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歴史・文化・偉人

2018.07.18
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テーマ:岩手県央(515)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは あべっちです​​大笑い​​​​​​​​​​​​​

​​​藩政時代から続く盛岡の「暮らし・文化・経済」について

​​​今回は第2回目~鉈屋町界隈の散策編​​​~
をご紹介します。


「もりおか町家物語館」​​については、

【県央】〔盛岡市〕もりおか町家物語館と鉈屋町界隈1回目

こちらでもご紹介しておりますのでご覧ください。​​​


盛岡市南大通は、かつて「惣門」と呼ばれ盛岡城下の
玄関口として栄えました。北上川の舟運が盛んだった時代から、
当時の物流拠点として、商人や職人が多く住んでいたそうです。
良質の清水や物流に恵まれたこの地域には、必然的に酒蔵がいくつか出来、
町家も多く建ち並び始めたそうです。

当日は上の地図の番号順に沿って散策しましたので、順にご紹介します。

①木津屋本店さんからご紹介します。
棟札(むなふだ)に天保5年(1834年)とあり、盛岡市内で最も古い
大型の町家として岩手県の有形文化財に指定されています。
防火に配慮した土蔵造りで角に「うだつ」を持ち、江戸期の豪商の面影を残す
町家で、近年に修理されているそうです。


​②青龍水(共同井戸)​
次は、当時の生活には欠かせない水源を紹介します。
名前の由来は、この辺りの大きな沼に青龍が棲んでいたという
「青龍山祇陀寺」の伝説から名づけられたそうです。右上の写真の流れの
上段から飲料用・米とぎ用・洗濯用に仕切られ水道が普及した今も
近隣の人たちに使われ、平成の水100選に選ばれています。


​青龍水は旧街道沿いにある「スーパーかわてつ」さんの裏手になります。
​裏通り沿いには、盛岡市の保存建造物「旧川鉄料亭」があります。
かつて平民宰相原敬が食べたと言われる「かわてつの鰻」は「スーパーかわてつ」でもお買い求め頂けますが、年に数回旧料亭「川鉄」の一般公開日に合わせ座敷席にて自慢のうなぎを食べられるそうですよ。


​​③大慈寺 原敬墓所​​
平民宰相として知られる原敬の墓がある大慈寺は、寛文13年(1673)の
創建で、明治17年の火災で堂宇は類焼したそうですが、
原敬の篤志(支援・協力)によりこの山門や庫裏などが新築されたそうです。
珍しい中国様式の山門が目を引きます。

山門をくぐり中に入ると左手に原敬の墓があります。
生前からの意志により、ここ大慈寺に埋葬になったそうです。


​​④大慈清水
青龍水とならび地域の方々に大事にされてきた清水です。
この水源も水の豊富な盛岡を物語る清らかな光景ですね。

⑤あさ開​​ 明治4年創業の蔵元
旧岩手川酒造(現在のもりおか町家物語館)と並んだ、この界隈の酒蔵です。

明治に入り南部藩士だった七代目・村井源三が武士を辞め、明治4年(1871年)に現在地で酒づくりをはじめたのがその創業にあたります。明治という新しい時代の幕開けにかけて、「あさ開」の名をつけたものと言われているそうです。

敷地内には当時を物語る古い蔵があります。
また、「あさ開」では伝統の「手づくり工程」と「大型仕込み工程」の
2つを併せ持つ酒蔵です。その酒蔵を無料で見学でき、酒造りを
学ぶことができます。夏休みを利用して是非見学してくださいね!
詳しくはこちらから→
あさ開酒蔵見学

​​⑥十六羅漢(じゅうろくらかん) 
盛岡市の指定 有形文化財(彫刻)になっています。
盛岡藩時代、飢餓で亡くなった人々を供養するために建立されたそうです、
宋龍寺境内跡に残る16体の羅漢様と5体の五智如来、合わせて
21体があります。1837年(天保8年)工事に着手し、下絵は藩の御絵師狩野林泉が
描き、石材は市内の飯岡山から切り出し、彫り上げたのは藩の御用職人たちで、
石工7人が3年かかって荒刻みを行い、北上川を舟で渡して建設場所の
祗陀寺末寺の宗龍寺境内に運び入れ、最後の仕上げを行い13年目に
完成したそうです。地元の石工が作り上げた石像は全国でも珍しいそうですよ。



夏休みの帰省などで「いわて」を訪れる読者の皆さん、
       是非「鉈屋町界隈の散策」を体験してみてくださいね!

