3720775 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

深谷ねぎっこブログ

プロフィール


深谷市

カレンダー

コメント新着

 岡田 倫美@ Re:渋沢一族のルーツ(01/23) 松田系図によれば渋沢栄一は三浦氏の後え…
 岡田 倫美@ Re:渋沢一族のルーツ(01/23) 松田系図によれば渋沢栄一は三浦氏の後え…
 背番号のないエース0829@ Re:新成人 「八重山毎日新聞新年号」に、上記の内容に…
 わかりますー❣️@ Re:【閲覧注意?】アゲハチョウ観察日記~幼虫編~(08/30) 今、私も一緒に暮らしています💞 ほんと可…
 histori@ アゲハチョウの幼虫のブログ記事掲載の件 「団塊世代の我楽多(がらくた)帳」(htt…

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2013年01月23日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

みなさんこんにちは。チェです。

昨日、深谷上杉・郷土史研究会の会長さんから
「深谷上杉・郷土史研究会 会報」の第131号をいただきました。

1

毎号 楽しく読ませていただいていますが、
今回は「渋沢栄一翁の祖先を訪ねて」
という一文が掲載されていました。

2

これによると、
渋沢氏の祖先は、山梨に本拠をもつ、甲斐源氏だそうです。
常陸の国にいた源義清・清光親子は
国司との争いにより朝廷の命によって
甲斐に流されたそうです。

ここからが甲斐源氏です。

清光の長男 光長は、
逸見庄(現山梨県北杜市)に城を築き、逸見氏を名乗りました。

その後、逸見氏の一族又三郎義継は、旧渋沢村に移住し、
以後、渋沢姓を名乗ったそうです。

武田家滅亡後、織田信長が侵攻してきたため、
渋沢一族は北杜市から佐久市、富岡市を経て
深谷市血洗島へ逃れ、武士を捨て農業に従事したとのことでした。


これは、歴史学者の織田完之が
明治33年発行の「青淵先生60年史」に
書かれた説だそうですが、
近年、これを裏付けるような資料が見つかりつつあるそうです。

渋沢栄一翁に縁の深い富岡市ですが、
ルーツも富岡経由とは驚きました。

それではまた。







最終更新日  2013年01月23日 14時33分21秒
コメント(2) | コメントを書く

■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
別の画像を表示
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、こちらをご確認ください。


 Re:渋沢一族のルーツ(01/23)   岡田 倫美 さん
松田系図によれば渋沢栄一は三浦氏の後えいになってるのですが。 (2021年10月27日 13時52分27秒)

 Re:渋沢一族のルーツ(01/23)   岡田 倫美 さん
松田系図によれば渋沢栄一は三浦氏の後えいになってるのですが。 (2021年10月27日 13時54分04秒)


© Rakuten Group, Inc.