10464255 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

イーハトーブログ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カテゴリ

サイド自由欄


イーハトーブログ ライター紹介
岩手県内をくまなく取材し、旬な情報をお届けしているライターの紹介ページです!

ブログ記事は、それぞれ、掲載日時点での情報です。名称、連絡先等、現時点の情報と異なる場合があります。

イーハトーブログ公式Facebook公式Twitterもご覧ください!!
 



岩手県について




県内各市町村についてはこちらから

岩手県内各地の観光をサポートするPRキャラクター
わんこきょうだいのご紹介♪


岩手県では「あなわん運動」を展開中です!!

その他リンク先








東日本大震災に伴う情報提供について
東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
岩手県内の災害対応状況については、テレビ・ラジオ等の他、岩手県公式ホームページ岩手県広聴広報課Twitter広聴広報課Facebook等を参考にされますよう、お願いいたします。

コメントも大歓迎です♪感想や情報などありましたらお気軽にどうぞ!(内容によっては、こちらの判断で削除する場合もあります。御了承ください。)

ネットワーク環境でアクセス制限がかかっており、自分のブログへのコメント返信は可能ですが、他の方へのコメントは出来ません。
皆さんのブログも楽しませていただいております。

コメント新着

こうちゃん3390@ Re:【沿岸北部・南部】三陸鉄道から新しいスイーツが登場(06/14) そんなに繊細なお菓子、食べてみたいです…
モラ夫の暴力をなくしたいと考えるネコ@ Re:アノ「ちゃぶ台がえし」の仕掛け人…産直やはば百笑倶楽部(06/18) これは男尊女卑を地でゆく、夫の家庭内暴…

カレンダー

全169件 (169件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 17 >

歴史・文化・偉人

2019.02.22
XML
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、沿岸のすこっちです。

2月19日、宮古会場で始まった三陸国際芸術祭。
3月24日までの約1か月半、北は八戸市、南は気仙沼市まで、

全10市町村を会場に、様々なプログラムが展開の予定です。

今回、海外からはインドネシアから「ジャティラン」という芸能を行う2団体が参加。

​​​クリンチン・マニスとニュー・ズグル・グディッルッという団体ですが、クリンチン・マニスは、2012年にジョグジャカルタ国立芸術大学のメンバーを中心に設立された新しい団体で、もともと男性による芸能だったものを女性中心の踊り手構成にし、伝統を重んじながらも新たな境地にチャレンジしています。

【2月11日 田野畑会場の様子】                                    



【上】

ジャティランを披露するクリンチン・マニス

【右】
地元田野畑村の甲地(かっち)鹿踊り





【上】
田野畑村菅窪鹿踊り・剣舞

【右】
クリンチン・マニスと地元芸能、来場者も参加しての芸能体験




​​​

​一方、ニュー・ズグル・グディッルッは男性による伝統的な公演を行う、同じジャティランの団体でも対照的ともいえる2団体です。

【大槌会場の様子】
 
 
ジャティラン、虎舞がそれぞれ披露されたあと・・・




クリンチン・マニスが虎舞に、虎舞メンバーがジャティランに挑戦!
虎舞の楽器でジャティランを踊ったり、ジャティランの楽器で虎舞を舞ったり!
ぶっつけ本番の創造タイムが展開しました!





これまでは宮古市、田野畑村、大槌町の3市町村でクリンチン・マニスが登場しました。以降の開催分は、ニュー・ズグル・グディッルッが出演の予定です。

他にもさまざまなプログラムが盛りだくさんで開催されます。
三陸の芸能、アジアの芸能、そしてその共演から生まれる何か、
創造の瞬間をお見逃しなく!


大いに盛り上がりましたぁ!

プログラムの詳細、日程等は三陸国際芸術祭ホームページでご確認ください。

お問い合わせ先
三陸国際芸術祭事務局
0192-22-9830







最終更新日  2019.03.12 16:04:20
コメント(0) | コメントを書く

2019.02.21
テーマ:岩手県央(576)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
あべっちです!スマイル
2月の岩手はイベントで盛り沢山です!
​​​​​​​​​​​​出来るかぎり、ご紹介していきます!​​​​​​​​​​​​

▲上の写真は、約200年前(江戸中期)の「享保びな」
今年初展示となります。南昌荘の3代目所有者である金田一家ゆかりの享保びなだそうです。

今回は、3月3日(日)まで、岩手県盛岡市清水町の
国登録記念物、盛岡市保護庭園、保存建造物に指定されている南昌荘​​​​
開催中の「ひなまつり」ご紹介します。
南昌荘では、一般の方々からご協力いただいた人形を借りて展示しています。
飾らている人形は、古いものは、江戸・明治・大正時代から受け継がれてきたものや、手づくりのひな人形まであって、来場者に楽しんでもらっているそうです。

南昌荘は明治18年に建てられ、その庭園と屋敷は約130年に渡り
所有者が次々と変わる中で、現在は「いわて生活協同組合」さんが
所有し維持管理に努めているそうです。
また、南昌荘は映画「3月ライオン」のロケ地にもなったのですよ。
イーハトーブログでもご紹介しましたので、こちらもご覧ください。
【県央】〔盛岡市〕3月のライオンロケ地めぐりin盛岡~後編~

