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猫になりたい ~乳がんになったので、日記に書く~

猫になりたい ~乳がんになったので、日記に書く~

2017年2月、病院決定・手術までの心づもり

2月1日
セカンドオピニオンの後、お父さんと二人で考える。
K医師の診断は、別に間違ってるわけじゃない。
すぐに手術をするならK医師のところに戻るべき。
でもセカンドのH医師(女医)曰く、
「1、2か月で急激に進行することはないですよ」
(この頃はよく分かってなかったけど、私のがんなら、という意味で、誰でも同じというわけではなかった)
乳がんって、手術でがんを取ったら終わり、ではないんだよね。
これから何年も病院にお世話になるんだよね。
主治医が、あのK医師だとしたら…。
いくら神経図太い私でも、ちょっと嫌かな…。

というわけで、クリニックには転院を報告することに。
前回、予約はしていなかったので電話をすると
「は?…またこちらに来られるということですか?」と受付嬢。
「???…はい、検査資料もお返ししたいので」
セカンドオピニオンって、他の病院で受けたら必ず転院するわけじゃないし、
一応、主治医に報告するのが普通だよね?
「では、診察ということでご予約でよろしいですか?」
よろしくもよろしくないも、普通は行くんでしょ?

何はともあれ、予約の日にクリニックへ。
受付嬢の態度が、輪をかけて冷たい。
K医師は相変わらずこちらの顔も見ず、
「はいはい、じゃ、これで終わりね」みたいなことを言って背を向けた。
私は「大人の対応」を貫き、誠意を込めて「ありがとうございました」と退室。
晴れて転院と相成りました。
K医師…とうとう一度も目が合わなかったよ。


2月3日
転院先の病院にすぐに連絡、手術の予約をお願いした。
手術日は3月24日。
この日なら、長男と三男の受験も、学校の卒業式も終わっているし、次男も春休み。
それまでに私も何かと準備できるし、周りへの報告や仕事の調整もできる。
ベストな選択ができたと思う。
この日はあらためて胸部レントゲンと血液検査で病院へ。
H医師とケア担当の看護師さんから、今後の治療について丁寧な説明を受けた。
午後、会社に出勤して報告。
場合によっては仕事を辞めてもいいと思っていたが、
社長と奥さんは「続けてほしい」と。
私も自分がどうなるか分からないし、まずは事務員を増やしてほしいとお願いした。


2月4日
親しい友人にもできるだけ知らせようと思い、
M川さんと乳がん経験者のHさんにお会いすることに。
Hさんは全摘で抗がん剤治療も経験、治療中に別な病気も見つかり、
少し足が不自由になってしまった。
今は見た目にはすっかり元気で毛髪もふさふさ。
たくさん勇気づけてもらった。


2月6日
マンモグラフィー・MRI検査。
この日は検査のみ。
クリニックですでに受けているけど、
画像があまり鮮明でないとかで、ここでも受けろと。
しょうがねえな。
今回のMRIは、前より楽だった。
機械が良いのかな?

この後、また経血あり。
検査の影響?精神的なもの?


2月12日
長男、私大受験。


2月13日
CT検査で病院へ。
他の臓器への転移があるか、確認するため?
MRIよりは短時間だし、楽だった。

この日の夜、夕食中に、奥歯(銀歯)が取れた!!!
歯の根元近くから折れちゃった?
歯医者さん行かねば…でも、前に通ってたとこは嫌だな。


2月14日
歯科受診。
私以外の家族が通う、地元の名医の所へ連絡。
混んでいるのは承知だけど、今の状態ですがれるのはここしかないんです!
熱意が通じて診てもらえた。
長男の同級生のお母さんが歯科助手やっているので、ちょっと気後れしつつ。
手術や治療の前にできるだけメンテナンスしてもらわなくては。


2月19日
腰痛と頭痛が出た。
少量の経血も。
ホルモンバランスが崩れてるんだろうな…。


2月21日
CT検査結果とマンモトーム生検。
CTでは、特に問題なし。
腰のあたりまで撮影してあったのだが、H医師がこんなことを。
「腎臓結石のあとがありますねぇ」
!?
だからしばらくむくみがひどかったのかな?
そういえば、一度トイレで用を足すとき、痛かったことがあったような。
でも、「あと」ってことは、今は無いってことで。
ルイボスティー飲んでたのが良かったのか?
マンモトーム生検は、局部麻酔、エコーの画像を見ながら受けた。
患部の横の方から針を刺し、3回、「バチン!」と採取。
H医師、お上手です。
体調不良を伝えて、漢方薬(桂枝茯苓丸)を処方してもらった。


2月22日
人生初の「鍼治療」を受けた。
鍼灸師さん、肩を触るなり「ひどいね!」と驚いていた。
がんのせいだけでなく、ストレスやホルモンバランスの崩れかな。
治療後、なんとなく楽になった…ような気がした。


2月23日
実家の母に電話。
とにかく心配して、手術の時にはこっちに来ると言うが、断固拒否。
ただでさえ足腰も悪くて難病患者、こっちに着く前に途中で倒れたらどうする。
「来るなら車椅子で移動して」と言ったら、悩んでた。


2月25日
長男、本命大学受験。
お父さんと一緒に前日から東京入り。
私は家で、ただただ祈る。


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