​また、鉈屋町界隈の情報については​「もりおか町家物語館」さんの
総合案内を利用すると便利ですので足を運んでみてくださいね。


鉈屋町の入り口地図の「①木津屋本店さん」までの交通のご案内です。
【バス】盛岡駅東口13番バス停より「矢巾営業所行き」乗車
    「南大通二丁目」バス停降車、徒歩7分
    または、盛岡都心循環バス
「でんでんむし」利用の場合
    「盛岡バスセンター」バス停降車、徒歩20分
【JR】仙北町駅より徒歩20分
【車】 盛岡南I.Cより20分、盛岡I.Cより30分、盛岡駅より10分
    盛岡バスセンターより5分

​​​​​​​​​






最終更新日  2018.07.18 10:11:49
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2018.05.09
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​こんにちは えだっちです黄ハート

​皆さんGWはいかがお過ごしでしたか?
​​先日、ブログでご紹介したさくら​釜石さくら祭りさくら【​過去記事​】に
行ってきたので、その様子をご紹介します♪​​​​
​​​
虫眼鏡釜石さくら祭りとは…3年に一度行われる釜石市唐丹町“常龍山鎮座天照御租神社じょうりゅうさんちんざあまてらすおみやじんじゃ”の式年大祭。


​震災で一時的に開催を見送っていましたが、震災後今回が2回目の開催となりました。

​今年は7地域の住人約650人という大勢の人が参加しましたが
震災前は1,200人もの参加者がいたそう​
​(  ゚ ▽ ゚ ;)!!​​​
実際、どのようなお祭りなのか、写真と共にご紹介ウィンク

出発地である神社では、最初に“神楽虎舞郷土芸能奉納”が行われます。

​家内安全や商売繁盛を祈念する“伊勢太神楽”を始めとする
神楽や虎舞を神社に奉納をすると、​


祭りのメーンイベントである行列繰出が行われます。
​​
神社より本郷桜並木を抜け、本郷海岸へ約4㎞の距離を
郷土芸能を披露しながら歩いて行きます。​

行列の長さは、全長約1㎞と圧巻びっくり

多くの団体の中でもえだっちイチオシは、小白浜の御道具組

「あれはどこへとなー!」なる決まり文句を唱えながら歩くのですが
残念ながら葉桜になってしまった本郷桜並木まで進むと
「葉桜もいいものだなー!」や「あまりウケないなー!」とユニークな
アドリブも飛び出し、周囲で見ていた観客が一同に笑顔になっていましたスマイル
​​​
他にも、先頭の動きに合わせてウエーブ状に動く本郷の御徒組など

各地域の個性が出る郷土芸能に魅入ってしまい、思わず時間を忘れてしまいます目きらきら

次、見ることができるのは3年後…と先ですが、
興味が沸いたら一度見てみる価値はあると思いますので、
3年後のスケジュール帳に今からメモを!φ(・ω´・*)+






最終更新日  2018.05.09 08:58:27
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2018.04.19
テーマ:岩手県北(928)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは なまっちです。
平成25年より本堂と仁王門の保存修理工事を行っている二戸市浄法寺の八葉山天台寺で、5月5日(土)に保存修理工事の現場公開と屋根板葺き体験が行われます。


重要文化財天台寺保存修理工事現場公開
屋根板葺き体験

開催日時:平成30年5月5日(土) 10:00~16:00 ※雨天決行


八葉山天台寺は、奈良時代に開山。現在の本堂は約360年前、当時の盛岡藩主だった南部重直によって建立され、江戸時代初期の代表的な寺院建築として国の重要文化財に指定されています。
今回の工事は「平成の大修理」ともいわれ、楚石や柱など補修するほか、戦後に銅板や鉄板に変更されていた屋根板を建立当時の杉板の屋根に復元しているんですよ。
(本堂は厚い杉板を使用した栩葺き(とちぶき)、仁王門が薄い杉板を使用したこけら葺きになるそうです。)

現場公開自由観覧と屋根板葺きの体験は、申し込み不要で行うことが出来ますが、説明付きの現場見学は事前予約が必要となります。説明付きの現場見学を希望の方は、5月2日(水)までに天台寺本堂及び仁王門保存修理委員会事務局へ申し込みください。
<説明付き現場見学>
①10:00~10:25 ②10:35~11:00 ③13:00~13:25 ④13:35~14:00
 各回定員20名、申し込み先着順


屋根葺きを体験、また屋根葺き職人の技を間近で見学できる貴重な機会ですよ~。ぜひ、八葉山天台寺にお越しください。


重要文化財天台寺保存修理工事現場公開のお問い合わせ先
天台寺本堂及び仁王門保存修理委員会事務局(二戸市教育委員会文化財課内)
 TEL:0195-23-8020


八葉山天台寺
 住所:二戸市浄法寺町御山久保33
 TEL:0195-38-2500
 HPhttp://tendaiji.or.jp/index.html
 ブログhttp://tendaiji.sblo.jp/
※本堂・仁王門の拝観は工事終了までできませんが、参拝は仮本堂にて可能です。
 参拝、見学の際は文化財保護協力金(300円)をお納めください。








最終更新日  2018.04.20 09:02:00
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2018.04.13
テーマ:岩手県央(515)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​こんにちは えだっちです黄ハート

えだっちが行く、沿岸右矢印県央ブログ
【~食べ物編~ ​体験​・​ランチ、デザート​】

今回は、~文化編~をご紹介( ^ω^)_U

4.​南昌荘​

​​
​​​​​​​​​​​​​以前そらっちが掲載【​過去記事​】したとおり
「3月のライオン」の撮影場所の一つでもある南昌荘ですが、
平成の今でも明治時代から続く、古き良き建物を見ることができます。



