love&peace♪マチオの脱力生活日記!

2005/11/14(月)19:01

演出家、小口真澄さん再び!(2日目)+おまけ

魚沼一座(29)

 昨日に引き続き、今日も魚沼一座の稽古。9:30から。また寝坊して遅刻した。  本日の稽古は、二幕をメインに。次回公演のホールは、前回より大きいので演出もまた異なる。  二幕一場。前回公演では上手(かみて)から出てきたところが、下手(しもて)からに変更になった。ボランティア・リーダーのオレと、若い加藤(牛くん)が荷物を持って出てくる場面。今日稽古した文化会館大ホール(昨日は小ホール)では、声が通るように台詞を言うことに気をつけながら練習した。演出が変わるから、当然舞台上での動きも変わってくる。これは練習を重ねて、身体に染み込ませないといけないな。  朝岡さんの独白のシーンの稽古で、ちょっと大胆に動いてみた。舞台上でじっと立って話しに聞き入る風なのが、ちょっと自分的には違和感があったので。結局、目立ちすぎるということでその演技は却下されたのだが、自分として感じたことを舞台に持ち込めたことを評価したい。客席からの見た目は、演出家の方が見て判断してくれるのだから、思いついたり感じたことをそのままに試してみればいいのだ。ダメなら今回みたいにダメ出しくらうだけだからね。ダメ出しされるのを怖れて、チャレンジする気持ちを失ってはいけないよな。  音楽にあわせて除雪作業を演じるシーンでは、以前より情景をイメージしやすい感じがしてきた。劇中ではいち番絡みの多い加藤(牛くん)とのシーンなのに、気持ちが通じ合っていないと指摘を受けた。このシーンは、ボランティア・グループの演じる場面では稀な、ジンとさせる風な場面なのだから、この辺はちゃんとやらないといかん。  行方不明のさくらを探して、登場人物のほとんどが出演するシーン。その後の、タイトルにもなっている“雪壁”が現れるシーン。これは物語のクライマックスであり、最も泣かせるシーンのうちのひとつ。  演出家の小口さんも言っていたが、役者のひとりとして舞台上に居て、なんだか“いい感じ”だと感じた。巧みに演技することよりもまず、ひとりひとりの気持ちの中に嘘が無いこと。それが重要なんじゃないかな?ま、自分の気持ちを高めながら舞台に立っているだけで精一杯なんだから、他の人がどうとかは言えないし判らないけど、出演する全体のいち部として、自然にステージに立っていることができた…としておこう。人の命が失われる時の喪失感・悲しみ・やるせなさ…。もっともっとリアルに感じることができれば、今よりもさらに違和感無く舞台上で“生きられる”のではないか。芸事に限らずすべてのことに言えることだが、向上心がある限りは何に関しても“これでいい”ということはないのだ。切磋琢磨すべしっ!  ラスト間際のシーンも演出に少し変更が加えられ。何だか判らんが妙にテンションが上がって(笑)。オレ的には活き活きと演じることができた気がする。この、“できた気がする”ってことはたいせつなんだよな。それを信じる気持ちがなければ、怖くて舞台になど上がれるものではない。勘違いでも…いいのだ♪  二幕の稽古が終わった後、一幕二幕全体のラン・スルー(ストップ無しの通し稽古)が行われた。舞台装置の操作など、いち部混乱があったものの、全体としては手応えのある、いい出来でした。小口さんの演出は、いつもながらパワーの波動をこちらに伝え、オレら役者の持つ潜在的な力を引き出そうとしてくれている気持ちがひしひしと伝わってきて。いかに我々が舞台上で、自由闊達に動き回れるか?に気を配っていてくれる。稽古が終わって、身体はくたくたになるほど疲れるけど、心の内はとても満たされて。さぁ、また心躍る泣き笑いのステージが、舞台の上と裏と客席に舞い降りてくるぞっ!…そんなうれしい予感を、確かに感じることができるのだ。 お ま け 子役の男の子に撮ってもらった画像。舌で鼻の頭に触ることができるのが、自慢にならない自慢(笑)。 (文中の名前は演出家・小口真澄さんを除きすべて、劇中の役名です。念のため)  演出家・小口真澄さんの“英語芸術学校マーブルズ”のページはこちらから。

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