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村上春樹の「使い道のない風景」に移り住むと言う言葉がでてきます。旅行でも居住でもない中間的な滞在のあり方です。京都でのそれを中心としつつ、ビジネスや本などについて語る予定です。
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伊東計劃の「ハーモニー」を再読してしまった。
というのも村田沙也加の「世界99」を読み終わったとき(ポイントは読了したとき)、ハーモニーを思い出していたから。今回、再読してみてわかったのは、伊東計劃のハーモニーが結構、一直線にストーリーが進むなあと思った。もっとあちこちに飛んでいたイメージ。また、双曲線割引の話がとても印象的だったのだけど、それ以上に時代が進化した状態では意識が必要なくなるということが主題だったんだなと思った次第。 読み終わって強引に両者の共通点を探し出すとすれば、人間の社会が発展する過程で、人間の生物としての営みからの解放をアウトソースにより達成してきた。その結果、人間の社会的制約を少なくしてより人間が健康で、また社会がより平穏に暮らせるように進化してきた。ところが、ある一定水準を超えると、人間の自我自体が人としての健康、社会としての平穏を維持向上させるためには邪魔なものになってくる。だったら、自我や自己認識を飛ばしてしまえばいいではないか、そのような世界はどうなるのかという話。 もちろん最大の眼目は自我・自己認識こそが人を人たらしめているものではないか、という意見とどう向き合うか。ただハーモニーはそれが戦いとして出てきた。世界99では、そもそもそのような判断自体を投げ出しており、それほど反対がなく進んでいくように見られる。それが、2008年に地球規模の話として書かれたハーモニーと、2025年に日本の話として書かれた世界99の違いなのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025.12.29 21:45:22
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