南昌荘の詳しい情報はこちら⇒南昌荘HP​​​

上の写真は来客用玄関を入り、受付のある8畳間に飾られているひな人形で、
​​写真左側は「即位びな」といって、昭和天皇即位の儀式の際の、
天皇・皇后の衣裳をまとったひな人形だそうです。
写真右側は「きめこみびな」と言うそうです。
小さくてかわいらしいのが特徴です。

廊下に出ると、可愛らしいひな人形達が棚の上や階段に飾られ、
ステンドグラスなどの照明に照らされていました。

更に廊下を進むと、宮沢賢治の作品をモチーフにしたステンドグラスの隣に、
おひな様のステンドグラスもありました。外光に透かされてきれいでしたよ。

こちらも、とても貴重な花巻人形のひな人形です。
昭和30年代に伝承者が没後一旦途絶えてしまい、昭和40年代後半に再興されて
現在も花巻市の平賀工芸社さんが作り続けているそうです。

▲上の写真は、江戸期の「天保びな」

左上の写真は「たまごびな」、右上の写真は「ちりめんびな」です。

▲御所での生活を再現した「松鶴御殿びな」

こちらは初めてみましたが、京都・大阪を中心とした
上方で人気のあった、大変珍しいひな飾りだそうです。
とても手が込んでいて繊細な造りに感心しました。

源氏物語貝合わせ貝桶(かいおけ)
源氏物語54帖にちなみ54個の貝に繊細華麗な絵付けがされています。
夫婦のご縁が末永く続くよう願いを込めて飾られる貝合わせです。
本来は本物の貝を使いますが、こちらはボーンチャイナ(高級磁器)で
作られています。右側の漆器の桶(貝桶)に収納されるそうです。

32畳ほどある松鶴の間には、「享保びな」「貝合わせ」「御殿びな」などが
飾られていて、時間を忘れて見入ってしまいました。

是非あわせて、ご覧くださいね!


南昌荘については、昨年秋にもご紹介していますので、
こちらもご覧ください。
【県央】〔盛岡市〕もりおかの「紅葉」情報-その2南昌荘

平成も終わりになるこの機会に、それぞれの時代の「ひな人形」を眺めながら、
歴史ある南昌荘で古き良き時代を感じてみませんか。
盛岡市内のひな祭りイベントは他にもいくつかありますので、

チェックしてみて下さいね。
●一ノ倉邸「ひな遊ぶ」⇒〔盛岡市〕一ノ倉邸の「ひな遊ぶ」3月3日(日)まで開催​​
●もりおか歴史文化館⇒​​​​​​​​​鉈屋町からおひなさまがやってきた!​​
●志波城古代公園⇒​いにしえのひなまつり展​​​​​​






最終更新日  2019.02.21 13:00:06
コメント(2) | コメントを書く

2019.02.16
テーマ:岩手県央(576)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
あべっちです!スマイル
2月の岩手はイベントで盛り沢山です!
出来るかぎり沢山、ご紹介していきます!​​​​​​​​​​
今回は、3月3日(日)まで、岩手県盛岡市安倍館町の
盛岡市の保護庭園・一ノ倉邸​​​​で開催中の「ひな遊ぶ」展ご紹介します。

▲大正時代製造のヤマハのグランドピアノの上に展示されたひな人形です。
このグランドピアノは現在も定期的に調律し、現役で演奏されているそうです。
​映画「終わった人」のロケ地にもなった、「一ノ倉邸」は、
明治後期に盛岡市出身の政治家「阿部浩」により庭園と建物が造られたそうです。
その後は一ノ倉氏に譲渡、昭和49年には保護庭園に指定されたそうです。
市民の保存要望により、平成4年に盛岡市が取得し管理する事になったそうです。
一ノ倉邸について詳しくは⇒​保護庭園「一ノ倉邸」盛岡市HP

▲写真中央の「ひな人形」は、江戸時代の「享保びな」で、現代のひな人形に比べ大きいのが特徴なんだそうです。また現代と大きく違うのは、お内裏様とお雛様の並びが左右逆なんだそうです。

「一ノ倉邸」の雛祭り「ひな遊ぶ」展は、江戸から平成までの様々なひな人形が展示されていて、時代によりおひなさまのお顔や衣装の違い等を見る事ができます。
ひな人形の展示には、毎年テーマがあるそうです。
平成最後の今年
は「煌めく(きらめく)」をテーマに、
春を感じさせる青竹等の飾りや照明で、
明治の館が「煌めいた」空間に演出されていました。
「ひな遊ぶ」展の詳しくはこちら⇒一ノ倉邸「ひな遊ぶ」

展示されているひな人形は寄贈された人形が主で、
代々各家庭で大切に受け継がれてきた物だそうです。
また人形以外にも上の写真にある扇などの展示品も
歴史のある貴重な物なんだそうですよ。

