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2005年08月09日
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カテゴリ:【異国日記】
午前からの仕事はあまり得意でないが、10時からの開店準備に間に合うように到着するため、さえない頭でてきぱきと支度をした。学生時代は、新卒で働くつもりなど毛頭無かったから、いそいそと就職活動にはげんでいるほかの生徒たちを尻目にろくに就職活動もしなかったのに、シャツを着て鏡を見ながらネクタイを締めている自分を見ると、はるばるオーストラリアまで来て結局サラリーマンになったような気分になる。

フラットを出るときに、このフラットとも今週でお別れになるな、と思った。週払いの家賃のことを考えれば、今夜までこのフラットで過ごし、明日の午前に出て行くことにすればちょうど一週間なので、余計な支払いに関する問題も発生しない。そのためにも、夕方に見に行くサーファーズのフラットは是が非でも決めてこなければならない。

その日のバスにも、ビジネスマンが多く乗っていた。観光地であるサーファーズ・パラダイス行きのバスでは、朝の早い時間と、夜遅い時間意外でネクタイを締めたサラリーマンを見かけることは少ない。5月だというのに、ビーチで日光浴を十分楽しめるほど暑いこのゴールド・コーストで、わざわざシャツにネクタイで仕事をしている自分がふと場違いな存在に感じられることがある。そもそもネクタイなんて大学の入学式と卒業式、成人式とほんの2回ほどの就職活動で締めた程度だったし、ワーホリの仕事でキチっとした服装が要求される職業につくことを想像していなかった。しかも、その服装は日本人観光客を信用させるための演出に過ぎないことも、私を場違いに思わせる理由のひとつだ。キチっとした服装をして詐欺まがいの商売をするなんて、いくらワーホリで仕事が選べる状況ではないといえ、最低の部類の人間だろう。私のネクタイ姿は、バスに乗っているほかのオーストラリア人のそれとは意味が違っていた。彼らはこの土地で暮らし、生活の糧を得るために、そのネクタイ姿が必要な職務に就いているだけの話だった。

仕事慣れしていない私は、どうしても午前中はけだるさを感じてしまう。他のワーホリ従業員が言葉巧みに観光客を取り込むのを見ると、余計にめいってしまう。彼等の冗談で観光客が笑った時などは、私が彼らの罪悪感を引き受けてしまったかのように沈んだ気分になる。

彼らが私よりずっと多くの給料をもらっているのはわかっている。一日の売り上げで1000ドル以上(10万円くらい)出した場合は、それ以上の売り上げの5%がボーナスで入ってくる。仮に一日に2000ドル売ったとすれば(そんなに売れることはめったにないが、ケンジというやつだけは過去に3000ドルの売り上げを出したことがあるらしい)、単純計算で50ドルプラスその日の時給がもらえるわけだ。ワーホリメーカーにとって、このボーナスは巨大な額に感じられる。必至でやりくりしている生活費を補うために働く人間にとっては、買い物にでも行ってみようか、などと思える余裕が生まれるというのは、思わずヨダレが出てしまう話なのだ。だから、ここで働くワーホリメーカーも、おざなりな言葉だが「金に目がくらんで」同じ日本人相手にためらいもなく粗悪な商品を売り込んでいく。かくいう私は、まだここで働き始めて数日しか経っていないとはいうものの、総計で500ドルも売っていない。店から見れば、あきらかにマイナス投資だ。私もそれは十分承知しているし、初めは親切だったほかのワーホリ従業員も、次第に私を「できないやつ」とみなし始めているのを感じていた。何とか彼らのようにやってみようとしてみるものの、体がそれを拒絶してしまう。さんざんいい加減な商品を売った後で、自分が売り上げたレシートをおもむろに見ながら売り上げ帳に金額と名前を書き込み、自慢げにニヤケている彼らを、私はうらやましいと感じたことはなかった。「あ、ケンジさん、もう1000ドル超えてるじゃないですか!すごいなぁ。これで今日もボーナス決定ですね」と異常に日焼けした長い茶髪のワーホリ従業員が言えば、「え、もうそんなに行ってるんだ。知らなかったよ。じゃあ午後からはナオさんに楽そうな客を任せてみようかな」とケンジがわざとらしく答える始末。私は睨み付けたい気持ちをこらえて不器用な愛想笑いを作るのが常だった。

