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マイルドなアスペの独り言

マイルドなアスペの独り言

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2017.02.02
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カテゴリ:カテゴリ未分類
ルーシーです。
小学校高学年~高校生の子供が親に対して
「何で私を生んだの?」「生まれてきたくなかった」と言ったり
言わずとも心の中で思ったりすることは珍しくないと思います。
私はこのような陰鬱な思いを小4から抱いていました。
小4くらいから母に愛されていないと勝手に感じていたのです。
衣食住・教育費を出してくれてるから十分愛されてるって考えられるようになったのは
成人してからのことです。
ちなみに私が母に「何で生んだの?」と言ったときは
「見合い結婚だからそもそも"子供を生まない"という発想・選択肢がなかった」
と返されました。そのまんまな答えですね。

成人した私が改めてこの問いについて思うのは、
親もその子(私)を特別に欲しかったわけではなかったかもしれないということです。
両親が性交したタイミングにより受精で出会った精子・卵子の組み合わせで
私という一人の女性が誕生したわけですが、
親は実は女の子(私)ではなく男の子が望ましかったようだし、
発達障害がない子供ならなおさら良かったでしょう。

新聞の一般人の投稿欄などで、母親が就職・結婚した自分の子について、
乳幼児期は毎日泣くほど手がかかったけど無事に立派な大人になってくれてありがとう
みたいな記事を読むと
親もこういう子供が欲しかっただろうにという罪悪感を覚えます。

私は乳幼児期は全く手がかからない静かなイヤイヤ期皆無な子供だったらしいですが
(添い寝なしでもよく寝て、相手しなくても黙々と遊んでいたから楽だったらしい)、
今は経済的自立の見通しが立っていない成人なので
迷惑をかけている自覚がとてもあります。

つまり、
子が人生に苦しんで「生まれてきたくなかった」と思っても
親は「こいつじゃない別の子がほしかった」と思ってるかもしれない、
親子はお互い様な関係です
こんな私でも家から追い出さないでくれる親に現在は感謝しています。


次回更新日:2月4日(土)





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最終更新日  2017.02.02 17:36:55
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