えだっちが一番興味があった、撮影場所に使われている「南昌の間」
奥にある椅子に腰かけて読書するも良し、ぼんやり庭を眺めるも良し、
ゆっくり流れる時間を体感することができます。
ちなみに、深緑の時期には、磨かれた板の間に木々の色が映る“床みどり”
を見ることができ、県内外からお客さまが来られるそうです!
​時季ごとに色んな庭の木々が映りこみ、紅葉の時季には“床もみじ”も見ることができます。​



南昌の間を抜け奥に進むと、最近作られたという「3月のライオン」のコーナー
「松鶴の間」の横の書院にあります。
自由に使える将棋盤もあるので、なんちゃって名人ごっこができますよ~。


※もちろん実際に将棋を指してもOK

まるでタイムスリップしたかのような空間を満喫し帰ろうとすると、
出入口付近に震災復興支援のコーナーを発見目

沿岸のものをまさかこんな所で見られるとは…驚きとともに喜びが(*´ω`)ダブルハート

次回スポーツ編では、話題のあのスポーツを体験してきましたよ~|・`ω・)​​​​​​​​​​​​​
​​​​​​​・‥...━━━★゚+.・‥...━━━★゚+
​南昌荘​​
〒020-8575
盛岡市清水町13-46
〔時間〕10:00~17:00(4/1~11/30)
    10:00~16:00(12/1~3/31)
〔入園料〕大人:200円
  小・中学生:100円

〔休館日〕毎週月曜・火曜
           年末年始(12/26~1/10)
〔TEL〕019-604-6633

・‥...━━━★゚+.・‥...━━━★゚+​​​​​​​






最終更新日  2018.04.13 17:04:53
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2018.04.11
テーマ:岩手県南(808)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、みらっちです緑ハート

旧暦の元禄2年5月12日から5月14日に岩手を訪れた俳聖・松尾芭蕉ばしょう

ほんとうは全ルート歩いてみれば「松尾芭蕉忍者説」も検証できそうなもんですが泣き笑い、ここは可能な限りを利用させていただき、奥の細道で芭蕉と曽良そらが訪れたルートをめぐってみました! (各スポットの”Map”というリンクは、Googleマップが開きます。)

【一関出発編】
随行日記「(岩井郡之内。)一ノ関ヲ立。(一ノハザマ)岩崎(栗原郡也。)」
※岩崎とは、現在の宮城県栗原市栗駒町岩ヶ崎。

一関市の二夜庵を出発した芭蕉と曽良。一関市を通って岩手山(宮城県大崎市岩出山いわでやま)を目指します。今回は二夜庵跡から一関市萩荘はぎしょう苅又かりまた一里塚までの道をたどってみることにしました。今回は、「車が進入できない」ルートが多数発生しますので、「徒歩」が多めのコースとなります。

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「一関到着編」同様、今回も参考にしたのは、一関市発行の「松尾芭蕉『奥の細道』パンフレット」です。
一関市公式観光サイト「いち旅」ホームページ→パンフレットダウンロードから入手できます。)
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1.二夜庵からはさま街道分岐点まで(一関市地主町じしゅまち~一関市台町だいまち
磐井橋からまっすぐ一ノ関駅方面へ向かいます。商店街が並ぶ大町通りを右手に曲がり、迫街道分岐点から右手の道へ入りたいのですが、ここは一方通行となっており、車が進入できません。

(Map)
そこでみらっちは蔵主沢ぞうしゅざわ~迫街道分岐点を芭蕉と曽良が歩いたのとは逆方向に車で通ってみることにしました。

2.蔵主沢から迫街道分岐点まで (一関市真柴蔵主沢~一関市台町)
代行やさんの向かいあたりにある「芭蕉行脚の道」標柱からスタート!(文字が薄くなって読みづらいですが)

この標柱までは、国道4号の菜花堂さいかどうさん近くから下へ降りる道がありますので、そこを入っていくとすぐです。)
(Map)

標柱の前の道路を東へ向かい、国道4号のガード下をくぐりしばらく走ると、下記のスポットが現れます。(詳しい内容は今回は割愛します。)

「迫街道一里塚跡」標柱(一関市真柴字新山しんざん

(Map)

長昌寺ちょうしょうじ(一関市指定有形文化財「時の太鼓」が納められている)

(Map)

そしてもとの迫街道入口へ。
車で通ってみたところあまりにあっけないですし、逆ルートですので、ここは徒歩で芭蕉と同じ方向に歩くのが楽しいだろうな~と感じましたw

3.蔵主沢から苅又一里塚入口まで(一関市真柴蔵主沢~一関市萩荘苅又)
こちらも、国道4号から下の道に降り、先ほどの代行やさんの向かいあたりの「芭蕉行脚の道」標柱からスタート。

(Map)
道なりに走ると、カーブにさしかかったところで、「奥の細道」標柱がある上り坂が左手に見えてきます。ここからは車が進入できない徒歩ルートのため、徒歩で苅又一里塚を目指します。入口に沢水が流れているのと、山道を歩くので防水のトレッキングシューズまたは長靴がおすすめです。

(Map)



途中、「芭蕉行脚の道」標柱が見えてきます。

この直前、標柱付近をカモシカが横切っていき、ビックリw

少しひらけてきました。取材の日は天気も良く、ちょうちょが飛んでいたり道端にはお花が咲いていて、「春だな~。江戸時代からほとんど変わらないような、まるで水戸黄門が歩いてそうな道だな~晴れ」なんてのんきに歩いていると、右手に毛がふさふさした動くものが・・・まさか・・・子熊!?


