)で、作品が反ソ的とされてソヴェーエト国内では出版されず、イタリアに流出されてそこでイタリア語に翻訳出版され、翌年、ノーベル文学賞を授賞した(写真=食料などの窮迫するモスクワから、貨車に乗って田舎に疎開するジバゴ夫妻と義父)。だがパステルナークは、ソ連を出るか、授賞するかと当局から迫られ、ノーベル賞辞退に追い込まれた。これは、ノーベル賞史上、初めての辞退であった。その点でも、ソ連の非人間的政体が自由世界で批判の的になった。 『ドクトル・ジバゴ』は、その後もテレビで幾度となく放映され、そのたびに録画して、じっくり観た。前・後編合わせて約3時間20分にもなる長編なので、腰を据えないと観られないのだ。②『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年、アメリカ) シスター志望で修道院にいるマリアが、7人の子どもたちの家庭教師としてオーストリア海軍退役将校フォン・トラップ大佐の家庭に入る。 子どもたちに普段から制服を着せるほど厳格なしつけに慣らされた子たちに、音楽の楽しみを教え(写真)、その接し方から厳格な教育を望んだ大佐をも感化する。いつしか大佐のマリアへの信頼感は愛情に変わり、2人は深く愛し合うようになる。カトリック教会で結婚式を挙げるが、その大佐にオーストリアを併合したナチ・ドイツからの招集令状が届く。ナチを憎む大佐には出頭する意思はなかった。 ザルツブルク音楽祭に出場する家族は、その演壇から数人ずつ消え、マリアのいた修道院のシスターたちの援助でスイスへ脱出する。 美しいヴォルフガング湖畔の邸宅とアルプスの風景も美しい。マリアと子どもたちのドレミの歌は、心までうきうきさせる。 僕は、もう20年以上前にオーストリアに行き、ヴォルフガング湖畔(写真)や音楽の都のザルツブルクを訪ね、『サウンド・オブ・ミュージック』に思いをはせたものである。③『誰がために鐘は鳴る』(1943年、アメリカ=写真) シモーヌ・ヴェーユ、アンドレ・マルロー、アーネスト・ヘミングウェイら欧米知識人が、理想のために参戦したスペイン市民戦争(スペイン内戦)を舞台にしたアメリカ人義勇兵ロバート・ジョーダンとマリアの愛と死の物語。 この映画は高校生の頃に再映館で観たが、現代史に全く不勉強だったので、映画の意味をよく理解できなかった。 スペイン市民革命で成立した共和国政府をファシストのフランコ反乱軍から守ろうと苦闘するジョーダンの至高の大義を初めて理解できたのは、ロシア革命史を学んだ後のことだ。それ以後、テレビ放映されるたびに何度も観たが、スペイン市民戦争が西欧知識人の良心をいかに揺さぶったかをその度に感動した。 だが史実としてのスペイン市民戦争は、多くの知識人の願いと奮闘も虚しく、スペイン共産党の裏切りなどでフランコ軍の勝利に帰した。脚を負傷して動けなくなったジョーダンは、愛するマリアや共和国支持の同志のゲリラを守るべく、単独でフランコ軍の進撃を阻止しようと機関銃を放射するが、そのラストは共和国の暗い最後をまさに予兆させる。イングリッド・バーグマンの美しさと好演は、最高だった。 13年前にスペインを訪れ、トレドのアルカサールで守備するフランコ軍と包囲攻撃する共和国軍との攻防戦の激戦の場を観られたことが懐かしい(写真=トレドのアルカサール)。(これまでの4位から10位は以下のとおり。4位『シェーン』、5位『冬の華』、6位『幸せの黄色いハンカチ』、7位『カサブランカ』、8位『麦の穂をゆらす風』、9位『風の谷のナウシカ』、10位『ツォツィ』)昨年の今日の日記:「メキシコ中北部高原の洞窟で3万年前に遡る石器群発見、またLGMの直前にも北米へごく小規模な人類の植民も」