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2018.11.21
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テーマ:岩手県北(1026)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​​​​あべっちです!ウィンク
藩政時代から明治後半の岩手県には、沿岸と内陸をつなぎ、
重要な経済交易を行った「塩の道」の歴史があります
​。
この「塩の道」を数回に分けてご紹介しています。
その1では、野田村を出発し久慈市山根地区までの道のりを、
ご紹介していますのでこちらもご覧ください。
【県北】〔野田村〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その1​

2回目の今回は、久慈市山根地区から藩政時代に関所があった事から、
1889年(明治22年)まで関村と呼ばれていた
現在の久慈市山形町霜畑地区までの道のりをご案内します。

前回​​​​のゴール、新山根温泉べっぴんの湯を出発します。
県道7号に戻り、久慈方面に向かいます。
下戸鎖1号トンネルを通過、上の写真の案内(山根六郷道づくりの歴史)がある
交差点を左折し県道29号に入ります。

上の写真は県道29号に入り、曲がって来た交差点を振り返って見た所です。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約4kmのところ、
「塩の道」3ヶ所目の痕跡を見つけました。
県道29号に平行する「葛形沢」沿いに標柱があり、
ご覧の様な「塩の道橋場」の表示看板で、分かりやすい所にあります。
大きな木の後ろに「塩の道」がありますが、民家の敷地の間にありますので、
迷惑にならないように見て下さいね。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約8kmのところ、
「塩の道」4ヶ所目の痕跡を見つけました。
県道29号から、左方向の「内間木洞」方面に曲がる道の交差点の所です。
※内間木洞(鍾乳洞)について詳しくはこちら→​内間木洞

右上の写真の地図を見ると県道29号と「塩の道」は、
ほぼ平行に通っている事が分かります。
この辺りから、標柱が石材製の新しく立派の物になり、
平成十三年と刻まれています。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約10kmのところ、
「塩の道」5ヶ所目の痕跡を見つけました。
進行方向に向かって右側の土手、少し高いところにあります。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約12.5kmのところ、
山形町小国地区の集落に入ると、右手に上の写真の石碑があります。

小国小学校より少し手前になりますが、
石碑の斜め向かえ側墓地の入り口に、
「塩の道」6ヶ所目の痕跡を見つけました。
墓地までの道路は、「塩の道」と重なっているようで、
墓地よりの先の道は、山林の中に入ってしまうようです。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約15kmのところ、
「塩の道」7ヶ所目の痕跡を見つけました。
平庭高原方面の進行方向右手にあります。

更に道を進め、1kmにも満たない所に、
「塩の道」8ヶ所目の痕跡を見つけました。
平庭高原方面の進行方向、カーブの途中の左手にあります。
現在は林業関係の方々の作業道として使われているようですね。

更に道を進め、8ヶ所目から約200m位の所に、
「塩の道」9ヶ所目の痕跡を見つけました。

平庭高原方面の進行方向、下り坂の途中右手にあります。
角掛峠庚申塔(つのかけとうげこうしんとう)
この峠の手前に通ってきた道とは別に、
久慈市方面に繋がる道があった事を伝えています。
この文章から、当時は「のだ塩」を盛岡や鹿角などの内陸に届け、
野田に帰る足で、約13kmほど野田より北にある久慈に、
内陸の穀物を届けに行っていた事が想像されます。
当時「野田村」は南部盛岡藩に属し、「久慈」は南部八戸藩に属していたそうです。
この南部八戸藩は、現在の八戸市や久慈市・軽米町・九戸村・葛巻町などが
属していたそうです。詳しくはこちら→​八戸市博物館

道を進めると久慈市山形町霜畑地区に入ります。
上の写真の様に県道29号は突き当り左に折れ、葛巻方面に行きます。
右の曲がると、久慈市山形町国道281号に繋がります。

上の写真は、左に曲がって振り返り交差点を見た所です。

交差点を左折してから間もなく、
「新山根温泉べっぴんの湯」から約17kmのところ、
「塩の道」10ヶ所目の痕跡を見つけました。

「久慈市山形町霜畑の関御番所跡」上の写真の説明の通り、この地域は藩政時代から八戸南部藩の久慈方面と盛岡南部藩の野田方面からの街道が交わる交通の要所として関所が置かれていた事から、「関村」と呼ばれていたそうです。1883年(明治16年)「関郵便局」が開局、1889年(明治22年)に周辺の7村が合併して「山形村」が誕生しました。現在久慈市山形町霜畑地区となった今も「関郵便局」の名称のまま存在しています。※詳しくはこちら→久慈市山形町広報室FB
2回目の今回はここまでとなります。

前回に引き続き、あべっち!の担当エリアを飛び出しての取材でしたが、
次回「塩の道」沼宮内廻野田街道-その3まで続きます。

読者の皆さんも、この歴史ある岩手の「塩の道」を辿ってみて下さいね!


​みなさん!岩手はもうすぐ冬を迎えます。
冬の岩手も「美味しい物」や「楽しい体験」など魅力的な​​​​​物が沢山あります。
上の写真の観光パンフレット、
行くぜ東北 冬のごほうび 「いわて冬ものがたり」
JR東日本 行くぜ東北 冬のごほうび
HP→「岩手のおすすめスポット」
ご案内されていますので、是非遊びに来て下さいね!






最終更新日  2018.11.21 17:00:08
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