と思いきや、タヌキでした!

しばらく見つめあったのち、タヌキは途中なんども振り返りながら逃げていきました。とってもふわふわしていてかわいかった~ピンクハート

ほかにも2頭、計3頭のタヌキがのんびりトコトコ歩いていました。こんな短い時間(約15分)の間に複数の野生動物に遭遇するなんて、岩手の田舎に住んでいるみらっちでも初のことで、ちょっと冒険した気分になりましたw

そして高速道のガード下をくぐるとすぐ、今歩いている道を横切る舗装道路と苅又一里塚入り口が先に見えてきます。苅又一里塚だけ見たいかたは、ここまで車で来てもよいでしょう。野生動物を見てみたいかたは、みらっち同様歩いてみてください。カモシカやタヌキを見てみたい方には超おすすめですグッド(※熊注意!

4.苅又一里塚への道(一関市萩荘苅又)

(Map)
ここからまた徒歩です。看板にもあるとおり、500mなのでちょっと歩くだけで行けますが、山道なので十分ご注意を。

蔵主沢から苅又一里塚まで、徒歩約30分で到着。ここまでの道は野生動物には一切会うことはなく、特に変わったこともありませんでした。ぼーっと歩いていたところに、いきなり一里塚が出現!思わず記念撮影してしまいました!笑


一里塚は、江戸時代初期、旅人のために一里ごとの道沿いに作られた盛り土です。苅又一里塚は、若干形が崩れているところがあるものの、これだけほぼ江戸時代当時のまま残っているのはめずらしいのだそうです。

東側(1号塚)直径10.06m×7.08m、高さ3.42m
西側(2号塚)直径10.58m×9.56m、高さ2.62m


さらに進むと宮城県との県境がありますが、その先はゴルフ場の敷地のため通行止めになっています。みらっちは一里塚でUターン。迂回してさらにその先をたどってみたいかたは、宮城県北部地方振興事務所作成のマップをご活用ください。

今回迫街道の古道を歩いてみて、江戸時代から残る苅又一里塚に感動し、野生動物とのふれあい(?)もあり、いつも通っている道を一本それただけでこんなに非日常を味わえるんだ~!と楽しめました。ほぼ山道なので、念のためそれなりの服装と装備をしていくことをおすすめします(^.^)

▲なんかいいかんじだったので道中撮った風景w

なお、昨年・一昨年にこの迫街道をみんなで歩くイベントが開催されました。今年度の開催は未定ですが、興味のあるかたは一関市公式観光サイトいち旅をチェックしてみてくださいね!






最終更新日  2018.04.11 08:30:05
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2018.04.09
テーマ:岩手県南(808)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、みらっちです!

今回は花巻市総合文化財センターをご紹介します!


平成23年、早池峰山のふもと・花巻市大迫町にオープン。同年、惜しまれつつ閉館した山岳博物館に収蔵されていた資料と、花巻市内の遺跡から出土した埋蔵文化財とを収蔵している施設です。

大きく4つのテーマにまとめて展示されています。展示品は複製品(レプリカ)ではなく、現物の展示が多いのもテンションがあがります!

1.早池峰の自然
こちらのコーナーでは、かなり古い年代の地質を持つ早池峰山の地形や、早池峰山固有種のハヤチネウスユキソウなどの高山植物といった、早池峰周辺の自然について学べます。

おすすめは、早池峰登山の2コース、小田越コース・河原の坊コースを模して、山頂を中心に両方向から展示しているコーナー。まるで早池峰山に登るかのように、各コースの名所が順に説明されており、みらっちは以前登ったときの記憶がよみがえり、名所の名前や意味を知るとまた登りたくなってきてしまいました。

なかでも有名な「鉄のはしご」は、思い出しただけで手に汗がw(過去記事

2.早池峰山岳博物館
山岳博物館から移設された資料、昔の登山用具や、姉妹都市・ベルンドルフ市との国際交流資料、山岳関連書籍など、貴重な品々が並びます!

なんとエベレスト日本人初登頂を果たした松浦輝夫隊員使用のシューズや、植村直己使用のピッケルなど、著名な登山家が使用した道具類も間近で目にすることができますよ!

3.早池峰信仰と神楽の世界
古くから信仰の対象とされてきた早池峰山の山岳信仰に関することと、そのふもとに伝わるユネスコ無形文化遺産/国指定重要無形民俗文化財の早池峰神楽についての展示です。

ここでは、全国の神楽を学術的に分類し、残念ながら休止してしまった神楽団体から寄贈された実際の舞の道具や映像を見ながら、神楽についてわかりやすく学ぶことができます。

これだけ面が並ぶとちょっと怖い?(笑)でも一つ一つをよくみると、「アフリカからきたの?」的な日本ぽくない面があったり、豊かな表情の面々で(面だけに)面白いですよ!