3つの部屋に展示されているひな人形は、現在の生活スタイルや間取りでも
飾れる提案を行っていて、座卓や小テーブル・チェスト等に飾られていました。

奥にある囲炉裏のある板の間の部屋には、珍しいひな人形が飾られていました。

中でもこちらの「花巻人形」ですが、
昭和30年代に一旦途絶えてしまったそうです。
昭和40年代後半に再興されて現在も花巻市の
平賀工芸社さんが作り続けているそうです。
古い年代の物はとても貴重なんだそうですよ。

明治後半に造られた、庭園・邸宅と平成最後の
「ひな遊ぶ」展を是非見に来てくださいね!
施設案内
所在地:〒020-0126 盛岡市安倍館町19-64
入館料:無料 開館時間:10時から15時まで
休館日:毎週月曜日、火曜日
      8月10日から20日まで、
         12月25日から翌年1月15日まで
  交通アクセス:岩手県交通・岩手県北バス「安倍館」バス停下車​​​​
お問い合わせ:019-646-1817(一ノ倉邸管理保存委員会)
    019-626-3754(盛岡市環境企画課)






最終更新日  2019.02.16 08:00:06
コメント(2) | コメントを書く

2019.02.08
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​​​​こんにちは、沿岸のすこっちです。

​​​宮古市の黒森神社に奉じる​国指定無形民俗文化財「黒森神楽​」​が盛岡に巡行するというので、ちょっと、会場の​もりおか町家物語館まで追っかけしてきました。​



​​​黒森神楽は、普代村を拠点とする鵜鳥神楽とともに沿岸地区をそれぞれ北方向、南方向へと、毎年方向を交代しながら巡行しています。​​
ちなみに今年は、黒森神楽は南側に、鵜鳥神楽は北側に巡行しているそうです。

​本来沿岸を巡行する神楽ですから、盛岡開催はなかなか見ることのできないスペシャルな公演ということで、会場は昨年12月には完売の満員御礼状態で大変な賑わいでした。​


​さて、午前中は11時から「シットギ」​が行われました。​
ところで、シットギって何? 

​​「宿」と呼ばれる会場の庭先で行われる、この神楽では開始の儀礼のことを総称して「舞い込み」といいます。​​
その中で米を臼でついて作る儀礼用の供え物のことをシットギと呼びますが、シットギが舞い込みの中で象徴的なため、シットギが舞い込みの代名詞のように使われているようです。

 
  
ユーモア溢れる道化のゴンスケやおかめが菓子を振る舞ったり、シットギの粉を見物人の額や鼻に付けて歩きます


舞い込みが終わり、宿での神楽が始まるまでシットギを噛んで鎮座する獅子頭

​*黒森神楽の詳細は​ミヤペディアの「黒森神楽」​をご覧になってみてください。

さて、午後1時からはいよいよ、本会場となる宿で、打ち鳴らしに続いて、この日の神楽が次々に披露されました。

​​​​​​​​​​​​​​​​​ 
○清祓

はじめに四方を祓い、場を清めます。

○御神楽

鳥兜を被って二人組で舞う、他の神楽では「鳥舞」と呼ばれ、演目の最初に行うことが多い舞です。

○大蛇退治
 
神出鬼没の大蛇が、突然、会場後方の扉から乱入し、会場の子どもを怖がらせたりします

○松迎

新年を祝い天下泰平を祈念します。

○狂言 伊勢参り

このままお笑い番組に出演させたいほど、会場が大爆笑!

○山の神舞

迫力に満ちた山の神舞は、神楽を代表する見ごたえのある演目です。

--お花(お祝い)への御礼口上--


○恵比寿舞

黒森神楽といえば恵比須舞といっても過言ではない、ほっこり楽しい演目です。

○節分 豆撒き

時節柄の演目となりましたが、こちらも大爆笑です

​○権現舞​​​​​​​​​​​​​​​​​​

 
舞台上での舞の後、獅子頭が客席にいる見物人の頭を噛んで回ります。様々な厄病や災いが払われるといわれています。

華麗・荘厳な舞だけでなく、大爆笑の演目もあり、老若男女が楽しむことができる黒森神楽。

16時終了の予定が、17時近くまで続いた大満足の黒森神楽でした。

今年もいいことありそうだ!

黒森神楽に関するお問合せ
教育委員会文化課
電話: 0193-65-7526​​

​​​​​






最終更新日  2019.02.08 08:30:07
コメント(0) | コメントを書く

2019.01.30
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは、沿岸のすこっちです。
​​1月24日、氷点下6度の寒風吹き荒ぶ中、200年ほど前から住田町世田米地区に伝わる行事「水しぎ」に行ってきました。


何やら、ゾンビ映画のPR部隊のコスプレじゃないかって感じですね。

​​実は、この装いは「物乞い」なんですまっ、コスプレといえばコスプレでしょうか。


  
           参加者思い思いの衣装と化粧で、物乞いに扮するのも楽しみのひとつ。

​​
​約200年前、江戸時代に宿場町として栄えていたこのあたりで、ボヤを発見した物乞いが鍋や釜の底を叩いてみんなに知らせたことで、大火を免れた​という​出来事に由来しています。その日が1月24日だったことから、毎年、この日に行われるのだそうです。​
そんなわけで、​物乞いに扮した有志の皆さんが​、一斗缶を木の棒で打ち鳴らしながら街を練り歩き、家庭や事業所、学校、幼稚園、施設を訪れて​歌と踊りで無火災を祈ります​
極寒の中、2つのチームで、​4~5時間かけて、約300件ほどを訪ね歩く​​そうです。



