深谷ねぎっこブログ

2012/10/01(月)11:56

甦っていた東京駅

  みなさん、こんにちは。 チェ・ホサです。 今日、10月1日に東京駅がグランドオープンしました。 戦災で東京駅の三階部分が焼失し、 その部分を復元したものです。 でも、そもそも 復元前の東京駅も応急的に修繕して使っていたもので、 取り壊して近代的なビルにしようという案がたびたび出たそうです。 例えばこんな感じこれは1958年に出された 「東京駅の将来計画 主として問題点について」と題する論文の挿絵です。 そして、バブル経済まっさかりの昭和62年に国鉄が民営化されて、 「東京駅周辺地区再開発連絡会議」が発足。 東京駅建替え高層化計画が浮上しました。昭和63年には三菱地所から 通称マンハッタン計画(丸の内超高層化計画)も発表されました。 そんな時、 ところ変わって、埼玉県深谷市でも、深谷駅の老朽化に伴って、立て替え計画が浮上しました。橋上駅化は長年の悲願でした。 昭和60年には橋上化を前提とした自由通路が建設され、 さて、デザインはという時、高層化の議論が喧しい東京駅をせめて深谷に残そうという 議論がだされました。東京駅の赤レンガの多くは深谷の日本煉瓦製で、 あの東京駅の赤レンガがなくなってしまうのは なんとも残念とい思いからです。その中心は時の市長であり、多くの市民でした。 平成3年に「深谷橋上駅建設促進協議会」を発足させ、平成4年には「概略設計協定書」がJR東日本と深谷市で締結されました。デザインは大正3年の竣工時の東京駅になりました。そして、平成6年には工事着工され、平成8年には無事竣工しました。結局赤レンガの東京駅は残され、 本日グランドオープンを迎えましたが、 その陰に、深谷市民の熱い思いがあったのですね。 そして、東京駅は深谷の地で とうの昔に甦っていたのですね。 それでは、またバイバイねー それから、健闘中ですふっかちゃん1日1票ゆるキャラグランプリ実施中です ふっかちゃんに投票よろしくお願いします  

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