238463 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

行政書士マッチャンでございます

PR

X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


みののパパ

カレンダー

コメント新着

 doctorbudget@ 初めて訪問コメントします 今回の震災で被災されたことをお悔やみ申…
 きらり510@ うん。みました 今晩わ。 気になって読ませてもらいま…
 みののパパ@ Re:終了時刻(07/07) ろくだんさんありがとうございます。 数…
 ろくだん@ 終了時刻 終了時刻は15時ですよ(6m&Downなんで…
 山平@ 山平です。 はじめまして。こんな人いるんだねぇ。お…

バックナンバー

2021年07月
2021年06月
2021年05月
2021年04月
2021年03月

ニューストピックス

2013年01月20日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

 You Tubeで「地震、津波」と入れて検索をしますと、東日本大震災の投稿ビデオが出てきます。私は今でも新たな動画の投稿がないか毎晩見ています。そのため投稿されたものは総てといってよいくらい見ました。震度6強を経験し、その後耐乏生活をしましたが、それでもあの時のつらさ、怖さを映し出す画面は見続けています。

 その投稿ビデオの中に、新幹線車中で地震速報が鳴り停車した車内が映し出されているものがありますが、昨年12月にそれを私自身で体験いたしました。

 昨年12月7日、仕事帰りで大宮から東北新幹線の下り列車に乗っていました。

 17:19、福島県内走行中、私を含めた多くの方々の携帯電話に地震速報(エリアメール)が一斉に入り、ブザーがけたたましく鳴り始める。心の中で、ええ?うそだろうと思う。とたんに車内は停電し電車は失速するように停車。車掌さんの停車説明を聞きながら車体の揺れを感じる。携帯電話はもちろん通話困難であるが、車内の2、3人は通じて話をしていました。先の震災では新幹線に長い時間閉じ込められた事例があると聞いていたので、何時間かかかることを覚悟したところです。

 驚いたのは満席の車内の人たちが極めて冷静に落ち着き払って「事態の動き」を待ったこと。暗くなった車内で揺れを感じながら、見知らぬ隣席の人と語りあったりしている。そして、誰ともなく、仙台と携帯メールがつながりますよ、盛岡もメール可能です。などと独自情報が発せられる。自分の情報だけでしまわずに周囲の人に教えあう。私はラジオを持っていたが十分に電波が入らない。ラジオを窓に近づけボリューム最大にし、周囲の人になんとかニュースを聞かせた。

 一度大きな震災を体験した人はまた地震に遭遇したら「腹が据わる」ものだと感心した。騒ぐ人もおらず、乳飲み子を抱いて不安がる母親には近くにいた見ず知らずであろうおばあさんが声をかけに行く。また車掌さんもよかった。情報がない中で乗客を落ち着かせるため数多く車内放送をしたり、これまでの経験からこの先の仙台までは運行されるがその先は相当時間がかかるだろうと言う。ほとんどが不確実情報であるが、乗客に「うむ、そうか」と思わせるアナウンスを続けた。

 停電後30分ほどで電気がつき、40分経ったころそろそろと走り出した。その速さは新幹線とは思えぬものではあったが着実に北に向かって進み始める。途中、線路の安全が確認されたのか在来線くらいの巡航速度で仙台に向かう。車内には安堵の気が立ち込めながらも余震でまた止まりはしないかとの不安も交錯していたところです。仙台駅に着きホッとして車窓を見ればホームは黒山の人だかり。列車は来ないし、着いてもここから先には当面走る列車がないのだからどうしたものかとみな思案顔。

 なんとか我が家にたどりついた。今回の地震は先の震災と比べても相当小さなエネルギー。あの3月11日に車内で新幹線に閉じ込められた人々はどれだけ不安で怯えただろうか、また騒ぎは起きなかったのか想像するしかない。

 経験をしていることがいかに強く次の体験にいかされ、心の大きな抑止力になるか体験できたところに私には有益な出来事でした。

 







最終更新日  2013年01月20日 20時46分38秒
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.