​実はこう見えて、れっきとした​神社の祭事​でもあり、また、住民による​防災の啓発活動​としても行われています。

 
​            ​訪問した一軒一軒に「愛宕神社火伏祭守札」が配られます。​​


さらに、「水しぎ」は誰でも参加することができます。平日にもかかわらず、​首都圏など遠方から参加する方もいて、交流事業としても貴重な役割​をになっているようです。


日本語しか話すことのできないイギリス&日本のハーフ、東京からやってきた俳優さん、ふん装も参加する人も多彩です。

寒さと災いを吹き飛ばす「水しぎ」、これからも、地域の熱い魂に支えられて、受け継がれていくといいですね。

お問い合わせ
住田町役場
0192-46-2111







最終更新日  2019.01.30 11:27:11
コメント(0) | コメントを書く

2019.01.23
カテゴリ:歴史・文化・偉人

こんにちは! 新たに沿岸地域を担当することになりましたブログライターすこっちです。 どーぞよろしくお願いします。
 
 そんなわけで、一発目は、毎年1月15日に大船渡市吉浜地区で行われる小正月行事「吉浜のスネカ」を見学させてもらいました。
 
 「吉浜のスネカ」は、吉浜集落に受け継がれる地域行事で江戸時代から今に受け継がれているんだそうです。国が指定する重要無形民俗文化財の「吉浜のスネカ」は、2018年11月29日に、「来訪神 仮面・仮装の神々」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されました。岩手県では早池峰神楽に次いで2件目の登録です。
 
 今年はユネスコ無形文化遺産登録後の記念すべき初行事で、登録から日も経っていない事もあって、てんこ盛りの報道陣がつめかけていましたよ。



(出発式:勢ぞろいしたスネカ!)


さて、スネカをご存じない方のために軽くウンチクを!
 
 この写真のように奇怪な仮面と藁、そして腰にアワビの貝殻の衣装をまとったスネカが、集落内の家々を回っては、「泣く子」や「怠け者」に凄んでみては、それを戒めて歩くというならわしです。「いい子にしますぅ!」と泣き叫ぶという、子ども達にとっては年に一度の恐怖の時間です。ですが、同時に、無病息災や五穀豊穣、豊漁をもたらす精霊でもあるのだそうです。




(スネカの来訪に恐怖で泣き叫ぶ子ども)
 

さて、このスネカを受け継ぐ主役は地元の中学生が中心。今年は24体のスネカが集落の300世帯程度を訪れて回ったそうですが、なんと、その19体が中学生! 伝統の継承のために頑張っています。
 
 この行事は、ユネスコ無形文化遺産に登録されたこれからも、これまでの伝統を受け継ぎ、年に1度だけ、他人に見せるためのものではなく、あくまでも地域住民の行事として行っていきたいそうです。
 
 これからも末永く、千年万年と、スネカが地域に幸せを運んでくれるといいですね。
 
 お問い合わせ先
 大船渡市教育委員会生涯学習課文化財係
 0192-27-3111(内線292)



 







最終更新日  2019.01.23 11:30:05
コメント(0) | コメントを書く

2019.01.18
テーマ:岩手県北(1025)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
こんにちは なまっちです。
毎年1月から3月にかけて、宮古市の黒森神楽と普代村の鵜鳥神楽が1年交代で三陸沿岸各地を北廻り・南廻りと巡業して歩く「廻り神楽」。神を宿した「権現様ごんげんさま」を携え、各地域の神楽宿(神楽を踊る場所)を巡り、大漁成就・五穀豊穣・家内安全などを祈願する廻り神楽は、古くから地域の方々に信仰されています。
今年は鵜鳥神楽が北廻り巡行を行う年。普代村にある鳥居公民館で今シーズン1回目の巡行が行われるということで、お伺いしてきました。


神様が来たことを知らせる「舞い込み」。
権現様の歯打ちの音が響くと、徐々に気分が高揚してきます。

演目に入る前に神楽衆が権現様に手を合わせ、座揃いを行った後、舞台を清める演目である「清祓きよはらい」と続きます。


【清祓】
伊弉諾尊いざなぎのみことが、神聖で邪霊を祓う力が強いものとされている桃の枝を手にして舞います。


日本武やまとたける
日本武尊やまとたけるのみこと八岐大蛇やまたのおろちを討ち取るというストーリーの演目。
八岐大蛇が観客席に乱入したりするなど、会場が盛り上がります。


舞台上にいた八岐大蛇が観客席後方から登場!気が付いたら真横にいてびっくりびっくり
この後、日本武尊に「斬り方が悪い」と斬り方のレッスンをしたりと
チャーミングな八岐大蛇なんですよ。


