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有名な源氏物語は「いつの天皇の時代であったであろうか」で始まります。
ここでは,どの天皇の時代であったのかあいまいにしてボカしているのですが・・ ・・・それと同じくらい注目に値することは,・・・ 何か事が起こった時を,いにしえの時代の書物が「○○天皇の時代に」と漠然と広い範囲で捉えていたことが伺えることなのです。 万葉集でも 「○○天皇の御代に天皇が詠んだ歌」 「△△皇女の葬儀で□□が詠んだ歌」 など,その出来事が起こった正確な年月がボヤっとしていて,正確に知ろうと思えば,他の書物などを手がかりにしなければならないのです。 有名な鴨長明の「方丈記」に 「嵯峨天皇の御世の時代に(京都に)都が定まった」とあります。 嵯峨天皇の御世の時代とは809年から823年をいいます。範囲が15年ですね・・・ 桓武天皇が平安京(京都)に都が定めたのは794年のはず・・・ 中学のとき「鳴くよ(794)ウグイス平安京」で覚えていらっしゃる方は,おかしいと思われるかも知れません。だいぶズレてます・・ 僕は高校の教科書で「この部分は(嵯峨天皇のお父さんの)桓武天皇の時代の誤り」という注釈を見ました。これはこれで一説として正しいのかもしれません。 他の説もあります。 当時,この嵯峨天皇はお兄さんの平城上皇(上皇とは引退した天皇)とあまり仲がよくありませんでした。 平城上皇は奈良の都が好きで,もう一度天皇の位に返り咲き都を奈良に戻そうとします。 809年に起こったその事件を「薬子の乱」といいますが,それまでは京都から奈良に都が戻りかねない状況にあったのですね。 この乱で嵯峨天皇側が勝利し,このときから京都にキッチリと都が定まって1000年以上変わらなかったのです。 鴨長明はその意味で書き記しているのだ,という説なのです。 この説からすると,京都に都が定まったのは809年と推定されます。 昔は,それで良かったんでしょうが,この目まぐるしい今のご時世・・ やはり「1980年代に~が起こった」という方がわかりやすくていいですね。 でもでも・・・私たちは今でも西暦だけではなく,「昭和何年代」という元号を使って時を表現してますね。未だに元号を使っているのはもう日本ぐらいのようです・・・・ 元号なんて不便だからやめようと言う人もいますが・・・ やはり「明治の時代」「昭和の時代」と言われれば,その時代のイメージもわきますし,郷愁のようなものも感じますね。元号をやめて西暦に統一することになかなか踏み切れないのは,昔からの名残なのかもしれませんね。
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最終更新日
2007.02.23 22:12:07
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