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2018.11.14
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カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​あべっちです!ぺろり
藩政時代から明治後半の岩手県には、沿岸と内陸をつなぎ、
重要な経済交易を行った「塩の道」の歴史があります
​。
「塩の道」は目的地により複数存在していて、
現在でもその痕跡を残しているところがあるそうです。
その中から野田村を出発し盛岡までの道のりを、数回に分けてご紹介します。岩手県沿岸北部の北三陸に位置する野田村の海岸では、千年もの古くから製塩が行われていたとも言われています。塩づくりは重労働で苦労して作られたそうです。
江戸時代になり流通が盛んになると、野田の貴重な塩は、「南部牛(南部藩領で飼育されていた在来種の牛)」の背に乗せて、北上山地を越えて盛岡や雫石そして秋田県の鹿角地方まで運ばれ、内陸の米・粟・そば・豆の穀物と交換されていたそうです。また、野田界隈は江戸時代から中国地方に次ぐ砂鉄の産地で、早くから鉄の生産が行われており、塩を煮る鉄釜が入手し易かった事も塩づくりが盛んになった理由なんだそうです。
この塩を運んだ道を「野田塩ベコの道」と呼んでいたそうです。
明治38年からは塩が専売制となり、明治43年にはすべての製塩は廃止され、
「野田塩ベコの道」と「南部牛」はその役目を終える事になったそうです。
昭和に入り終戦時の物不足により、塩づくりが再開しピーク時には130の塩釜が立ち並び、野田の塩は有名になりましたが、昭和24年にまた専売制となり塩釜は廃止。平成に入り村内のイベントで製塩の実演を行った結果、製品化の希望が多く、
野田港に「工房」を建設し「のだ塩」の商品化が再開したそうです。

「のだ塩」が特産品となってきた矢先、東日本大震災の大津波で「工房」は崩壊。
震災から1年後に現在の「のだ塩工房」が「国民宿舎えぼし荘」の敷地内で再開となったそうです。「国民宿舎えぼし荘」では、のだ塩を使った「のだ塩ラーメン」が食べられるそうですよ。※詳しくはこちら→​えぼし荘レストラン
※​野田塩の歴史についてはこちら→​​野田塩の歴史
※道の駅のだについて詳しくはこちら→「道の駅のだ」HP
出発の前に腹ごしらえと言う訳では無いですが、
「道の駅のだ」の「のだ塩」を使った商品の一部をご紹介します。
下の写真は「なまっち」に貸してもらいました。

左上が「のだ塩」・右上が「レストランぱあぷる」の「のだ塩ラーメン(単品)」

左上が「まるきんのだ塩まんじゅう」・右上が「まるきん撫でべこ」上の写真が一番人気の「のだ塩ソフトクリーム」
※詳しくはこちら→​野田村観光協会
今回は出発地野田村の「道の駅のだ」から久慈市の山根地区までを、
辿ってみる事にしました。道の駅から出発し国道45号を少し南に、一つ目の信号から右折県道29号へ。右に曲がるとすぐ左手に「お食事処十府ヶ浦」さんがあります。
こちらは、地元産の海産物を使用した『海鮮ラーメン』が一押しです。
※詳しくはこちら→​お食事処 十府ヶ浦​ 野田村通信ブログ右手に見える赤い大きな鳥居の前を通りすぎ、上の写真の道路表示に従い、
山形地区方面の県道29号沿いに右折します。道なりにまっすぐ県道29号を山形地区方面に進みます。「道の駅のだ」から約5kmほどの所、この交差点にさしかかります。
今回のゴール久慈市の山根地区へは右手県道29号沿いに進みます。
左手の細い道をここから約4kmほど進むと「アジア民族造形館」があります。
※詳しくはこちら→​アジア民族造形館「道の駅のだ」から約7.5kmのところ、ここから県道29号は山形地区方面左へ、
かなり道が細くなりますので、速度を十分落として慎重に進めます。ご覧の様な狭い道で時折対向車も来ますので、通過の際は注意してください。
接触による故障や脱輪などしても、救出されるのに困難が予想されます。「道の駅のだ」から約9.5kmのところ、
宇部川の上流「なめりばし」昭和38年竣功と欄干にありました。
55年の長い間地域の生活を支えて来た道のようです。
「道の駅のだ」から約10kmのところ、
「塩の道沼宮内廻野田街道」最初の痕跡を発見しました。
当時の牛方は、多い時には「雄牛7頭」も追ってこんな険しい道を、
約110km先の盛岡まで「のだ塩」を運んだのかと思うと頭が下がります。道を進めると登り坂にさしかかり、当時はこの区間最大の難所であったであろう白石峠に入ります。頂上付近「道の駅のだ」から約11kmのところに、上の写真今回2か所目の痕跡を見つけました。ここには右手に2ヶ所と左手に1ヶ所の標柱がありました。当時と現代を重ね合わせて「塩の道」が今はどうなっているのか、現代の地図に示されていれば面白いのだろうと思いました。登ったら今度は下ります。右上の写真は頂上付近から下を覗いて見た所ですが、
ぐねぐねと曲がった道が下まで続いています。
周りを見渡すとかなり標高が高い事がわかりました。
所々急激に道が狭くなりますので、細心の注意を払って進みます。下り切ると、長内川上流「下戸鎖橋(しもとくさりばし)」が出迎えます。
久慈市山根地区に入り、県道29号はここで終わりになります。「下戸鎖橋(しもとくさりばし)」を渡り切ると県道7号のT字路にぶつかります。迷わず右折、今回のゴール「新山根温泉べっぴんの湯」に行ってみます。「道の駅のだ」から約16kmのところ、こちら「新山根温泉べっぴんの湯」は、
岩手県の北上山系では数少ない天然温泉です。
特に、県北沿岸の県民の皆さんが、日帰りで行ける温泉は珍しいのです。
泉質は東北地方では最高の、強アルカリ単純硫黄冷鉱泉で特にお肌に良いそうです。こちらは宿泊施設もあり、お食事もできます。
三陸沿岸の海の幸を始め、「のだ塩で食べる」岩手短角和牛プランがおすすめのようです。※詳しくはこちら→
「新山根温泉べっぴんの湯」

今回は、あべっち!の担当エリアを飛び出し取材してきました。
東北の歴史は、平安時代から明治維新まで、大きな変化​を繰り返してきました。「野田の製塩」と「塩の道」はこの変化を乗り越えて明治まで続いて来たのですね。読者の皆さんもこの「塩の道」を訪れてみませんか?​みなさん!岩手はもうすぐ冬を迎えます。 冬の岩手も「美味しい物」や「楽しい体験」など魅力的な​​​​​物が沢山あります。 上の写真の観光パンフレット、 行くぜ東北 冬のごほうび 「いわて冬ものがたり」やJR東日本 行くぜ東北 冬のごほうびHP→「岩手のおすすめスポット」 でご案内されていますので、是非遊びに来て下さいね!






最終更新日  2018.11.15 13:50:44
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