【小山の神】
狂言の演目。舞うというよりは、台詞のやり取りで場を盛り上げるもの。
ユニークな面をつけた舞手が登場しただけで、会場から笑い声が上がります。


お客さんも巻き込んで、会場は大盛り上がり。


【山の神】
山の神が降りてきて、厄難を祓う祈祷の舞。
とても迫力があり、皆さん見入っていました。

このほか、岩長姫や榊葉、松迎と多くの演目を楽しみましたよ。これから、普代村を始め県北沿岸地域の神楽宿での巡行が行われますので、ぜひご覧ください!
また、今年初めて友好都市の矢巾町でも巡行を行うそうです!こちらにもぜひお越しくださいね。


鵜鳥神楽 矢巾巡行
日時:平成31年2月10日(日) 舞込み12:30~ 神楽13:00~
入場券:1,300円(お菓子付き・入浴料込み)
開場:矢巾町国民保養センター
TEL:019-697-2310


鵜鳥神楽 Facebook:https://www.facebook.com/unotorikagura/






最終更新日  2019.01.18 15:00:08
コメント(0) | コメントを書く

2018.12.15
テーマ:岩手県央(576)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​
あべっちです!ウィンク
藩政時代から明治後半の岩手県には、沿岸と内陸をつなぎ、
重要な経済交易を行った「塩の道」の歴史があります
​。

▲上の写真は、野田村三陸鉄道北リアス線十府ヶ浦海岸駅最寄りの、
国道45号海岸線沿いの駐車場より望んだ、
十府ヶ浦海岸です。


この「塩の道」​​野田村を出発、その道のりを数回に分けて
ご紹介していますのでこちらもご覧ください。

【県北】〔野田村〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その1
【県北】〔久慈市〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その2
【県北】〔久慈市〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その3

前回その3の到着地、葛巻町の「くずまきワイン」さんの工場から
出発
​「塩の道」最大の難所「黒森峠」を通り「吉ケ沢地区」を目指します。

ここ葛巻町は、馬淵川とその支流に臨む丘陵地で、縄文式土器が多数確認されていて、高度な文化生活が縄文期より行われていたことが想像されるそうです。
※詳しくは→​葛巻町HPの歴史・沿革より

​​
▲上の写真は、豊かな清水に恵まれた江刈川地区では、
​​​​現在でも水車で蕎麦の粉挽きをしています。
​​​
この水車小屋で挽いた蕎麦を食べたい方はこちら⇓
【県央】〔葛巻町〕「収穫の秋」2018年 新そばの季節

​​▲​上の写真は​​​、「塩の道」野田村から18ヶ所目の痕跡「くずまきワイン」さんの工場から約3kmの所、江刈川地区にある、​​平成27年6月に地元江刈川自治会によって復元された​​一里塚だそうです。岩手の民謡に「南部牛追い唄」がありますが、この牛方たちが唄った「江刈牛方節」が、元唄と言われているそうです。この塚の前を「江刈牛方節」を唄いながら​塩を運んでいたのでしょうね。​(2016年12月4日盛岡タイムス葛巻だより③高家貞範さんの記事 「塩の道と江刈川一里塚」より)

この地域を治めた「葛巻氏」は、1189年鎌倉時代初期「源頼朝」が行った、「奥州討伐」の功績により地頭職を与えられた「工藤氏」の末裔だった事により、後に1573年~1592年頃、この地方を収める事になったと言われ、「葛巻」の地名の由来にもなったようです

上の写真は、「くずまきワイン」さんから約10kmのところ、
国道281号葛巻町役場入口から約200m先の所にある、「葛巻八幡宮」参道入り口に「塩の道」野田村から19ヶ所目の痕跡がありました。当時の参道は「塩の道」の一部として使われていたようです。戦国時代に入り九戸政実の乱」(南部氏と九戸氏の争い)が起こり、「南部氏」に味方した「葛巻氏」は、その功績によって加増、現在の岩手町に移り、この地域「南部氏」が直轄する事になったそうです。「源氏の氏神」として祀られる「八幡宮」ですが、この「葛巻八幡宮」は「甲斐源氏」の流れを受け継ぐ「南部氏26代信直公」が、九戸政実の乱」鎮圧の後に建立したと言われているそうです。その後「南部藩」から分藩した「八戸南部氏」が明治の廃藩置県まで所有し、明治後期まで野田街道の宿場町として栄え、昭和30年7月15日に、岩手郡葛巻町、同江刈村、二戸郡田部村が」合併し、現在の葛巻町になったそうです。 

上の写真は、国道281号「くずまきワイン」さんから約14kmの所、「小屋ノ畑」地区に県道30号の入口があります。この先は右上の写真の表示通りに行き止まりになりますが、右折して進める所まで行きます。