そんな白けた空気の中でも、私は今日のサーファーズのフラットのことを考えると気分が楽になった。土産屋のワーホリメーカー達も、出発前はきっと私と同じように、オージーとシェアをして英語まみれの生活を送り、日本人とは必要以外でかかわることなく、オーストラリアにどっぷり漬かることを思い描いていたはずなのだ。それがある時点で、すっかり軌道をはずれてしまい、そしてそれを何とか取り返そうとせずに流れるままにしてしまったものだから、すっかり日本にいるのと変わらない、もしくはそれ以下の生活に甘んじてしまったのだろう。彼らはみな、すでに6ヶ月以上滞在しているが、誰一人、英語を堪能に話すものはいなかったし、驚いたことに、全員が日本人とフラットをシェアしていた。ここで働いて日本人観光客の相手をし、フラットに帰っても日本人と戯れているなら、その気になれば数分でも乗っていられるサーファーズのすばらしい波でサーフィンでもしない限り、果たしてワーキングホリデーに来た価値を見出せるのだろうか、と私はいぶかった。私がブロードビーチでネイティブと(つまりゴードンと)シェアをしているというと、みなが「へぇ~」と言ってそれ以上話を進めることをしなかったが、そのたびに彼らの目なかに隠し切れていない羨望のまなざしのようなものを見ることができた。彼らはまだ、私と同じ類の理想のうち捨てきれないかけらのようなものを持っているに違いない。だが、今から軌道修正するには、ワーホリで許された滞在期間を消費しすぎてしまっていることを自覚しているのだろう。彼らにとって、無理をして軌道修正するよりも、すでに確立してしまった日本語まみれの生活に身をゆだね、ネイティブとのシェアなど必要ないと思うことができれば、そのほうが楽なのかもしれない。だが、私は良かれ悪しかれ今すでにゴードンとシェアをしているし、これからはほぼ同い年のオージーのカップルとシェアをするのだ。いくら土産の売り上げが悪くても、ボーナスがもらえなくても、私は彼等が本当はのどから手が出そうなほど欲しくてたまらないワーホリ生活を手に入れることになる。そう思うと、仕事のたびに理不尽に沸いてくる劣等感をなぎ払うことができた。

私に楽そうな客を任せる、と言ったはずのケンジは、その言葉とは裏腹に私にかまうことなく、午後も熱心に接客を行い、しまいには今日の売り上げからもらえる予定のボーナスがその時点でいくらになっているかを電卓で露骨に計算し始めた。それにつられて、茶髪のワーホリメーカーも積極的に接客している。オーナーはそれを見て店が活気を帯びてきたのを、満足した先生のような表情でうれしそうに見守っている。

私はその日も2、3組の客を相手にして、100ドル少ししか売ることができなかった。

シフトの終業時間が近づいてきたので、私はここでの胸糞悪い気分を切り替えるため、これから訪れるフラットのオージーと上手く接することができるよう英語でイメージトレーニングを始めた。「家賃は…電気代は…シャワーの時間は…洗濯は…」。しかしながら、相手がその細かい条件に関する質問に何と答えようと、私はそのフラットに移るつもりでいた。

そのすぐ後に、オーナーに店の奥の方に呼び込まれ、売り上げが悪いことを指摘され、がんばってもらわないと困る、もしかしたら君にはこの仕事は向いていないのかもしれないと言われる。そして、私はずっと感じていた罪悪感を贖罪する絶好の機会を得たという気持ちになって、辞めます、とあっさり言ってしまうのだった。


(続く)












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最終更新日  2005年08月09日 17時08分18秒
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