非常識が常識となる時代子供の頃から、親や学校教育などから植え付けられた、「価値観」「考え方」っていうのは、今の私たちの行動規範になっているところが多いんだよね。*いい学校に入って、いい大学を出て、いい会社に就職すれば一生安泰で、そこそこ以上の暮らしができる って思っている人は、はたして今もいるんでしょうかねぇ?(笑) 私たちが受けてき学校教育に関して言えば、 *金太郎飴型のどこを切ってもそこそこ均質な学力を持ち、 *大企業の経営者や、国を治めるのに都合の良い人間を育成すること に力を入れてきたんじゃないの?って思うほどです(笑)。 いまさら、個人の尊重、個性を大事に・・・とか、欧米並みのゆとりある教育・・・とか言って大幅に指導要領を変更したけど、学力面での国際比較となると、もう、お寒い限りになっちゃったしね。 ま、ともかく、私たちは、当時の「価値観」「考え方」をシャワーのように浴びて来たから、「当たり前」だって思っちゃっているところがたくさんあるんだよね。 これって、もう、習慣になっちゃっているから、疑問にも思わないし、気づこうともしない。なんか怖いことだなぁって思いませんか?(笑) 小泉首相が構造改革を推進するのは支持します。20世紀型の国家運営では、もう21世紀は世界でも通用しなくなるし、国力が低下するのが目に見えているからです。 既得権益を守りたい人たちは多いし、抵抗勢力との戦いも続くでしょう。彼らは今までの常識の範疇で物事を考えているようにしか思えません。 21世紀は、従来の常識は非常識となり、従来の非常識が常識となる時代 だと思います。変革は必要なんですよね。最初は大変だけど。 では、私たち個人はどうしていったらいいの?というと、 常識なんかくそっ食らえ という視点を常に持ち、考え、そして行動に移すことが必要だと言えましょう。 なぜなら、私たちは習慣の奴隷だからです。 習慣を変えることは大変です。新しい価値観、考え方を理解納得し、取り入れて行動するのにも、必ず邪魔になるのが「植え付けられた古い価値観、考え方」なんです。 これを完全に取り除くのは難しいけど、私たちは気持ち一つで、少しずつ新しい価値観や考え方を受け入れていくことはできるのですから、「意固地な旧世代の頑固者」にはならないで、柔軟に物事に対応できる人間になっていったほうがいいなって思いませんかぁ?(笑) 10年前のボクは、やりもしないのに「できない言い訳」をする「言い訳の達人」だったかも?と思えるときもありましたが、今ではこれを排除するのは成功したかな?って思っています(笑)。 |