県道30号に入ると大きく迂回するように廻り込みます。
道幅は狭く、民家すれすれに進むとすぐに左に曲がります。右上の写真、道なりに進みます。

県道30号入口の表示の予告通りに通行止めになっています。ここからが、「塩の道」沼宮内廻野田街道最大の難所と言われた黒森峠になります。

また、ここから先は「幻の県道」とも言われているそうです。反対側「吉ケ沢」地区へは徒歩で越えなければなりません。約6km(頂上付近まで2.5km)の登山道になっていて、ここに車を置いて登ると、また戻って来なければなりません。今回は一人で取材に来ているので断念し、次回準備をして計画的に望んでみたいと思っています。このルートが「登山情報サイト YAMAP(ヤマップ)」で紹介されていますので、参考までにご覧ください。→​幻の県道に挑戦 塩の道 岩手県葛巻町 黒森峠越え​
国道281号に戻り、
反対側「吉ケ沢」地区に回りお伝えします。

左上の写真は「小屋ノ畑」地区の入口より続く山道の「黒森峠」の頂上付近の様子です。右上の写真は頂上にある「塩の道」野田村から20ヶ所目の痕跡「黒森峠」頂上付近にあった標柱には「塩の道旧道入口」と書いてありました。

山道を登りきると、道が開けそこから林道が始まります。つまり、反対側から来ればここで行き止まりとなっています。この林道を「吉ケ沢」地区まで約3.5km進みます。

左上の写真、「塩の道」野田村から21ヶ所目の痕跡がありました。進行方向に向い左側「黒森峠」の頂上付近から林道沿いに約2.3kmの所になります。平成三年七月一日に葛巻町教育委員会が立てた、説明看板になります。内容は、「1854年に八戸南部藩の藩主『
部信順公』が参勤交代の為江戸に向う途中、一戸郷(一戸町)で水害に遭い、急遽道を変更し、伊保内(九戸村)・葛巻町を経由して沼宮内(岩手町)の奥州街道に入る道を通った。葛巻宿(葛巻町)をお昼頃出発し黒森峠を通過中に雨に降られ苦戦、沼宮内宿(岩手町)に着いたのが午前2時頃になった。」と説明しています。この説明看板が有る場所は、峠を越え休憩を取った場所と言われていて、それ以来この場所に排便など不浄な行為は禁止になったと古くから言い伝えられているそうです。林道より少し高い所にあるこの説明看板の後ろ側に、右上の写真の「塩の道旧道」が黒森峠の頂上付近まで約2kmほぼ直線に繫がっているようです。「塩の道旧道」は除草整備されいていました。次回はこちらの「塩の道旧道」を徒歩で通って見たいと思います。

21ヶ所目の痕跡から、約1.5kmの所で「吉ケ沢」地区の入口付近に出ました。
こちら側にも行き止まりの表示がありますが、奥に県道30号標識がしっかり立っています。ここから林道沿いに約3.8km先が行き止まりの「黒森峠」頂上付近「塩の道旧道入口」になります。まさに「幻の県道」でしたね!

「吉ケ沢」地区から入るには国道281号「道の駅くずまき高原」より「くずまき高原牧場」を横断する道を通り、県道30号に合流したら右折すると左手に「吉ケ沢小学校」が見えます。更に黒森峠方面に進むと左上の写真の表示が出てきます。国道4号方面からは、IGRいわて銀河鉄道奥中山高原駅近くの交差点から、県道30号に入り「吉ケ沢」地区黒森峠方面に進むと左上の写真の表示が出てきます。
それでは、
今回は一旦ここで終わりとし、県道30号を奥州街道(国道4号)方面に現在の「べご」(自動車)で盛岡に帰ります。

9月から取材を始めて、4回シリーズでご紹介した「塩の道」いかがだったでしょうか、この続きは来年はまたご紹介いたします。読者の皆さまもぜひ、「塩の道」を訪れてみて下さい。






最終更新日  2018.12.15 14:06:42
コメント(0) | コメントを書く

2018.12.01
テーマ:岩手県北(1025)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​​​​あべっちです!ウィンク
藩政時代から明治後半の岩手県には、沿岸と内陸をつなぎ、
重要な経済交易を行った「塩の道」の歴史があります
​。

この「塩の道」を数回に分けてご紹介しています。
​​野田村を出発しその道のりを、
ご紹介していますのでこちらもご覧ください。
【県北】〔野田村〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その1
【県北】〔久慈市〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その2

上の写真は2016年10月26日に紹介した、今回の到着地点の平庭高原の
「約31万本の白樺が並ぶ日本一の白樺美林」です。
以前にご紹介していますので、こちらもご覧ください。
2012.10.25 秋の紅葉…in平庭高原♪
​​2016.10.26【県北】〔久慈市〕白樺と紅葉のコントラスト!平庭高原!​​
3回目の今回は、「久慈市山形町霜畑の関御番所跡」から
平庭高原の国道281号に隣接する
「くずまきワイン」さんの工場までの道のりをご案内します。

道を進めると橋に差掛ります。ここからまた、道幅が狭くなります。

橋の下を流れる川は、遠別川と言う清流です。
少し下流に「清水川」という地域があり、
「いわての名水20選」に選ばれている水量豊かな湧き水があるそうですよ。
 「久慈市山形町霜畑の関御番所跡」から約3kmのところ、
「塩の道」11ヶ所目の痕跡を見つけました。
 