4.早池峰の自然とともに生きた古代人たち
こちらは土器や土偶など、埋蔵文化財から古代を学ぶコーナーとなっています。花巻市内には、旧石器時代から近世にいたるまでなんと1,000か所にも及ぶ遺跡があるのだそうです!

花巻から出土した、モデル体型の「美人土偶」も魅力的ですが、日本人のルーツを知る重要な発見となった、花巻市のアバクチ洞穴どうけつ遺跡で見つかった弥生時代の幼児の人骨・アバちゃんの頭蓋骨(さすがに複製)は必見です!なぜこんなにきれいに残っていたのか、どのような特徴があるのかなど、ぜひ展示でご確認ください!

このほか2階では、出土品の整理作業をガラス越しに見学したり、山岳雑誌から専門的な資料まで山岳に関する図書がたくさん収蔵された図書資料室を利用することができます。また、火おこし体験やかわいい粘土アート作りなど、お子さんに人気の体験学習コーナーもありますよ。

現在は、5月6日(日)まで、地元の写真愛好家・早池峰カメラクラブによるSL銀河写真展-いわての四季を走るーが開催中です。
SL銀河の力強い走りと、沿線の四季を彩る花や催しに、偶然が重なって撮れたという奇跡の一枚まで、素敵な写真の数々ですよ。カメラクラブさん所有の鉄道グッズも同時に展示されていますのでお見逃しなく!

さらに4月21日(土)、4月29日(日・祝)、5月3日(木・祝)、5月6日(日)は、SL銀河鉄道模型(Nゲージ)の運行もありますよ!お子さんと一緒にいかがでしょうか?

さまざまな角度から早池峰と花巻について楽しく学べる花巻市総合文化財センターへ、どうぞお越しください!


花巻市総合文化財センター
〒028-3203 花巻市大迫町大迫3-39-1
電話:0198-29-4567
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:年末年始(12/28~1/3)
入館料:一般200円、高校生以下100円






最終更新日  2018.04.09 08:30:07
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2018.04.02
テーマ:岩手県南(808)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、みらっちです緑ハート

旧暦の元禄2年5月12日から5月14日に岩手を訪れた俳聖・松尾芭蕉ばしょう

ほんとうは全ルート歩いてみれば「松尾芭蕉忍者説」も検証できそうなもんですが泣き笑い、ここは可能な限りを利用させていただき、奥の細道で芭蕉と曽良そらが訪れたルートをめぐってみました! (各スポットの”Map”というリンクは、Googleマップが開きます。)

すべてのルートを紹介すると長くなってしまいますので、今回めぐったルートからおすすめのスポットをピックアップしてご紹介しますOK

【平泉編】
一関市の二夜庵を出発した芭蕉と曽良。(前回の一関編参照)一関市山ノ目やまのめを通って平泉を目指します。

▲二夜庵から磐井橋を渡って右手に降りるとある、奥の細道標柱

今回は、平泉町文化遺産センターさんに助けをいただきながら曽良随行日記に沿って、有名どころだけではなく、マニアックな平泉町・奥州市衣川の各スポットをめぐってみました。

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平泉町に隣接する奥州市衣川おうしゅうしころもかわは、平泉の歴史に深く関わる(中尊寺から川をはさんですぐの地区は特に)由緒ある場所や言い伝えが多く残る場所です。オーソドックスな平泉観光に飽きた歴史好きさんにおすすめですよ!
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随行日記「(略)平泉へ趣。(略)高舘・衣川・衣ノ関・中尊寺・光堂(金色堂)・泉城さくら川さくら山秀平やしき等を見ル。(泉城ヨリ西)霧山見ゆルト云モ見ヘズ。タッコクが岩ヤへ不行。(略)月山白山ヲ見ル。経堂ハ別当留主ニテ不開。金鷄山見ル。シミン堂无量劫院跡見(略)」
※(略)部分は文を省略

(1)衣の関道ころものせきみち(奥州市衣川七日市場)
「衣ノ関」があった場所ははっきりしていませんが、中尊寺境内にある白山神社の裏手のほうに、ふもとへ降りる道があり、そのあたりだったのでは、と推定されているそうです。そこから衣川という川をはさんで向こう側にまわると、”中尊寺へ続く道”、奥州市衣川の「衣の関道」があります。

石碑が目印の「衣の関道」は、白山神社のふもとから長者ヶ原廃寺跡へ続きます。この地区には、「かつて衣川を渡れるようたたら石が置かれ、通行できるようにされていた」、という伝承が残っているのだそうです。(衣の関道発掘調査報告書より)

近隣には、奥州藤原氏時代にもっとも繁栄したという七がつく日に立った市「七日市場」の跡地があり、この地域の地名となっています。写真の奥に見えている山は中尊寺がある「関山かんざん」です。
(Map

近くのおすすめスポット:北館桜きただてさくらさくら

樹齢1,300年と伝わる桜。奥州藤原氏以前にこのあたりを治めていた豪族・安倍一族の館があった場所といわれ、縄文遺跡「北館遺跡」がある場所でもあります。
(Map)