上の写真「茅平庚申塔」の説明について、「右山道」「左道」が
どの道の事なのか、理解しようと考えましたが分からず仕舞でした。
 「関御番所跡」から約4kmのところ、
「塩の道」12ヶ所目の痕跡を見つけました。

旧馬場家住宅跡は、かつて荷物の交換場でもあり牛方宿を営んでいたそうです。
今も塩を保管していた板倉(上の写真の後方にある)が残されています。
※記事内容は→​久慈市広報2016.6.1号の4-5Pからです。
「関御番所跡」から約4.5kmのところ、
「塩の道」13ヶ所目の痕跡を見逃していたようです。
林の中の道路沿いに標柱だけ、盛岡(葛巻・平庭)方面に
向かい右手にあるようです。
 
「関御番所跡」から約5kmの所に、「塩の道」14ヶ所目の痕跡を見つけました。

合戦場一理塚とは、「天正年間に南部氏の家督を巡って起きた九戸政実と南部信直の争い、いわゆる「九戸の乱」に端を発する戦のうち、九戸方の久慈備前直治と南部方の葛巻信祐の両軍が相まみえた場所」と言い伝えられているそうです。
※記事内容は→​久慈市山形村誌 第三巻 通史編2-3Pからです。
 
「関御番所跡」から約6kmの所に、「塩の道」15ヶ所目の痕跡を見つけました。

「平庭高原国道281号まで、約4.5kmのところにありました。
現在は林道として使われているようです。

上の写真のように所々急激に道巾が狭くなります。
この県道29号が塩の道と重なっている事が分かります。

「関御番所跡」から約8.5kmのところ、「平庭高原」国道281号まで、約2.5kmのところにありました。「塩の道」16ヶ所目の痕跡を見つけました。
林の中は白樺の木が多く樹勢しています。もう少しで平庭高原に到着します。

「関御番所跡」から約9.7kmのところ、「平庭高原」国道281号まで、約1.3kmのところ、平庭高原の見所「つつじヶ丘」と「富士見平」付近に到着しました。
「つつじヶ丘」は、5~6月頃の最盛期に沢山の観光客で賑わう所です。
また、「富士見平」の光景は季節により、その美しい表情を楽しめるそうです。
また、天候によっては遠く岩手山が見える時があるそうですよ!

上の写真は平庭高原の宿泊施設「平庭山荘」が運営する、「白樺荘」です。
周辺には「キャンプ場」や先に紹介した、「つつじヶ丘」と「富士見平」の観光用の大きな駐車場の中にあり、ジンギスカンが人気の飲食店です。
残念ながら営業期間が5月1日~10月下旬と現在は閉店中になっていますので、
来年のつつじの季節に行ってみて下さいね!
※詳しくはこちら→「白樺荘」 「平庭山荘」​ 

駐車場から、白樺林の中に入ると「塩の道」17ヶ所目の痕跡がありました。
この付近には「ベコ泊まり」と言って、
牛方と牛たちが野宿した所があったそうです。
このままこの白樺林の中を進むと、「くずまきワイン」さんの
工場の敷地に徒歩で約1.5kmで到着するのです。
天気が良ければ、ちょうど良いウォーキングとしておすすめです。

「白樺荘」の駐車場から進むとまもなく、国道281号に合流します。
左折して「くずまきワイン」さんの工場を目指します。

国道281号に合流してから、400~500mの所、葛巻町に入り
「くずまきワイン」さんの工場に到着しました。
以前今年の5月に、そらっち!が「くずまきワイン」さんの「森のたまご館」に、
おじゃましてますのでこちらもご覧ください。
【県央】〔葛巻町〕葛巻町で芋餅作り体験!
※詳しくはこちら→「くずまきワイン」

「塩の道」17ヶ所目の痕跡があった「塩の道」は、「くずまきワイン」さんの
敷地のこちらに繋がっています。3回目のご紹介はここまでとなります。

あべっち!の担当エリアを飛び出しての取材でした
次回「塩の道」沼宮内廻野田街道-その4
から葛巻町に入り、
「塩の道」最大の難所と言われる黒森峠はいります。

読者の皆さんも、この歴史ある岩手の「塩の道」を辿ってみて下さいね!
​みなさん!冬の岩手も「美味しい物」や「楽しい体験」など
魅力的な​​​​​物が沢山あります。
上の写真の観光パンフレット、
行くぜ東北 冬のごほうび 「いわて冬ものがたり」
JR東日本 行くぜ東北 冬のごほうび
HP→「岩手のおすすめスポット」
ご案内されていますので、是非遊びに来て下さいね!







最終更新日  2018.12.01 06:00:13
コメント(0) | コメントを書く

2018.11.21
テーマ:岩手県北(1025)
カテゴリ:歴史・文化・偉人
​​​​​あべっちです!ウィンク
藩政時代から明治後半の岩手県には、沿岸と内陸をつなぎ、
重要な経済交易を行った「塩の道」の歴史があります
​。
この「塩の道」を数回に分けてご紹介しています。
その1では、野田村を出発し久慈市山根地区までの道のりを、
ご紹介していますのでこちらもご覧ください。
【県北】〔野田村〕「塩の道」沼宮内廻野田街道-その1​

2回目の今回は、久慈市山根地区から藩政時代に関所があった事から、
1889年(明治22年)まで関村と呼ばれていた
現在の久慈市山形町霜畑地区までの道のりをご案内します。

前回​​​​のゴール、新山根温泉べっぴんの湯を出発します。
県道7号に戻り、久慈方面に向かいます。
下戸鎖1号トンネルを通過、上の写真の案内(山根六郷道づくりの歴史)がある
交差点を左折し県道29号に入ります。

上の写真は県道29号に入り、曲がって来た交差点を振り返って見た所です。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約4kmのところ、
「塩の道」3ヶ所目の痕跡を見つけました。
県道29号に平行する「葛形沢」沿いに標柱があり、
ご覧の様な「塩の道橋場」の表示看板で、分かりやすい所にあります。
大きな木の後ろに「塩の道」がありますが、民家の敷地の間にありますので、
迷惑にならないように見て下さいね。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約8kmのところ、
「塩の道」4ヶ所目の痕跡を見つけました。
県道29号から、左方向の「内間木洞」方面に曲がる道の交差点の所です。
※内間木洞(鍾乳洞)について詳しくはこちら→​内間木洞

右上の写真の地図を見ると県道29号と「塩の道」は、
ほぼ平行に通っている事が分かります。
この辺りから、標柱が石材製の新しく立派の物になり、
平成十三年と刻まれています。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約10kmのところ、
「塩の道」5ヶ所目の痕跡を見つけました。
進行方向に向かって右側の土手、少し高いところにあります。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約12.5kmのところ、
山形町小国地区の集落に入ると、右手に上の写真の石碑があります。

小国小学校より少し手前になりますが、
石碑の斜め向かえ側墓地の入り口に、
「塩の道」6ヶ所目の痕跡を見つけました。
墓地までの道路は、「塩の道」と重なっているようで、
墓地よりの先の道は、山林の中に入ってしまうようです。

「新山根温泉べっぴんの湯」から約15kmのところ、
「塩の道」7ヶ所目の痕跡を見つけました。
平庭高原方面の進行方向右手にあります。

更に道を進め、1kmにも満たない所に、
「塩の道」8ヶ所目の痕跡を見つけました。
平庭高原方面の進行方向、カーブの途中の左手にあります。
現在は林業関係の方々の作業道として使われているようですね。

更に道を進め、8ヶ所目から約200m位の所に、
「塩の道」9ヶ所目の痕跡を見つけました。

平庭高原方面の進行方向、下り坂の途中右手にあります。
角掛峠庚申塔(つのかけとうげこうしんとう)
この峠の手前に通ってきた道とは別に、
久慈市方面に繋がる道があった事を伝えています。
この文章から、当時は「のだ塩」を盛岡や鹿角などの内陸に届け、
野田に帰る足で、約13kmほど野田より北にある久慈に、
内陸の穀物を届けに行っていた事が想像されます。
当時「野田村」は南部盛岡藩に属し、「久慈」は南部八戸藩に属していたそうです。
この南部八戸藩は、現在の八戸市や久慈市・軽米町・九戸村・葛巻町などが
属していたそうです。詳しくはこちら→​八戸市博物館

道を進めると久慈市山形町霜畑地区に入ります。
上の写真の様に県道29号は突き当り左に折れ、葛巻方面に行きます。
右の曲がると、久慈市山形町国道281号に繋がります。

上の写真は、左に曲がって振り返り交差点を見た所です。

交差点を左折してから間もなく、
「新山根温泉べっぴんの湯」から約17kmのところ、
「塩の道」10ヶ所目の痕跡を見つけました。

「久慈市山形町霜畑の関御番所跡」上の写真の説明の通り、この地域は藩政時代から八戸南部藩の久慈方面と盛岡南部藩の野田方面からの街道が交わる交通の要所として関所が置かれていた事から、「関村」と呼ばれていたそうです。1883年(明治16年)「関郵便局」が開局、1889年(明治22年)に周辺の7村が合併して「山形村」が誕生しました。現在久慈市山形町霜畑地区となった今も「関郵便局」の名称のまま存在しています。※詳しくはこちら→久慈市山形町広報室FB
2回目の今回はここまでとなります。

前回に引き続き、あべっち!の担当エリアを飛び出しての取材でしたが、
次回「塩の道」沼宮内廻野田街道-その3まで続きます。

読者の皆さんも、この歴史ある岩手の「塩の道」を辿ってみて下さいね!


​みなさん!岩手はもうすぐ冬を迎えます。
冬の岩手も「美味しい物」や「楽しい体験」など魅力的な​​​​​物が沢山あります。
上の写真の観光パンフレット、
行くぜ東北 冬のごほうび 「いわて冬ものがたり」
JR東日本 行くぜ東北 冬のごほうび
HP→「岩手のおすすめスポット」
ご案内されていますので、是非遊びに来て下さいね!






最終更新日  2018.11.21 17:00:08
コメント(0) | コメントを書く

全169件 (169件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 17 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.