(2)泉城(平泉町平泉泉ヶ城)
奥の細道本編では、「和泉いずみが城」とあり、奥州藤原氏三代秀衡の三男・和泉三郎忠衡の屋敷のことです。

現在は民家や田畑がある私有地となっていて、観光地ではありませんが参考までに。(この家のかたが立派な石碑を建てていらっしゃいました)


▲「衣川は和泉が城を巡りて」の景色は健在。(奥に見えている山は関山・中尊寺です)

(3)月山がっさん(奥州市衣川)
現在の奥州市衣川にある月山神社のことです。

今はひっそりとしていますが、慈覚大師の勧請、中尊寺の奥の院として栄えたとのことで、隠れた奥州藤原氏ゆかりのスポットです。社殿の前には和我叡登挙わかえとの神社という、奇石をご神体とする神社、途中には三峰神社があります。(参道はほぼ山道で、みらっちが訪れたのは冬ということもあり、倒木などもみられました。参拝の際はお気をつけください。)

参道の途中、束稲山たばしねやまと平泉に広がる田園風景が見渡せます。
(Map)

その他のスポットは以下のとおりです。どこのことを指すのかわからない場所については、平泉町文化遺産センターさんに教えていただきました。

さくら川
(1)北上川きたかみがわのこと。(2)中尊寺の月見坂の横を流れる小さな川のこと。の二説あるそうです。なお、「奥の細道」では「北上川」の表記があります。ということは、(2)の説が有力?

さくら山
束稲山のこと。芭蕉が憧れていた歌人・西行さいぎょうが歌に詠んだことでも知られ、桜さくらの名所として復活しようとしています。詳しくは過去記事をご覧ください。

秀平ひでひらやしき
奥州藤原氏二代秀衡の館跡のことで、柳之御所やなぎのごしょ伽羅御所きゃらのごしょ周辺一帯を指すようです。現在、柳之御所跡の近くには、埋蔵文化財を展示している柳之御所資料館や、道の駅平泉が建てられています。

霧山
安永風土記には「上衣川にある山」とあります。地元でもどこにあるかわからないみらっちのような人がいるほどマイナーな山です(笑)

タッコクが岩ヤ
芭蕉たちは、達谷窟毘沙門堂たっこくのいわやびしゃもんどうへは「三十町有由」行かなかったそう。たしかに、一か所だけポンと離れている場所ですからね(^_^;)しかし、一度足を運ぶと「いいところだね!」と感動する人が多い寺社です。→過去記事

白山
中尊寺境内に鎮座する白山神社のことです。
過去記事にて紹介しています。

経堂
中尊寺境内の経蔵きょうぞうのことです。毎年12月には、中尊寺に一関市本寺ほんでらで採れた骨寺村ほねでらむら荘園米を奉納する再現行事、中尊寺米納めが開催されます。

シミン堂无量光院跡
新御堂しんみどう」と呼ばれていた無量光院むりょうこういん跡のことで、「シミン」は書きまちがいのようです。ここから金鶏山きんけいさんを見ると、山頂に夕日が落ちるのを観られる時期が年2回訪れます。金鶏山と無量光院跡について、詳しくは過去記事をご覧ください。

芭蕉憧れの西行も訪れた平泉をめぐった芭蕉と曽良は、昨夜と同じく一関市の宿二夜庵に泊まったようです。二泊したので、「二夜庵」と呼ばれているそう。

続いて次回・最終回は一関市出発編です。

参考資料:衣の関道遺跡第1・2次発掘調査報告書(財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター)/衣川村観光案内図(衣川村刊行物産協会発行)/長者ヶ原廃寺跡発掘調査報告書

※平泉町内のガイドをご希望のかたは、こちらもごらんください。






最終更新日  2018.04.02 08:30:06
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2018.03.30
テーマ:岩手県南(808)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、みらっちです緑ハート

旧暦の元禄2年5月12日から5月14日に岩手を訪れた俳聖・松尾芭蕉ばしょう

ほんとうは全ルート歩いてみれば「松尾芭蕉忍者説」も検証できそうなもんですが泣き笑い、ここは可能な限りを利用させていただき、奥の細道で芭蕉と曽良そらが訪れたルートをめぐってみました! (各スポットの”Map”というリンクは、Googleマップが開きます。)

すべてのルートを紹介すると長くなってしまいますので、今回めぐったルートからおすすめのスポットをピックアップしてご紹介しますOK

【一関市到着編】
奥の細道「袖の渡り・尾ぶちの牧・真野の萱原(いずれも宮城県石巻市)などよそ目に見て、遥かなる堤を行く。心細き長沼に添うて、戸伊摩といま(宮城県登米とめ市)といふ所に一宿して、平泉に至る。」

▲【戸伊摩=宮城県登米市の「芭蕉翁一宿之跡」】元禄2年5月13日に芭蕉が泊まった宿の跡地。北上川にかかる登米とよま大橋のたもとにあります。(Map)

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今回参考にしたのは、一関市発行の「松尾芭蕉『奥の細道』パンフレット」です。
一関市公式観光サイト「いち旅」ホームページ→パンフレットダウンロードから入手できます。)
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平泉を目指して宮城県登米市を出発した芭蕉と曽良は、ほぼ現在の国道342号(一関街道)を通り、まずは宿がある一関市内へ向かいます。車で走りやすい道がつづくルートで、奥の細道と直接関連はないものの、地元の人に大事にされているスポットが目立ちましたスマイル

(1)国道沿いの松(一関市花泉町永井地区)
県境をすぎ岩手県に入ると、国道沿いに立派な松の木がいくつか立っています。
写真は幕末の嘉永かえい年間に植えられたという嘉永松。他にも明治松などが植えられていて、これらは街道を行き交う人の目を楽しませようと、地元の肝入が私財を投じて8千余本を植えたものだそう!芭蕉が通ったころはなかったものですが、江戸時代の風情をかもしている、みらっちお気に入りの景観です赤ハート

何度も通っている国道で、「なんかこのへん松が多いな~」程度には思っていたのですが、今回調べてみたらそういうことだったのか!と新発見。

(2)金華山きんかさん公園の眺望(一関市花泉町永井地区)
ここは今回たまたま発見した場所です!永井地区を少し走ると左手に、赤い鳥居が目印の金華山公園が見えてきます。ここには、神社や「岩手県一関市花泉町内史蹟および『奥の細道』芭蕉、曽良の足跡マップ」があるだけでなく、社殿の上に登った先の眺望がいいんですグッド

この日は天気がよかったので、遠くに栗駒山、焼石連峰富士山などまで見えましたよ!

▼(左)公園全体のようす。(右)眺望がよすぎて、マップはなんだかおまけ的な存在に・・・w

(Map)

※以下は国道342号をそれた場所にあります。芭蕉と曽良は雨のため、増水して道を迂回するはめになり、やむなく予定とは別の道を通ったようです。ここからは国道からコンビニ(711)のところを右手に曲がった道を走ります。

(3)導心塚どうしんづか(至心道士塚)の眺望(一関市滝沢)
即身成仏をした至心道士という修行者を埋葬した塚で、その跡に杉の木を植えたのだそうです。杉の樹齢は200年といわれ、大正初期には多くの参拝者があったのだとか。(現地案内板より)
ここは金華山公園よりもさらに眺望がよい気がします!!

周りにはりんご園りんごが広がっていて、今はまださみしい風景ですが、新緑の時期や花が咲いたり実をつけるころにはさらに素敵な風景がみられそう!

(Map)

(4)牧澤八幡宮(一関市真柴)
樹齢500年の杉がある八幡宮。このあたりは、奥州藤原氏時代には馬産地として栄えたのだとか。新しい鳥居が建っていたりきれいに整備されています。横には遊具がある公園があり、ここを会場に地域のおまつりでにぎわうのだろうな~とあたたかい気持ちになりましたピンクハート

(Map)

※しばらく走ると、国道284号にぶつかります。かつて芭蕉が通った道は国道284号を横切り、まっすぐ丘の上を抜けて走るのですが、現在その丘は住宅地家(関が丘団地)になっているため、左折して国道284号に入るのがいいでしょう。

国道284号から、新幹線ガード手前の、信号のある踏切を右折して渡ります。すると右手に次のスポットが現れます。

(5)カッパ崖(一関市字沢)
この地域一帯の俗称が「カッパ崖」なのだそうです。(現地案内板より)ということから、曽良が雨の中、宿を目指したことについて「合羽モトヲル」と記したのは、ここの場所を通ったからなようです。(多分しゃれ)


▼一ノ関駅東口へまっすぐ続く道沿いにあります。道幅が昔のままで狭いので、路上駐車は不可失恋東口の市営駐車場に停めて、徒歩で散策するのがおすすめです。

(Map)

(6)芭蕉の辻(一関市新大町)

▲一ノ関駅前にある「芭蕉の辻」石碑。建設省(当時)の日本の道百選に”おくのほそ道”として選ばれたことを記念し、建てられました。
(Map)

(6)二夜庵跡
一ノ関駅西口から市役所方面に向かうと、磐井川にかかる水色の「磐井橋」があり、そのたもとに石碑が建てられています。
やっと宿に到着した芭蕉と曽良!ここでまず一泊し、翌日平泉を目指しました月

もとは芭蕉が泊まった宿の跡地に建てられていましたが、かさ上げされて今の場所に移されました。ただし、二夜庵跡には諸説あり、この場所はその一つにすぎません。磐井川は栗駒山を水源とし、中流には国の名勝・天然記念物の厳美渓があり、やがて市内で北上川と合流する川です。
(Map)

続いて、次回は平泉編です。






最終更新日  2018.03.30 14:45:14
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2018.02.27
テーマ:岩手県北(928)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは なまっちです。
「サイトギを巡るモニターツアーの後編」をご紹介します。
過去記事:【県北】〔二戸市〕サイトギを巡るモニターツアーに参加してみた(前編)


日が暮れて、ご祈祷や神楽を見るために徐々に人が集まってきました。


サイトギは、17:30ごろ始まるご祈祷から、直会(なおらい)、神楽奉納と続き、19時半過ぎに裸参り男衆の水垢離(みずごり)が始まります。水垢離は裸参りをする男衆が左肩・右肩・左肩と3度水をかぶり身を清めます。
後継者の不足から裸参りが行われないことがあったそうですが、有志によって復活。この日は地元の方や警察の方など20名が参加したそうですよ。


神妙に行われるのかと思っていたら、地元の方の「がんばれー」という応援や
笑い声が飛び交い和気あいあいとした雰囲気。
(水をかぶっている方はそれどころではないと思いますが…雫

水垢離で身を清めた後は、白い鉢巻・腰蓑・白足袋・わらじの装束で、口元には紙、手には幣束(へいそく)を持ち、裸参りを行います。神社を3回参拝し、境内にあるお堂を巡った後、神社の柱に腰蓑と幣束をくくりつけ、燃え盛る「サイトギ」へと向かっていきます。




サイトギを四方から囲み、ほら貝の合図に合わせてサイトギを揺さぶります。揺さぶられたサイトギからは火の粉が舞い上がり、祭りの熱狂は最高潮に。


サイトギから離れたところでカメラを構えていましたが、
そこでも熱を感じるほどの火の勢いがすごい。


舞い上がる火の粉が境内の石段側(南)に流れると豊作。
神社側であれば凶作なんだそう。
火の粉の方向と、オコモリの崩れ具合から今年は「豊作」というご託宣がでました!


地元の方々のお祭りに行ったらいけないのかな?とか、作法などあるのかな?と鑑賞するのに躊躇していたサイトギでしたが、モニターツアーの開催のおかげですんなりと飛び込み、仕事を忘れそうになるぐらい楽しんでしまいました。サイトギにまつわるお話や、男衆として参加した方の体験談などもとても面白かったので、ぜひサイトギのツアーが行われるようになるといいなぁと思います。スマイル



<おまけ>
ツアーではおぼない旅館での夕食と呑香稲荷神社(とんこういなりじんじゃ)の
神代神楽の観賞も行われました。
お食事はサイトギにちなんだメニュー。神楽観賞もとても間近で楽しみました!



神楽団体もたくさんあるので、ブログでご紹介できたらいいなぁと思います。



二戸地域雇用創造協議会
 TEL:0195-26-8061
 HPhttp://www.ninohe-koyou.net/souzou.html
 Facebookhttps://www.facebook.com/ninohekoyousouzou/






最終更新日  2018.02.28 08:45:10
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2018.02.26
テーマ:岩手県北(928)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは なまっちです。
二戸市・似鳥(にたどり)地区にある似鳥八幡神社にて春の例大祭サイトギが執り行われました。
二戸地域雇用創造協議会が主催する「サイトギを巡るモニターツアー」に参加し、奇祭ともいわれるサイトギを体感してきました!2回に分けてご紹介します!


祭りのクライマックス火祭り!

+++++ サイトギとは? +++++

二戸市・似鳥八幡神社で400年以上前から行われている伝統行事で、
毎年旧暦の1月6日の夜に行われる。
「オコモリ」「水垢離(みずごり)」「裸参り」「火祭り」からなり
神前に供えたオコモリの崩れ具合と、
井桁に組んだ木の櫓「柴燈木(さいとうぎ)」を燃やし、
火の粉が舞う方向で作柄を占うお祭りである。
平成22年には国の選択無形文化財に指定されました。

+++++++++++++++++++++++


ツアーはまず、サイトギの準備を行っている似鳥八幡神社へ。
似鳥八幡神社の境内で歴史民俗資料館の菅原館長より、八幡神社の由来やサイトギについてお話をお聞きしました。


明治4年、廃仏毀釈政策により観音の称を廃して八幡神社となったそうですが
古来より祀っている観音様を安置する観音堂が境内の中にあります。
また、少なくとも450年以上の歴史があるといい
九戸政実も参拝したかもしれませんねぇとのこと。ロマンがありますねぇ。


境内には小さなお堂が20ほどあり、
サイトギの前の裸参りではお堂を一つ一つ巡って参拝をします。


水垢離のための沢水も準備万端。
(水垢離の時間にはこの水にうっすら氷が張っていましたほえー

春祈祷を終えた氏子さんのご厚意で、祭りで奉納される権現舞で使用する獅子頭や「オコモリ」を見せていただきました。なんとアテンドしていたスタッフさんも想定していなかった展開に参加者のテンションが上がります。


オコモリは、米・麦・ヒエ・アワ・キビを混ぜ込んで炊いたものを
剣上に盛り、一晩凍らせたもの。
旧暦の元旦に奉納され、6日後の形状や状態から豊凶占いを行います。


トチの木でできた10キロにもなる獅子頭。
神楽奉納では、下舞と権現舞が行われ家内安全・子孫繁栄などを祈祷します。


準備が整った似鳥八幡神社や、サイトギについてのお話を聞いているとどんどんテンションが高まってきました!
次回、サイトギ本番をご紹介します!


氏子のおじさまの背中かっこいい!


二戸地域雇用創造協議会
 TEL:0195-26-8061
 HPhttp://www.ninohe-koyou.net/souzou.html
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最終更新日  2018.02.26 10:00:13
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